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9話「龍神召喚事件」

一章【10話】まで毎日投稿します。



ーー彼女は魔法が使えない?


その衝撃の真実を聞かされたのは、今この瞬間だった。

目の前では一人の少女が、必死に自分より何倍も大きなゴーレムに立ち向かっている。


物理攻撃は効かないが、魔法なら通じる。

そう聞いた時、俺は楽観的に考えていた。ここは魔法の世界。誰もが当然のように魔法を扱えるものだと――。

だから彼女も魔法を使えば、あんな化け物は倒せるだろうと。安易に、そう信じていた。


だが違った。

彼女は生まれつき魔力が極端に少なく、魔法を満足に使えない。剣にわずかな炎を宿すことすら、今にも消えそうな小さな光が限界。


『ーー先生って本当に〝精霊魔導士〟なんですか?』

『何が〝天才〟、何が〝エリート〟……』

『先生は手を出さないで!!』


彼女の放った言葉が頭の中でリフレインする。

(あの時の顔……ただ俺を疑っていただけじゃない。自分自身を守るために、必死に虚勢を張っていたんだ……)


ゴーレムに飛び乗り、剣を突き立てるシリカの姿。

必死に魔力を絞り出そうとするその背中は、敵を恐れているというよりも――自分自身の弱さに怯えているように見えた。


そんなことを考えていた時だった。


『シリカ! 避けるんや!』

ミラルトの声。続いて響いたのは、シリカの悲鳴。


巨体の拳に叩き飛ばされ、彼女は地面に転がった。鈍い音と共に広場の空気が凍りつく。

そのまま、ゴーレムは迷いなくシリカを狙って突進する。


『ーーーッ!』


俺の頭が真っ白になる。気づけば、体は勝手に走り出していた。


「え……せ、先生⁉︎」


俺を呼ぶミラルトとリディを横目に、俺は自分でも理解できないまま飛び出していた。

考えがあるわけじゃない。ただ足が勝手に動いた。


(くそっ! 俺に何ができる? 魔法も使えない、剣も振れない……こんな得体の知れない魔導書で、一体なにをしようっていうんだ!)


心の中で怒鳴る。

だが、それでも――どうしても見過ごすことなんてできなかった。


あの眼。自分に自信がなく、人に笑われ、馬鹿にされてきた眼。

俺も同じだ。大学受験に失敗し、落ちこぼれの烙印を押されてきた。家族からも見放され、世間からも笑われ……。

だから分かる。あの眼を放ってはおけない。


ーーードクン。


胸の奥で、何かが強く脈打った。


巨大な拳が振り下ろされる。

その一撃がシリカを押し潰そうとしていた。


ーーードクン。


(俺は何もできないのか! 結局この世界でも無力のままなのか! 目の前の生徒一人守れないで……何が教師だ、馬鹿野郎‼︎)


怒鳴り声のような思いが心を満たした瞬間、抱えていた魔導書がまばゆく輝き始めた。

勝手にページがめくれ、ひとつの呪文が浮かび上がる。


不思議なことに、その文字が自然と頭に入ってくる。

「唱えろ」と言われているように感じた。


『ジオシルドォォ‼︎』


反射的に叫ぶ。

直後、ゴーレムの拳を遮るように黄金色の魔法陣が展開された。

轟音と衝撃波が広場を揺らすが、光の壁はびくともしない。


(……間に合った!)


息を荒げながらシリカの前に立ち塞がる。

赤い魔導書を抱え、肩を震わせながら。


「ど、どうして……先生が……」

「せ、生徒を守るのが教師だろ!」


空元気のように声を張り上げた。だが、その背中は震えていても確かに彼女の前に立っていた。

ーーははっ……カッコ悪りぃな俺……


『試合は一旦中止だ! これ以上あいつを野放しにすれば被害が広がる! ここで仕留める!』


そう宣言した瞬間、魔導書が再び光を放つ。

俺には分かった。これは本が示す意思だ。


『ジオシルド・イグザス‼︎』


叫んだ瞬間、先ほどの光壁が稲妻を帯びて弾けた。

轟音と共にゴーレムの巨体が吹き飛び、地面に大穴を穿つ。


「な、なんだ今の魔法は!?」

「見たことない! 精霊魔導士ってあんな力も……!」


観客たちのざわめきが広場を覆う。

シリカも呆然とその背を見つめていた。


(……まだだ。あいつは再生する。なら――仕留める切るしかない!)


魔導書が別のページをめくる。禍々しい黒い光が立ち上り、空気が張り詰めた。

その頁から溢れるのは、明らかに尋常じゃない魔力。見ているだけで背筋が冷たくなる。


「……ああ、分かったよ。本当にやるしかないんだな」


俺は覚悟を決め、ページに浮かぶ呪文を読み上げる。


『ディアボルス・ドミナティオ‼︎』


空が裂けるように暗雲が広がり、昼のはずの学園が闇に包まれた。

雷鳴が轟き、風が唸り、上空に黒い穴が開いていく。

そこから溢れる禍々しい気配に、観客も、そして俺自身も凍りついた。


(な、なんだ……この魔法……! 本当に発動していいのか!?)


背中を冷や汗が伝う。

けれど魔導書は強く光を放ち、「進め」と告げていた。


ーー俺はもう引き返せない。


すると――空の裂け目から姿を現したのは、全長三十メートルを超える巨竜だった。

真紅の双眸、漆黒の鱗、天を覆う巨大な翼。額には翡翠色の宝石のような石が埋め込まれ、三本の角が禍々しく天を突く。


異様でありながら、神々しささえ帯びた姿。広場にいた誰もが息を呑み、空を見上げるしかなかった。


「な、なんやあれ……!? ウチ、あんなドラゴン見たことないで!」

「わ、わたくしもですわ……」


――なんだ、あれは。

背筋を撫でる寒気。恐怖か、それとも畏怖か。

だが分かる。あの竜は〝普通じゃない〟。この世界の住人ではない俺ですら直感する。――あれは〝異形〟だ。


「……あ、あれ、〝冥界の龍神〟じゃない……?」


誰かが呟いた瞬間、全員の呼吸が止まった。


「見たことある! 資料館で……!」

「おとぎ話しじゃなかったの⁉︎」

「額の翡翠色の水晶……ま、間違いない!」


「――冥界の龍神だ!!」


宣告と同時に、竜が咆哮を放つ。

天地を震わすその轟音は、ゴーレムの咆哮とは比べものにならない。大気そのものが振動し、内臓まで揺さぶられる。


「ひぃぃぃっ!」

生徒たちは我先に逃げ出し、泣き叫び、ある者は震える手で魔導記録機を構えた。

それはもはや“人間の津波”だった。


竜は大きく翼を広げ、口を開く。

その奥に光の粒子が集まり、渦を巻くように凝縮していく。光は徐々に膨れ、眩さを増していった。


「――まさか、ブレス……!?」

(まずい、この位置から撃たれたら……学園ごと吹き飛ぶ!)


「な、なにかする気なのかな……」

「ここにいるの、危なくない……?」

「いや、先生が召喚したんだし、大丈夫なんじゃ――」


観客たちの憶測が飛び交う。

だが俺には確信があった。

――あの竜は迷いなく放つ。躊躇など一切なく。


「せ、先生……?」

背後から聞こえるシリカの声。

怯えた表情が胸に突き刺さる。


――情けない。この土壇場でまだ震えてるなんて。

教師を名乗った以上、嘘でも虚勢でも、生徒を不安にさせるわけにはいかない。


「おい、魔導書! 上空だ! 空にゴーレムを吹き飛ばせ!」


俺の叫びに呼応するように、赤い魔導書が強烈な光を放つ。自動でページがめくれ、そこに新たな呪文が浮かび上がった。


「―― ゼフィール・カタストル‼」


唱えた瞬間、ゴーレムの足元に小さな竜巻が無数に現れ、瞬く間に混ざり合って巨大なハリケーンへと変貌する。

渦が唸りを上げ、巨体を絡め取った。


「こ、今度はなんですの!?」

「ゴーレムが……持ち上がってる!?」


渦は一気に伸び上がり、十メートルを超える巨体を木の葉のように舞い上げた。

生徒たちのざわめきが広場を包む。


「……ありえない。あの巨体が、紙切れみたいに……!」


「下じゃない! 上だ! 上を狙え!」

俺が指差すと、竜の赤い瞳がゆっくりとその方向を向いた。


次の瞬間――眩い閃光。

竜の口から吐き出された光線が一直線に天を裂き、空高く舞い上がったゴーレムを貫いた。


轟音。大気が爆ぜ、地面が揺れる。

立っているだけで精一杯だ。


「……っ!」


恐る恐る目を開けた俺の視界に広がったのは、言葉を失う光景だった。


「う、嘘だろ……」


龍神の一撃が雲を切り裂き、つい先ほどまで曇天だった空は一面の蒼天へと変わっていたのだ。


燃え散るゴーレムの破片が空を舞い、赤く光る粒子となって降り注ぐ。

それは戦場であるはずなのに、幻想的で、美しい光景だった。


振り向けば、生徒も教師も誰もが夢でも見ているかのような顔で空を仰いでいる。

誰ひとり言葉を発せず、ただ竜の残した痕跡に見入っていた。


「……あ、あはは……みんな、無事で……よかったね?」


誰もが息を呑み、ひとりとして言葉を発するものはいなかった……その全員が空を眺めている中、ただ一人だけ宗一郎の背中を見つめ続ける少女シリカの姿があった。

その眼差しに宿っていたのは恐怖ではない。驚きでもない。

それが何なのか、この時の俺には分からなかった。


ーーそしてこれが始めて俺が壮大に勘違いされる大事件、のちに〝龍神召喚事件〟と呼ばれるになったのは言うまでもない。

一章最終話は9月26日にアップします。

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