8話「生徒を守るのが教師だろ!」
一章【10話】まで毎日更新の予定です。
広場に悲鳴が木霊する。
私の目の前には、赤い本を抱えたクラス担任――天龍宗一郎。そしてその正面に立ちはだかるのは、全長十メートルはあろう巨躯のゴーレムだった。
(いったいどういう状況なのよ……!)
担任教師に斬りかかろうとした矢先の乱入者。観客として集まっていた生徒たちは、蜘蛛の子を散らすように四方へ逃げ惑い、広場は一瞬にして混乱の渦と化していた。
(まさか……あれは先生の召喚獣? ……いや、そんなはずない)
恐る恐る宗一郎へ視線をやるが、彼もまた観客と同じように目を丸くし、困惑を隠しきれていなかった。
オオオオオオ――!
ゴーレムが雄叫びを上げる。耳をつんざく重低音が衝撃波となり、校舎の窓ガラスが次々と砕け散った。
「――ぐっ‼︎」
思わず腕で顔を庇う。逃げ惑う生徒の一人が衝撃に煽られ、地面に倒れ込んだ。
その瞬間、ゴーレムの一つ眼がギョロリと動き、倒れた生徒に狙いを定める。巨大な拳を高く振り上げ――
「――ひぃっ!」
ズドン! 地響きと共に拳が落ち、小さなクレーターが生まれる。
だがそこに生徒の姿はなかった。
「危なかった!……大丈夫!?」
「う、うん……ありがとう!」
倒れていた生徒を抱き起こし、辛うじて間一髪で助け出す。胸の鼓動が激しく脈打つ。
ゴーレムの一つ眼が再び動く。今度は――私を捉えていた。
「いいわ……やってやろうじゃない!」
ゴーレムが地を蹴る。その巨体からは想像もできない速度で突進してくる。
そして次の瞬間、私とゴーレムがすれ違った。
ズシャァァァッ!
斬撃の軌跡が幾筋も閃き、ゴーレムの巨体が一瞬で線の集合体と化す。遅れてドサリと崩れ落ち、土塊と化した。
「見た目だけで、大したことなかったわね……」
『ふぅ』と、肩で息をつきながらも背を向け、担任を見やる。
(どう? これが私の力。本気で相手をする気になった?)
だが――
「シリカさん! 後ろですわ‼︎」
リディの鋭い声。反射的に飛び退いた瞬間、ズドンと衝撃が走った。
振り返ると、バラバラになったはずのゴーレムが何事もなかったように再生し、再び立ち上がっていた。
「な、なんで!? 今ので確かに……!」
再生したゴーレムは雄叫びを上げ、再び突進してくる。
迎え撃つように魔法剣を振り抜く。巨腕が宙を舞い、地面に落ちる――だが。
ぐにゃり。
切り飛ばしたはずの腕が、泥のように蠢き、本体に吸い込まれるようにして再び形を取り戻していった。
「攻撃が……効いてない⁉︎」
「シリカ! 一旦引くんや!」
ミラルトが叫ぶ。
「そいつは普通のゴーレムやない! “魔改造ゴーレム”っちゅーやつや!」
――魔改造、ゴーレム?
「大学部の先輩から聞いたんや! そいつは特殊な製法で作られててな。物理攻撃も、無属性の攻撃も効かんのや!」
「シリカさん、引きなさい!」
リディの声が飛ぶ。
「あなたの魔法剣は無属性しか扱えないでしょう? 勝てませんわ! ここは……先生に任せるべきです!」
「お、俺!?」宗一郎が裏返った声を上げる。
「そうや! 他の先生方が駆けつけるにはまだ時間がかかる! せやけど――テンリュウ先生は精霊魔導士! あの魔改造ゴーレムやって敵じゃないはずや!」
ミラルトがぐいぐいと宗一郎の背を押し出す。
「ちょっ……わかったから押さないでくれ!」
宗一郎は慌てて魔導書を開き、ページを繰る。その仕草に、生徒たちの期待が一気に膨れ上がる。
「先生は手を出さないで‼︎ コイツは私が、一人で倒すんだから!」
叫ぶ声が広場に響いた。
駄目、駄目、駄目! 胸の奥で何かが疼く。
脳裏に蘇るのは過去の記憶――人々の嘲笑、両親や兄妹たちの視線。何度も叩きつけられた失望の言葉。忘れたいのに、忘れられない痛み。
(私は……絶対に負けられない!)
ゴーレムの拳が迫る。隙間を縫って駆け抜け、斬撃を叩き込む。
何度も、何度も、何度も。
「やあぁぁぁぁぁっ‼︎」
土塊はバラけ、砂のように飛び散る。
だが、すぐさまずるずると寄り集まり、ぐにゃりと再形成される。
「……ッ!」
息が荒くなる。腕が重い。
外から見れば優勢に見えるだろう。だが、実際には攻撃が無に帰す悪夢の繰り返しだった。
(なんで……どうして斬っても、斬っても……!)
全身から汗が噴き出し、握る剣が滑りそうになる。
押し込んでも、押し込んでも、目の前の巨体は再び立ち上がる。
圧倒しているはずなのに、表情には苦悶しか浮かばなかった。
『シリカさん……』
『あれは完全にムキになっとるな、アイツ……』
『ちょ、ちょっといいか? あのゴーレムって、魔法を使えば倒せるんだろ? なんであの子は剣術だけで戦って、魔法を使わないんだ?』
宗一郎の率直な疑問に、ミラルトの表情が一変した。先ほどまでの調子者の司会者ではなく、真剣で陰のある顔つきだった。
『……使わないんやない、〝使えない〟んや』
『え? ……使えない?』
『シリカはな、生まれつき人より魔力量が極端に少ないんや。それこそ、初級魔法すらまともに撃てんくらいにな』
宗一郎は思わず目を見開く。
『でも今もあの剣を……魔法の剣を使ってるじゃないか』
『ーーあれはペンダントのおかげですわ』
リディが横から口を挟む。指先でシリカを示すと、その剣がかすかに揺らめき、チカッチカッと火花のような光を漏らしていた。
『あれは……?』
『魔力を増幅、安定させる特殊な代物ですの。けれど、先生……あの剣の刃先、見えますか? 今にも消えそうに揺れている光があるでしょう』
ミラルトが言葉を継ぐ。
『……アレがシリカの炎の魔法や』
ーーそう、まるでライターやマッチの火が一瞬ついているかどうか、その程度の心もとない光だった。
『普通なら魔法剣を使ってから他の魔法も使えばいい……やけどな、シリカはペンダントを使ってもそれすらも維持できんのや』
宗一郎の胸が締めつけられる。
その頃、シリカの心は必死の叫びで埋め尽くされていた。
ーーくそ、くそっ、くそっ!
私じゃ勝てないの?
やっぱり魔法を使えない私は駄目なの⁉︎
頭に蘇るのは人々の視線。笑い、落胆、侮蔑。
両親、兄妹の背中。何度も聞かされた「落ちこぼれ」という言葉。
(まだ私は……〝普通〟にすらなれてないの……?)
『シリカ! 避けるんや!』
声に気づくのが一瞬遅れた。体力は限界に近く、動きは鈍い。
『ーーッ!』
次の瞬間、巨大な拳が直撃した。
『きゃぁぁぁ!』
シリカは人形のように吹き飛び、地面に叩きつけられる。
背中と頭を強打し、視界がぐらりと揺れる。肺の中の空気が押し出され、息が詰まった。
『ガハッ……!』
ーーしくじった!
立たなきゃ、早く……次の攻撃が来る!
必死に意識をつなぎ止めるが、左足が異様に腫れ上がり、立ち上がろうとした瞬間に激痛が走った。
体が、もう動かない。意思とは逆に「限界だ」と突きつけてくる。
(動いて! 動いてよ! まだ戦える……まだ私は!)
ーー嫌だ。これじゃまた何も変われない。
(私は……結局、落ちこぼれのままなの……?)
見上げた先で、ゴーレムが両拳を合わせ、巨大なハンマーのように振り下ろそうとしていた。
その影が迫る。避けられない。
(駄目……避けられない!!)
観客たちは誰もが「終わった」と思った。
シリカ自身も瞼を強く閉じ、迫る終焉を受け入れかけていた。
ーーだが、その場にただ一人だけ、諦めていない者がいた。
『ジオシルド‼︎』
鋭く響く声。
ゴーレムの拳が降り下ろされる瞬間、黄金色の光壁がシリカの頭上に展開された。轟音と共に拳が叩きつけられるが、眩い光の壁は砕けない。
『……え?』
恐る恐る瞳を開いたシリカの視界に、背中が映った。
赤い魔導書を抱え、震える声で呪文を唱えた男ーー今日から自分たちの担任となった天竜宗一郎が、そこに立っていた。
『せ、先生……なんで……?』
振り返りもせず、彼は短く答える。
『生徒を守るのが教師だろ!』
声は少し震えていた。それでも、確かにシリカの胸には届いた。
その背中は決して大きくはない。けれど今は、どんな壁よりも大きく、そして頼もしく見えた。
続きは9月25日にアップします。
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