3話「逃げても無駄!? 湯けむり大捕物」
一章【10話】までは毎日投稿の予定です
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『ほんと、どこに消えたんや? あの覗き魔、いくら大きい風呂場ゆうても男一人見つからん訳ないやろ』
『もしかしたら何かしらの手段を使って私たちの目を逃れて、外に行った可能性もあるわね……』
俺は相変わらず大きな観葉植物の中で、土下座に近いポーズでうずくまっていた。
濃い湯気がカーテンのように立ちこめ、少女たちは探すのも一苦労のようだ。
(よーし……このままやり過ごせる……はず)
心臓がドラムのように鳴る。観葉植物の葉が、俺の頬にひんやりと貼り付いているのが妙にリアルだ。
今は猫のようにじっと、ひたすら気配を消す。
宗一郎からは少しではあるが観葉植物の葉の間から周りを見渡すことができる。どうやら湯気も体勢を低くした俺の視界、つまり彼女たちの足元までは隠しきれない
……正直、バスタオル一枚の少女たちを見るのは気が引けるが、この際背に腹は代えられない。
俺は動物ドキュメンタリーのカメラマンばりに、呼吸を殺してその動きを観察した。
『しっかし、さっきは驚いたで。すんごい悲鳴が聞こえたと思ったら、シリカと変な男が一緒だったなんてな』
『しょうがないでしょ! ……って、当然じゃない! だって男がいるんだから! そ、それに……』
銀髪の少女――シリカは何やら言い淀み、バスタオルを握る手に力を込める。
耳まで真っ赤になったその顔が視界の端に映った。
『え? なんやて? 聞こえへんやん』
『だ、だから! あ、あたしの……は、裸、見られたしっ!』
風呂場全体に響き渡る声。
耳まで真っ赤になっているのは湯気のせいではないだろう。
(……それについては、本当にごめんなさい)
『あっちゃー、そうやったん? でもまぁ見られても減るもんやないし、怪我なくてよかったやん』
『減るわよ! いろんなものがすり減るから! 同じ女子なんだからそのぐらい分かりなさいよ!』
『はいはい、冗談やて』
『まったく……あんたのは冗談に聞こえないんだから』
先ほどまでの鋭い視線とは打って変わって、シリカの表情は少し柔らかくなっていた。
きっと、からかい合えるくらい仲のいい友達なのだろう。
どうやら俺もそんな事を考えられる程には落ち着き始めたらしい。
(……って何落ち着いてんだ俺!)
そんな自分にツッコミを入れた矢先、少女たちが数人集まり、ひそひそと何かを話し始めた。
俺は耳を澄まし、全神経を集中させる。
――風呂場でタオル一枚の女子の会話に聞き耳を立てる男。
……字面にすると完全に犯罪者だが、今は気にしない。気にしたら心が折れる。
俺だって本当はこんなことしたくないのよ?
『それじゃ、その作戦で行くわよ。この部屋の最後の確認をしたいから、みんな私に協力して。準備はいい?』
『準備オッケーや』
『了解、せーの!』
シリカが天井に向かって片手を掲げた。
その手のひらに、丸い円形の魔法陣のような模様が浮かび上がる。
(……あれは!)
壁や床に刻まれている模様とそっくりだ。
淡い光が魔法陣から溢れ、温泉の熱気を吸い込むように渦が巻き始めた。
ふわりと髪が揺れる。
次の瞬間、風は渦を巻き、湯船のお湯や観葉植物の葉を大きく揺らす。
バスタオルが飛ばないように握りしめる少女たち――中心で詠唱を続けるシリカの銀髪が、光を反射してきらめいた。
(お、おいおい……これマジで手品じゃねえぞ!)
風はどんどん強くなり、桶や椅子がバタバタと飛び交う。
まるで台風の中に放り込まれたようだ。
『ちょっ! 風強すぎやろ! バスタオルまで飛んでまうで!』
『仕方ないでしょ! 我慢して!』
俺は必死に床にしがみつく。
風切り音が耳を刺し、目も開けていられない。
観葉植物の葉は暴れ、俺の隠れ家はもはや丸見え寸前だった。
やがて風がぴたりと止む。
恐る恐る目を開けると――少女たち、シリカの姿が見えない。
『ふぅ……ようやく他の場所に行ったか……早くこの場所から出ないと本格てきにヤバイぞ…』
安堵の息を吐きかけた、その時だった。
『――なにがヤバいって?』
背後から、耳元に落ちるような声。
心臓を鷲掴みにされたかのような恐怖が走る。
『うわああああああっ!』
反射的に走り出す俺。
背後でシリカが叫んだ。
『あ、また逃げた! 待ちなさーい!!』
まずい、まずい、まずい、まずい!
さっきの風、原理は分からないが、部屋に充満してた湯気をはらったんだ
必死で耐えていた俺は、そこまで考えが回らなかった。
だが今はそんな事よりこの状況を何とかしないと俺の人生終わってしまう!
幸か不幸かは分からないが湯気が晴れたおかげで出入り口は見えている。
俺はずぶ濡れのまま水飛沫を撒き散らせながら出口に向かって駆ける。
出口はすぐそこ
(このままなら逃げ――)
視界の隅で、石鹸が不自然に動いた。
しかも一直線に俺の足元へ。
『なっ……!』
踏んだ瞬間、足が滑り、視界が反転。
背中を打ち、息が詰まる。
その時――紐が俺の足に絡みついた。
『なんで勝手に動いて……!?』
蛇のようにしなやかな紐が、手足、体へと巻き付き、あっという間に簀巻き状態。
『はあ……やっと捕まえたわよ、覗き魔め』
『ようやくか。湯けむり除去作戦、大成功やな』
『観念しなさい。もう逃がさないんだから』
銀髪を揺らし、シリカが勝ち誇った笑みを浮かべる。
その耳の先は、まだほんのり赤かった。
――終わった。
俺の人生、ここで詰みかもしれない。
朝の占いが脳裏をよぎる。
『今日の最下位は獅子座のあなた! 予想外のアンラッキーが訪れるかも? ラッキーアイテムは“本”!』
朝見たテレビの運勢占いの言葉が頭の中で何回も流れていた。
……占いって、馬鹿にならないんだな。




