2話「銀髪の少女と、風呂場での最悪な出会い」
一章【10話】までは毎日投稿の予定です
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ピピピピ……ピピピピ……。
目覚まし時計のアラームが、いつもの時間、いつものリズムで鳴る。
――パシン。
寝ぼけ眼のまま手を伸ばしたが、空を切る感触。
机を軽く叩いてしまい、アラームはまだ耳元で鳴り続けている。
意識が少しずつ現実に戻り、ようやく自分が机に突っ伏して寝ていたことに気づく。
顔には赤い跡、ページの端は折れ、横には東京大学の過去問集が開きっぱなしだ。
「……しまったな、また寝落ちしちゃったか」
椅子を押しのけて立ち上がり、アラームを止める。
すると体の骨がギシッと鳴る
『イテテ……ちゃんと布団で寝ないと駄目だな』
体に痛みを感じながらもカーテンを開ける
すると朝の光が差し込み、一気に部屋があかるくなる。その朝日のまぶしさに目を細めた。
「今日もいい天気だな……まぁ、俺の気分は雨だけど」
俺はアパートの2階から窓の外を眺める。
そこには楽しそうに友達と登校する学生や、時間を気にしながら忙しそうにサラリーマンたちが歩いている。
『今日も一日頑張りましょう……て、やつだな』
俺も本当ならその中に混じって大学に通っていたはずだ。
――そう、俺は二浪中の浪人生。
東大に二度挑んで、二度とも玉砕。おまけに実家から追い出され、今は安アパートで一人暮らしだ。
机の上には開きっぱなしの参考書と、昨日食べたカップ麺の空き容器。
生活感というより敗北感が漂っている。
『くっそー、しかし親父も酷いよな、子供が大学に行きたいって言うんだから学費はともかく、合格までは家で暮らしたっていいじゃないか』
不満を呟くとグゥゥとお腹が鳴る。
『心は雨模様でも腹は減る……か』
ため息混じりに俺は名残惜しそうに窓から離れる。
キッチンで湯を沸かし、トーストを焼く。
ポットが鳴り、コーヒーの香りが広がった。
テレビをつけると、朝の占いが流れてくる。
今日もいつものアナウンサーの女性が元気な笑顔を見せてくれる。
『今日の最下位は獅子座のあなた! 予想外のアンラッキーが訪れるかも? ラッキーアイテムは“本”!』
「……俺じゃん。いや、受験落ちたときがアンラッキーのピークだろ、ははっ、笑えねぇ……」
皮肉っぽく笑ったが、あまり笑えてない。
実力不足を痛感しつつも日々を過ごす。
そしてその日々を過ごす為にも金は必要だ。
生活費のためバイトをしなきゃならない現実がある。
しかも先日、そのバイト先が潰れたばかりだ。
『考えてみたら俺ってずっと前からアンラッキーなのかも……』
今日は新しいバイトの面接。だからスーツに着替える。
バイト面接にスーツなんて大袈裟かと思うかもしれないが、こっちも切羽詰まってるんだ。
ネクタイを締めながら、胸の中で小さく呟く。
「ここで面接落ちたらマジで詰むな……来月の家賃どうすんだよ」
このままじゃ家賃の支払いも実家に頭を下げなきゃいけなくなる。そんなことしたらいよいよ
『大学行かないで働け』なんて事になりかねない。
財布、ハンカチ、スマホ――あ、履歴書忘れるとこだった。
慌ててカバンにしまい、深呼吸。
大丈夫、そう、大丈夫だ俺!人生やれば何とかなるもんだ!
「よし……俺の未来はこれからだ!」
自分を鼓舞して玄関を開ける。
――瞬間、視界が真っ白になった。
「うわっ!? 朝日ってこんな眩しかったっけ!?」
と思ったが、それは光じゃなかった。
全身が包まれ、足元の感覚が消える。
次の瞬間、ふわりと浮き上がるような感覚に襲われた。
――ドボンッ‼
熱い! 息ができない!
吸おうとした空気はお湯で、肺が焼けるようだ。
慌てて水面に顔を出し、咳き込む。
湯気で視界は白くかすみ、鼻をつく硫黄の匂い。
耳にはお湯のはじける音、遠くで誰かの声がする。
見回すと、どうやら広い浴場らしい。俺は服のまま全身びしょ濡れだ。
「……温泉? は?」
混乱していると、背後から視線を感じた。
反射的に振り向く――そこで時間が止まった。
湯気の向こうに、銀色の髪がゆらりと揺れる少女の姿。
髪は濡れて頬に貼り付き、大きな瞳が驚きに見開かれている。
そして、その身を覆うものは何もない。
白い肩、しなやかな首筋、滴る雫が湯面に落ちる音まで聞こえる。
彼女は咄嗟にバスタオルを探そうとして、躊躇うように腕で胸を隠した。
「…………」
「…………」
俺と銀髪の少女はお互いに目を見開いたまま視線が重なる。
――この時のことを、俺は一生忘れない。
おそらくこれが“時間が止まった感覚”ってやつだ。




