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第14話 『風の路線、魂の刻印』


『次はユースティス・アクア、ユースティス・アクアです』


風絨便ふうじゅうびんが湖上を滑るように進む。絨毯の織り目に魔法陣が細く走り、陽光を拾って淡く瞬いた。湖面は二つの太陽をまるで宝石みたいに並べて映しこみ、無数の光粒が風絨便の影を追いかける。頬を撫でる風は、潮と花の混じった匂い。胸の奥まで新しい空気が染みわたっていく。


(……やっぱり、現実離れしてるな。けど、気持ちいい)


ゆっくり減速。湖の真ん中にぽつんと浮かぶ小島の停留所が近づく。桟橋の上で手を振る乗客たち――うろこやエラを持った人々が、整然と列を作っていた。


(これは……魚人ってやつ、だよな?)


乗り込んでくる魚人たちは、水膜みたいな小さな球を頭上に浮かべてえらを湿らせていた。隣の席では、獣人の商人が尻尾を揺らしながら折りたたみ新聞を読んでいて、斜向かいには小型の翼を背に持つ青年が、空の写真をカシャカシャ撮っている。さらに向こうの通路側には、腕の肘から先が機械化された女性が、くるくると関節を回して可動域を調整中――。


(異世界人種の図鑑だなここは。いや、日常だ。ここじゃこれが“当たり前”)


「どうしたのよ先生? 口、開いてる」


横のシリカが、くすっと笑ってのぞきこんでくる。銀髪が風に揺れて、二つの太陽を細く反射した。


「いや、この便、ほんといろんな人が使ってるんだなって」


「そうね。この学園都市は特に多いわよ。学園の数も専攻の種類も多いし、専門家も職人もクエスト目当ての冒険者も集まる。人がいる所に、人は集まるものだし」


「なるほど。ねずみ算的に増えて、都市がでかくなる理屈か」


「だから風絨便は必需品。空、混むからね」


シリカは当たり前のように言って、足を組み替えた。俺は座席の縁に触れ、織り模様の起伏を指でたどる。乗る前は“空飛ぶ絨毯”なんていうファンタジー全開の乗り物に、正直けっこうビビっていた。だが、いざ乗ってみれば、足元はたわまず、揺れも少ない。風圧も不思議と穏やかで、顔をなでる風がちょうどいい。


(……これは、風に抱きかかえられて運ばれてる感覚、だな)


しばらくすると思考が自然と、さっきの出来事へ滑っていく。広場での小競り合い――そして、リディが見せた“突然の大鎌”。


「なぁ、シリカ。さっきのリディの鎌、アレは何だ? 空身だったのに急に手に現れて、そのあとまた消えたろ」


「ああ、アレね」


シリカは少しだけ眉をひそめ、リディの耳元を指差す。三日月型のピアスが、ゆらりと揺れた。


「よく見てみて。デザイン」


「ピアスがどうした――……あっ」


三日月と思っていた線と面が、意識して眺めると、刃と柄のシルエットに見えてくる。ミニチュアの“鎌”が耳に宿っている。


「これで分かったでしょ。大鎌のカラクリはリディの“魂印魔法ソウルシグネ”よ」


「……え? 魂印魔法って、なに?」


「……先生、まさか“知らない”の?」


そう俺が口に出した瞬間、シリカの目が丸くなる。


(やばい。もしかしてここでは“常識”の知識だったのか? だったら教師が聞き返すワードじゃない!)


「いや、その、うん……違うんだ。えっとだな――」


俺を怪訝な視線で見つめるシリカ。ーーすると。


「先生、ひょっとしてシールズ地方出身なんか?」


ミラルトがすっと割って入る。猫モチーフの帽子をクイッとかぶり直し、得意げに笑った。


「こっちの大陸じゃ、精霊魔導士の正式資格は三十歳から。でもシールズは完全実力主義で、若くても取れるんよ。それに呼び方もちゃう。魂印魔法のこと、向こうでは“オリジン・コード”言うのが一般的や」


「……なるほど」


(ナイス、ミラルト!)


「そ、そうそう。“オリジン・コード”、だ。こっちじゃ魂印魔法って呼ぶのか。紛らわしくて一瞬ピンと来なかったよ。しかしよくそんなこと、知ってたな」


「ふふん。アニムス学園の情報屋こと報道部のウチに、死角はないで?」


ミラルトが得意げにウィンクをする。

心底助かった――が、同時に背筋にうす寒いものも走る。


(情報屋……。俺の“偽”に勘づかれないよう、言葉選び、気をつけないと)


シリカは小さくうなずいて、説明を続けた。


「魂印魔法は、その名の通り、魂に刻まれる“生涯その人だけの固有魔法”。“何を得たか”で、その人の職や生き方すら決まることもあるわ。リディの魂印魔法は“圧縮”と“重量操作”。だから、あの大鎌をピアスのサイズにまで圧縮して、重さも数グラムに抑えて身に着けてるの」


(その人だけの魔法……“証明書”みたいなもの、なのか。人生の――)


「当たり前やけど、ウチにもシリカにもナナセにも、それぞれ固有の魂印魔法があるで。それは地方関係なく共通や」


ミラルトが補足を入れる。俺の脳裏に、さっきのリディの台詞が再生される。


『ご心配なく。すでに“持って”いますので』


(あれは、そういう意味だったのか)


「リディの魂印魔法は、さすがアンセン商会の令嬢って感じやね。携行性と安全性、どっちも汎用性が高いし、戦闘でも生活でも役に立つ。ずいぶんとお得な力や」


ミラルトが感心まじりに頷く。


「アンセン商会って……リディも自分で言ってたな。ってことは、やっぱり――」


「せや。あの“アンセン商会”の娘はん。シールズにももう進出済みやし、先生も名前くらい見聞きしとるやろ?」


本来“シールズ出身”でもこの大陸出身でもない俺が、知っているはずはない。けど――引っかかりがあった。


(……あれ、なんだっけ)


脳内を逆再生。寮の部屋。机。備品――シャツ、コップ、タオル、ペン――。


(全部、“ANSON”のロゴ入ってた!)


「……ああ、あれか!」


「やっぱ見たことあったんやな」


「いろいろと手広くやってるから。誰でもひとつは目につくわよ、シールズ地方出身でも知ってて不思議じゃないわよ。……わ、私はあまり知らないけど」


シリカがぷい、と空に視線を逃がす。頬が、ほんのり赤い。


ミラルトがにやにやしながら顔を覗き込む。


「なぁシリカ。ウチ知ってんねん。アンセンの新作ハンドクリーム、愛用しとるやろ?」


「な、なっ……!」


耳まで赤くなった。図星らしい。


「あ、あれは! リディに“試して”ってサンプル渡されただけで、べ、別に好きで……!」


「ほーん? ホンマかぁ?」


「ほ、ホンマよ!」


(焦りすぎて関西訛りがうつってる……!)


『シリカも良いとこのお嬢やのに、高級思考じゃなくて、庶民派思考やからなぁ。アンセン商品の方が肌に合うんやろ?』


『い、家は関係ないでしょ』


二人のじゃれ合いに、ナナセがくすっと笑う。


「でも、アンセン製品は、お値段も手頃で品質も良いし、とっても人気なんですよ。わたしも石鹸はアンセンの蜂蜜の匂いのするやつにしてます」


「え、そんなのもあるの?いいなぁ。今度見せてよナナセーーあ……」


その姿を見てミラルトが肩をすくめる。


「ち、ちがう!別に私が欲しいって訳じゃなくて、友達が欲しいって言ってて」


「ウチは何も言ってないで、シリカ」


いつの間にか、俺も笑っていた。そのやり取りが、やけに胸に染みる。


(――俺は、この世界のことを、何も知らない。生徒に教える以前に、“ここ”を知らなすぎる)


二つの太陽が角度を変え、絨毯の影が短くなる。風が甘い花の匂いを運び、遠くで鐘の音が一度だけ鳴った。


「……教師らしく、“教える側”に回れるようにならないとな」


ポツリと漏れるような小さな決意。


「先生、今、何か言った?」


「いや。なんでもない」


『次はアニムス学園前、アニムス学園前――』


アナウンスが流れ、風絨便が高度を落とす。眼下に広がるのは、尖塔と屋根が折り重なる学園都市の心臓部。石畳の大通りには露店が並び、香辛料と焼きたてのパンの匂いが渦を巻いている。湖にかかるアーチ橋を越え、校門前の広場が近づいた。


と、その時――。


「先生、ほら見て。絵描きさん」


ナナセが指さした先、停留所の端でイーゼルを立てている老いたエルフがいた。群青の絵の具が朝の空を塗り、銀の筆先が湖に浮かぶ影をすべらせる。すれ違いざま、老エルフは細く会釈を寄越した。


「……おはようございます」


思わず返すと、彼は口の形だけで“よい風だ”と告げた。たぶん、ここではそれが、最上の挨拶なのだ。


「先生」


今度はリディが振り向く。三日月のピアスが陽を拾い、鈍く光った。


「遅くまりましたが、先ほどの件、市街での戦闘許可ありがとうございました。初めは、私の事を案じて止めてくださったのでしょう?――でもお気遣いなく、あの程度の輩、わたくしの敵ではありませんわ」


「はは、余計なお節介だったかな?」


そう口にするとリディは口元だけ柔らかくして言い直す。


「そんなことはありません……先生がいると、心強いのは本当ですわ」



シリカが少しむくれて、前髪を指で払う。


「……ふん。私は別に、先生がいなくても倒せるからどっちでも同じよ」


「はいはい、頼もしぃ頼もしぃ。ほな、降りるで」


ミラルトが立ち上がり、帽子をとん、と押さえる。絨毯がふわりと沈み、停留所にやさしく接地した。


乗り降りの喧騒。誰かの靴音。誰かの笑い声。誰かのため息。この世界の朝の街がいっせいに目を覚ます。


そのざわめきの中で、俺はひとつだけ、はっきりと決めた。


(ちゃんと“勉強”しよう。魂印魔法、学園史、各種族、法律、交通、そして――アンセン商会)


“偽物教師”をやりぬく為にも、俺の持ってる知識じゃ足りな過ぎる。


「先生、行きますわよ」


「……ああ」


俺は絨毯から一歩、石畳へ踏み出す。

二つの太陽が作る影が、ほんの少しだけ、昨日より前へ伸びた気がした。


――風が、今日もよく吹いている。

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