11話『宗一郎、はじめての女子寮生活』
ピーピッピ、ピーピッピ。
早朝、耳に聞こえるのは目覚まし時計のアラームでも、聞きなれたヒヨドリやシジュウカラの鳴き声ではなく、聞きなれない謎の鳥の鳴き声で宗一郎は目を覚ました。
『はぁー、やっぱり慣れないな……って言ってもまだ今日が二日目なんだけど…』
ベッドから起きてカーテンを開ける。そこにはこれまた見慣れぬ浮遊する島に二つの太陽の存在が寝起きの宗一郎に現実を突きつける。片方は淡金色、もう片方は白銀に近い色で、わずかに角度の違う光が部屋の床に二重の影を描いていた。
(おはようファンタジー、さよなら俺の現実……)
まだ完全に受け入れきれない感情を何とかしまい込みスーツに着替える。胸ポケットの内側に昨日の魔導書の重みを確かめると、鼓動が一拍だけ強く跳ねた。
寝巻きや、簡単な替えの服ならこの部屋に常備してあるらしく、その服のおかげでなんとかスーツやシャツのまま寝ることは避けられた。
『このスーツはなけなしの金で買った一張羅だからな、大切にしないと…』
ーーまぁ一度ずぶ濡れになってしまったが……
時計を見ると午前6時少し前、正直このまま部屋に引きこもっていたい気持ちもあるが、偽りとは言え『教師』の立場である以上立ち振る舞いだけでもそれらしくしなくてはならない。背筋を伸ばし、ネクタイを結び直す。
『よし…』
と気合を入れてドアノブを握り扉を開けると……
『おっとっと危ない!』
そこには猫をモチーフにした帽子を被る女の子……ミラルトが開けたドアのすぐ近くに居た。帽子の耳がぴょこっと跳ね、彼女の金色の瞳がいたずらっぽく細まる。
『あっ!だ、大丈夫か?』
『あ〜、平気や平気、何も怪我はしてないさかい』
思わずミラルトに声を掛けると横からもう1人の生徒が割って入ってきた。
『まったく、ミラルトさん、何をしているんですか。この部屋には、わたくし達の担任のテンリュウ先生が居るのですよ? それに男性の部屋の前でコソコソと様子を伺うのは淑女としてどうかと思いますわよ』
そうミラルトに注意を促すのはリディ・アンセン。昨日と同じく特徴的な三日月型のピアスをしている。彼女はまだクラス全員を把握していない宗一郎でもはっきりとわかる。そのセミロングヘアーが揺らめいている。
『そないなこと言ってもやっぱり気になるやん?……それにリディも少しは気になったから様子をみにきたんやろ?』
『ーー⁉︎ち、違いますわ。わたくしは普段からこのぐらいの時間に起きていますわ。それに今日はたまたま通りかかっただけです!』
『ふーん、またまたねぇ……いつもより早い様な気もするんやけどな』
『そ、そんな日もあっても不思議じゃ無いでしょう⁉︎』
朝から2人の女性に囲まれて賑やかな朝を迎える。普段一人暮らしなだけに新鮮な気分だ。
(あはは……ほんとうに女子寮なんだなーーしかしこの様子じゃ、部屋でもうかつな事は出来ないな…どこに人の目があるかわかったもんじゃない)
ヒヤリとする胸をバレないように撫で下ろす俺は廊下で交流したミラルトとリディと一階のラウンジに移動する。すると…
カラン…とドアに付けられている小さい鐘の音が聞こえた。
『ーーあ……』
寮に入ってきたのは銀髪の少女シリカだった。動くたび、銀糸の毛先が朝の光を小さく弾く。
『お、おはよう。シリカ』
『……うん、おはよう』
部屋に入ってきた彼女の姿は普段の制服やローブではなくチュニックのような動きやすそうなデザインの服を着ていた。トレーニングウェアみたいなモノだろうか?袖口には小さな修繕の跡があり、几帳面な縫い目が彼女らしさを物語っている。
『あら、おはようございますシリカさん、今日も日課のトレーニングですの?』
『いやー、シリカは昔から変わらんなぁ、昨日、あんだけ怪我したのに無茶したらあかんで』
『別にあんなの大したこと無いわよ。医務室で手当もしてもらったし平気よ』
そうだ、昨日シリカが俺の部屋を訪れた事に気を取られてシリカの怪我のことを忘れていた。
専門的な知識の無い俺から見てもかなり負傷をしているように見えた。
しっかりは見てなかったけど、脚もかなり腫れていたし捻挫しててもおかしくない程だった。
『……足の怪我、もういいのか?』
『先生も心配し過ぎ、あのぐらいなら治癒魔法で早めに治るわよ……それとも、先生から見たらそんなに私って弱々しく見えるの?』
しかし、不満そうに見上げる彼女の表情は昨日の姿の見えない何かと必死に抗う少女ではなく、年相応な少女に見えた。目の奥にだけ、消えない芯の強さが灯っている。
『ご、ごめん、そう言う訳じゃないんだけどさ』
俺が慌てて弁明をするとリディが横から会話に加わる。
『まったく、テンリュウ先生が心配してくださってると言うのになんて言い振りですか……これだから粗暴な猪と言われるのですよ』
『そんなあだ名で呼ぶのはあんただけでしょうがー!しかも粗暴まで付けて!』
『あら、朝からそんな大声をお出しになるなんて、わたくしの目に狂いはございませんわね』
『ムッカー!もう今日という今日は許さないんだから!』
またまた昨日と同じ光景が起こる
(……デ、デジャブだ)
俺の困惑をよそに、二階からまた一つの人影がラウンジに降りてくる。
『ふゎぁぁ……おはよう〜、騒がしいけど、どうしたのみんな……?』
寝起きで少し気の抜けた言葉を掛けてきたのは薄いオレンジ色の髪をした少女ナナセ・ハーヴェストだった。
『はぁ……、ナナセさん。もうこの寮はわたくし達女子生徒だけでは無いのですから、そのような格好で降りてきては困りますわ』
リディが呆れ混じりのため息をつきながらに指摘する。
すると、『あ!』といった表情をして壁に隠れてしまう。
『えっとね……まだ春だけど、最近ちょっと暑かったからね。その、このぐらいがちょうど良かったっていうか……えへへ』
そう照れ隠しで笑う彼女の姿は薄手の寝巻き姿だった。宗一郎と目線が合うと更に顔を赤くしてしまう。頬に寝癖の跡がうっすら残っているのが、少し可笑しい。
『昨日まで女子しかおらんたからなぁ。ナナセもウッカリしてもうたか、まぁウッカリさんはつい最近もおったけどな?』
その言葉に反応してギロリ、とシリカが睨むがミラルトは知らん顔。
朝から女子寮はとても賑やかだった。
(はは、俺、先生だけじゃなくて、この寮生活もやっていけるのかな……)
そしてそんなやりとりをしていると再びドアのベルが鳴る。
「あらまぁ、今日は一段と賑やかね」
そう言いながらこちらに歩いてくる人物が一人。
「あ、おはようございます。マリアさん」
シリカがマリアと呼んだその女性はエプロン姿をして手には大きめのバスケットをぶら下げている。ーーごくごく普通の買い物帰りの女性に見える、ただそのフサフサの立派な耳と尻尾さえ無ければ、だけど。尻尾がゆるく揺れるたび、籠の中の瓶がからんと鳴った。
(学園長と同じ獣人……って種族なのかな?)
「あら、見ない顔が居るねぇ、あんたがテンリュウ先生って人かい? 副校長先生から話は聞いてるよ」
明るくそう話すと握手を求めてきた。掌は温かく、陽の匂いがした。
「は、はい、お世話になります」
「あたしはマリアって言うんだ。この寮の世話係みたいなもんさね。この子達のご飯や寮の掃除とか、まぁ色々なサポートをしてるんだ」
(なる程、寮母さん的な感じなのか)
「それぞれの学生寮にはあたしみたいなのが居るのさ。何かあったら先生も遠慮なく言って頂戴ね」
「マリアさん、ウチ早く起きたからお腹減ってもうたわ。」
ミラルトがそう言うと俺もなんだか急に空腹感に襲われた。ーー俺も言われると昨日はシリカがくれたクッキーしか食べてなかった……
「それじゃすぐに作るからテーブルに座って待ってな」
そう言うとマリアさんはキッチンの奥へと向かっていった。
「マリアさん、私も手伝います」
その後を追ってナナセもキッチンへ向かう。
ーーーーーー
しばらく経つととても良い匂いのする朝ごはんがテーブルに並んだ。
焼きたてのパンと、野菜やお肉の入ったスープに水々しいサラダ。他にも俺の居た世界に近い食材がズラッと並ぶ。湯気に混じってハーブの香りが鼻孔をくすぐった。
俺も皆んなと同じ様に席に着き朝食を頂く。
スープを一口すする。
(……うん、少し独特な味がするけど中々美味しい。コレは鶏肉か?)
初めてこの世界に来て食べる食事に少しの感動を覚える。それと同時に自分の食べられる食事で助かった……と安堵も覚える。
(異世界の食べ物だから何か得体の知れない料理が出てきたらどうしようかと……)
『どうだい先生? 精霊魔導士様ってんなら毎日いいもの食べてるかも知れないけどさ、うちの寮の食事も口に合うといいけどね!』
『とても美味しいですよ。焼きたてのパンなんかも久しぶりですよ』
俺は食べながら答えるとマリアさんは『よかったよかった』と笑う。
周りを見てみると他の子たちも黙々と食べている。その食べるスピードは男の俺よりも速いペースに見えた。
(女の子とは言え、育ち盛りだから良く食べるな)
そんな事を考えていたらその視界の中に一人、先程ラウンジで姦しいおしゃべりをしていた時には居なかった生徒を見つけた。
黒いショートヘアで小柄な女の子
小さい口でもぐもぐと食べている姿はどこか小動物っぽさを感じた。
その時、その少女と宗一郎の視線が一瞬重なるがすぐに視線を戻して再び咀嚼をする。箸の持ち方が妙にきれいで、育ちの良さがふとよぎる。
(この子は……あー、くそ、まだクラス生徒の名前を全然覚えきれてない……)
昨日の夜、学園長と副校長が部屋に来た時に一応生徒の名簿や授業で使う必要な物一式を貰っていたのだが、流石に1日で一クラス全員の名前と顔を覚えられるほどの頭は持ち合わせては居なかった。
(ーーそんな頭してたら二浪なんかしてなかったかもな…)
そんな自虐的な思考に走る。
そして朝食を終えてひと息付くと、マリアさんがみんなに声をかけた。
『そう言えばね、寮のお風呂は今夜から使えるからね。今まで校舎の方のお風呂使わせちゃっててごめんなさいね』
『やっと直ったか、校舎のお風呂は広いけど使える時間が決まってるからなぁ、すこし不自由やったんや』
お風呂という単語に俺はドキリとする
いや、別に何も悪い事はしていない。
ーーただ申し訳ないので事をしたなとは思ってる。あの時の湯気と沈黙が、胸の奥でまだ熱を帯びていた。
『それは良いお知らせですわね。ーーってあら?シリカさんどうしたんですか? 急におとなしくなって……』
少しの気まずさから視線が定まらず泳いでいる人物が俺の他にももう一人……
『まぁまぁ、気にせんでおいてやってくれ。シリカにも色々あるんや』
ミラルトが軽いフォローに入るがリディはいまいちら理解でいないでいた。
ーーちゃんと風呂場に居た件も何とか理由を付けておかないとな……正直に話すわけにも行かないし……
そんな微妙に気まずい雰囲気の中ラウンジの時計が鳴る。
『あ、みんな、そろそろ学校行く時間だよ』
そう言ったのは食器を洗って手を拭いていたナナセだった。
『ーーそ、そうね!遅刻しちゃマズイし、行きましょう』
助け舟を出されシリカが声を上げる。
『そうかい、それじゃ皆んな行ってらっしゃい、気をつけて行くんだよ! 勿論先生もね、あははっ!』
とマリアさんが笑いながら俺の背中をバシンと叩く!
皆それぞれ学園に行く支度を始めて次々と寮を出ていく。靴音と笑い声が廊下に流れ、朝の空気がすっと入れ替わった。
ーーいよいよだ、昨日も色々あったが、今日だって俺に取っては失敗のできない一日には違いないんだ!
俺は自分で自分を鼓舞して生徒たちの後を追ってドアを開くーー
二つの太陽の光は眩しく、しかし不思議と温かい。偽物の肩書きでも、守る相手が居るなら胸を張れ。そんな小さな決意が、靴紐をぎゅっと固く結び直させた。
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