第一層『大蜥蜴』1
それは大きな蜥蜴である。全長20メートルを超える体躯を持つ。全身を硬い鱗で覆い、その鱗は如何なる鋭利なものも貫くことはできない。その鱗の硬さから、鱗一枚で一般的な家が建つと言われている。
「ここは......」
少年はとある場所で目が覚めた。周囲は土臭い黄土色レンガの壁に囲まれている。前を向くとそこには広場らしき場所が見える。その広場の中心には小さな炎。少年はその炎に惹かれるように、椅子から立ち上がり歩き出す。
炎の近くまで来るとその中に文字が浮かび上がっているのが見える。
「『第一層 大蜥蜴の巣』...?
大蜥蜴...でかいヤモリのようなものだろうか。
それに第一層?まさかダンジョンに入ったとでも言わないよな?」
蜥蜴といわれて例えとしてヤモリを持ってくるのは不適切である。しかし強く記憶にあったのがヤモリの方であった。少年にとってダンジョンというのは空想上の存在である。アニメや漫画で登場する洞窟や城などさまざまな形を持ち、中にモンスターが身構えている。そんなイメージを思い出しつつ、炎の先に続く道を進む。
「つーかなんでこんなとこに?俺は確か.........ん?なんも思い出せないぞ?自分の名前すら出てこねえ。どんな家に住んでたんだっけ俺?」
記憶喪失。突如ダンジョンに放り込まれ尚且つ記憶喪失という状態で普通の人ならばパニックになってもおかしくない。しかし少年は違った。
「まあいいや。とりあえず進んでみるか」
恐れを知らない少年は道を歩み続ける。黄土色のレンガ壁の道がしばらく続き、そして壁に突き当たった。左右には道が続いている。分かれ道である。
「あー右にするか」
特に理由などない。何とか理論で右を選んだのかもしれないがそこにも特に意味は無い。
右の道を進んだ先でも分かれ道になっていた。今回はそこを左に曲がると、さらにまた分かれ道。そんなことを数回繰り返すと、道の途中に脇道が見える。
迷わず脇道に入るとそこは小部屋で、部屋の中央に小さな石板落ちているのを確認できた。その石板には文字が書かれていた。
『大蜥蜴は全身が頑丈な鱗で覆われている。頭から尾までどこを切り刻もうと傷一つつけることは叶わないだろう。しかし唯一腹は鱗が存在しない。』
「腹を狙えってか?そもそも大蜥蜴を倒そうにも何も持ってねえよ」
小さな石板の他になにも無いのを確認し、小部屋をあとにする。入ってきた道に戻り、来た道の先を進もうと右に曲がる。
その時ふと、後ろ側が気になった。ただなんとなく、何気なく極小の違和感を感じ取った。第六感なんて言葉があるが少年はそんな存在を信じていなかった。あれは何かしら要因があるのだろうと推測していた。であればこの違和感はなんだ。
寒気。そう表現してもなんら問題はない。全身の鳥肌が沸き立つ感覚がある。今現在の視界の中ではなにも変化はない。例えるならば急激に体温が下がったような感覚。おそらく実際には体温は下がっていないがそう錯覚してもおかしくないぐらいには体が異常を訴えていた。
後ろを見なければこの違和感が解消されることはない。だが見たくない。そんな心の二分化が起きていたが少年にその選択を優位に待つ時間はない。振り向くか。振り向かないか。
振り向かないほうが楽な気はする。知らぬが仏という言葉もある。知らないままの方が幸せなことの方が多い。
しかしこのじっとしていても何も始まらない。意を決して後ろを振り返る。振り返ってしまった。
視界いっぱいに映るのは赤色。その端の方には白く鋭く長い歯が並んでいる。獲物を捉え噛み砕くための歯が。
それは口であった。
「うわああああああああ!!」
思わず尻餅をつく。そのおかげで噛みつきを避け一瞬にして胃の中に放り込まれることは回避した。しかし脅威は去っていない。
口を閉じた姿はドラゴンのようであった。目つきは竜のように眼光が鋭く、前足には長く鋭い爪が生えている。圧倒的脅威。逃げ出すには充分な判断材料である。
「はっ...!はっ...!」
すぐさま奴とは反対の方向へ走り出す。少しでも止まったら死ぬという本能に従い足を前に進める。
「ギャオオオオオオオオ!!」
咆哮が壁や天井を反響し特大の音として少年の耳に届き、恐怖心を増加させる。その咆哮は一方的な狩りを始まりを告げる。
少年が対峙したのは『大蜥蜴』。名のある実力者を数多く殺してきた怪物である。討伐した者も2度は戦いたくないと言われる。
『大蜥蜴』が第一層のボスとして登場するのはこのダンジョンの難易度故である。
ここは世界に3つしか無い難易度Sダンジョン『虚空間の遺跡』。歴史上攻略者が存在しない。
入口不明、出口不明、登場する怪物も未知で何も情報が出回っていないことからその存在すら都市伝説扱いである。
しかしその存在は世界的に恐れられている。数多くの英雄がこのダンジョンに挑み死んだとされている。
そんなダンジョンに何の力も持たない凡人が放り込まれる。悲劇という他無いだろう。