第5話 魔法の値段
扉が閉まり、外界と隔絶された空間に甘い煙が立ち込める。
老女は無言のまま、フィンとリュミスを奥の部屋へと導いた。
分厚いカーテンがかかり、柔らかな灯りが揺れる室内。
老女は静かにソファに腰を下ろし、キセルの煙を細く吐き出した。
「さて——」
彼女の目が細まる。
「……あれは、何だい?」
指先で顎を撫で、視線を向けた先には、クリアな布の詰まった袋。
フィンは机を軽く弾き、唇を歪める。
「雨の日、最高に目立つ女になる魔法だよ。」
老女の視線が鋭くなる。
ゆっくりと煙を吐き、言葉を確かめるように繰り返した。
「魔法、ねぇ……なるほど。」
それから、透明な布を指差し、こう言った。
「触っても構わないかい?」
フィンはエミリーを振り返る。
エミリーが小さく頷くと、老女は袋からそっと布を持ち上げた。
照明の下、それは水で編まれたように光を反射する。
「ほう……」
老女は指で生地をなぞり、興味深げに見つめた。
「これを着れば、本当に雨に濡れないのかい?
それに、特殊な手入れが必要そうだが……」
フィンはリュミスに視線を送る。
「説明してやれ。」
「えっ、わ、私!?」
リュミスは少し慌てながらも、深呼吸して説明を始めた。
「ええと、そ、その……これは、染料が染み込まないほど水を弾く素材です。なので、雨を完全に防げます。それに、特別な手入れは必要ありません。濡れても、乾かせば、また使えます。でも……」
「でも?」
「接着剤が剥がれることはあります。
その場合は持ってきてもらえれば対応します!」
老女はしばらく黙った後、キセルをくゆらせた。
「ふぅん……それで、値段は?」
フィンは笑う。
「1着500万ガネー。」
エミリーが思わず小声で呟いた。
「……私に売った時の、二倍じゃない。」
老女がぎろり、とねめつけるような視線を送る。
だが、フィンは微動だにしない。
「待てよ。ただ値段を吊り上げたわけじゃない。」
「ほう?」
「わかってるだろ? これは、"雨の日、客が集まる魔法の服" だ。」
リュミスは首を傾げる。
「それって……?」
エミリーが問うと、フィンは笑った。
「この服を着て、雨の中を女が歩く。
そして、その特別な女達は全員この店に入るんだ。
外を歩いてる客は間違いなく注目するだろうな。
ただし、この魔法を独り占めできるなら、だが」
リュミスは息をのむ。
「俺はな、一年、専属契約をするのに必要な金が500万ガネーだと言っている。」
フィンは歯を見せ、笑う。
「高くはないだろ?
他の店に持って行けばもっと利益を出せるんだ。
たかだか二倍の金なんてはした金だろ。他の店に先んじて流行を作るには。」
その片手は何かをつかむように宙で握られる。
「必要なら、一年後、契約を見直しても構わない。それだけの利益を、この店なら出せるだろう」
老女は静かにキセルを置いた。
「……400。」
「450。」
数秒の沈黙の後——
老女は、首を縦に振った。
◆◆
結局、服は10着売れた。
エミリーが腕を組み、むくれた顔でため息をつく。
「私の分まで店持ち? なんかズルくない?」
「一人だけ特別になりすぎても困るんだろうな」
「……うぅ。」
肩を落とすエミリー。
だがすぐに顔を上げ、微笑んだ。
「まぁいいわ。今度はお客として遊びに来てよ。サービスするから。」
その仕草は、まさに一流の女の風格のそれである。
──
リュミスはエミリーの笑顔を思い出しながら嘆息した。
利益は4500万ガネー。
ここからフィンの服代を引いても、4400万ガネーは残る。
「もしかして……これで、借金の大半が返せる……?」
「残りの支払いも、これなら待ってもらえるはずだ。」
フィンは笑う。
リュミスはぽつりと聞いた。
「最初から、このつもりだったんですか?」
「まぁな。とはいえ、エミリーが歩いてたのは運が良かったとしか言えねぇよ」
フィンは口角をさらにあげる。
「世界を手に入れる男なら、これくらいの幸運、当然だがな。
さぁ、ここからもっと売って、売って、売りまくるぞ!」
フィンの目は、燃えるように輝いていた。
リュミスはその姿を静かに見つめる。
(もしかしたら、結構すごい奴なのかもしれない。)
二人の上には、満月が煌々と輝いていた。
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