第3話 天才でポンコツ
「……で、これをどうやって服にするんですか?」
リュミスは布をつまんで眺める。
確かに、染まらないほど撥水性のあるこの素材は、雨避けには最適だろう。
だが——
「穴を開けると、そこから破けてしまうんですよ?」
フィンはニヤリと笑い、指を振る。
「ちっちっち。そこが発想の転換点だ」
「?」
「確かに俺たちは、まだ穴を開けて仕上げる技術を持っていない。ならば——」
フィンは布を両手で引っ張り、ピンと張る。
「穴を開けなければいい」
「……?」
「接着剤くらいはあんだろ?縫うってのは、布をくっつける手段に過ぎねぇんだよ。」
リュミスは目を瞬かせたあと、ポンと手を打った。
「なるほど! なら……」
言うが早いか、彼女は手元にあった素材を拾い上げ、スルスルと動き始める。
あっという間に布を裁断し、寸分の狂いもなく組み立てを進めていく。
「おいおい、ずいぶん手際がいいじゃねぇか」
「ふふん、伊達にアンドロイドやってませんから!」
リュミスは得意げに胸を張る。
「私は独自のデータベースを持ってるんです。素材データや、簡単な型紙の記録くらいならありますよ!」
「……専門じゃないんだろ?」
「はい。だから設計図までは持ってません。でも、長さや角度を狂わずに記憶できるので、簡単なものなら問題なく作れます!」
言いながら、リュミスは一切の狂いもなく布を組み合わせていく。
まるで工場の機械が自動で動いているようだった。
「とんでもねぇな」
フィンが唸る。
完成したのは、まるで工場で作られたかのように美しいフード付きのポンチョだ。
透ける素材が光を受けてきらりと輝き、柔らかく波打つ。
角度によってほんのわずかに色が変わるその様子は、まるで高級なシルクのようだった。
「一応、彼女の体格を推測して作りましたが、採寸してないので概算です。
胸がある方だったので、その分、生地が上にあがって短くなるかもしれません。」
「……俺の見込み通り。お前は原石だ。」
フィンは感嘆しながら呟く。
「なのに借金まみれ……」
「それ言わないでください!!」
リュミスは半泣きになりながらポンチョをフィンに押しつけた。
「はい、じゃあさっそく店に行きましょう!」
「いい加減にしろポンコツ」
間髪入れずにフィンが突っ込んだ。
「ひゃい!?」
「高級品を剥き出しで渡す奴がいるか。」
フィンは指を突きつける。
「いいか?高級品ってのは、"これを買って良かった"、"買えた自分は特別である"って思わせんのが大事なんだよ。」
「……え?」
「このポンチョはどうだ? 250万ガネー、人が一人雇える金額だったか、つまり間違いなく高級品だ。
となれば、パッケージもそれに見合うものにする必要がある」
リュミスは「そんなもんですか」と腕を組む。
「私はものさえ手に入れば気になりませんけどね。
なら紙箱とか用意します。」
フィンは、あからさまにため息をつく。
「そりゃ普通の服ならそれでもいいけどな。こいつは、普通じゃねぇからこそ価値がある」
フィンはニヤリと笑う。
「その特別な商品に釣り合う包装……。
ハッ、んなもん、この素材自体しかねぇよな」
「……え。これ、包装にも使うんですか?」
「あぁ。包装も中身も透ける、隠せねぇ商品だ。ただ、それだけだとインパクトにかけるな…」
「ふむ」
リュミスは作業台に布を広げ、適度なサイズにカットする。
「この布、空気も通さないんです。だから、袋状にして、入り口をしっかり閉じれば——」
ぷしゅ、と音がして空気が抜ける。
「へぇ。真空パックじゃねぇか」
フィンはニヤリと笑う。
「しんくうぱっく?」
リュミスは首を傾げる。
「いや……なんでもねぇ。要するに空気が抜けるってわけだな。なるほど、服をかさばらないように持ち歩くのにこれ以上のもんはないわな」
フィンは笑う。
「ペラペラスケスケのパッケージから、特別な服が出てくる。しかもその袋は何度でも使えるってわけだ。
音がして空気が入ってくのもおもしれぇ。
こりゃ、話題を占領するのにもってこいだろ」
フィンは袋を持ち上げ、満足げに頷く。
「さて……それじゃあ今度こそ納品ですね!
はぁ…何事もなく終わってほしい…」
肩を回したリュミスを、フィンが見る。
「何事もなく?
ハッ、バカ言え。ここからが本番だろ」
「え?」
リュミスの間抜けな声が静かな部屋に響く。
その隣で、フィンは悪い笑みを浮かべた。