重ねた嘘
それから一か月、モスはすっかりレイの日常に溶け込んでいった。
毎日寝食を共にし、こっそりカバンに入って大学にもついてくる。
そんなある日のこと。
「今度、タカシの家でタカシの誕生日パーティをやろうって話になってるんだよ」
いつも通りモスと食事をとっている最中、ふとレイが呟いた。
「誕生日? パーティ? なんだそれは」
「誕生日っていうのはそいつが生まれた日の事。パーティはなんというか、みんなと一緒に酒を飲んだりご飯を食べたりすることだよ」
「あれ、それは飲み会ってやつじゃなかったか……?」
「まあ……同じようなもんだ」
「飲み会と同じなら楽しいもんなんだろ? なんでそんなに暗い顔なんだよ」
「だって、タカシの両親は俺が殺したんだぞ?」
未だタカシの両親の遺体は発見されていない。当然行方不明届は出されているが、レイの所まで捜査の手は及んでいない。
「会いたくないなら行かなければいい。何をそんなに悩むことがあるんだ」
「……毛虫は考えることが少なくて羨ましいよ」
タカシはレイにとっての一番の親友。真実を伝えることはできないけれど、心の支えになってあげたいという気持ちが大きかった。
「じゃあ行ってくるよ。モスも来るか?」
「ああ、もちろん」
その週末、レイは何人かの友達とともにタカシの家に集まっていた。
「タカシ、誕生日おめでとう!」
テーブル上にご馳走を並べ、缶ビールを開けて乾杯する一同。
当然家のどこを見渡しても、タカシの両親の姿はない。
「お前最近ずっと暗かったからな。今日くらいははしゃいでくれよ?」
「あぁ……」
和気あいあいとした雰囲気で誕生日パーティが始まる。だがレイはひたすら、モスとタカシに対する申し訳なさを隠すことで精いっぱいだった。
「どうしたレイ? もっと盛り上がれよ」
「あ、ああ。そうだな」
そんな折、タカシが急にレイに声をかける。
「なあレイ。ちょっと話があるんだけどいいか?」
滅多に見せないタカシの真剣な表情。レイはその顔に身震いしながらも、毅然とした態度で答える。
「わかった」
「ちょっと外に出よう」
2人してベランダに出ると、もうすっかり空は暗くなっている。
もうすでに夏本番に入りかけているが、外は涼しい風が吹いていた。
「一か月前くらいから、俺の両親が行方不明になってるって言ったよな」
「ああ、知ってる」
「……レイが忘れ物したってうちに来た、あの日からだ」
(まさかタカシ……僕のことを疑い始めている?)
ごくりと唾を飲み込むレイ。タカシは沈黙を挟みながらボツボツと話し続ける。
「うちのマンション、外に監視カメラがあってさ。確認したらお前と母ちゃんが一緒に出て行く姿が映ってたんだ」
「……つまりタカシは僕のことを——」
「いや、やめてくれ。俺はレイのことを疑いたくない」
ベランダの柵にもたれかかり、軽く缶ビールを飲むタカシ。
「レイ、今から俺が何を聞いても違うと答えてくれ」
「……」
「父ちゃん母ちゃんの失踪に、お前は関わっているのか?」
「違う」
「お前が俺の両親を殺して、どこかに隠したのか?」
「違う」
「お前が俺の家庭を羨んで、壊そうと思ったのか?」
「……違う」
「……そうだよな。お前の口から直接そう聞けて良かった。警察にもそう言っておいたよ」
タカシはグイッと残っていたビールを飲み干した。
「なんか悪いな。あれからいろんなやつを疑うようになってしまってさ」
「ああ、気持ちはわかるよ」
レイはひっそりと、小さい頃の両親の記憶を思い出していた。
(あの時は事故を起こした人たちのことを恨んでいたけど、今となっては……)
「……実はこの前、父ちゃん母ちゃんのことを知ってるってやつが声をかけてきて」
「えっ……?」
(まさか、倉庫での事誰かに見られてたか?)
レイの頬を一滴の冷や汗がつたった。
「俺はなんとか2人の行方を教えてくれって言ったんだけど……いや、この話はやめておこう」
「な、なんだよ。気になるじゃないか」
「悪い。そういえば口止めされてたんだった」
(口止め? 警察にか……?)
タカシは空き缶を潰して部屋の方に戻っていく。
レイはその姿を見届けると、腰を下ろしてカバンの中のモスに声をかけた。
「やっぱり、黙っておくことは辛いな……思わず白状してしまいそうになる」
「真実を話すのはダメだ。あのタカシってやつさえ、オレたちの戦いに巻き込んでしまうことになる」
「……ああ、そうだな」
タカシはさっきの不穏な雰囲気からは打って変わり、楽しそうに友達を放している。
「僕が巻き込んでしまった以上、僕がタカシのことを守らないとな」
休み明け、レイはいつも通りモスと一緒に大学に来ていた。
春学期の授業も後半になってくると、どんどん出席する学生も減っていく。勉学が本分の学生にとっては嘆かわしいことだが、毎日モスを隠しながら登校しているレイにとってはリスクが減って嬉しいものであった。
「——というわけで、今回の授業はここまでにしましょうか」
「ダメだ、今日の授業も全く分からなかった……」
法学部に通っているレイだが、勉強は中の中ほど。奨学金を貰っている以上しっかり卒業して稼がないといけないのだが、レイは大学3年生にして単位取得にかなり苦戦していた。
「モスもこんな授業受けててつまらなくないか?」
「そんなことはない。この星のルールや文化を勉強できてかなり面白いぞ」
「マジかよ。エイリアンってやっぱみんな頭いいのかな」
2限目終わりの昼休み、みんなが一斉に食堂に向かいだす時間。
「早く行かないと混むぞ。モス、静かにしてろよ」
教材をモスと同じカバンに突っ込み、教室を出て食堂に向かう。
だがその時、レイに近づく一人の女性の影があった。
「レイ君、今授業終わったとこ?」
「り、リンカさん!」
待ち構えていたのはレイの憧れの先輩である斎藤リンカ。これまであまり接点はなく、授業後に待っていることなんて当然初めての事である。
「リンカさんもこれからお昼ご飯ですか?」
「うん。レイ君、一緒に食べない?」
「も、もちろん!」
人ごみに紛れ、並んで歩きだすレイとリンカ。
(授業終わりにばったり会うだけじゃなく、2人で一緒にご飯も食べれるなんて!)
その時、突然リンカが足を止めた。
「あっ、そうだ。食堂行く前にちょっと部室寄っていい? この前忘れ物しちゃって」
「ああ、全然いいですけど」
2人は方向を変え、部室のある学生館の方へと向かう。
(リンカさんと2人きりでランチ! ワクワクするなぁ)
「……」
心躍らせるレイとは裏腹に、リンカは暗い顔をして足取りも重いようだった。




