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蛾王~第一章 幼虫期~  作者: 秋一番
出会って別れてまた出会って
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人間じゃない

「もす……?一体何のこと?」


 すっとぼけたようにするタカシ母の顔を見て、レイは反対に確信した。この人は何か知っていると。


「おばさんが僕から奪った毛虫ですよ。喋る毛虫」

「喋る毛虫? 何その気持ち悪いの。そんなの知るわけないじゃない。どうしちゃったの?」

「無駄な時間は使いたくありません。タカシが帰ってくる前に、事を終わらせましょう」

「……」


 タカシ母はしばらく沈黙した後、靴箱の上にあるかごから鍵を拾い上げた。


「わかったわ。全て終わらせましょう。タカシが帰ってくる前に……ね」


 何かの鍵だけを以てどこかへ歩き出すタカシ母、レイはその数歩後ろを恐る恐るついて行く。


(やっぱりあれは夢じゃなかったんだ……モスは実在したし、おばさんが裸になって僕から奪ったことも……)


 不意にタカシ母の裸姿を思い出し、顔を赤らめるレイ。

 だが今のタカシ母からは、そんな妖艶な雰囲気どころか生気すら感じられない。

 しばらくタカシ母について歩いていくと、町はずれの倉庫までたどり着いた。


「ここに入って。きっとレイ君の探しているものが見つかるわ」


 鍵を開錠し、硬くなった倉庫の扉をゆっくりと開くタカシ母。


「おばさんはここで待っていてください。僕が一人で探して来ます」

「わかったわ。まあ、生きてるかどうかは分からないけどね」


 倉庫の中は窓一つなく、外は真昼間だというのに中は真っ暗。

 入り口から離れていくほどに、一寸先も見えなくなるほど闇が深まっていく。


「モス!! どこにいるんだ。助けに来たぞ!」


 スマホのライトで足元を照らしながら、一歩ずつ慎重に進んでいく。

 金物屋の倉庫に使われていたのか、中はねじの入った段ボールや金属部品が散らばっていた。


「モス! 助けに来たぞ!」


 しかしレイの声が倉庫内に響くだけで、どこからも返事はない。

 カツンカツンと足音が響き渡る。モスも探さないといけないが、入り口でたっているタカシ母の動きにも気を付けないといけない。


「なあおい、返事くらいしろって!」


 もしかしたら、もうモスは生きていないのかもしれない。そう考えれば考えるほど、焦りの気が高ぶり、足取りが早くなる。

 だがもしもう命がなかったとしても、それでも亡骸くらいは持って帰りたい。


「……モス⁉ モス大丈夫か⁉」


 ようやく見つけたのはモフモフした何かが入ったゲージ。


「死んでる……いや生きてる! まだ生きてるよな!」


 暗がりではっきりとは分からなかったが、呼吸に合わせて体が動いているのが見える。


「よし、帰ってすぐに何か食わせてやるからな」


 ゲージを抱えて帰ろうと振り返った瞬間、棒状の何かを振りかざす人影が見えた。


「危ないっ!」


 顔面にゲージを持ってきてなんとかガードずるが、いっぺんに大きな衝撃を食らいよろけて倒れてしまう。


「ってぇ……なにするんですかおばさん!」

「あぁあ、一思いに殺してあげようと思っていたのに」


 いつの間にか背後に立っていたタカシ母が持っていたのはハンマー。ゲージには大きく凹んだ跡ができている。


「じっとしてなさい。余計に苦しくなるわよ!」


 両腕でハンマーを振り回すタカシ母。レイは必死に後ずさりしながらなんとかかわす。


「やめてください! なんなんですか!」

「レイ君が悪いのよ? 全部なかったことにしてあげようと思ったのに、変なこと嗅ぎつけてノコノコこんなところまで来るから」

「おばさん、もしかしてこいつが何なのか知ってるんですか!」

「ええ、私たちにはとっても邪魔な存在。だから捕まえて利用してやろうと思ってたの……だけど!」


 再びハンマーを振り回し始めるタカシ母。レイはどんどんと壁の方まで追い詰められていく。


「早くそれを渡しなさい。せめて苦しまないよう一撃で殺してあげるから」

「そんなこと、そんなことさせるか!」


 勢いをつけて立ち上がり、ゲージを抱えて突進するレイ。


「きゃぁ! 何するのよ!」


 タカシ母が勢いで後ろに倒れた隙に、レイが全力で出口へと走り出す。


「逃げるぞモス!」


(運が良い、おばさんは倉庫の扉を開けっぱなしだ!)


 いくらゲージを抱えているとはいえ、タカシ母が二十歳のレイの足に追いつけることはない。


(このまま出口に辿り着ければ、僕たちの勝ち——)


「なんだ、騒がしいぞ」

「えっ……」


 扉をくぐろうとしたその瞬間、レイの目の前に大男が立ちふさがった。


「アケミ、こんなところで何をしてるんだ」

「あなた、早くそいつを捕まえて!」


 タカシ母がそう命令した途端、大男は巨大な手でレイの頭を鷲掴みにした。


「い、痛い痛い!」


(なんて強さだ⁉ 頭がかち割れそう……!)


 そしてレイは目撃した。大男の顔がぬるぬると変化していく様を。


「お前……人間じゃない⁉」


 顔を覆うように巨大な複眼、小さく飛び出た触覚、ストローのように長くなった口。それはまさに、よく見かけるハエのような顔をしていた。


「こノママ、殺シちャッテいイのカ?」


 徐々に人間らしい口ぶりではなくなっていく大男。そこにタカシ母も駆けつける。


「ええ、もう生かしておくことはできないわ!」

「やめろこいつ! 放せ!」


 モスの入ったゲージを手放し、必死に大男の腕を振り払おうとするレイだが、その握力はあまりにも強くいくら力を入れても解放されない。


「くそっ、くそっ、くそぉっ!」


(僕はこのまま、ここで殺されてしまうのか……そうだ!)


 だがその時、レイに1つのアイデアが思い浮かんだ。


(暴漢に襲われたとき、一番の対処はこれだってテレビでやってた! この化け物に効くかはわからないけど……)


「ええい、ままよ!」


 レイは大男の腕をつかんで浮き上がり、右足で思いっきり大男の金的に蹴りを入れた。


「ガァァァァ⁉」


 突如襲い掛かった得も言われぬ痛みに対し、思わずレイを持つ手を放してしまった大男。


「ナ、何ヲスル!」

「どいて! 私が殺す!」


 またしてもハンマーを振り上げるタカシ母。

 レイは間一髪でそれを交わし、再びタックルをかましてハンマーを奪い取った。


「ユルサン……コロス!」

「うわぁぁぁ!」


 襲い掛かってくる大男に対し、レイはなりふり構わずハンマーを振り回した。


「あっ!」

「きゃぁ!」


 ゴインッ、という音とともに、大男の頭がはじけ飛ぶ。


「あっ、そ、そんな……!」

「オイ、オレハイマ、ドウナッテイル? ナニモ、ミエナイ……」


 頭から緑色の血を流し、頭がはじけ飛んでもなおしばらく動き続けた大男。

 少しあたりをうろついた跡、突然倒れて動かなくなった。


「……よくも、よくも私の旦那をぉ!」


 泣き叫びながらレイの身体にとびかかってくるタカシ母。


「やめてください! この人は、人間じゃありません!」

「うるさい! 私のただ一人の旦那だぁ!」

「もうやめてください!」


 レイが身体を突き飛ばすと、タカシ母は倉庫の棚の角に頭をぶつけ、ゴンという鈍い音を響かせた。


「な、なんでこんなことに……」


 頭から真っ赤な血を流して動かなくなったタカシ母。


(僕は……僕は人を殺してしまった……)

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