予言
「タカシ!」
鋭い口を突き立てられたタカシは、立ったまま動かなくなってしまった。
「蠅王を撃て! 一般人を救助する!」
蠅王に向けて次々と銃弾が放たれる。だが蠅王は苦しみ悶えながらも、タカシの身体に液体のような物を流し込んでいた。
「グヌ、グオォォォ……」
やがて蠅王は力尽き、タカシの身体を覆い込むように倒れた。
「タカシ、タカシ大丈夫か⁉」
急いで蠅王の身体をどけ、タカシの安否を確かめる。
「呼吸はしてる……あれっ、蠅王に刺された傷が」
口を背中に突き立てられたはずだが、その傷はみるみるうちに塞がっていく。
すると突然、背後から複数のハエ型エイリアンが襲い掛かった。
「ギギィ!」
「ギィ! ギィ!」
「くそっ……タカシ!」
ハエどもはタカシの身体を守るようにレイたちに距離を取らせる。
「こいつら、王を失ったのにまだ戦いやがるのか!」
「うちがもう一度カメムシ弾を——」
だがその時、ハエたちの背後でタカシがゆっくりと立ち上がった。
「タカシ、動けるのか⁉」
だが様子がおかしい。タカシは体中を小刻みに震わせ、立っているのもおぼつかない様子だ。
「殺セ……こイツらヲ全員殺セ」
「タカシ、お前まさか——」
「ギギィ!」
とびかかってくるハエをかわし、至近距離で拳銃を打ち込む。
「お前まさか、寄生されたのか! 蠅王に!」
「殺セ……殺セ……」
ハエどもがタカシのもとに集まってくる。まるで王を警護するかのように。
「もうお前らは負けなんだ! 素直にタカシを解放しろ!」
しかしハエどもは続々タカシを守るように集まり、あっという間にタカシの姿はハエどもに覆われ見えなくなってしまった。
「もう奴は敵だ! 奴に対する射撃を許可する!」
レイのもとに駆け寄り、そう言いながらライフルを構える神崎司令官。
「ちょ、ちょっと待ってください! タカシは人間で僕の友達で——」
「お前も見ただろう! 奴は蠅王に寄生された! もう人間ではない!」
「で、でもタカシは……」
ハエの大群に向かって次々と打たれる銃弾。するとハエどもは一斉に飛び立ちだした。
「まずい、逃げられるぞ!」
上空に向けて銃を構える隊員たち。一斉に射撃を始める者の、タカシを抱えたハエを落とすことはできなかった。
「……くそっ、タカシ……」
肩を落とすレイの横で、総司令が厳しい声を上げる。
「これよりあの者をエイリアンの軍勢として指名手配する。今日の所は深追いはしないが、必ず見つけ出して駆除するぞ!」
*
蠅王による襲撃から一週間後。いよいよモスが繭を作る日がやって来た。
「レイ、お前には感謝してもしきれないよ。レイがいなければ、オレはこうやって繭を作る日を迎えられなかった」
ガラスケースの中で糸を吐き、繭を作りながらモスは感謝を伝えた。
「思えばあの日。レイがちょうど敵から逃げていた俺の真下を歩いていた偶然から、こんなところまで来てしまったんだな」
「ああ全く、とんだ疫病神が落ちてきてくれたもんだよ」
「まあそう言うな。リンカと近づけたのはオレのおかげみたいなもんだろ?」
「良いように言いやがって。確かにお前がいなきゃ知り合えなかった仲間もいるが……」
不意に黙り込むレイ。それを見たモスも少し気まずそうにする。
「……まあ、タカシのことは残念だった。でもあいつのためを思うなら、必ず見つけて蠅王の呪縛から解き放ってやれ」
「ああ、そのつもりだ。」
モスはどんどん自分の身体に糸を巻き付けていき、もう半分ほど繭は完成しかけている。
「そうだ。オレが繭になる前に、大事な話をしなければいけないんだったな」
「そういえば、そんなことも言ってたな」
「オレの故郷の虫たちは、いろんな星に行ってその星の王を目指すんだ」
「ああ、その話は前に聞いたな」
「ハエ族やオレたち蛾族も例にもれず、様々な星に行って王を目指したわけだが……ほとんどその夢はかなわなかった」
「どうしてだ?」
「圧倒的な2つの勢力があったからだ。そいつらは爆発的な繁殖力を持って、数の暴力でその星を支配する」
すでに繭は4分の3以上出来ている。モスはそこで一旦糸を吐く作業をストップした。
「その勢力っていうのが、この星で言う蟻の一族と蜂の一族だ」
「蟻と、蜂……」
「特にその2つの勢力が集結した星では、もう手が付けられないほどの大戦争が起こる」
「……そういえばこの前も、蟻のエイリアンがいたな」
「ああ、だからあいつを見つけたときは焦ったよ。もうこの星に連中が来てるんじゃないかって」
「じゃあそいつらはまだ地球には来ていないのか?」
するとモスは首を大きく横に振った。
「わからん、今もどこかに息をひそめ、繁殖の機会を探っているかもな」
「その2つの種族も、女王蟻や女王蜂みたいな女王がいるのか?」
「女王どころじゃない。蟻族も蜂族も、全ての王を支配する皇帝がいるんだ」
「皇帝?」
「銀色に輝く体表を持った蟻族の蟻皇、金色に輝く体表を持った蜂族の蜂皇。その金と銀が現れる時、その星のほとんどの生物が絶滅すると言われている」
「金と銀……か。なんでそんな大事なこと、早く教えてくれなかったんだ!」
「……すまん、恐ろしすぎて、あまり考えたくなかった」
モスは繭を作る作業を再開した。
「オレが眠っている間、とにかくその2つの種族には気を付けろ。奴らが現れたら、オレが目覚めた頃にはもう地球が支配されてる。なんてこともありうるからな」
「……ああ、総司令たちにも共有しておく」
モスはしばらくしてようやく、一つの大きな繭を作り終えた。
「それじゃあレイ、しばらくお別れだ。オレが繭になっている間も、しっかりオレのことを守ってくれよ」
「ああ、僕はこれからもっと強くなる。だからモス、お前も羽化したときはその強さを見せてくれ」
「そうだな、約束だ」
モスは繭の中に閉じこもると、しばらくもぞもぞとした後、眠りについて動かなくなった。
「……さて、訓練に戻るか」
———第一章 幼虫期 完———




