形勢逆転
「待て蠅王!」
蠅王の口がレイの首元寸前に来たところで、モスが大きな声を上げて引き止めた。
「交渉しよう。頼む、こいつの命は一旦預からせてくれ」
「貴様、蛾族の子か」
蠅王は様々な武器で切りかかってくる隊員たちを蹴散らし、ぬるりと顔をモスに近づけた。
「……そうか、お前は蛾族の王子か」
「王子……お前、王子だったのか?」
「そうだ。オレは蛾族の王のもとに生まれた。正真正銘の王子だ」
「なるほど、確かに一度話を聞く価値はありそうだ」
蠅王は隊員たちを足で払いながら、レイとモスの周りを回り始める。
「オレを生かしておけば、それだけで蛾族の対する強い交渉材料絵を得られるだろう?」
「その通りだ。この男は殺しても、お前の身は預からせてもらう」
「レイを殺すな。レイが死んだらオレも死ぬ。そうすればお前は蛾族の王子を殺した罪として、宇宙の果てまでも追い詰められるだろう」
「ふっ、ふハッ、フハハハハハハハッ!」
蠅王は馬鹿にしたかのように、高らかな笑い声をあげた。
「そんなハッタリが通用すると思ったか! 辺境の星に捨てられただけの末弟王子め!」
「末弟……?」
嘲笑う蠅王に対し、モスはキョトンと訳が分かっていないようだった。
「貴様、何も理解していないのだな。ワシは知っておるぞ、蛾族の王には多くの子がいることを」
「ああ、確かに兄や姉はたくさんいるが——」
「噂によれば、末っ子は何の才能もない落ちこぼれだったそうではないか!」
「なっ⁉」
呆然と立ちすくむモスに対し、蠅王は容赦なく続けた。
「何人も子がいれば、王を継がせる必要がない者も、役に立たない者も出てくる。貴様はその筆頭として、最も故郷から遠いこの星に捨てられたのだ」
「そんな……でも母上は、オレのことを——」
「貴様の母もどうだろうな。愛情を与えるふりをして、本当は厄介払いをしたかっただけなのかもしれん」
「やめろっ!」
怒りに身を任せ、ようやくレイが立ち上がった。
「お前らがどんな関係か知らないが、家族のことを憶測でテキトー言うんじゃねえ!」
「そう熱くなるな。貴様もこの役立たずにさんざん苦労させてきたのだろう?」
「苦労してきた……のは確かだが、それでもこいつは僕の、唯一の家族だ!」
「レイ……」
すると蠅王は急に面倒になったような、冷めた口調に変わる。
「つまらん。せいぜい仲良く死んでしまえ」
蠅王が大きく足を振りかざしたその瞬間、蠅王の顔に何かがぶつかった。
「グォォォォ! 何ダコレハ⁉ ク、臭イ!」
驚きのあまり人間の話し方から離れていく蠅王。次第にレイのもその形容しがたい嫌な臭いが飛んできた。
「なんだこの臭い……これは、カメムシ?」
「レイ君! 加勢に来たよ!」
「ケイ副隊長!」
研究者とともに戦地に繰り出してきたケイ、カナにシンジ。
その手には、簡易的なバズーカのような物が抱えられている。
「貴様ラァ、何ノ真似ヲ——」
「もう一発喰らいな!」
バズーカから放たれるのは、茶色い色のついた空気砲のような物。物理的なダメージは見えないが、顔にまとわりつかれた蠅王は苦しみそうに悶え始める。
「臭イ臭イ! ヤメロォ!」
その間にケイがふらつくレイのもとに駆け寄ってくる。
「レイ君大丈夫? 歩けそう?」
「はい、なんとか……それは?」
「カメムシの臭いから虫が嫌がる成分を抽出した、通称カメムシ弾! これで他のハエ型エイリアンにも効くはず」
ケイの言う通り、あたりを見るとカメムシ弾を受けたあらゆるハエたちがその臭いに転げまわっている。人間も不快に感じる臭いだが、特に鼻が良いハエにとってはてきめんだったらしい。
「今のうちにハエたちを!」
「はい!」
すぐに拳銃を構え、撃鉄を降ろす。
その時、傍らで未だ呆然としているモスの姿が目に入った。
「モス! あんな奴の言ってることは気にするな!」
「あ、ああ……」
「お前はこの星の王になるんだろ⁉ もし捨てられたんなら、本当の王になって見返してやればいい!」
「……ああ、そうだ!」
「キ、貴様ゴトキガコノ星ノ王ニナルナド」
「喋るな、ハエの親玉!」
「グヌォォ!」
ケイの打ち込んだカメムシ弾が再びヒット。蠅王の足取りがふらつきだす。
「グオォ、気持チ悪イ……」
襲ってくるハエはいない。狙いは完璧だ。
「喰らえっ!」
レイが引き金を引いた瞬間、音がはじけるとともに弾丸は蠅王の目玉に直撃した。
「グアァァァ!」
「今がチャンスだ! 蠅王をハチの巣にしろ!」
蠅からの攻撃を免れたライフル部隊が一斉に並び、蠅王に射撃を始める。
「ガァァ! グオォ! 貴様ラァ!」
多数の弾丸を受けながらも倒れようとはしない蠅王。しかしその体は徐々にふらつき始めている。
「行ける! 今! ここで駆除するんだ!」
「ヌゥオオォォォ!」
「なっ、なんだ⁉」
蠅王は突然大きく飛び、戦地の真ん中で突っ立っていたタカシの背後に降り立つ。
「タカシ、危ない!」
「貴様ノ身体、モライ受ケルゾ!」
「なっ——」
蠅王はその鋭い口を、タカシの背中に突き刺した。




