蠅王
「ここが人類の戦線基地というやつか……思っていたよりちんけな作りじゃのう」
基地の最上階に降り立ち、悠々とあたりを見つめる蠅王。そんな化け物に対し、果敢にも走り寄っていくものがいた。
「この化け物め! お前なんか人類兵器があれば怖くないぞ!」
勇敢な隊員はそう言って、拳銃の銃口を蠅王に向ける。
だがその瞬間、大量のハエがその隊員にとびかかった。
「ギギィ!」
「うわっ! なんだ!」
「ギィギィ!」
弾丸は蠅王から大きく外れ、建物の壁にぶつかる。
ハエたちはそのまま隊員を殺すのかと思いきや、銃だけを奪い取り隊員から離れた。
「な、なんなんだこいつら!」
「王の目の前では原則戦いをしない。それがワシらハエ王の掟じゃ」
蠅王の言葉通り、よく見ると他のハエたちも、隊員から距離を取り出している。
一方でその数自体は、蠅王が現れてからとてつもない勢いで増えていた。
「取引じゃ。ワシの娘を殺した人間を差し出せ。そうすれば軍勢をここから引かせよう」
黙り込む隊員たち。そのほとんどが蠅王と目すら合わせようとしない。
「そいつはどこにいる。ワシも本人が出てくるのを待つほど気は長くないぞ」
すると隊員たちの間を突っ切ってタカシがレイの前に再び現れた。
「王! こいつです、こいつがあなたの娘を殺しました!」
「タカシ、お前!」
この状況の中で動ける胆力、奴を王だと自力で理解した目、そしてまるで以前から王を知っていたような振る舞い。
「お前、いつから蠅王と繋がってた!」
するとタカシはギロリとレイの方を睨みつける
「いつって……お前が父ちゃん母ちゃんを殺した、あの日からだよ」
タカシの両親はそれより以前から、蠅王の娘夫婦に寄り人間に擬態するため寄生されていた。そのため蠅王の長女である大学でのエイリアンと連絡を取り続けており、レイが倉庫でタカシの両親を殺した時もすぐ側でそれを見ていたのだった。
だが白昼だったため大々的に外に出ることができず、夜にこっそり家に忍び込み、タカシと接触。状況からレイという男が犯人であることを悟り、大学でレイを殺そうと待ち構えていた。
本当はあの時から、タカシはレイが親殺しの犯人であることを知っていた。
「じゃあなぜ、なぜその時に追求しなかった!」
「……蠅王の娘に言われたんだ。自分が復讐できなかったら、蠅王の到着を待てって。そして圧倒的な物量で、レイを殺してしまえって」
「そんな……」
「話は済んだか? 人間ども」
蠅王は基地の壁を伝ってゆっくり地べたへと降りてくる。
そしてレイとモスの目の前で止まり、ジロリと下を見下ろした。
「お主がワシの大事な娘たちを殺したんだな」
「……だったらオレたちをどうするつもりだよ」
「ワシの星で裁判を行う。おそらくもう、死刑は確定しているがな」
レイの方に手を伸ばす蠅王。だがその瞬間、蠅王の足を弾丸がかすめた。
「連れては行かせませんよ、エイリアンの王さん」
「水嶋隊長!」
水嶋は再び撃鉄を降ろし、引き金を引く寸前のまま蠅王に近寄る。
「ここは我々の星です。あなたの家族が殺されたのは、我々の星で好き勝手なことを働いたから。この人に罪はありません」
「……あァ、そうかい」
蠅王はゆっくり深呼吸をすると、突然天にも届くような大声を上げた。
「こいつら全員、皆殺しダァァァ!」
「ギィ!」
「ギィギィ!」
「ギギィィ!」
再び一斉に襲い掛かるハエたち。すぐさま銃を持った部隊が蠅王を狙うものの……
「銃を持っている奴を優先的に狙え。後の雑魚はワシが殺す!」
指揮官を得たハエどもは組織的に動き始め、銃を持った隊員を的確に襲い始める。
水嶋の元にも、4,5体のハエが一斉にとびかかった。
「水嶋さん!」
「おっと、行かせねぇよ」
すかさずレイの前に立ちはだかるタカシ。
すぐ奥では蠅王がその巨体を生かして隊員たちを薙ぎ払っている。
「どけよタカシ……僕は蠅王を止めないといけないんだ」
「うるせぇ、俺はお前をここで殺すんだ!」
「……モス」
「おっと、さっきの糸攻撃は効かねえぞ?」
タカシは素早く、隊員の誰かから奪った拳銃をレイに向けた。
「……お前に、撃てるのか」
「あぁ、撃てる……撃てるさ!」
タカシの手が震えている。あんなことを言いながら、人を殺す経験も度胸もないのだ。
「いいや、撃てないよ。だってタカシは、優しいからな」
ゆっくりとタカシに歩み寄るレイ。
タカシはそれを拒むように後ずさりしていく。
「本当は一生懸命、僕のことを許そうとしてくれていたんだろう? だからこんなに時間を空けたんだ」
「違う! 俺は蠅王がやってくるのを待っていて——」
「来てしまったから、こうせざるを得なくなったんだろう? お前も、蠅王に逆らうことができないんだ」
「違う、違う!」
タカシの目が涙ぐむ。それをぬぐおうと左腕をこすりつけた瞬間を、レイは見逃さなかった。
「隙あり!」
「なっ⁉」
素早く腕を入れ込み、タカシから拳銃を奪い取る。
「僕はずっと、タカシには感謝しているよ。タカシの家を羨んでいないと言えば噓だけど、恨めしかったことは一度もない」
「レイ……」
そう言い残してレイは蠅王の元へ向かい——
「ぐふっ!」
刹那にして蠅王の足がレイの腹部に突っ込んだ。
「げふっ、げふっ!」
勢いよく吹き飛ばされ、地面に転がり込むレイ。モスは必死に背中にしがみついたままだ。
そこにじりじりと、蠅王と部下のハエたちが近づいてきた。
「そんな豆鉄砲でワシが殺せると思ったか?」
「くそっ……お前だって、銃弾さえ浴びせれば——」
再び蠅王の足がレイの脇腹にクリーンヒット。あまりの衝撃にレイは胃の中の者を全てぶちまけた。
「レイ、大丈夫か⁉」
「娘2人と義理の息子の仇じゃ。楽には死なせんぞ」
レイの首元に、蠅王の鋭い口が振りかざされた。




