表の顔 裏の顔
「如月レイさん、あなたを8月中に立派なACD隊員へと育て上げます。そのためにかなり厳しい教育を施しますが、覚悟しておいてくださいね」
その言葉通り、レイにとって地獄のような1か月となった。
毎朝6時から起床、走り込み、他の隊員たちに交じって座学と実技授業。さらに本来は自由時間である夕食後も、水嶋から直々に武術の授業が行われる。
「あの……僕はなんでこんなスパルタを受けてるんですかね……?」
夜の授業の後、修練場で倒れ込みながらレイは水嶋にそう尋ねた。
「如月隊員は人類の中で、初めてモスというエイリアンと共存に成功したパイオニアです。それは我々の誰にも成し遂げなかった偉業だと言えます」
「はぁ……」
「あなたはきっとこれからの人類を導いていく人材になると考えています。そのためには、例え1人になってでも戦っていける技術を身に着けてもらいたいのです」
「なるほど」
「……というのは建前でして」
「えっ?」
水嶋は相変わらず倒れたままのレイの前に来て、正座をして話を続けた。
「レイさんには9月以降、学生としての生活に戻ってもらいます」
「えっ、学生はやめるんじゃなかったんですか?」
「私はそんなこと、一言も言っておりませんが?」
確かに、水嶋はACD隊員になれとは言っていたが、言われてみれば学生を辞めろとは言っていない。
「でも普通隊員になるのなら学生なんて……」
「“普通”は、そうかもしれません。しかし我々は非公認組織。ほとんどは裏社会で生きる人間です」
「まあ、そうなりますね」
「しかし裏の活動をするには、表の顔を持っている人の方がやりやすい。如月隊員には大学生という表の顔を生かして、さまざまな隠密活動に携わっていただきたい」
「大学生の皮をかぶって生きていけ、ということですか」
「まあそういうことです」
水嶋はおもむろに立ち上がると、荷物の中から1つのスマホを取り出した。
「しばらく没収していて申し訳ありませんでした。如月隊員のスマホ、お返しします」
「いいんですか?」
「斎藤さんたちも心配しているでしょう。ACDのことは内密にしていただきますが、無事くらいは伝えていただいても問題ありません」
「あ、ありがとうございます」
スマホをレイに渡し、修練場を後にする水嶋。レイもスマホを片手に、電気を消して修練場を出る。
「先にシャワーでも浴びるか」
廊下に出て右に曲がり、シャワールームに向かうレイ。するとシャワールームの前のベンチに、副隊長の永野ケイが座っているのが見えた。
「あっ、レイ君おつかれぇ」
レイに気付き、笑顔を向けてくるレイ。今シャワーを浴びたところなのか、スポーツブラに半ズボン、髪は濡れてつややかに光っている
「永野副隊長、副隊長も自主練ですか?」
「ケイで良いって言ってるじゃん。副隊長って言っても名前だけだし、多分年も変わらないんじゃないかな?」
ケイが横にずれ、空いたベンチにレイが座る。
「スマホ返してもらえたんだ」
「はい、やっと心配かけてた人たちに連絡が取れます」
「急にいなくなって、ご両親も心配しているだろうね」
するとレイの表情が少しこわばった。
「いえ、両親はいません。僕が小さいときに2人とも、事故で亡くなりました」
「あっ……なんかごめん」
2人の間に気まずい空気が流れる。
「じゃ、じゃあ他に誰か連絡とりたい人とかいる? ここで電話とかけちゃおうよ」
「いいんですか? 基地内で電話して」
「オッケーOK、うちが責任とるから」
レイは久しぶりにスマホの画面を開く。するとリンカからいくつもの不在着信やメッセージが来ていた。
「うわっ、すごい連絡来てるじゃん。彼女さん?」
「いや、彼女もいないので……」
「でもこんなに連絡くれるってことは心配してくれてるってことじゃん。はやく電話してあげなよ」
レイはケイに言われるがまま。リンカに電話をかけた。
「……もしもしリンカさん?」
『もしもしレイ君! 大丈夫だった⁉』
リンカは1コールですぐに電話に出てくれた。
「はい、僕は大丈夫です。ご心配おかけしました」
『本当に心配したんだよ! 急に連れてかれて、それから1ヵ月くらいも連絡取れなかったんだから!』
「それは、ちょっとやむを得ない事情がありまして……」
『……ねえレイ君、ビデオ通話にしてよ。元気な顔見ないと本当に大丈夫か信用できない』
横にいるケイに様子を伺うと、ケイは楽しそうに首を縦に振った。
「わかりました、ちょっと待ってください……うわっ!」
美度でお通話に切り替えると、まさにお風呂に入浴中のリンカの顔が映った。
「り、リンカさん入浴中じゃないですか!」
思わずスマホから目を逸らすレイ。その時、カメラにケイの姿が一瞬映った。
『レイ君……今の人、誰?』
途端に怖い無表情を見せたリンカ。
『今女の人が横にいるの? しかも薄着だったよね?』
「え? ええっとこの人は……」
(待てよ、ACDの隊員どころか、上司だとバラすのも問題があるんじゃないか?)
口にするのをためらうレイに対し、リンカが無表情のまま詰め寄る。
『私には言えない関係ってこと……? そうだよね、レイ君かっこいいもんね』
「い、いやいやそういうわけじゃないんです!」
『とりあえずレイ君の顔が見れて良かった。ごめん、お風呂あがるからもう切るね』
そう言うとリンカは一方的に通話を切ってしまった。
「最悪だ……なんか変な誤解されたかもしれない」
見知らぬ場所で、上半身スポブラ姿の女性と一緒にいるのが見られれば、勘違いしてしまうのも仕方ないのかもしれない。
「まあいいじゃん、嫉妬されるくらい愛されてるってことで」
「うぅ、次電話出てくれますかね……」
「それよりレイ君、もうすぐ特命隊員試験だよ」
「特命……? なんですかそれ?」
「あれっ、また水嶋隊長、また隠し事してたのか」
ケイは「よしっ」と膝を叩きながら立ち上がる。
「まあレイ君センスあるし大丈夫だよ」
(大丈夫って、何が?)




