深藍湖の影
「よぉし、ようやく到着だぁ!」
レンタルしたマイクロバスに揺られること2時間と50分。一行はようやく深藍湖側の月影キャンプグラウンドへと到着した。
「ここが深藍湖……空気も美味しいし自然もきれいだし、すごく良いところ!」
リンカは車から外に出ると、大きく腕を伸ばして深呼吸する。
「とりあえずキャビンに荷物を運びましょうか」
深藍湖。国内でも随一の深さを持ち、澄み渡る湖の綺麗さにより美しい藍色を描いていることから名づけられたと言われている。
「これから2泊3日の合宿……かけがえのない思い出にしような!」
そう意気込みを語るユウト、告白が成功するにしろ失敗するにしろ、彼にとっては、忘れがたい合宿になることには違いない。
「深藍湖か、初めて来たなぁ」
キャビンへと向かう一行、道中からも大きく美しい湖の景色が拝める。
「綺麗……時間かかったけどここまで来てよかったね」
そうレイに笑いかけるリンカ。
いよいよお待ちかねの合宿がスタートする、そう思われたのだが……
「本当です! 本当に巨大な魚がいたんです!」
受付に向かうと、スタッフと揉めている男女カップルが場所を陣取っていた。
「なにかトラブルでもあったのか? すみません」
ユウトが声をかけると、そのカップルは焦ったような顔をそちらに向ける。
「この湖は危険だ! 巨大な魚影みたいなのがいたんだ。本当に見たんだ!」
「カヤックに乗ってたら急に揺らされて、危うく食べられるところだったの!」
「お客様、あまり他の利用客の方を不安にさせることはおっしゃらないでください!」
睨みあうスタッフとカップル。その姿を見たリンカがレイに耳打ちする。
「なんか……ついこの間も似たような光景見たよね?」
(まさか……まさかな。2人は魚影だったって言ってるし、水の中にいる虫なんて……)
「すみません。先にこちらの方の受付をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
するとようやくカップルが横に移動し、ユウトが手続きを始める。
「……よし、じゃあさっそくキャビンに移動しようか」
受付を出て移動を始めるサークルメンバーたち。
キャビンは2階建ての作りになっており、4部屋程の寝室、キッチン、開放感のある窓が一面に張られたリビングダイニングと贅沢なつくりになっている。
「それじゃあ演者組と演出組は外に出て練習を始めようか」
「あの……僕は?」
演出を除く裏方組で、唯一合宿に参加していたのはレイのみ。はっきり言ってこの合宿でやるべきことはない。
「レイは……夜のバーベキューの準備でもしておいてくれ」
つまり何でもいいから暇をつぶしておけということ。
レイは仕方なく、人気のないところに移動してモスを外に出してあげることにした。
「はぁ、やっと自由の身になれた。もうカバンの中も窮屈で窮屈で」
「モス、初めて会った時よりちょっとデカくなってるもんな」
「オレも成長してるってことだな」
モスは草むらをうろついて、その辺に生えている雑草を食べ始める。
「ふむ、レイの家の近くに生えている雑草と比べたら食べやすいな。サラダには及ばんが」
「……モス、このキャンプ場にエイリアンがいると思うか?」
どうしても思い出されるのは、受付でカップルが言っていた巨大な魚影。
だが湖の方を見ると、特にそんな事件はなかったかのようにカヤックが並んでいる。
「エイリアンだったらもっと積極的に人間を襲うよな。もしかしたらヌシみたいなデカい魚がいるとか」
「さあ、そこまで詳しいことはオレにもわからん」
「……モスは割と協力的だよな。人間も襲わないし」
するとモスは呆れたようにレイの方を見た。
「あのなぁ、オレは草しか食えないんだぞ? 蜘蛛型とかと違って人間を襲う必要がない」
「なるほど?」
「むしろ植物を育ててくれている人間は共存の対象だ。人間の敵になるのは肉食のエイリアンだと思ってくれたらいいんだ」
「そうか、虫にも草食と肉食があるもんな」
「本来はハエ型も人間と敵対する必要は……ん? 誰か近づいてる。」
急いでカバンに戻るモス。遠くから近づいてきたのは2年の栗本キョウカだった。
「先輩、こんなところで何してるんですか?」
「ああいや、ちょっと休憩を」
「もしかして、こんなところで用を足していたとか」
「そ、そんなわけないじゃん!」
「そうですよね、安心しました」
キョウカはおもむろにレイの隣に座り込む。
「栗本さん、練習の方には戻らなくていいの?」
「ちょっと抜けてきました……あの、先輩」
キョウカは緊張した表情でレイの方を見る。
「栗本じゃなくて、下の名前で呼んでもらえませんか? キョウカの方で」
「ああ、わかった……キョウカちゃん。何か用?」
「実は脚本を新しく考えたので、構成の方見てもらいたくて——」
栗本キョウカは脚本家になるのが夢な大人しめな子で、サークルに入ってからずっと脚本を何本も書いていた。
ネタを書いては色々な先輩に見てもらっていたのだが、一段と熱心にアドバイスしていたのがレイ。
気づけばキョウカはネタを思いつくたびレイに相談し、レイもサークル内で唯一気軽に喋れる中だった。
「これなんですけど——」
キョウカが持ってきたノートを開こうとしたその時、湖の方から甲高い悲鳴が響き渡った。
「誰かぁ! 誰か助けてぇ!」
「なんだ、何かあったのか⁉」
急いで湖のほとりへと走り出すレイ。よく見ると、湖の真ん中に転覆したカヤックを見つけた。
「転覆したのか! でも救命胴衣来てるはずだし多分大丈夫……」
だがしばらく見ていてもカヤック付近から人が出てくる様子はない。
「あっ、あなたさっきの!」
レイに近づいてきたのは、先ほど受付でもめていたカップルの女性の方。
「転覆したのは彼氏さんの方ですか?」
「そうです! 大きい魚影をカメラに収めるんだって、一人でカヤックに乗って行っちゃって!」
「落ち着いてください。彼氏さんは救命胴衣を着けていましたか?」
「着けてました! でも転覆するとき、何か大きいものが湖から出てきた気がして——」
(まさか……本当にこの湖には何かいたのか⁉)
「まだ上がってこない……やっぱり食べられたのよ!」
「まさかそんな!」
「私、スタッフの人を呼んできます!」
スタッフハウスの方に走っていくキョウカ。すぐさまキャンプ場のスタッフがボートで助けに向かったのだが……
「誰もいません!」
なんと、カヤックの中は空っぽで男性はいなくなってしまっていた。




