来たれ夏合宿
スーパーレジャーワールドでの警察官発砲事件は、大々的にニュースに取り上げられた。中には数少なくも、巨大な蜘蛛の怪物の目撃情報を取り扱うメディアもあった。
「リンカちゃん、事件のあった日スパレジャにいたんだよね。大丈夫だった?」
「この間立てこもり事件にも巻き込まれたところなのに、災難だったね……」
学生会館の空いていた小さな部室に場所を移し、久々に再開された演劇サークル。話題はリンカが度々巻き込まれた事件でもちきりだった。
「ううん、大丈夫だったよ。レイ君も一緒にいたしね」
「はあ? レイってあの、如月?」
メンバーたちの視線が一気にレイに向けられる。だがその視線はどれも冷たいものだった。
「お前、もしかしてリンカさんと一緒にスパレジャ行ってたのかぁ?」
近づいてきたのは、レイと同じ学年で部長の長原ユウト。同じ役者を目指すリンカに想いを寄せているとの噂は、サークル全体に広まっている。
「お前、裏方の癖にあんま調子に乗んなよ」
小声でそう詰め寄るユウト。どうやらユウトはレイのことをカースト下位だと見下し、リンカとデートしたことが許せないらしい。
「ぼ、僕は乗り気じゃなかったんだけど、チケット貰っちゃったしリンカさんがどうしても行こうって……」
「だったら断れよ。お前なんかにリンカさんが釣り合うと思ってんのか?」
「2人ともこそこそ何を喋ってるの?」
リンカが2人の顔を覗き込むと、ユウトは急にしわを作っていた顔を緩ませた。
「いやぁ、スパレジャ行ったことないのかなどんなとこなのかなぁって」
「すごく楽しいところだったよ」
「あの、それより今日は大事な話があるんじゃないんですか?」
「あっ、栗本さん」
話を引き戻してくれたのは、大学2年の栗本キョウカ。レイと同じ裏方の役目で、主に脚本や演出を務めている。
「ああ、えぇっと、今年もまた我々演劇サークル“リスの壁”で夏合宿を行いたいと思います!」
小さく沸き起こる拍手。
「例年は学生用の宿泊施設で合宿を行っていましたが、今年はなんと、湖のグランピング施設を借りて盛大にやりたいと思います!」
「やったー!」
誰かの喜び声とともに拍手が大きくなる。
「場所は深藍湖、そこに併設されている月影キャンプグラウンドを予約したいと思います」
「へぇ、そんなところあったんだ」
「日程は7月26日から28日。後でLINEグループで出席を取るから、参加できるかできないかは今週中に確定させてくださぁい」
「はぁい」
伝達事項もほどほどにサークル会議は終了。各々作業場や稽古場に移動し始める。
レイも作業場に移動しようとしていたのだが、そこに再びユウトが近寄って来た。
「おいレイ、ちょっと面貸してくれ」
「えっ、ああ……」
ユウトに連れられ、会館の隅っこまで来たレイ。
ユウトは周囲を見渡して誰もついて来ていないのが確認すると、ひっそりと小声で喋り出した。
「お前、あの立てこもり事件があってからリンカさんと仲良くなったのか?」
「ああ、まあそんな感じだな」
「そうか……まあ吊り橋効果って言葉もあるしな」
先ほどまでの威圧的な表情とは打って変わって、しおらしい態度を見せるユウト。
「実は俺さぁ、リンカさんのことがずっと好きだったんだよ」
(うん、みんな知ってる……)
「これまで何回かご飯には誘えたんだけど、なかなか告白はできなくて」
(こいつ、さり気にリンカさんとデートしてたのか!)
「でも次の公演で4年生は最後。引退して卒業しちまうから、もう会えなくなるかもしれない」
ユウトはレイの目をまっすぐ見て続けた。
「俺、合宿の間にリンカさんに告白しようと思う」
(ああ、それでグランピングなんて豪華な合宿を……)
すると急に恥ずかしくなったのか、ユウトは顔を赤く染める。
「それでリンカさんにOKを貰って、最高の夏合宿にするんだ」
「……」
レイは思い出していた。かの日、リンカがレイにそっと口づけをしてくれたこと。
「リンカさんと仲がいいなら、それまでに俺の良さを伝えておいて欲しいんだ。外堀から埋めたほうが、告白もOKしてもらいやすくなるだろ?」
「……ああ、わかった。応援してるよ」
「おう、ありがとうな。さっきは詰め寄っちゃって悪かった。お前結構いいやつなんだな」
リンカはレイのことが好きかもしれない。レイはキスされたからずっとそんな希望を小さく胸に抱いていた。
だが一方で、自分なんかはリンカとは釣り合わないとも感じている。
ユウトは少し性格に難があるものの、顔も良いし演技も上手いしそこそこ勉強もできる。3年から積極的に就活にも足を運んでいて、きっと良い企業から内定がもらえるだろう。
「じゃ、そういうことだから。頼むぜレイ!」
(合宿、適当に用事があるとか言ってサボろうかな……)
嬉しそうに去っていくユウト。ようやく作業場に行けると思ったレイだが、今度はそこに、タイミングを見計らっていたリンカが現れた。
「またユウト君と喋ってた。いつの間に2人仲良くなったの?」
「いやぁ、仲が良いというかなんというか」
「……レイ君、合宿来るよね?」
「えっ?」
たった今サボろうと思っていた合宿へのお誘い。
「でも裏方が行ってもできることなんてないですし、役者メンバーで行って来てもらえれば——」
「モス君も、キャンプ行ってみたいよねぇ?」
カバンの中に隠れていたモスに目をやるリンカ。モスもようやく少しカバンから顔を出す。
「オレも行きたい! 都会の汚い空気ばっかり吸ってたからなぁ」
「いや、この辺はそんな汚くないだろ」
「じゃあレイ君も参加決定! 楽しみだね!」
(……まあ、これでいいか)
だがその時のレイは思いもしていなかった。
この合宿から、レイの更なる波乱の人生が幕開けることを。




