寄生虫
「コの……クソ人間がァ……」
ハエ女……扮する研究員は脳天から血を吹き出して倒れ、そのまま息絶えた。
銃口から上がる煙。火薬の臭いがどんどん広がっていく。
「やれやれ、これで私は刑事引退かもしれませんね」
ゆっくりと拳銃をしまう水嶋。すぐに私服警官が集まってきて、近寄ってくる群衆を防ぎとめる。
「……あの、いきなり拳銃を撃って良かったんですか?」
「この方曰く、自身は人間ではなくエイリアンだとおっしゃったので」
当然のようにそう話す水嶋に対し、レイはドン引きの感情を隠せなかった。
「でもそう言ってるだけの人間の可能性もありましたし、この姿の人にいきなり撃つのは」
「責任を負うのは私です。今はとにかく、斎藤さんの容体を」
「あっ、そうだ! リンカさん! 大丈夫ですか!」
急いでリンカのもとに駆け寄るレイ。お互い素っ裸の状態だが、今はそんなこと気にしている場合ではない。
「リンカさん、リンカさん!」
「ん……だい、じょうぶ……」
ゆっくりと起き上がるリンカ。脇腹にあざができているが、幸い大怪我はないようだった。
「あっちょ、リンカさん! 早く服を着てください!」
「あ、うん……レイ君もね」
2人して急いで服を着直し、水嶋に連れられて面会室を出る。
「水嶋さん、本当に、本当に良かったんですか?」
レイがそう聞くと、水嶋は珍しく笑顔を見せて答えた。
「大丈夫ですよ。もし刑事を辞めることになっても、左遷先は決まっていますから」
*
「かぁっ! それでおずおずとハエ女の言うことを聞いてたってのか! 情けない男だよお前は」
帰ってきてレイの話を聞くなり、モスはテーブルの上で呆れたような声をあげた。
「お前にそんなこと言われたくないよ。どうせあの場にいても何もできなかっただろうに」
「いぃや、オレならもっと勇敢な手が打てたね」
「そんなことより、あのハエ女が言ってたのは本当の事なのか? 脳みそに寄生して人間を乗っ取るっていうのは」
「それはまあ……本当のことだな」
モスは腕(?)を組んで悩みながら答えた。
「なるほど。じゃあタカシの両親も脳みそを乗っ取られて……」
「そいつらだけじゃない。ハエ族はかなり前から人間に寄生してこの星に息をひそめてる」
「そ、そうなのか?」
「レイがオレと出会った日の前の夜。変なやつらに追われなかったか?」
「ああ、そういえば……」
「あれはレイを追いかけてたんじゃなくて、背中に引っ付いてたオレを追いかけてたんだよ」
「あれお前のせいだったのかよ!」
モスの話によると、あの時モスは人間に寄生したハエ型エイリアンに追われていた。電信柱を登って逃げたのだが、電線を伝っている途中で挟み撃ちに会い、ちょうど真下を通っていたレイのカバンに飛び乗ったということだった。
「じゃあまだ何体かのエイリアンが、僕たちのことを認識してるってことじゃないか!」
「まあライバルはオレだけじゃないし、連中も血眼になってオレを探すほど暇でもない。しばらく身を潜めていれば大丈夫だ」
「なんか、信用できないなぁ……」
「それよりリンカはどうした? 一緒に帰って来たんじゃないのか?」
「ああ、リンカさんならさすがに2日続けて事件に巻き込まれたから、親が心配して一旦実家に帰らされたよ」
「なぁんだ。またあのサラダってやつを作ってもらおうと思ってたのに」
するとモスはテーブルから降り、レイのカバンめがけて歩いていく。
「早く出かける支度をしろ。コンビニのサラダを買いに行くぞ」
「なんだよ、こっちも疲れてるのに……」
レイは仕方なく、モスの入り込んだカバンを持って玄関を出る。
すると、アパートの前で立ち尽くしている人物を発見した。
「タカシ……」
「レイ、事件に巻き込まれてたみたいだけど、大丈夫だったか?」
そこに立っていたのはタカシ。どこか前よりやつれているようにも見える。
「出かけるなら、途中まで俺もついて行っていいか?」
「ああ、うん……」
レイとタカシは並んでコンビニに向かって歩き出す。その背中を暮れ始めの太陽が照らしていた。
「相変わらず父ちゃんも母ちゃんも帰ってこないままだ。まったく、一人息子を置いてどこに行ったんだろうな」
タカシはふふっと笑った。いや、笑ったのか?
「しかしレイも大変だったな。大学で変な女に人質に取られてたんだろ?」
「ああうん……ん? 女?」
おかしい。ニュースでは犯人は秋山カナタ、男だと報道されていた。
確かにレイたちを襲ったのはハエ“女”であったが、それはレイとリンカ以外に知るはずもない。
「いや、女じゃなくて男だよ。何か勘違いしてない?」
するとタカシは焦ったように訂正する。
「あ、そうだよな。男だよな。言い間違えたわ……一緒に人質になってた人が女の人だったから」
そう言い訳するタカシ。だがレイはすでに、何かおかしいことが起こっていると感じていた。
「そういえば今日、母ちゃんの目撃情報が一つ見つかったんだ」
「えっ……?」
ゆっくりとレイの方を向くタカシ。だがあくまでその顔には笑みが浮かんでいる。
「行方不明になる日の前、頻繁にどこかに向かっていたんだってさ。そしてそれはレイ、お前があの日母ちゃんと向かった方向と一致していた」
タカシは笑みを保ちながらも、ポロリと大粒の涙をこぼした。
「違う、違うんだタカシ……」
「なんだよ、俺はまだ何も言ってないだろ?」
ここまで気づかれたら、もう素直に白状すべきだろうか。