ラブコメ展開は突然に…
しばらく事情聴取が行われた後、レイとリンカは水嶋の車でレイの家へと送られた。
「こちらで良かったですか? 斎藤さんのお宅にも送り届けられますよ」
「いえ私は、ここで大丈夫です……」
レイの住んでいるアパートの前で一緒に降りるリンカ。外はもう夕焼けが西の空を覆っている。
「また私から連絡すると思いますが、私に対しては本当の方で話していただいて大丈夫です」
「秋山カナタ、ではない方で喋ればいいんですね」
「はい。それ以外の相手には、犯人は秋山カナタだったという体で話してください」
「わかりました。気を付けます」
「では、私はこれで」
車に乗り込み、走り去っていく水嶋。
その姿を見届けると、ようやくカバンからモスが顔を出した。
「ふぅ、なんだか気の抜けない時間だったな。見つかったらどんな目に遭わされるか」
「すごぉい……本当にぬいぐるみが喋ってるみたい!」
帰ってテレビをつけると、さっそく夕方のニュースで立てこもり事件がやっていた。
すでに偽物の容疑者役の写真も流れており、警察の動きの迅速さがうかがえる。
「しかし、これはまずいことになったな」
「まずいって何が?」
モスは腕を組んで、悩ましい顔をしながら続けた。
「これで国家にはエイリアンの存在が完全にバレたし、これからはエイリアンありきの調査が行われる。当事者のレイやリンカも観察対象だし、オレもうかうか動けないぜ」
「なるほど……」
「それにあのハエ女がオレたちのことを狙って来たってことは、他のハエ型エイリアンもオレたちに気付いている可能性が高いぞ」
「ああもう、考えることが多すぎる!」
頭を抱えてベッドにひっくり返るレイ。そこにリンカが近寄ってくる。
「レイ君、身体ボロボロじゃない……一回お風呂入ったら?」
「俺には美味いサラダを食わせてくれぇ!」
「はいはい。じゃあ私買い物に行ってくるから、レイ君はその間にお風呂に入っておいて」
「あ、わかりました……」
(なんか、いつのまにかリンカさんと普通に喋れるようになってる……)
「行ってきまぁす!」
「はい、行ってらっしゃい」
リンカを見送り、浴槽にお湯を入れ出すレイ。
「じゃあ、オレはご馳走が来るまでひと眠りと行こうかな」
ベッドに横になろうとすると、すでにモスが縦に寝っ転がっていた。
(なんか、微妙に寝づらい……)
行く当てがなくなったレイは、仕方なく服を脱いで、お湯が入っていく途中の浴槽に座り込んだ。
足とお尻からじんわりと温かくなっていく。数分後には浴槽一杯までお湯が入った。
「はぁ……あったかい、けど染みるなぁ」
エイリアンとの戦闘で負った傷が、お風呂のお湯に触れて体中に染み渡る。
「僕はこれから、一体どうなるんだろう」
レイは数秒のうちに、浴槽に座ったまま眠りに落ちてしまった。
「……んぁ? ああ、眠っちゃってたのか」
浴槽に手をついてゆっくりと立ち上がる。
「リンカさんが帰ってくる前に、上がっておかないと」
痛む身体を風呂椅子に座らせ、ボディタオルとボディソープに手をかける。
その時、背後で風呂場の扉が開いた。
「レイ君、まだお風呂に入ってたんだね」
「えっ、り、リンカさん⁉」
急いで前半身を隠すレイ。だがリンカはお構いなしに風呂場に入ってくる。
「背中、あざだらけだよ。あんなに痛い思いさせられてたもんね」
リンカが背中をやさ悪しくなでると、「うっ」と小さく声をあげるレイ。
傷の痛みよりも、その優しい触り方に反応してしまっている節もあったようだ。
「そんな身体じゃ動かすのもしんどいでしょ? 私が体を洗ってあげる」
「いやそんな!」
「いいから、それ貸して」
レイの手からボディソープとタオルを奪い取るリンカ。
タオルにボディソープを3プッシュ垂らし、勢いよく泡を立ち上げた後優しくレイの背中に当てた。
「うっ……」
「痛かった?」
「いえ、大丈夫です……」
(まずい、リンカさんに洗ってもらってると考えるほど下腹部に反応が……)
レイは何ともない様子を保ちながら、内心では必死に前を隠していた。
「レイ君、今日は本当にごめんなさい。私のせいであんな大変な思いさせて」
「そ、そんなことないですよ。元はと言えば、僕が引き起こしたことなので」
「レイ君、あのエイリアン? と知り合いみたいな感じだったね」
「あのエイリアンというか、その家族にですね……」
「あのエイリアンしかりモス君しかり、エイリアンって本当にいるんだね……」
「そう、ですね」
リンカは不意に背中を洗う手を止め、すででレイの方に触れた。
「レイ君、今日は本当にありがとう。カッコよかったよ」
「そ、そんなことは……」
生身で伝わってくるリンカの体温。もうレイには限界が近かった。
「も、もういいですから! あとは自分でできます。リンカさんはモスの事見ておいてください」
「そう? わかった」
そうしてリンカはようやく風呂場から去っていった。
「ふぅ……どのみちこの状態じゃ風呂から上がれないな」
レイはしばらく自分の身体の火照りが収まるのを待って、風呂を上がるのだった。