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蛾王~第一章 幼虫期~  作者: 秋一番
恋は人類特有の感情?
11/48

ラブコメ展開は突然に…

 しばらく事情聴取が行われた後、レイとリンカは水嶋の車でレイの家へと送られた。


「こちらで良かったですか? 斎藤さんのお宅にも送り届けられますよ」

「いえ私は、ここで大丈夫です……」


 レイの住んでいるアパートの前で一緒に降りるリンカ。外はもう夕焼けが西の空を覆っている。


「また私から連絡すると思いますが、私に対しては本当の方で話していただいて大丈夫です」

「秋山カナタ、ではない方で喋ればいいんですね」

「はい。それ以外の相手には、犯人は秋山カナタだったという体で話してください」

「わかりました。気を付けます」

「では、私はこれで」


 車に乗り込み、走り去っていく水嶋。

 その姿を見届けると、ようやくカバンからモスが顔を出した。


「ふぅ、なんだか気の抜けない時間だったな。見つかったらどんな目に遭わされるか」

「すごぉい……本当にぬいぐるみが喋ってるみたい!」


 帰ってテレビをつけると、さっそく夕方のニュースで立てこもり事件がやっていた。

 すでに偽物の容疑者役の写真も流れており、警察の動きの迅速さがうかがえる。


「しかし、これはまずいことになったな」

「まずいって何が?」


 モスは腕を組んで、悩ましい顔をしながら続けた。


「これで国家にはエイリアンの存在が完全にバレたし、これからはエイリアンありきの調査が行われる。当事者のレイやリンカも観察対象だし、オレもうかうか動けないぜ」

「なるほど……」

「それにあのハエ女がオレたちのことを狙って来たってことは、他のハエ型エイリアンもオレたちに気付いている可能性が高いぞ」

「ああもう、考えることが多すぎる!」


 頭を抱えてベッドにひっくり返るレイ。そこにリンカが近寄ってくる。


「レイ君、身体ボロボロじゃない……一回お風呂入ったら?」

「俺には美味いサラダを食わせてくれぇ!」

「はいはい。じゃあ私買い物に行ってくるから、レイ君はその間にお風呂に入っておいて」

「あ、わかりました……」


(なんか、いつのまにかリンカさんと普通に喋れるようになってる……)


「行ってきまぁす!」

「はい、行ってらっしゃい」


 リンカを見送り、浴槽にお湯を入れ出すレイ。


「じゃあ、オレはご馳走が来るまでひと眠りと行こうかな」


 ベッドに横になろうとすると、すでにモスが縦に寝っ転がっていた。


(なんか、微妙に寝づらい……)


 行く当てがなくなったレイは、仕方なく服を脱いで、お湯が入っていく途中の浴槽に座り込んだ。

 足とお尻からじんわりと温かくなっていく。数分後には浴槽一杯までお湯が入った。


「はぁ……あったかい、けど染みるなぁ」


 エイリアンとの戦闘で負った傷が、お風呂のお湯に触れて体中に染み渡る。


「僕はこれから、一体どうなるんだろう」


 レイは数秒のうちに、浴槽に座ったまま眠りに落ちてしまった。


「……んぁ? ああ、眠っちゃってたのか」


 浴槽に手をついてゆっくりと立ち上がる。


「リンカさんが帰ってくる前に、上がっておかないと」


 痛む身体を風呂椅子に座らせ、ボディタオルとボディソープに手をかける。

 その時、背後で風呂場の扉が開いた。


「レイ君、まだお風呂に入ってたんだね」

「えっ、り、リンカさん⁉」


 急いで前半身を隠すレイ。だがリンカはお構いなしに風呂場に入ってくる。


「背中、あざだらけだよ。あんなに痛い思いさせられてたもんね」


 リンカが背中をやさ悪しくなでると、「うっ」と小さく声をあげるレイ。

 傷の痛みよりも、その優しい触り方に反応してしまっている節もあったようだ。


「そんな身体じゃ動かすのもしんどいでしょ? 私が体を洗ってあげる」

「いやそんな!」

「いいから、それ貸して」


 レイの手からボディソープとタオルを奪い取るリンカ。

 タオルにボディソープを3プッシュ垂らし、勢いよく泡を立ち上げた後優しくレイの背中に当てた。


「うっ……」

「痛かった?」

「いえ、大丈夫です……」


(まずい、リンカさんに洗ってもらってると考えるほど下腹部に反応が……)


 レイは何ともない様子を保ちながら、内心では必死に前を隠していた。


「レイ君、今日は本当にごめんなさい。私のせいであんな大変な思いさせて」

「そ、そんなことないですよ。元はと言えば、僕が引き起こしたことなので」

「レイ君、あのエイリアン? と知り合いみたいな感じだったね」

「あのエイリアンというか、その家族にですね……」

「あのエイリアンしかりモス君しかり、エイリアンって本当にいるんだね……」

「そう、ですね」


 リンカは不意に背中を洗う手を止め、すででレイの方に触れた。


「レイ君、今日は本当にありがとう。カッコよかったよ」

「そ、そんなことは……」


 生身で伝わってくるリンカの体温。もうレイには限界が近かった。


「も、もういいですから! あとは自分でできます。リンカさんはモスの事見ておいてください」

「そう? わかった」


 そうしてリンカはようやく風呂場から去っていった。


「ふぅ……どのみちこの状態じゃ風呂から上がれないな」


 レイはしばらく自分の身体の火照りが収まるのを待って、風呂を上がるのだった。

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