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とある日の日常  作者:
7/8

しあわせとは



ゴーン、ゴーンと鳴り響く鐘の音が聞こえる。

二人を祝福する鐘の音が、何故か悲しく聞こえるのはどうしてだろう。

大好きな人の幸せを願っている筈なのに、この胸に感じる消失感はなんだろう。

寂しさすら感じるような、胸の隙間。


嗚呼、でもこれがなんであれ私はこの感情に蓋をしなければならない。

だって、私はあの方のメイドなのだから。


”リリィ”


あの方が、そう優しく温かく私の名前を呼んで下さるのならば

私は幸せなのだと、自分に言い聞かせる。





「あれぇ、此処は俺の特等席だったんだけど…先客がいるみたいだねぇ」



自分以外の存在を示す声にハッとして振り返れば見覚えのある男性の姿がそこにあった。

殿方にしては珍しく黒い髪を腰まで伸ばし、サングラスを掛けた軽薄そうな男性。

___確かあの日も、旦那様と一緒にいた。旦那様は"友人"と言っていたが、今着ている執事服を見るに彼もこの家の執事なのだろう。

そんな彼は私に気づいたのかきょとん、とした表情を浮かべた後直ぐに人懐っこそうな笑顔になった。


「あれれ、キミ確か…マーガレット様…じゃない奥様の所のメイドちゃんだよね?」

「はい、本日よりこの屋敷でお世話になります。リリアン・ド・ノアイユと申します。」

「嗚呼、そういえば旦那様がそんなこと言ってたっけ。俺はアモン、気軽にあっくんって呼んでね」


自己紹介をし頭を下げれば、彼は首を傾げたあと思い出したように言葉に名前を教えてくれた。

ずっとにこにこと笑顔を浮かべているが、何処か一歩を踏み出させないような威圧感があるのは気のせいだろうか。以前の屋敷の使用人達とは違う胡散臭い笑顔というのはこういうのを言うのかもしれない。

そんな事を考えている私を気にしないとばかりに此方に近づきながらンー、と短く声を漏らし背を伸ばしている。


「…以前は奥様をお助け頂き、ありがとうございました。」

「ん?嗚呼、俺じゃなくて助けたのは旦那様でしょ」

「襲い掛かってきそうだったシュベルハイン家の御当主様を追い払ったのはアモンさんだったかと…」

「もー、あっくんって呼んでいいのに。…そういや、シュベルハイン家ってこの間火事になったんだってね。カワイソウに。御当主様も亡くなられたみたいだねぇ」


型っ苦しいのはきらーい、なんて同じ使用人とは思えない幼稚な発言にこの人は大丈夫なんだろうかと少しばかり不安に思う。

まさかカーライル家の使用人はこんな人が多いのだろうか、マーガレット様の身の回りの世話については基本私がやるから問題はないだろうが、少し気にした方がいいのかもしれない。

思考に更けていれば知らない話題に一瞬にして我に帰る、あの一見以降何かされないようにとシュベルハイン家を警戒し情報を漏らさぬようにとしていたつもりだったが、寝耳に水だった。

驚いたように双眸を丸め彼を見つめれば、彼はにこりと笑顔を浮かべていた。


「それで、こんなところで何してるの?」

「…少し、人に酔ってしまって風に当たっておりました」


嘘ではない、今日は本当にたくさんの人間がマーガレット様とアーサー様のお祝いに訪れている

それはもう目まぐるしいほどの人数で、そんな人々に囲まれているマーガレット様とアーサー様は本当に幸せそうに笑っていて。__だから、



「そういえば、さっき奥様が探してたよ。」

「…奥様が、私を?」

「うん、"リリィの姿が見えないの"って心配そうにしてた。…キミ、奥様に愛されてるんだねぇ?」


その言葉のすぐあと、「リリィ!」と名前を呼ばれ視線を向ければ此方に向かってくるマーガレット様の姿が見えた。その隣には勿論旦那様もいて、2人とも私と目が合った瞬間に嬉しそうに、安心したように柔らかな笑顔を浮かべていた。


その2人の姿に、どうしてか胸が締め付けられて、泣きたくなった。



「大切な結婚式に招いたお客様放り出して君を探しにきたんだもん、愛されてないわけないよねぇ。__そうそう言い忘れてた。カーライル家にようこそ、お花ちゃん」



くすりと軽い笑みを零し、近付いてくる奥様と入れ替わるようにして立ち去った背中に言葉を掛ける前に奥様が駆け寄り私を抱き締めた。

レデイが走るなんて、といつもの様に口にする前に包まれた温もりに言葉が詰まる。


「……奥様」

「リリィ、探したのよ。こんな所に居たのね、すっかり体が冷えてしまっているわ。一緒に戻りましょう?」

「……どうして、」


どうして、私なんかを。

そんな皮肉混じりの問いかけに、奥様___マーガレット様は優しく陽だまりの様な笑顔を浮かべて言うのだ。


「決まってるじゃない、私の1番大切な人に傍に居て欲しいもの」



___嗚呼、本当に私はこの方のメイドになれて良かった。

冷えた指先を温めるように握り締められながら、私はこの幸せを噛み締めた。






「なんだ、アモンも此処にいたのか」

「まあねー、……てかアーサー、なあにその羊。」

「嗚呼、結婚のお祝いにって事で贈って貰ったんだ。可愛いだろう?名前も決めなきゃな」

「ふぅーん?……、それ喰えるの?」

「…、…………お前はなんでも食べようとするんじゃない。」

「メェ」





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