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とある日の日常  作者:
6/8

はじめまして、うんめいのひと2




「どんな理由があれ、女性に手を上げるとは見逃せないな」



気付いた時にはもう遅かった、低く怒りを滲ませた声で、アーサーは男の手をギリギリと握り締めていた。

そんなアーサーの姿に驚いた男と少女は目を丸め呆然とした表情で見つめている。


「な、なんだ貴様は…!手を離せ!私を誰だと思っているんだこの愚民がッ!」

「貴殿が何処の誰かは存じ上げないが、私は女性が殴られる姿を黙って見ていられる程大人じゃないんだ。これ以上怪我をしたくないなら、引いてもらおうか」


鼻息を粗くさせながら怒りやら恥ずかしさやらで複雑に色付いた顔は実に気持ちが悪かった。

アーサーの淡々とした態度に少し恐怖も覚えたのだろう、男は悔しげに奥歯を噛み締めたかと思えばその怒りの矛先を女性からアーサーへと変えた。

あーあ、本当に感情のまま動くなんて馬鹿な生き物だ。


男が「部外者は引っ込んでいろ!」と殴り掛かる寸前その間に入り手首を掴んでは足を払い除け男を投げ飛ばす。怒りのまま動いた体が一瞬で宙を舞い、地面に叩き付けられた男は驚きと痛みに声を出す事も出来ずに顔を苦痛に歪め地面を転がり回っている。

そんな男の様子を見下ろしながら、俺はゆっくりと唇を開く。



「この方はカーライル家御当主、アーサー・E・カーライル様です。なんびとたりとも、許可もなくこの方に触れる事等赦されません。__その紋章、シュベルハイン家の御当主様ですね。先日カーライル家に事業援助の相談を、と屋敷をご訪問頂いておりましたが、まさかその援助を希望した御当主様のお顔も存じ上げないとは、実に不誠実極まりない。この件はしっかりとカーライル家に報告させて頂きます、どうかお引取りを。」


そう告げれば、男は真っ赤にしていた顔を今度は真っ青に変えながらガタガタと震えだし慌てて逃げ出してしまった。

そりゃそうだろう、あんな弱小貴族カーライル家にすれば蟻以下なのだから。


「何も家の名前を出さなくとも、なんとかなったぞ」

「ハア……、あのねえ良い?ああいう馬鹿は権力振り翳した方が簡単に尻尾巻いて逃げるんだよ」


何処か不満そうなアーサーに盛大なため息を吐き出しつつ、さてどうやってこの場を収めようか、カーライル家の御当主が街に来たとか知られたら騒ぎになるよなあ、なんて考えていれば後ろから「マーガレット様…ッ!!」と焦ったような少女の声が聞こえた。


「リリィ…ッ!」

「嗚呼、マーガレット様。なんて無茶をしたんですか、怪我が無いから良かったもののどうなっていたか…ッ」

「大丈夫よリリィ、安心して。この方が助けて下さったもの」


リリィと呼ばれた少女は恐らく彼女の侍女なのだろう。まだ幼い少女だが主人が心配で堪らなかったと眉を吊り上げ怒っている。

そんな少女を落ち着かせるように優しく抱き締めながら話していた彼女は、不意に此方を見上げ柔らかな笑みを浮かべる。

侍女を離し、1歩前に歩み寄る彼女にまた焦った様に「マーガレット様ッ」と名前を呼ぶ侍女を軽く制しながら優雅にドレスを持ち上げ綺麗な所作で彼女は頭を下げる。恐らく彼女も、いい所のお嬢様なのだろう。


「この度はなんとお礼をしたらいいものか…、見ず知らずの人間にお力を貸して頂き本当にありがとうございます、カーライル様」

「顔を上げて下さいレデイ、偶然友人と傍を通った所話が聞こえてきたので私が居ても立っても居られなかったのです。それに、見ず知らずの人間を助けたのは貴女も同じでしょう?」


そうアーサーが告げれば申し訳なさそうにしていた彼女の表情が綻び笑顔が見えた、そんな彼女の笑顔につられたようにアーサーも微笑んでいて、なんとも微笑ましい光景というのはこういうことを言うんだろう。そんなことを考えていれば、彼女の傍に居た侍女は「マーガレット様、そろそろお時間です」と声を掛けている。

その声にハッとした彼女は未だに後ろに隠れていたらしい小さな子供に振り返り、しゃがみこんでは視線を合わせ「もう大丈夫、気を付けて帰るのよ」と告げ、感謝の言葉を告げ駆け足で去っていく子供の背中を手を振り見送っていた。

その間にどうやら侍女が帰りの場所を手配したらしい、傍らに止まった馬車に視線を向けては眉を下げ申し訳なさそうな表情を浮かべている。


「申し訳ございません、今日はどうしても時間が無くて…。後日しっかりとお礼をさせて下さい」

「礼だなんて、紳士として当然の事をしただけなのですからどうかお気になさらないでくださいレディ。」

「いいえ、私がお礼をしたいんです。だからどうか、改めてお時間を下さい。…それから、私のことはどうかマーガレットと」

「…わかりました、マーガレット譲。それでは後日に」


アーサーの返事に嬉しそうに微笑んだ彼女は、そのまま馬車に乗りこの場を去っていった。

その馬車を見送りながら、アーサーに視線を向ければどこかぼんやりとした表情を浮かべている。



「…マーガレット譲、か」

「……おっと?」




これはもしかして、うちのご主人様にも春が来たのかもしれないな。


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