はじめまして、うんめいのひと
拝啓、顔も知らないいるかどうかもわからないお父さん、お母さん。
最近こんなやりとりを人間は冒頭にするってのを本で覚えたので真似してみました。
今日もとってもいい天気です、こんないい天気な日はお外でお昼寝日和だと俺は思うんです。
じゃあ何故そうしないのかって?はは、いやだなあ。
そんなん、俺が今何故か馬車に揺られてるからに決まってんだろうがクソ。
「アモン、何を怒ってるんだ?」
「……別に怒ってないですゥ」
カラカラと馬車が走る音を聞きながらツーンとそっぽを向いてそんなことを考えていれば
俺の隣に座っている能天気くんは不思議そうにこちらを見て問いかけてくる。
別に、昼寝をしていた所を叩き起こされて引きずられるようにあれよこれよと馬車に乗せられてわざわざ人の多い街に繰り出されたからっておこってないもーん。
「てかさ、俺より執事長連れてきた方が良かったんじゃないの?」
今日はいつも仕事仕事と生き詰まっていた男の久しぶりの息抜き日らしい。
ここ数日は特に顔色が悪かったように感じていたが、今は少し元に戻ったように感じる。
昨日はゆっくり眠れたのだろう。
そんな大事な日なのだからこのご主人様ラブかっこはーと、な執事長を連れてきた方が何をするにしても都合がいい気がするのだ。
そんなことを考えながらそう問いかければ、男は双眸を丸めた後無邪気な笑顔を浮かべた。
「せっかくの休みの日なんだ、大切な友人と息抜きをしたかったんだよ」
「…、………。」
なにこの人、…じゃないやいきものたらし。こわいんだけど。
たすけて、執事長。
頬を思わず引き攣らせながら「お前、本当に馬鹿」なんて二人の時の口調で言えば
この男は嬉しそうに笑うのだから救いようがない。
だけど、この男が一度言い出したことを諦めない性格なのは分かりきっているし、こういうのは早めにこちら側が白旗を振った方がいいのだと考えながらため息を吐き出し、再び窓の外に視線を向けた。
カーライル家の屋敷から街まではそんなに遠くはない、暫く馬車に揺られていれば目的の街にたどり着き俺たちは馬車を降りた。
随分前に来たが、やはりこの街は活気にあふれている。それだけこの領土が安定している証拠なのだろうが街を歩く人間は多い。
隣を歩く男は“今日は久しぶりにあのケーキと紅茶の美味い店に行こう。アモンも好きだろう?、その後は買い物に付き合ってくれ“なんて意気揚々に話している。
そんな男にも、男を恍惚とした表情でウットリ見ている周りの貴婦人たちにもウンザリしてしまう。
確かにうちのご主人様は端正というやつで、この男の甘いマスクに何人もの女性を虜にしているのを俺は知っている。
勿論本人にそんなつもりはなく、女性たちからの好意にも気づいていないのだからこの男は天性魔性なのだ。そろそろ”運命の相手"なんてものを見つければいいのに。
「あーあ、女の子たちがカワイソウ」
「…お前がそれを言うのか?」
「俺は誰かさんと違って誰にでも優しくしたりしませーん」
ぼそりと小さくつぶやいた声に反応するように返してる男の言葉に小指を耳の穴に突っ込んで小さく舌を出す。こんな態度を取ったら普段であれば執事長にそれはもう怒られまくるだろうけど
今日はこの男__アーサーが言うようにオフなのだ。だったら俺がどんな態度を取ろうが関係ないだろう。
そんなことを考えながら二人で目的の店にいざ入ろうとした瞬間、何やら言い争うような声が耳に届いてくる。眉を潜め視線を向ければ何やら若い女性、というには少し早いであろう子供と如何にも貴族らしい男が言い争いをしている。
その女性の後ろには子猫のように震えた子供が言い争う二人を見て大きな目に涙を浮かべていた。
話の内容からすれば覚えている子供は所謂"路地裏に住む子供"で、そんな子供が貴族の男とぶつかってしまい服が汚れたと激昂した男が暴力を振るおうとしたところをあの彼女が止めたらしい。
男は拳を握り締めながら顔を蛸の様に真っ赤にして唾を飛ばし、怒鳴っている。
やれ、「私を誰だと思っているんだ!」とか
「小娘の癖に小生意気な!」とか、聞いてるこちら側が呆れてしまう。
反する彼女は実に冷静なもので、その言葉につられることなく淡々と言葉を返している。随分と年齢の割に肝が座っているお嬢さんだ。
そんなやり取りにうちのご主人様が気付かない筈もなく、綺麗な顔には深く眉間に皺が刻まれておりどう見ても怒っている様子だった。
これは不味いなぁ、なんて思っていればついに我慢出来なくなったのか男は怒りのまま手を振り上げ少女に向けて振りかざそうとした。
まあ、うちの正義感が強いご主人様が無視できる訳ないんだけど。