なりそこないと、ふたご
人間というのは、実に愚かだ。
恐れ、憎み、互いを傷つけ合うのが得意な生き物。
その癖、被害者面をするのだから救いようがない。
嗚呼本当に、くだらない。
ある日、坊ちゃんが薄汚れた生き物を2匹連れてきたという話を聞いた。
俺はその場に居なかったから、詳しい経緯を知らないがその話を聞いた執事長は頭を抱えていた。
どうやら坊ちゃんが大層気に入り、旦那様に無理を言ってこの屋敷に連れてきたようなのだが、その話を聞いて俺は新たな嵐の予感に胸を躍らせ屋敷へと歩みを進めた。
別に生き物に興味がある訳ではないが、センパイとしてシンジンに威厳を見せるのはやはり重要だろう。それに、自分の中に眠る好奇心を抑えられる程俺は大人ではないのだ。
ふんふん、と鼻歌を歌いながら歩みを進めていればふと耳にメイド達のヒソヒソとした話し声が聞こえてきた。別に盗み聞きをするつもりなんて無かったが、人間と違い聴覚が敏感な方なのだ。嫌でも話し声が耳に入ってきてしまった。
「ねぇ、坊ちゃんが連れてきたあの子供たち……」
「えぇ、あれが噂の双子ね。少し、薄気味悪い悪いわね」
「忌み子だもの、それに子供らしさもないし…」
忌み子、 いみご。
その言葉が聞こえてくれば、徐々に高揚していたテンションが地の底迄落ちていくのが分かる。
思わず足を止めてしまった俺に気が付いたのか、先程迄ヒソヒソと話していたメイド達は気まずそうに「あ、アモン様」って声を震わせていた。
そんな彼女達に視線を向け、俺はいつも通り笑顔をにこりと浮かべ口を開いた。
「そんな所で無駄話してる暇があるなら、さっさと持ち場に戻りなよ」
「は、はい!申し訳ございません!」
ひ、と短い悲鳴を上げながらパタパタと足早に去っていく後姿に舌を短く鳴らす。
屋敷は走るなっつーの、後でメイド長にチクってやろーっと。
視線を横に向ければ中庭で楽しそうに遊んでいる坊ちゃんの姿と、その傍に着いている見慣れない人間の子供の姿があった。
薄紫の髪は美しく、そっくりな顔立ちは端正だが支給された服が大きいのか、それともそれだけ体が小さく細いのかブカブカで、表情は固く感情が乏しいようにみえる。
なるほど、あれが双子ってやつなのかと納得していれば不意に坊ちゃんと目が合い小さな手を一生懸命に振っていたので、それに応えるように手を振り返す。
「わーお、独占欲は一丁前だ」
坊ちゃんから見えないのをいい事に、眼光を鋭く光らせ此方を睨む双子の姿に思わず笑みが零れた。
これはまた、気が強そうな子猫が増えたもんだ。
「聞いたよ、あの双子ちゃんの話」
カリカリ、と紙にペンを走らせる心地良い音が俺の言葉を切っ掛けにピタリと止まる。
今この執務室には俺と旦那様しか居なくて、俺はここぞとばかりに執務室の気持ちいいソファーに靴を脱いで横になっていた。
ソファーから飛び出した足をぶんぶんと揺らす、こんな所執事長に見られたらそれはもう鬼の形相で怒られるだろうが、今は2人っきりだから構わないだろう、多分、きっと、うん。
「坊ちゃんが連れてきたんだって?可愛い双子ちゃんじゃん、坊ちゃん年齢近い子供の知り合いなんて居なかったし嬉しかったんじゃない?この屋敷に双子ちゃんがきて」
俺の言葉に旦那様からの返答はないが、それでも動き続けていた手が止まったということは話は聞いているのだろう。
「それで?殺すの、あの双子ちゃん」
「…アモン」
「どうやって殺す?この間は見捨てようとして失敗して坊ちゃんも怪我したんだっけ?じゃあ見捨てる作戦はダメだね。またあの路地裏に捨てる?それとも坊ちゃんが寝てる間に執事長にでも始末してもらう?貧弱な子供なんだし簡単だろうね、首なんてポッキリすぐ折れそうだし。坊ちゃんもさ、また新しい玩具買ってやったらあんな子たち忘れて」
「アモン!!!」
空気を切り裂くような怒りの声に、一瞬にして室内はシンと静まり返る。
ペンを握る手は強く握りすぎて指先が白くなっている、あーあ、ペンがカワイソウ。
怒るなんて慣れてないことをするからそんな事になるんだよ、その怒りは誰に向いてんのかな、俺?それとも面倒な子供を連れて来た坊ちゃん?___そのどれも違うことなんて、俺にはわかってる。
本当に、ばかなやつ。
「アーサー」
久しぶりに呼んだ彼の名前、その声に驚いたように双眸を見開き俺を見つめるその薄青色の瞳に俺は笑顔を浮かべる。
お前は本当に馬鹿で、愚かで、甘いやつだよ。昔から人一倍責任感があって、誰よりも自分に厳しいんだから。
よ、と軽く声を漏らして体を起こしソファーに足を組み座る。その膝の上に肘をついて頬杖をつきながら俺はゆっくりと口を開いた。
「安心してよ、お前が出来ないなら俺がいつでも壊してあげる。___だからさ、俺から新しい玩具奪わないでね」
久しぶりに興味が唆られた玩具なんだもん、他人に勝手に壊されちゃつまらないじゃないか。
そう言ってっ笑う俺に彼は困ったような、呆れたような表情をして笑っていた。