〇〇と2
胸ポケットに雛を入れたまま屋敷を歩いていれば周りから好機の視線を向けられているのがわかる。
そりゃそうだろう、歩くたびに上機嫌に胸ポケットからぴ、ぴ、ぴ、なんてかわいらしい鳴き声がするのだから。
すれ違いざまに「アモン様が鳴いてる…?」「いや違う、なんかいるぞ」なんてひそひそ声が聞こえてくれば俺の機嫌は絶賛大低下中だ。
スコーンちゃんが言うから仕方なく入れてやったが、この生き物もこの生き物である。胸ポケットなんて窮屈だろうに嬉しそうに鳴きながらこっちを見上げているのだから。言っとくが俺はお前のママじゃないんですからねーっだ。
こうなったら自分の機嫌は自分で取るしかない、と踵を返しそのまま厨房に向かった。
バーン、と勢いよく扉を開けば中で何やら仕込みをしていたらしいシェフたちは肩をビクつかせ驚いたような顔を浮かべている。そんな彼らににっこりと笑顔を浮かべながら優しい声色で俺は声をかける。
「邪魔だからでてって♡」
「ひっ!?」
優しく笑顔で接したつもりなのに、彼らは何故か青ざめた顔で慌てて出て行ってしまった。
俺が出ていけ、って言ったとはいえ"ひい"なんて失礼すぎやしないか。
シェフたちを無理矢理追い出した、なんて執事長が聞いたら怒るだろうなあ。でも仕方ないじゃん、一応動物がいるんだし?坊ちゃんの食べる料理に毛が入らないようにって俺なりに配慮した結果なんだもん。
…まあ、そんなの今考えた言い訳で本音は一人で自由に厨房を使いたかっただけなんだけど。
よし、と気合を入れるために袖を捲り棚に入っていた黒いシンプルなエプロンを装着すれば胸ポケットに入れていた小さな生き物を窓際に置く。
「お前は邪魔だからそこでおとなしくしてな」
「?」
「言っとくけど、ウロチョロしてローストチキンになっても俺知らないからね」
「ピイ」
びし、と音が付きそうな程勢いよく指を差しながらちゅいすれば小さな生き物は不思議そうに俺の指を見つめた後嘴で真似るように突いている。
だめだこいつ、全然わかってない。マジで小さいローストチキン出来上がるかも。
深いため息を吐き出し、額に手を当てるもこいつがどうなろうと知ったことではない。俺は俺がやりたいことをやるんだ、とりあえず放置して作り始めることにした。
「じゃーん、あっくん特性アップルクランブルタルト!」
これこれ、やっぱり疲れた時には甘いもの食べるのが一番だよねぇ、といつの間にか機嫌は上機嫌に戻っていた。
もちろん別に仕事をしたわけじゃないから疲れがたまってる訳じゃないんだけど、今はとにかく甘いものが食べたい気分だったのだ。
ついつい腕が乗ってしまったが故に作りすぎてしまったが、今なら1ホールくらいなら余裕で食べれそうな気がする。
アールグレイの紅茶も淹れたし、早速食べよう。とりあえずケーキを切り分け手を合わせる。
「いっただっきまー「ピイ!」…、…えぇ」
後ろから力強い鳴き声が聞こえてきて、思わず動きを止めてしまう。
どのまま無視しようかとも思ったけれど、「ぼく、ずっと!まってましたけど!!」みたいな鳴き声が立て続けに聞こえてきては無視するのも出来ずに仕方なさを醸し出しながら振り返る。
どうやら本当に言いつけ通りに大人しくしていたらしく、小さな生き物はローストチキンを回避していた。
目が合い先ほどよりも主張激しく鳴き始めては何度目かのため息がこぼれた。
「わかった、わかった。仕方ねぇなあ…」
窓際から掌に移動させ、テーブルまで運んではそのままおろしてやる。そのまま自分が食べる予定だったケーキを掌に置いて小さな生き物の方に差し出してやれば嬉しそうに嘴で一生懸命食べていた。
なんだか不思議な感覚だ、擽ったいというか、変なの。
「お前、感謝しなよ。俺のデザートが食べれるなんてさ、中々ないんだからね」
「ぴ」
「本当にわかってる?あーあ、零しまくってんじゃん。もう少しゆっくり食べなよ」
なんてやり取りをしていれば、不意に扉の開く音に気が付き視線を生き物から扉の方に向ければ予想外の人物に思わず双眸を丸めてしまう。
「あれ、赤髪ちゃん?」
「それで、カンナ様があの雛ちゃんを引き取られたんですね」
俺が作ったアップルクランブルタルトを食べながらスコーンちゃんは頬を膨らませ租借を繰り返している。
頬に食べかすがついているけど、この子一応女の子だよね?俺ちょっと心配なんだケド。
まあいいや、面白いから黙っておこうっと。
「うん、なんか最近よく厩舎にくるアヒルのおかーさんが探してたんだってさ」
あの後、珍しく厨房に顔を出した赤髪ちゃんに話を聞くと最近よく厩舎にアヒルの親子が遊びに来ていたらしいのだが、今日は親鳥しかおらずそれもどこか落ち着かずずっとソワソワとしながら鳴いていたらしいのだ。
もしやと思った赤髪ちゃんは雛鳥を探していたがどれだけ探しても見つからず、万が一のことを考え暗い気分になっていた所に使用人たちが「アモン様が何故か雛鳥を連れていた」という話を聞き、俺を探しにきたらしい。
その後、雛鳥は赤髪ちゃんが無事に親鳥に返したとのことだ。
「よかったじゃないですか、お母さんと再会できたのもあっくんさんのお陰ですね!…、…あっくんさん?」
「んー?なあに?」
「…、いや。もしかして、寂しいんですか?」
スコーンちゃんが眉を下げながらそんなことを聞いてきたものだから、俺は思わず双眸を丸めた後噴き出してしまった。
「ちょっと!心配しただけなのになんで笑うんですか!」
「あっははは!いやあ、ごめんごめん。…寂しいっつーか、俺さァ赤髪ちゃんが来るまでそいつに親がいるなんて考えもしなかったんだよねぇ」
よくよく考えればわかることなのだ、子供の傍に親がいるなんて。
「当たり前みたいにさあ、アイツも一人なんだって思っちゃった」
俺と同じように、ひとりぼっちなんだと。
「…あっくんさん?」
不安げに揺れるスコーンちゃんの声に我に返れば、ゆっくりと双眸を細め笑顔を浮かべる
「俺、もしかして子供に好かれんのかなあ」
「こども?」
「ほら、あの雛でしょ?坊ちゃんでしょ?それにスコーンちゃんでしょ?」
「ああ、なるほど…って、私もう成人してますけど!?ちょっとあっくんさ…、…あー!またいない!!もう!!!」
とあるひの、日常。