⑨をねらえ!
※本作はひだまり童話館様の第33回企画「開館9周年記念祭」応募作です。
お題は「びりびりな話」「ふにゃふにゃな話」「9の話」の三つすべてを使用させていただきました。
◇
⑨のボールを穴に落っことせば勝ち。
それがビリヤードのルールのひとつ、ナインボール。
そして長方形の台座に六つの穴が開いたビリヤード台はとてもたいせつなもの。
ぜったいに、ビリヤード台に人が乗ったりしてはいけないのだけれど。
その悪党はどかっとお尻を落として、ふんぞり返ってこういうのです。
「ふにゃふにゃにゃ! おとなしくこのビリヤード場を引き渡してもらおうかにゃ」
悪党の名は、ビリヤニ。
タバコのことをヤニと呼んで、ウィリアムの愛称をビリーと呼びます。合わせてビリヤニです。
ビリヤニは黒いスーツを着こなしたおっきなネコのケモノビトです。
タバコの煙を吹かし、土地の権利書をひらひらさせながら台の上でビリーは我が物顔でくつろぎます。
タバコダメ! のポスターなんて知らんぷりです。
そのうしろで三匹のほっそりとした子分のネコたちもニヤニヤしちゃってやーなかんじ。
「このとーり、土地の権利書はオレサマのものだにゃー。この古ぼけたビリヤード場をぶっ壊して、空き地にして売りに出すんだにゃ。わかったらとっとと出ていけにゃ」
ふてぶてしいビリヤニ。ほーんとやなかんじ。
「う、うう……」
一方、ビリヤード場の主のステファニーはトゲトゲしいご様子。
いえいえ正しくは、怖がるなあまり、ハリネズミの髪の毛をトゲトゲさせ、カラダをまるめてブルブルおびえていました。
「で、でも! うちには正当な借地権があります! 土地の権利書があっても、土地の上に建物を建てる権利はちゃーーーんと! うちにあるわけで……」
ハリネズミのステファニーはトゲトゲまんまるのまま言い返します。
それがまた痛いところを突かれたらしく、ビリヤニはバンと台を叩きます。
「いい度胸だにゃ……。ちょっと痛い目みてもらうにゃよ、やれ! 子分ども!」
「ふにゃふにゃにゃーー!」
子分のネコたちは待ってましたとばかりに飛びだします。
「きゃーーーっ!!」
あわや、乙女の大ピンチ。
――もう黙ってみている場合ではありません。
「そこまでだ! ゴロツキにゃんこども!」
「ぎゃああああーーーっ!」
勇気をだして、赤毛のキツネのローリーは彼女を守ろうとしました。
――けど。
ローリーが立ち塞がるより早く、ゴロツキねこたちが悲鳴をあげます。
まだローリーはなにもしていないのに、ふしぎです。
それというのは三匹のわるものネコたち、すばしっこくてローリーがよし決めた! とおもった時にはもう、ハリネズミのステファニーにねこっとび。
でも、そこはそれ、かんがえてもみてください。
ステファニーはハリネズミですからね、ゴロツキねこのネコパンチがとんでくるとシャキーンと髪の毛がトゲトゲにぷすっと刺さってアイタタタ! なのです。
ハリネズミのトゲトゲのチクチクで逆に痛い目をみちゃったわけです。
「トゲが! トゲがチクチクするにゃがー!」
「ビリヤニさま! バンソーコくださいにゃ!」
「ぐぬぬ、ほれ、救急箱だにゃ。おみゃーらさがってろにゃ! ケガしたら消毒ちゃんとしろにゃよ!」
「は、はいっ!」
うしろにさがって消毒液に「ぎゃー、しみるー><」とさわぐ子分たち。
ふるふるとふるえてうずくまっていたステファニーがおそるおそる顔を上げると、そこにはあっけにとられて立ち尽くす赤狐のローリーの勇姿があったのです。
「まぁ! わたくしをたすけてくださったのですね! あなたさまはいったい……?」
「え、いや、まだなにも……。あ、はい、ローリーですけど」
「ローリーさま! ありがとうございます! あなたはいのちの恩人ですわ!」
「ええ……」
どーしたことかと困ってしまう赤狐のローリー。
しかしまぁ、かよわい乙女によってたかってわるものがおそいかかり、それをローリーがたすけようとしたのはウソじゃありません。
幸運にもステファニーはハリネズミだったから鉄壁のニードルガードで返り討ちにしちゃっただけでしかありません。
「女狐! ローリーつったにゃあ! オレサマにさからい、かわいい子分をトゲトゲのチクチクでメソメソにするとはいい度胸だにゃ! トゲトゲこわこわ病になったらどうしてくれるんだにゃ!」
「ハリこわいハリこわいにゃ」
「ええ……」
「ネコこわいネコこわいですわー……!」
こーゆーのを濡れ衣といいます。
けれど、こわくておびえるステファニーの心細さがローリーにはわかります。
いのちの恩人とやらにはこれからなればいいのです。
「……ビリヤニ! 私と勝負しろ! 暴力以外でな!」
「ふにゃっはっはっ! さてはオレサマとケンカして勝てる自信がないにゃ?」
ぎくりっ。
ローリーは反論のかわりに、すっとハリネズミのステファニーを見やって。
「え? もっとトゲトゲされたい?」
とおどかします。
するとビリヤニはさておき、子分のネコたちがうるうる涙目で「ヤメテヤメテ」と訴えます。
暴力で勝ってるのはなぜかこっちなのです。
「ぐぬぬ、しょーがにゃーなー。暴力反対に賛成だにゃ。ここは平和的な勝負に乗ってやるにゃよ。でもなにするってんだにゃ?」
「雪原ネズミとり競争とか?」
「ネズミがかわいそうだにゃ! っていうかクソ寒い雪ン中にもぐるのイヤにゃ!」
「たのしいのにー。じゃあボーリング対決でどう? 私こないだ250点とったし」
「ダメだにゃ! オレサマはガーター連発で苦手にゃ! オレサマの得意なものでやらせろにゃ! 毛玉吐き競争でどうにゃ!」
「んなもんポイポイ吐けるかぁ!」
どっちもお互いじぶんの得意なことで勝負しようとゆずりません。
これを平行線をたどる、といいます。
やがてハリネズミのステファニーがひらめいたとばかりにハイと手をあげて一言。
「ここはビリヤード場! ビリヤードで勝負するべきですわ!」
と提案しました。
すると意外なことにビリヤニは余裕ぶってタバコをスパスパしては「乗ったにゃ」と返事したのです。まるで自信があるかのように。
「な、毛玉吐き競争じゃなくていいのか?」
「オレサマはビリヤードの賭け勝負をむかーしここでよくやってたにゃよ。あの頃はまだビリヤードが流行ってたからにゃあ、うまけりゃモテたんでがんばって練習したもんだにゃ。それが今じゃあ落ち目のオワコンだにゃ。さぞ経営がくるしいんじゃないかにゃ? もうビリヤードなんておしまいだにゃ。ふにゃっはっは! だからオレサマがこれっきりおしまいにしてやるにゃよ!」
ビリヤニの高笑いに、ステファニーは言い返すことができません。
経営がくるしい、というのはホントのようです。
「……わかりましたわ。ビリヤード場の運命がビリヤードによって決まるのだったら、亡くなったパパもきっと納得することでしょう。一週間の後、ここで観客を招いて、ビリヤードのナインボールで勝負しましょう。約束ですよ」
「ふにゃっはっは! いい覚悟だにゃ! ……けーるぞ、おめーら」
「は、はいですにゃ!」
「きょうはこのへんにしといてやらぁ! おみゃーらおぼえてろよー!」
子分ネコらが三下の捨て台詞を残し、、そそくさ逃げていきます。
ビリヤニはのっそりとビリヤード台を下りて、ローリーをちらっとにらみます。
「ステファニー、その“ド素人”をせーぜーきたえあげるこったにゃ」
「……え!?」
のしのしとさっていくビリヤニ、おどろいて顔を見つめてくるステファニー。
赤狐のローリーは冷や汗をかいていました。
「……その、はじめてです、私」
「ええええーーー!?」
決戦は一週間後――。
それまでに赤狐のローリーはビリヤードをどこまで上手くなれるのでしょうか。
◇
赤狐のローリーはなぜビリヤードが上手とステファニーにまちがわれたのでしょうか。
それはコスチュームのせい。
ビリヤード競技の大会では、衣装の決まり事、ドレスコードがあります。
えりつき長袖の白いカッターシャツに、黒いスラックス、黒いベストにネクタイ。こうしたビリヤードの正装があるのです。
この白黒なオシャレコスチュームを着ている赤狐のローリーを見れば、いかにもビリヤードの上手なひとだとまちがえるのもしかたありません。
けれども、その真逆でした。
ローリーはいわゆる“カタチから入るタイプ”の初心者でした。
「ごめんね、ステファニー。だますつもりはなかったんだけど、私、なんでもまず格好つけたい主義で……。ビリヤードのコスチュームってカッコいいでしょ? ビリヤードの古い映画を見たら素敵だなっておもって、まずコスチュームを買っちゃって、せっかくだから自撮りをSNSにアップするだけじゃなくてためしに遊んでみようかな、って」
「どうかおきになさらず。そんなことより、まだ新しいお客さんが遊びに来てくれることのほうがうれしいですわ。すっかりさびれて風前の灯火なのはホントですから……」
ビリヤード場は地上げ屋のビリヤニのいやがらせのせいで客足が遠のいているのです。
ネットの口コミサイトに「古くさい。ショボい。☆2」みたいな書き込みをしたりして。
でもそれはホントのことだったりします。
このビリヤード場はもう何十年もまえに建られたので古臭いのはホントです。
もちろんあたらしく建て直すようなお金だってありません。
それはさびれた店内を見まわせばローリーにもすぐにわかることでした。
「……ローリーさま、いっそ勝負をとりやめにしましょう」
「ステファニー、それはできないよ」
ローリーは襟を正して、カッコつけていいます。
「しっぽを巻いて逃げるだなんて、カッコわるい。私の流儀に反するのよ。それにせっかくのステキなビリヤードコスチュームをかなしませてしまうよ。ここは勝って、あの土地の権利書をビリビリにやぶいてしまおうって方がカッコいいでしょ?」
「ローリーさま……!」
ステファニーはトゲトゲをふるふるさせて感動しています。
まぁ、これは赤狐のローリーお得意の単なるカタチから入るかっこつけ、勝てる理由はないのですが。
「なに、まだじかんはある。これから猛特訓だ」
「は、はい! がんばりましょう! ローリーさま!」
ローリーはビリヤード台の縁に構えて、白い球を華麗に突こうと目を細めます。
「……で、ナインボールってどうやるの?」
「そこからですの!?」
赤狐のローリーが競技用の細長い棒、キューをにぎるすがたはちゃんとしてみえます。
ふしぎなことに、ステファニーの目から見てもその姿勢は正しいのです。
しかしルールをちっとも知らないとは。
「むしろふしぎですわ。どうしてフォームが正しいのかしら」
「カタチから入る主義だからね。写真映りのために友達と練習したんだよ」
「まぁ、それで……」
「よっと」
そしてローリーは真っ白い無地の手球をコンと突いて、①②③④⑤⑥⑦⑧⑨とそれぞれ記されたビリヤード球のかたまりを弾きます。
白球が④のボールにぶつかり、その④がほかの⑥や②を弾く。
そうするとビリヤード台の縁に弾かれた球がぶつかり、また軌道を変える。そのうちのいくつかはころころころりところがって、台の四隅と両脇にある六つのポケットに落ちることになります。
こうして⑨のボールをポケットに落とせば勝ち、のはずだとローリーは思っていたわけですが。
「まぁ、力強いブレイクショットですわ。でも……」
「おや、なにかおかしかったかい?」
「ナインボールは必ず白い手球を、はじめは①に当てないとダメですのよ。①がポケットに落ちてようやく②、③、④と的球が変わるのですわ。いきなり④に当てたら反則です」
「……そ、そうなんだ。ごめんね、ステファニー」
「いえ、初心者ですもの。どうぞお気になさらず。さぁ、たのしいレッスンのはじまりですわよ」
こうして一週間、ステファニーの指導の元、ローリーの特訓がはじまったのです。
ローリーは見た目とフォームだけはバッチリなのですが、なにせルールをおぼえるところからはじめる始末です。
はじめの三日間、ローリーはおしごと帰りにすぐビリヤード場に立ちよってはみっちりと練習してとがんばっていました。
おうちに帰ってもビリヤードの本や解説動画でルールやコツもおぼえていきます。
それでもまだまだ初心者ですからローリーもホントは不安でいっぱい。
そんな時、ローリーのルームメイト、ウサギのアンゴラはふしぎそうにたずねます。
「ローリーったらバカね。その試合に勝っても負けても、どうせビリヤード場はもうおしまいじゃないの。立ち退き料はちゃんとくれるんでしょ? いいじゃんあきらめたら」
アンゴラは携帯電話をいじってぶつくさいいます。
はりきっているルームメイトのがんばりをバカにするのは、ローリーがうつらうつらと眠りこけながらルールブックを読んでいたからです。
こっくりこっくりコックリさんです。
「ふにゃふにゃむにゃむにゃ」
「こら、あたしのはなしを聞きなさいよ。あんなボロいプールバー(※ビリヤード場のこと)どうせつぶれるてってるのよ」
「むにゃ、え、あ、ん、そう……そうかもしれないね」
「なんだ、わかってんじゃん」
「けどさ、やってみるとこれがたのしいんだよ。コン! ってキューって細長い棒でボールを叩くと、カンカン! ってボール同士がぶつかって跳ねてどう転がるかを心待ちにする瞬間がたまらなくわくわくするし、ハラハラと緊張するんだよ。それにね」
「ふーん、それに?」
「ステファニーの教え方が上手なんだ。手取り足取り親切丁寧ってだけじゃない。あれができないこれができないと怒ったりせず、こう、勝負に勝ちたいって焦りより、ビリヤードを好きになってくれた新入りの私にあれこれ教えてあげるのが楽しいみたいでさ。トゲトゲがシャキンとしてるんだよね」
「は? トゲトゲ?」
「ハリネズミなの、彼女」
「あー、そーゆー」
「……時間が足りないからさ、明日から有給休暇をつかってお仕事おやすみするよ」
「なにそれ、バカじゃん」
「ステファニーはさびしがってるんだ。私にはわかるよ。私とアンゴラが同じ趣味でつながって、さびしくなくなった時のうれしさを、キミはわかってくれるだろう?」
「……それくらいは、まぁ」
「もしかして、ちょっと妬いてる?」
ローリーは本を脇において、アンゴラのことをぎゅっと抱きしめます。
ごきげんななめだったアンゴラはすこしいやがります。
でもローリーにせなかをポンポンとされると、そのうちにすなおになりました。
「いまはふたりのじかんなんだから、もうちょっと、あたしもさびしくさせないでよ」
「はいはい、こまったお姫さまだね」
ローリーのなんとも甘い言葉とお顔に間近でふれると、アンゴラの白いもふもふのみみはシャンとしてたのがふにゃふにゃになってしまいます。
そりゃあだって、ちっとも好きでもないひととはいっしょに暮らしませんものね。
「ローリー、もう寝たら? このままいっしょに寝てくれるならゆるしてあげる」
「ん、そうするよ。ルールブックによだれたらしちゃこまるしね」
「あたしだってこまるけど!? ふにゃふにゃのふやふやになるから寝てるあいだにおみみはぐはぐするのもなしね!」
「あはは、それじゃおやすみ……」
そのうちに寝こけて、ローリーのとっくん三日目が終わりました。
◇
四日目、なぜかビリヤード場にはウサギのアンゴラがやってきました。
もこもこふわふわなウサギのアンゴラは携帯電話で練習を撮影してくれています。
トゲトゲチクチクのハリネズミのステファニーとは見比べてみるとなかなかおもしろです。
ちなみに、アンゴラのみみはふにゃふにゃのふやふやで歯型もうっすらのこってるのですが、むしろ気分は上々《じょうじょう》ごきげんよしではりきっています。
「あの、アンゴラさまはなにを……?」
「練習風景を撮影して配信するんだって」
「配信……?」
「バカね。勝負に勝つだけじゃダメなのよ。盛り上がりそうなイベントはチャンスよ。プールバーをつづけたきゃお客さんを待ってるだけじゃダメ! 自分から呼び集めないと!」
「は、はぁ」
「お店の存亡を賭けた世紀の大勝負でしょ! 観客をまねくんでしょ! ビリヤードが楽しいんだってとこをせいぜいアピールすることね、あたしの相棒を貸してあげるんだから」
「あの、おふたりはどういうご関係で?」
「あっちが動画つくるひと、私は動画うつるひと、かな」
ローリーは華麗にブレイクショットを決めます。
あいかわらずフォームだけは綺麗ですが、①はポケットは落ちず失敗、ミスショットになります。
「ううん、全然よくならないなぁ」
「でも、①のボールをちゃんとポケットのそばに転がせてます。もうすこしですわ」
ステファニーとローリーの特訓は試合前日までつづきます。
コンディションをととのえるため、ローリーは早いうちにぐっすりと寝ます。
その夜、アンゴラはステファニーに電話します。
「ねえ、ステファニー。ひとつ聞いておきたいんだけど、なんであんたが試合に出ないの? ローリーに聞きそびれちゃって」
「それは……」
アンゴラはローリーのすやすやとした寝顔をながめながらはなします。
「ホント、見てて飽きない顔よね」
とアンゴラは向こう側に聴こえないようぽそっとつぶやき、ほんのりわらって。
「ローリーはおひとよしなのよ。明日の勝負、勝てる見込みはぶっちゃけ薄い。それでもあんたが試合せずにローリーにやらせる理由はなに? ……あたしにも教えなさいよ」
ステファニーはしばらくだまってしまいます。
けれどそのうち、話してくれました。
「……それは、ローリーさまがみずから勝負すると仰ってくれたからです」
「どゆこと?」
「対戦相手のビリヤニという男が勝負に乗ったのはローリーさまが初心者だと見抜いたからです。もし愛好家のわたしがお相手すると言ったら、きっと約束がちがうととりやめにしてしまいます。勝てそうな勝負しかしない男なんです、ビリヤニは。それに……」
「それに?」
「ローリーさまをみてたら、本当に勝ってくれるんじゃないかって気がして」
「そう、バカげてるわね。奇跡でも起きなきゃムリじゃん、そんなの」
すぅすぅと寝息を立てるローリー。
きっと夢の中でも練習してるのだろうなとアンゴラは苦笑いします。
「ま、奇跡に期待したっていっか。負けても困るのあんたとこのバカだけだし」
「……ですね!」
電話を終えると、アンゴラはパソコンに向かいます。
明日のために彼女にもやるべきことがあるからです。
◇
そして試合当日。
ビリヤード場にはたくさんの観客が集まっていました。
これには対戦相手のビリヤニと子分のネコらもおどろきでした。
「どーなってやがるにゃ! こんなさびれたとこにこんなに……」
「うう、こう見物人がいちゃやりづらいっす」
観客はすべて常連客というわけではありません。
ここに集まったのはアンゴラの作った動画の呼びかけに応じてくれたひとたちです。
「念願の生ローリーよ! ああ、お美くしい!」
「キャー! ローリー! こっち向いてー!」
「立ち退きを賭けた世紀の大勝負といわれちゃ見に来ちまうよなぁー、そりゃあ」
観客のおかげか、場の雰囲気はローリーに味方してくれています。
凛々《りり》しく白と黒のハスラースーツを着こなしたローリーはまるで一流のプロみたいな風格で試合に望みます。
一方、ビリヤニも同じく白と黒の正装で試合に望むのでした。
「ルールはナインボールの5ゲーム先取、そして勝敗が店の今後を決める。いいね?」
「ああ、もちろんだにゃ」
ステファニーとアンゴラ、子分のネコらが見守る中、コイントスで先攻を決めます。
「……私からだ。行くぞ、ビリヤニ」
「やってみろ、ド素人」
ローリーは綺麗な姿勢で、さいしょのブレイクショットを行いました。
ちゃんと自分の白い球が、的球の①に当たり、②③④⑤⑥⑦⑧⑨とそれぞれの球がビリヤード台の上を四方八方に弾かれてコロコロと転がっていきます。
ナインボールは⑨をポケットに落とせば勝利、1ゲームを得ることができます。
ローリーのブレイクショットはこのまま①をポケットに落とせば、次は②を的球にしてつづけて打つことができます。
理想的に打ちつづければ、ずっと相手に打たせずに⑨をポケットに落とすことさえできますし、うまくやれば途中で的球をうまくぶつけて⑨をポケットに落とすこともできます。
そしてローリーのブレイクショットは……うまく①をポケットに落として成功です。
「よし!!」
「ほーう、にゃかにゃか練習してきたようだにゃあ」
「当たり前だ! この調子で……あっ」
早速のミスショットです。
手番はビリヤニに交代、そして彼はものの見事に②をポケットへ落とします。
「上手い……!」
「ふにゃふにゃふにゃ! オレサマも練習してきたんだにゃ~。経験も実力もオレサマが上にゃ」
「おまえ……じつはビリヤード好きなんじゃないか!」
「“好きだった”が正しいがにゃ」
ビリヤニは⑤と⑥をポケットに落とし、さらに⑨まで落として1ゲームを制します。
でかいみかけに似合わぬ繊細なコントロールにはおどろきです。
観客もおもわず「おい、あいつすごくねーか?」「ああ、ただのゴロツキじゃなかったのか」と見事なプレイにナイスショットにパチパチと拍手をおくります。
つづく2ゲーム目、ビリヤニは①②③④⑤⑥とそのまま1ゲームさらに得るのではと見事につづけるのですが、⑦を落としそこねて交代になります。
「ちっ、ほら、おみゃーの番だにゃ。ふにゃははは! ……はずすにゃよ?」
「わ、わかっている……!」
ローリーには連続失点を許せるような余裕はありません。
このワンショットをミスしてはいけない。
そういう重たさが、ローリーの指先に余計な力を与えてしまうのです。
そこでアンゴラは、ステファニーになにかこしょこしょ耳打ちして。
ステファニーは力いっぱいにさけびます。
「ローリーさま! カッコ悪いですよ!!」
「……は?」
「ダサいです! カッチンコッチンに緊張しきっててちっともカッコよくないですわ!」
「んな、だ、だれのためにこんなことしてるとおもって……!」
ローリーはキューの棒先をステファニーに向けて抗議します。
「じゃあどうしたらいいんだよ! 私は!」
その問いかけに、ステファニーは全力でこう返事します。
「もっと理想のカッコいい自分になりきるんですわ! こんなボロい店のことなんて気にせず! ローリーさまがなりたい最高に、ビリビリとしびれるくらいカッコいいハスラーになりきるんですわぁぁーーーっ!!」
「最高の……」
ローリーは思い出しました。
このハスラースーツに袖通したのも、つい助け船を出してしまったのも、一週間ずっとがんばってきたのも、すべてはステファニーとお店を助けたいため“だけ”じゃない。
そういう“守るべきもの”のためだけに戦うのは自分らしくないと気づいたのです。
「……そう、そうだね」
ローリーが今、ここで戦うのは――。
最高にカッコいいショットを決めて、輝くためだと。
最高の一打。
それは稲妻のように目の冴える会心のショット。
⑦の的球が⑧を弾き、そのどちらもがポケットへ吸い込まれていきました。
つづけざまに白球が⑨を弾き、ポケットインしてゲームを勝ち取ります。
「クォォォォーーン! どうだ、見たかいステファニー!」
「おぎょうぎが悪いですわローリーさま! でも……かっこよかったですわよ」
そこから試合は白熱の大接戦でした。
ビリヤニとローリーはどちらも譲らず、一進一退、勝負は4-4のラストゲームへ。
「ぐにゃー! 初心者がこのままビギナーズラックで勝てると思うにゃよ!」
「その初心者が見事に勝ったら最高にカッコいいだろ? だから私が勝つのさ」
「ええい、この一打で決めてやるにゃあ!!」
ビリヤニは勝負を決めにいきます。
むずかしいけれど、決まれば⑨を落とせるというテクニカルなショットを狙いました。
しかしそれは空振りに終わり、こんどはローリーにチャンスがやってきます。
会場は熱気につつまれ、アンゴラの実況配信も大盛り上がりでした。
「すぅー……はぁー……」
ローリーは深呼吸をひとつ。
そしてこう宣言します。
「ステファニー、もしこのワンショットで勝利できたら――」
「で、できたら」
キューを構えて、ローリーは美しく静かに狙い澄まします。
「この古くてダサい店、リフォームしようよ。いっしょに」
ステファニーはびっくりな言葉にすこしおどろきますが、すぐに「勝てたら、ですわよ」とくすりと笑ってかえします。
ローリーは「勝つさ」とつぶやいて、白球をキュースティックで弾きます。
それは渾身の一打でした。
⑤の的球に当てられた⑦が弾かれて縁に跳ね返り、きっちり⑤はポケットへ。そして⑦がいきおいよくぶつかるのは⑧、その⑧がぶつかったのは⑨でした。
⑨はいきおいが弱いながらに少しずつ、じわり、じわりと四隅のポケットへ――。
ころころころり、ころりんこ。
みんな、⑨の行方を手に汗握って見守りました。
ころころ――、コトンッ。
――⑨のボールはものの見事に、ポケットに落ちました。
ローリーが勝利したのです。
わぁわぁと歓声が上がって、会場は熱狂の渦につつまれます。
「ローリーに惜しみない拍手を!」
「お見事! 最高にカッコいいぜ! ローリー!」
「ビリヤードってはじめてちゃんと見たけどこんなに面白いものなんだね!」
負けてしまったゴロツキネコどもは残念無念。
「そ、そんにゃ~……」
ぐったりと脱力しきってふにゃふにゃです。
がっくりと膝を落とし、ビリヤニはいやそうに土地の権利書をローリーに差し出します。
「……約束だ、受け取れにゃ」
「潔いじゃないか、お前もなかなかカッコよかったよ、ビリヤニ」
ローリーはカッコよく、土地の権利書をびりびりと破り捨ててしまいます。
そしてキメ顔でキラキラした謎の光をまといながらステファニーへアピールします。
「どうだい? ビリビリとシビれるくらい最高にカッコよかっただろ?」
「ええ、とっても……」
うっとりとした熱いまなざしで祝福するステファニー。
ステファニーはうれしすぎて、ぎゅっとローリーにぽろぽろ涙しながら抱きつきます。
「ふたりでステキなリフォームをしましょうね、ローリーさま!」
「いた、あ、痛いっ! く、ない、痛くないもん……っ!」
ステファニーのトゲトゲチクチクに耐えながらローリーは最後までカッコつけます。
その足元では、ふわふわもこもこのアンゴラが必死に紙切れを拾い集めてます。
「おいバカ!! だいじなだいじな土地の権利書をビリビリに破いてどーすんだ拾い集めろバカギツネ!!」
「……え?」
「カッコつけすぎだバーカ!!」
後日、このうっかり土地の権利書をびりびりに破いちゃったワンシーンは、見事に⑨を落として勝利したシーンより有名になってしまったとか――。
リフォームされてオシャレになったステファニーのビリヤード場はそのおかげか話題です。
そこでは毎夜、なかよくビリヤードをたのしむふたりのすがたがあったとか。
そうそう、ときどき、もう一羽もいっしょだったりするそうですよ。
めでたし、めでたし。
お読みいただきありがとうございます。
お楽しみいただけましたら、感想、評価、いいね、ブックマーク等格別のお引き立てをお願い申し上げます。
素敵なイベントに参加させていただき、作品を書く良い機会に巡り合わせていただきました。
イベントの関係各位にもこの場を借りて、お礼申し上げます。
読者様におかれましても、この機会に他の方々の素敵な童話にも触れる機会になれば幸いです。