表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

月食い金魚

 月の光を食べると竜になれるらしい。そんな話が、魚たちの世界でひそかに言い伝えられていた。

 観賞魚売場の金魚たちは、隣の水槽のメダカたちからその話を聞いた。

 金魚たちのうち数匹はやがて、庭先の睡蓮鉢で金魚飼いをやっている老人に、仲間たちと共に買われていった。家の中で飼われたならば、月の光を浴びる機会さえあるまい。幸運な数匹だった。

 金魚たちは夜な夜な月の光を食べようと、水面から顔を出し、口をぱくぱくさせた。だが、月の光が口に入ってくる気配は、まるでない。

 そのうち一匹の金魚が、水面にむらがる仲間をしり目に、水底にもぐってみた。

 水面の陣地争いに敗れたというのが、正直なところだ。この金魚は、この睡蓮鉢の中でも一等体が小さく、餌をとるにも、つがいを見つけるにも、他の金魚から追い払われてばかりだった。

 だが小さな金魚は、老人の撒く餌が、よく落ちる場所を知っていた。

 水面で餌とり合戦に敗れたら、水底の残飯を探しにいけばよい。もしかしたら月の光も、水面などはつらぬいてしまって、存外水底に見つかるものかもしれぬ。

 水底を探索しながら、小さな金魚は、水面を見上げた。

 風のない夜だ。周囲の木々の影も、水上のトクサも揺れない。月の位置は睡蓮鉢の真上。ここからだと、水面は白っぽく光って見える。

 仲間の金魚たちの黒い影だけがぐるぐると、いつまでたっても口に入らぬ月の光を求めて、むなしく泳ぎ続けていた。

 小さな金魚は、そのとき思いついた。

 月の光は、水上の空気の中にも、水底にも得られまい。

 珍しく他の金魚を蹴散らす勢いで、小さな金魚は水面に向かい、泳ぎまわった。月光探しに飽き飽きしていた仲間たちは、思いのほかすんなり場所をゆずった。

 小さな金魚は、水面の水をがぶがぶ飲みはじめた。そこに月の光は溶けこんでいた。

 みるみるうちに力がみなぎる。ちっぽけな体がふくれあがり、鱗があかあかと輝きだす。

トクサが揺れ、周囲の木々が揺れた。

 それが自分の起こした風だと気づいたとき、金魚だった者は、睡蓮鉢の上空にいた。

 睡蓮鉢に残された仲間たちが、残りの月光を探し、水面を右往左往している。だが月の力はもう、食いつくされたあとだった。


 翌朝、睡蓮鉢の中に小さな金魚を見失った老人は、近いうち屋内に入れ、いじめっ子どもから離してやろうと思っていたのに、と肩を落とした。

 そのころから、この町ではときおり、赤く輝く竜が月夜の空を横ぎることがある。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 日常にありそうな、でもどこか不思議な雰囲気 [一言] ありふれた言葉なのに、素敵で不思議な世界観を創り上げていてとてもよかったです。短いながらぎゅっと世界観が出来ていてとても感心しました。…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ