後始末と、報酬と、はじめての……
拳骨である。
「ちょっとおじさん!!」
「報連相なしで勝手に行動した罰だ」
両手で頭のてっぺんを抑えて涙目になっているユイと、両腕を組んで怒り心頭のおっさん。
それと、ユイをかばうにしてもおっさんの言い分もわかるので、いまいちかばいきれないウィリア。
周囲は、まあしょうがないかな……的な雰囲気。
新人の初陣だと思ったら敵の攻撃があり、その新人が何の相談も無く飛び出して、しかもなんとかしちゃいました☆
絶体絶命の窮地を救ったと言えば聞こえはいいが、なんとかなったのはあくまでも結果論である。
結果を除けば、勝手に輸送機を内側から攻撃し、勝手に一人で飛び出し、勝手に一人で敵と交戦した。
おっさんが怒るのも無理はない。
「何かあったらまず報告。
これを外されたらチームではやっていけん」
……まあ、そういうわけなので。
ユイは結構長い間説教をくらった挙句、罰として廃材拾いのノルマを課せられたのである。
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さて、本題に入ろう。
まずは報酬だ。回収した”敵の構成物”は、基本的に重量比固定額で全て買い取られる。
”敵”の技術は未知数で、物質変換機を通して別の物に作り替えなければ使い物にならないためだ。
買取は都市運営部が行い、支部と言うか支店が全ての空港に配置されている。
その後、税金として都市運営部が50%持って行く。
その残りから、傭兵連合が5%持って行く。
その残りから、チームの運営費として50%持って行く。
その残りから、機体の修理費や弾薬費を持って行く。
その残りをチーム全員で割って、それぞれに分配される。
まあ、今回の報酬はそもそもゼロである。
謎の傭兵からの襲撃と、それへの反撃。
さすがにあんなことがあった直後に、「じゃあ敵を倒しに行くぞー」とはならなかった。
襲ってきた機体と、伏せていた機体を回収して帰還である。
傭兵連合は回収した機体を見て、すぐに搭乗者を断定した。
白い機体の登録者はファルコー・リッジライン。連合階級はエース。
上から数えたほうが早い超優秀な傭兵であることを示す。
同時に、闇討ちしてきた機体のことも教えられた。
こっちのパイロットは連合非所属とされている犯罪者で、コードネームは「赤烏」。
狙撃による暗殺をメインに、物資強奪や人身売買にも携わる危険人物だったとのことだ。
状況があまりにもややこしく、不透明だったがために、都市運営部と傭兵連合の両方から調査が入った。
両者、大量に資材を回収してくれるファルコー・リッジラインが音信不通であることに憤慨し、初めはチームのほうを疑ってかかっていたのだ。
最初、今回の件は、チームによるファルコー・リッジラインへの不当な攻撃と思われていた。
しかし、疑惑だけで罰則どうのとやっていては、運営部も連合も現存していない。
現場がなぜか初心者御用達の区域であったこと。
暗殺を主力にする赤烏が、一撃必殺の方針ではなかったこと。
とは言えチームが強奪されるほどの物資など欠片も持っていなかったこと。
何より、なぜ階級エースのファルコー・リッジラインが、初心者御用達の区域にいたのか?そして、なぜ赤烏による襲撃地点に居たのか?
推測では何もわからないということで、ユイのスイジョウに積んであった記録用コンピュータが一時回収され、詳細な調査が行われることとなった。
なお、こういう時に困るので、レコーダー非搭載では出撃できない。これはチームの決まりだ。
調査にどれくらいかかるのかもわからないので、その間、ユイは出撃できないことになって、当然……
「それは報告しろ!」
「それも報告しろ!」
「勝手に動くな!相談しろ!」
「連絡してタイミングを合わせろ!」
「せめて敵を見つけたことくらい報告しろ!」
「コラァ!ユイー!!」
おっさんと爺さんに、チームワークについてめっちゃ叩き込まれたのであったが……
一週間後にレコーダーが戻ってきた頃、おっさんと爺さんは頭を抱えていた。
「30点」
これが、おっさんと爺さんが揃って出した、みっちり訓練した結果のユイのチームワーク評価であった。
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「今回の件は、ファルコー・リッジラインと赤烏が協力関係、または同一人物であった、という結論に至りました」
一週間後に現れた、都市運営部と傭兵連合の連絡役の人が、そう言った。
結構お年を召した女性だった。
両方に所属する人で、人手不足で忙しい両陣営で同時に雇っているらしい。
ただの連絡役と思われるなかれ。情報の齟齬が起きることを防ぐために、その忠誠心が最重視される職業なのだ。
「先んじて情報を集め潜伏していたにしては、ファルコー・リッジラインが赤烏の攻撃に無反応であったこと。
ファルコー・リッジラインのHTのレコーダーから、最後に起動した座標が本人のドックであったこと。
このことから、ファルコー・リッジラインのHTは赤烏によって運ばれたと思われます。
盗まれた可能性を考えても、それらしい被害報告が一切なかったことや、当人が現在音信不通であること。
当人がコックピットに入ったままか、あるいは無人であったか……どちらかはわかりませんが」
そこまで言うと、女性はタブレット棒を取り出す。二つに割って横に引っ張るとホロパネルが出るやつだ。
「それと、赤烏の目的ですが……これは憶測の域になりますが、狙いはウィリアさんかユイさんのどちらか、あるいはお二人だったのではないかと考えています。
赤烏は人身売買も手掛けており、過去の被害者には見目麗しい子どももおりましたので……
ですが、記録を見るに赤烏は死亡しました。
我々はこの情報を大々的に報道し、犯罪組織を牽制しつつ捜査をしていく予定です」
これを聞いて、ユイとウィリアは顔を見合わせた。
そっかー自分たちが狙いかー。そんなアイコンタクトが交わされる。
……このうっすい反応は、13歳になった子と13歳になる子の認識としては、果たしてどうなのだろうか?
ここは下層だ。親はいないし、頼れるのは仲間だけ。
やることはいつもと変わらんと言えば、確かにそう変わるまいが……
同席していたおっさんと爺さんは二人の警戒心の無さが心配である。とりあえずこの後、一人で出歩かないよう説教することは確定した。
「最後に、撃破した機体のことですが」
――ユイはそれを聞いて、戦いの時を思い出した。
数秒の膠着状態に陥った後で、赤烏とやらはユイのライフルを狙ったため、必然的にスイジョウの中心から狙いが逸れた。
そのためユイは、ライフルの持ち手の反対側に避けつつ、前進したのだ。
相手のライフルはルミナス・レーザーライフルよりも二回りほど大きく、接近戦が優位だと考えたからだ。
しかし相手は次に、そのライフルを投げ捨てて距離を取ることを選んだ。
相手の向かう先は岩陰だった。
直感的にまずいと思ったユイは、即座に追撃を決行する。
罠か置き装備か、とにかくこの相手を一瞬でも見逃すとろくなことにならないと、頭の中の男が警鐘を鳴らしたのだ。
推進器を思い切り噴かせながら膝を折り、大きく飛び上がる。
スイジョウがこの動きをできることは幸運だった。往々にして、スイジョウのような重装甲の機体はアグレッシブな動作を苦手としているからだ。
ジグザグに動いていた敵が、岩陰に入った途端に直線的な動きになった。
油断か作戦かはわからないが、チャンスだと思った。その結果が、今である。
「両機は都市運営部が買取を行うことになりました。皆様のチームとの交渉も終えております。
また、赤烏の撃破報酬も出ています。両方とも、既にチームに振り込んであります。
お話は以上ですが、何か質問などありますか?」
そういうわけで、いきなり大金が舞い込んできたのである。
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赤烏の2機は、どうやら上手いこと胴体だけをぶっ飛ばしていたらしく、四肢や装備がそのまま使えるくらい状態が良かったとかなんとかで、なかなかな金額になったらしい。
と、チームの誰かが言っていた。拠点は楽しげな雰囲気に包まれているし、ユイを見かけると褒め称えて来る。
ユイもとても気分がいい。顔にはほとんど出ないが。
で、ユイにも結構な大金が寄越された。
初の稼ぎだ。それにしては大金だったが。
一番貢献したのに同じ額は……なんて考えるタイプではない。
と言うか合理的に考えて、機体やらシミュレーターやら輸送機の手配やらその他諸々、ユイのほうが世話になっている部分が大きい。
なのに当人は自由人である。
この子その内捨てられたりしないだろうか……と、頭の中の男は心配だった。
だが、チームの面々の考えは逆だった。
捨てたりしたら絶対長生きできないと思われているし、独断専行は問題だが大戦果も上げた。それをすてるなんてとんでもない。
大金が入ったことで、かねてより考えていた……そして人生の目標でもあった、21世紀の料理に挑戦することにした。
頭の中の男と相談という名の自己問答の結果、最初に作るのはホットケーキということになった。
米やパンも考えたが、米は単体ではちょっとインパクトに欠けるのと、あの微妙に臭う水では米の美味しさを出すのは難しいだろうということ。
パンはそもそもなんとかいう菌やら発酵やらオーブンやらが要るということで、料理未経験のユイには後回しになった。
その点、ホットケーキは鉄板に垂らして焼くだけだ。とても楽だと思われた。
さて、まずは「コムギコ」がいるらしい。
物質変換機のデータを見る。そんなもんは無いって出てきた。
頭の中の男がデータを提示する。えっ、これって分子構造ですか?お前、何者なん……?
入力すると、どうやら作れるらしい。
あんまりにも不安定な物質は作れないらしいが、コムギコは安定的物質と判断されたようだ。
うっすーい半透明な袋に包まれた白い粉が出てきた。
コムギコができた。
1グラム1万円です。
は?
1グラム1万円。
100グラムほど作った。
21世紀換算で100万円になりまーす。
冗談みたいな値段だけど、これ、正常です。この世界こわい。
大丈夫だ、金ならまだ……うん、まだ残ってる。
えーと、他には?ぶどうとう?しょくもつゆし?アブラ?油か。えっ油って食べる用ってこと?確かに普通の油は食わんけど。塩?塩はわかるぞ。べーきんぐ……なんだって?にゅうかざい?なにそれ?さとう……さとうって何ですか?たまご?ヒヨコが生まれる?ヒヨコってなに?牛乳?えっこいつもそんなにたくさんいるの?
すっからかんになった。
鉄板はチームの拠点に転がってる資材を借りた。
綺麗に洗うという概念がちょっと難しかったが、まあなんとかなるだろ感で洗って拭いた。
ついでにバーナーも、強弱微調整できるスゲー奴を借りた。
頭の中の男によれば、火力はとてもシビアらしいので、その情報を元にだ。
調理器具もまあまあ苦労したものの、最終的にはなんとかなった。
さすがに器具を物質変換機で作るほどのお金は無かった。
色々な人に協力してもらったので、色々な人が興味津々だ。
ボウル……に似た何かに材料を全部ぶち込んで、針金にしては太い金属の棒をひん曲げて作った泡立て器をグルグル回す。
適度に温めた鉄板にうすーく油を引いて、混ぜた怪しげな黄色いどろどろな何かをとろーり。
頭の中の男の指示に従い、じっと待ったり、火力を調節したり、あれやこれや。
そんなことをやってると、段々ととてもいい匂いが出始める。
これに驚いたのがこの世界の連中だ。
頭の中の男にとっては馴染み深い匂いだったが、この世界の連中にとってはそうでもない。
やたらと脳を刺激して、口の中が妙に水っぽくなり、胃袋が勝手に動かされる、何かの匂い。
甘いとか香ばしいとか、そういう言葉自体が失われて久しい世界だ。動物としての人間の本能が刺激される。
生地の表面にぷつぷつと穴が出てきた頃に、ヘラで慎重にひっくり返す。
ぺしょっ、と鳴った音に、観衆が「おおっ」と色めき立った。
そしてまたしばらく経って……
頭の中の男が完成を告げる。
ついに、ついに出来上がったのだ!
21世紀の料理、”ホットケーキ”だ!
皿の概念がなかったので、清潔なシートの上にホットケーキを乗せた。
ほかほかでいい匂いがする。
ユイは周りを見回した。15人くらい集まっている。
なんとかなりそうだけど一人一口だなこりゃあ。
しかしまずは何よりも味見だ。
ふわふわのホットケーキの隅っこをナイフで切り、手ごろなサイズの針金棒で刺した。
そして、口に運ぶ……
「……!!!」
とてもいい匂いが口の中に広がる。
脳天にまで広がったような錯覚さえする。
舌が喜ぶ。唾液が勝手に湧いて出る。
甘くて香ばしい。だがそんな言葉など知らない。
ゆえに、言葉にならない。
言葉にならない感動は、無表情が標準装備のユイの表情筋をしっかりと動かした。
これが。
これが、21世紀の料理か……!!!
どうしてこの世界の食い物は、あんな激マズパワーフードに進化してしまったのか!
これをずっと作り続けていればよかったじゃないか!!
ユイの劇的な変化に、観衆もざわついた。
その後はもうお祭りだ。
誰もが見たことのない、そして感じたことのない味に狂喜乱舞した。
たかだか一口サイズのホットケーキを、一口で食べてしまって後悔する奴、それを見てちまちま食う奴、口の中でなんとか維持しようとする奴。
値段を聞いて目ん玉飛び出した奴、貯金をはたくか真剣に考えこむ奴、調理器具や材料の袋に付着した食材を見てあれやこれやと言い合う奴。
十人十色という言葉がぴったりの中、けれども全員が笑顔だった。
そんな大騒ぎのところを、ユイはそっと抜け出した。
一口大に切った、シートに包まれたホットケーキを胸元に仕舞って。
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「あ、ちょっとユイ!
整備の連中いないんだけど、あんた知らない?」
小走りで探している相手が向こうからやってきたので、問答無用でホットケーキを差し出した。
「うん?なにこれ?
……なんか、すっごくいい匂いするけど、なにこれ?」
疑問顔が抜けなかったので、ジェスチャーで食べ物であることを伝える。
「食べるの?
てかあんた、なんであたしに対しては頑なに喋んないのよ……」
何の気なしに口に運び、そして……
「ん……んっ!?!?」
その後、ウィリアは先程集まった15人くらいよりも騒がしくなった。
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これにてこのお話は終わりです。
きっとこれからも、主人公は妙に上手い操縦とガタガタの協調性で戦いつつ、仲間と一緒に料理を作ったり食べたり、一人で出歩くなと言われながら一人で料理を売りに出たりしていると思います。
ありがとうございました!