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名前と喋ることが判明する

 輸送機は平たい形をしていた。

 腹に20メートル級までのHTを3機載せられるタイプで、仰向けに寝かせたHTを横に並べる、3列ベッド方式だった。

 輸送機には結構な種類があり、構造によって料金が変わってくるのだが、ベッド式は実際ちょっと割高だ。

 しかしレンタル輸送機は防犯のためにHTのコックピットから出られないため、仰向けのタイプ以外……例えば横倒しタイプなんかは、それはもう……

 横倒し、かつシートベルトに吊り下げられたままの数十分から、場合によっては数時間……つらい。


 というわけで初心者のいる今回は、と言うかしばらくはベッド式をレンタルすることに、仲間たちは決めていた。

 確かに金銭的負担は増えるが、仲間が無事に帰れる確率を上げることにはためらいのない連中だった。

 特に彼女は初陣だ。無事に帰って来るならそれだけでも十分だった。

 まあ資金に余裕があるわけではないので、数回やって戦果が上がらないようならば、HTを降りてサポート役になるよう説得するつもりではあったが。



 輸送機が飛び立って数分。

 高度を上げ、安定飛行に入った頃に、おっさんが口を開いた。


「今回はユイが初陣だから、無理せず赤字前提でやるぞ。

 いいな?ウィリア」

「?」

「?」



 少し待っても返事が無かったのでおっさんは確認した。


「ウィリア、ユイ。聞こえてるか?」

「は?

 ユイって……?

 ……は?」

「?」



「あんたユイって名前だったの!?

 なんでおじさんが知っててあたしが知らないのよ!!?」


 語り手も知らなかった。



--



 自分の名前なんて久しく使ってなかったから忘れてた。

 のだが、実はおっさんに自己紹介がてら名前を聞かれた時、しっかり思い出せたのだ。

 うん、頭の中の男が覚えてくれていた。

 ユイ自身は忘れていた。あぶないあぶない。

 ん?おっさんの名前?


「作戦を説明するぞー」


 おっさんが緊張感のない発音で場を仕切る。

 間延びしたおっさんの声など微妙ではあるのだが、初陣のユイを緊張させるまいという、おっさんなりの気遣いだ。

 良い奴じゃないか。


「ちょっとおじさん、それなんかキモいんだけど」


 ウィリアには何一つ伝わらなかった。

 察せよ。


「作戦おしえてください」

「……えっ今の声まさか!?」


 しゃべった。

 ユイがしゃべった。


「おう。ウィリアは後で半拳骨な。

 でだ。俺とウィリアの武器はパルスレーザーライフルと近接用のレーザーブレード。

 ミサイルパックが一式と、射出グレネードが合計4発ある」

「知ってるわよそんなこと」

「おう。ウィリアは後で拳骨な。

 でだ。ユイの武器はルミナスレーザーライフルと大型の耐熱コートの盾。

 ミサイル迎撃レーザー(AML)囮風船(デコイ)だ。

 説明は以前にしたが、覚えてるか?」

「覚えています」

「いつ説明したのよ!?

 えっ、あんたなんでそんなに喋ってんの!?

 てゆーか喋れたの!!?」

「おーい、爺さんが話した時とか返事してたろがい」

「えっ!?」

「作戦おしえてください」

「ちょっと待ってよ!

 なんでユイのは強いレーザー(ルミナス)なの!?

 あたしのはパルスよパルス!最弱レーザーじゃん!」

「ウィリア~~少し静かにしろやあ?

 作戦の説明中だぞう?

 ユイに何かあったらどうするつもりだコラ?」


 ぐだぐだになったが、おっさんの正論にウィリアも黙った。

 ウィリアはおっさんが意地の悪い奴ではないことはわかっているので、後で教えてもらうことはできると踏んだからだ。

 最悪でも、ユイと武器を交換してもらえば……


「ウィリア、武器の交換は駄目だぞ。

 先に説明するわ。俺とウィリアが前衛だからパルス。

 ユイは後方から火力支援だからルミナスだ。

 ユイのルミナスに求めてるのは火力じゃない。射程だ」

「あっ。

 …………まあ、わかってたけど!」

「ならいい。まあ、作戦もそのまんまだ。

 俺が前衛で索敵。ユイが真ん中。ウィリアが後衛で周囲警戒役だ」

「ちょっと待ってよ!」

「ウィーリーアーぁあ?

 お前、新人のユイに後方警戒やらせる気かよ?」

「…………そうよね!知ってたわ!」

「ならいい。そんで敵を見つけたら、ユイは射程に入り次第攻撃な。

 そしたら敵はこっちにすっ飛んでくる。それを俺とウィリアで叩く。

 敵が向かってくる間、そして俺たちが戦ってる間、ユイは自己防衛に徹しろ。

 お前の射線の前に出るし、危ないからな。わかったか?」

「わかりました」

「ま、ユイはね?新人だし初めてだからね?

 あたしの華麗な戦いを見て勉強するといいわよ!」

「わかった、ウィリア」

「なんであたしにはタメ口なのよ!?」



 ぐだぐだになったが、説明は終わったのでおっさんは話を終えた。

 ウィリアの幼さには若干不安もあるが、このチームの中で一番腕が良いのはウィリアであるし、仮にユイを守るとなってもその能力は十分に発揮されるだろう。

 逆に、自分がユイを守るパターンもあるだろうし、その場合はウィリアが攻撃に回る。

 むしろその方が安定するだろうし、状況次第で逆の役割(スイッチ)もできる。前衛二人は理に適っている。

 おっさんは更に思う。


(まあ、選んだ敵地区は初心者御用達のしょぼいエリアだ。俺もウィリアも、余裕を持ってソロ戦闘ができる場所。

 ユイがよっぽどの戦闘オンチでない限りは大丈夫だし、シミュレーターでの戦い方を見る限りそれも無い)


 おっさんは考える。

 目的地まではまだしばらくかかる。

 ユイが新人だから普段の横倒しと違い、姿勢が随分と楽だった。

 雑誌の一冊でも持って来れば良かったか、などと考えながら、頭の後ろに両手を持って行く。


(……そろそろ一か月、か。あいつらが帰って来なかったのは、きつかったな……

 いかんね、まだ引きずってら。いつ死ぬかもわからん仕事だ。まあ、今日はないだろうが。…………)


 おっさんはしばらく前の、仲間のパイロット二人が未帰還となった時のことを思い出していた。

 今でこそ大分頻度は減ったが、その事件が起きてしばらくはそのことばかり考えてしまっていた。

 自分がついて行っていれば、などと何度も思った。

 そんな選択肢は無かったにも関わらず、だ。


(こんなところで死ぬはずがない。負けるわけがない。

 そんな風に、あいつらも思ったか……?)


 自分の思考に釘を刺す。負けるとわかっていたなら、そもそも出撃などするはずもない。

 勝てると、帰れると思っていたから発ったのだ。誰だってそうだ。

 それで死ぬならば、予想が外れたとしか言いようがない。


(……オーケイ、油断はしねえ。初心者御用達がなんだってんだ、全力だ。

 それで、3人で帰れば万々歳。何の文句もありゃしねえ。赤字だろうが何だろうが、生きてりゃお釣りがくるってもんだ)


 考えは、まとまった。仲間の二人が死んだことも、一切合切無駄にはしない。

 そんな決意と共におっさんは目を閉じた。仰向けの場合だと、仮眠をとることも可能なところがありがたかった。



「ちょっとおじさん!ユイが喋んなくなったんだけど!!」

「……知らねえよ……」


 お前が二人分喋るからじゃねえの、とは、三人分に増えそうだから言わなかった。



--



 ユイの頭の中の男は、別に喋るわけではない。

 考えるわけでもない。聞いても返事が来るわけでもない。

 しかし、ユイの頭の中の男の記憶は、男の記憶として独立しており、ユイが見聞きして覚えたりしたことと重複する。

 ユイ自身も不思議な感覚は自覚していた。

 なにしろ、何かについて考える際、ユイ自身に問いかけるのと、男の記憶に問いかけるのとでは、全く別の結論に至るからだ。


 それで……これから始まる戦闘についても、男の記憶に問いかけてみたのだが。

 どうやら男が生きていたと言うか生活の範囲内には、戦闘というものは作り物の中にしか存在せず、どうやって戦えば良いのかなどはさっぱりわからなかった。

 今まで大抵のことは結論が出ていたために、これにユイは驚いた。


 とは言え、戦いの無い社会なら、ユイ自身も生まれてから十数年ほど体験してはいる。

 そもそもこれから先に、初めての戦闘が待っているのだからして。

 つまりはユイも男も、全く知らない体験が待っているということだ。

 少しの不安が混ざり、男の記憶が警鐘を鳴らす。

 だが……


(大丈夫。私はちゃんと帰る。

 ウィリアも皆もいるし、何より……21世紀のおいしい料理を作るためだもん)


 目的ははっきりしている。目の前のものも、その先のものもだ。

 そのためにすべきこともわかっている。

 あとは、そう……


(やれるだけ、やる)


 それだけだ。

 男の記憶からも、強い賛同が返って来た。



 決意の少し後に、小さなノイズと共にスピーカーが声を発する。


「こちら輸送機パイロット。HTパイロット各位へ、聞こえるか。

 降下予定地点まであと5分ほどだ。予定に変更はあるか?返事をくれ」


 そのアナウンスに呼応するように、おっさんから問いかけが来た。


「ウィリア、ユイ。もうすぐ降りるぞ。問題はないか?」

「ないわ!」

「ありません」


「聞いてはいたが、元気なチームだな。

 おいおっさん、女の子二人にかすり傷でも付けるんじゃねーぞ」

「言われんでもわかってらあ。

 ウィリア、ユイ。降下準備だ!輸送機との物理接続を解除!」


 そのレバーはシミュレーションで使ったものとは少々位置が違ったが、説明は覚えている。

 少し遠くにあるそれを、シートベルトから身を乗り出して引き上げれば、機体がガコンと揺れを伝えた。


「こちら輸送機パイロット。全機パージ確認。

 降下地点に到着次第、後部ハッチを開けて機体を落とす。

 カウントダウン、180秒」



 少しの不安はまだ続いている。

 けれども、新たな一歩に気分が高揚している自分もいる。

 たった数日のシミュレーター訓練で、いったい何ができるのかとは、ユイ自身も思うところだ。

 しかし、そのたった数日の訓練の中で、HTに乗れたし、カメラやレバーの操作もした。シミュレーション通りのことが実際にできている。

 ならば、他のシミュレーション通りのことはできるはずで、そう……


「カウントダウン、120…………ん?」


 とんでもない例外でも無い限りは、やれるはずだと感じられた。


「なっ……!!」



 とんでもない例外でも無い限りは。

 けれども、生まれながらにして全く別人の記憶を持っていること以上に、とんでもないことはあるだろうか?



 輸送機パイロットの慌てた声と、時を同じくして。

 体が急激に傾いたと思った瞬間、ガゴン、という衝撃が。

 機体を輸送機から切り離した時とは全く別の、そして圧倒的に強い衝撃が、機体をユイごと揺らした。



--


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