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まだスリエルと呼ばれる前の話

10歳前後に見えると言われるのが、今年で13歳になる彼女の悩みだ。

なんでそんな風に言われるのかと言えば、まあ当然も当然、栄養が足りないからである。

なんで栄養が足りないのかと言えば、まあ……


(うょぅえ)


水でなんとか流し込むにしてもその水が微妙に臭うという絶望感。

なかなか……そう、なかなか、頭の中の男が過ごした生活では、体験できない状況だろう。

とにもかくにも食欲が出ない。いや正確には腹は減るのだが、この味が食欲を思いっきり減衰させてしまうのだ。

それでも栄養失調とまでは行かないのは激マズパワーフードの性能とでも言うべきか。

効率化を突き詰めただけあって、全量食べずとも彼女の体調に支障は出ていなかった。いや配給量には個人差を含めた余裕があるので、全量食べる人もそうそういないが。


そう言えばパワーフードの重厚で煌びやかな容姿を語っていなかったが、要約すると、アルミとビニールの複合材にパッケージングされた灰色の羊羹である。

サイズは少し大きめのスマートフォンと同じくらいで、厚みが5cmくらいあり、重さはずっしりと……彼女の手と言うか胃袋には少々荷が重そうな、いや実際重かった。

もう食べたくない、腹はいっぱいで胸もいっぱいだ。

毎食一回はそう思い、今回も思ったその時であった。


「またそんなちまちま食べてんの」


今しがたその彼女の手からパワーフードを攫い、何ら苦もなく噛り付いたのは、既に(・・)傭兵として活動している少女だ。

名前はウィリア。金髪のショートヘアに緑色のつり目。身長は彼女よりも頭3分の2ほど高い。年齢は13歳で、中学生に見える。

つり目と言っても顔立ちはまだまだ幼く、ちょっと強気な中学生と言った感じだ。

そして耳が尖っている。10cmくらいの長さがある。エルフ耳だ。大人びた雰囲気を増長させるのか、中学生らしさがある。

種族的には森人と呼ばれている、遺伝子遊びの結果生まれた亜人種だ。


余談でもなんでもないが、ウィリアは中学生に見えるが、彼女は小学生に見える。

なぜだろう。髪型の違いかな?


「そんなに渋い顔するほどのもの?これ。

 まあいいけど」


これまでに何度も問いかけた疑問をウィリアは雰囲気で撤回した。肯定しか返ってこないからだ。

彼女は思い返していた。ウィリアをはじめ、この世界の人々はこの激マズパワーフードを、と言うか、”おいしい、まずい”という概念が無い。

激マズパワーフードが最底辺にして、最高潮の味なのである。びっみょーに薬品臭がする水でさえ、”普通の水の匂い”として扱われている。

と言うかあの薬品臭は一体なんなのかと。そう思って調べたところ、なんか体調を整えるお薬が入っているらしい。

あれ飲んでるだけで病気知らずだとか。なんて都合のいい液体なんだろう。もうちょい味をなんとかしてくれ。


「それより、話はついたわよ。

 いつでも来ていいって」


パワーフードを完食したウィリアは、余裕ありげに笑って彼女を見た。

彼女は手を合わせてウィリア()に祈った。処理してくれてありがとうございます。



――時系列がややこしいが、少しウィリアに会う前の話をする。


最も効率良く、そして最も早く稼ぎを得る手段。それが傭兵だった。

ただ、傭兵になる、と決めたまでは良かったが、彼女にはその伝手が無かった。

彼女の生まれ……いわゆる中流階級の親なし子(チューブベビー)は、まあ名前の通り試験管の中で生まれた子どもである。

これが上流階級の子どもであれば誰かしらが引き取っていくのだが、中流階級の、となると血筋だの才能だので引き取り手はほとんど見つからない。

ではなぜチューブベビーが生まれるのかと言うと、シンプルに人手が足りないからである。

とにもかくにも資材がない。労働、輸送、開発。ありとあらゆるところに労力は必要なのに、それに使われるはずの機械は大部分が”資材集め”に投入されている。


労力を高めるには資材が必要で、資材を得るには労力が必要になる。

おまけに資材集めは必ずしも炭鉱でつるはしを振るうだけの安全な……炭鉱つるはしもそう安全というわけでもないが、とにかく安全とは言い難い。

と言うか危険だ。”敵”は容赦なく人類を、HTやら戦車やら戦闘機やら船やらに乗っていようが、遠慮なくぶち壊しに来るし、遠慮なくぶち殺しにくるのだ。

即ち、資材を集めて資材を集めようとしても、敵にぶち壊されてしまえば元の木阿弥なのである。

しかし敵を倒して資材を得なければ、早晩行き詰まってしまう。

資材を得る。機械を作って資材を取りに行く。いくらかぶっ壊される。それでも多少は黒字になっているから、それを繰り返す。

けどたまーにぼこぼこに負けまくる時があって、その赤字でとんとんになる。

この世界の現状をまとめると、そんな感じであった。


そういう世界情勢とは全く関係のない理由で傭兵になろうと決めた彼女は、しかし傭兵になるにはどうしたらいいのかがわかっていなかった。

彼女は引き取り手がいなかったとはいえ中流階級の子どもである。中流階級の子どもということは、上層に住んでいるということである。

傭兵になるには言わば下層に落ちる必要があるのだが、実のところ犯罪でも犯さなければ、上層から下層に行く手段はほとんど無く、精々下層に物資を運ぶ仕事があるくらいだ。

仕事は10年略。

ついでに、未成年の犯罪では下層には落とされない。再教育が施されるだけである。

つまり10年略。


そういうわけで、結構苦労して伝手を探した結果、そういう希望者専門の公務員の目に留まり、上手いこと下層に降ろしてもらうことになる。


ちなみに公務員の人には大変可哀想がられた。と言うのもよくある話で、親のいない子どもが生きる場所を見つけられず、傭兵になって一発逆転あるいは社会の役に立ちたい……なんて思うことは、ちょくちょく程度にあるのだ。

強く希望するならば、例えその先が地獄であっても案内してあげる……それが果たして良いことなのかどうかは、後世の歴史家が考えることだろう。

社会を良くするために――なんて活動家はこの世界には少ない。なぜならそれは、より多くの人を下層へと送り込み、自分たちだけは生活を豊かにすることと同義だからだ。

そんな印象の悪いことをわざわざ喧伝したりしないのだ。


と言うか、やる気のない人を傭兵として戦わせても、ぶっちゃけすぐに負けて死んで、機械もぶっ壊されて丸損、というパターンが多いのもある。

と言うか、結構あった。しかも上流階級側で一時期流行った。

儲からないどころか損ばかりが膨れ上がったので、やめた。結構あっという間にすたれた。

行政官は頭を抱えた。頭痛や胃痛が持病になった人もいたので、ほんとに誰も得しなかった。


そんな中で、貴重な資材確保源として期待――されるはずもない小学生の幼女は、悲しい目をした職務に忠実な公務員によって、下層へと降ろされた。

せめて一日でも長く生きられるように。そして死ぬときは苦しまずに死ねるようにと、祈られながら。

そうして降りた先で出会ったのが、既に傭兵であった13歳(としうえ)の森人少女、ウィリアだったのである。



ウィリアはそもそも下層で生まれ、適当に売られた子どもであった。

下層とは言うが、配給はあるし住居も宛がわれるしで、端的に言って生活に困ることはない。

ただ、仕事がほとんどない。配給を届ける仕事は中流以上の人の仕事であって、下層の仕事ではない。

意図的に仕事を奪っているとも言われているが、これを決めている人々から明言されたことはない。


下層にいる人々は大部分が傭兵か、傭兵をサポートする仕事をしている。

なんだかんだ言って上から大量の資材は届くのと、仕事ぶり次第では上層に行くこともできるので、あまり不満や怨恨などは生まれていない。

むしろ同じ下層で強い奴へとそういった感情は向けられやすい。

こればかりはどうしようもない。人間のサガという奴だろう。


で、ウィリアは傭兵になった。

仲間からはよくサポート側に就けと言われたらしいが、ウィリアはもっと贅沢な暮らしがしたかった。

仲間の爺さんが上層に対して反抗心を持っており、ウィリアはその爺さんに特に懐いていたから、だったかもしれない。

ウィリアは傭兵としてまあまあな腕前を、12歳の時には習得していたことで、随分ともてはやされた。

実際、この年齢でそれだけ稼げることは異例であったし、そもそもこの年齢で傭兵稼業を選ぶことも異例であったのだ。



彼女はよく先輩風を吹かせるウィリアに頼んで、傭兵になるための伝手、つまりはウィリアの仲間を紹介してもらった。

黙っていれば超美幼女であった彼女に仲間たちは色めき立ったが、彼女がサポートではなく傭兵志望であることを聞いたらたちまち止めに入った。

しかし彼女の意志も固かった。要約すれば彼女も贅沢がしたかったわけなので、止められなかった。


仲間たちは心配した。ウィリアは天才だったからそれでよい。だが彼女はどう見ても傭兵らしくなかった。

大人しいと言うより、最早自己主張しないのが基本と言っても違和感のない、人形のように整った顔の幼い女の子だ。

どう見てもHTのスティックを握り、ペダルを踏み、揺れるコックピットの中で吠えるような人種には見えなかった。

吠えると言うのは「カネになれ(当たれ)ー!」とか「カネになれ(死ね)ー!」とかいうやつだ。

……どう見てもそういう感じには見えなかった。彼女はちょっと不思議系清楚ちゃんだったのだ。男が(中に)いるけど。


そういうわけで、ウィリアの仲間たちの仲間になった彼女は、雑談したり雑務を手伝ったりしながら、HTという兵器のことを教わりつつ、訓練用のシミュレーションシステムで操作とか色々を練習していた。

英才教育かと言うとそうでもない。現場の意見だけではわからないこともある。けれども経験者の意見や知識は大いに役立つはずだ。

そんな数日間の末、今日ついに、彼女が使う機体が届いたというのだ。



「いいかお嬢ちゃん、まずは3度だ。

 3度生き残れ。そうすりゃ儂らは黒字だ」


仲間の中でも最年長だという爺さんは、とても真剣な表情でそう言った。

ウィリアはそれを見て、自分も言われたなあと懐かしい気分になっていた。

ウィリアが傭兵になってから1年と少し過ぎている。随分遠くまで来た気がしていた。

説教くさい爺さんの言い分にも随分と耳が慣れたもので、リピート再生余裕綽々である。


「儂らは3度で黒字だが、お嬢ちゃんは違う。

 生き残れ。生き残り続けろ。生き残る分だけ黒字になる。

 青天井だ。生きていれば永遠に稼げる」


仲間の表情も真剣だ。彼女とは誰も彼も短い付き合いだが、短期間で大分惚れ込んでいたし、彼女も彼女なりに懐いていた。

加えて、この仲間たち……チームが支える傭兵は複数人いるのだが、その内の2人がつい最近未帰還、つまり死んだことが、記憶に強くあるのだろう。

仲間に死んでほしくなどない。当然の気持ちだ。

一番死にやすそうな新人であり、一番死にやすそうな性格をしている彼女が心配されるのも、口うるさく言われるのも当然のことだった。


「必ず生き残れ。わかったな?」


彼女が小さく返事をしながら頷くのを見ても、心配そうな表情は晴れない。

だが爺さんが厳しい表情のまま頷くと、それぞれがそれぞれの仕事を始めた。


「整備かかれー!」

「各部チェック入念にやれよ!ひとつもレッドランプ(あか)を出すな!」

「燃料注入!バッテリー充電開始!デコイ、バリア、対ミサイルレーザー(AML)装填!」

「武装チェック!弾は薬莢までピカピカにしろお!!」


今日は初出撃ということで、ウィリアともう一人おっさんが随伴することになっている。

仲間がいなければ、こうした機体の用意やら整備やらは大抵店でやることになるし、出撃も同伴依頼をしたりされたりでなければ一人きりだ。

一人での出撃は、報酬を独占できる利点はあるものの、危険性も格段に上がる。

その点、3人での出撃は様々な戦術を採用でき、1人が被弾などしても1人がカバー、1人が反撃に出られるなど合理性がある。

もちろん4人以上、数が増えれば増えるだけ色々なことはできるものの、反面、指揮系統の統一や輸送の問題、そして出撃コストに対するリターンの量など、新たな問題も出てくる。

必要最低限で、1機当たり最大の戦果が見込めるのは、3~6人程度のチームなのだ。


ウィリアとおっさんが何か喋っているので、彼女は作業を眺めているだけだ。

出撃、と言ってもすぐさま戦うわけではない。

小型のトレーラーに一機ずつ乗せ、空港まで送り届けられる。

空港からは予約していた輸送機で空輸だ。輸送機は小さい物で1機、大きければ3機を同時に載せられる。

現場に着いたら輸送機は一旦帰る。そして”敵”を探し、倒す。

帰りは予定時刻の場合もあれば、通信で輸送機を呼ぶ場合もある。今回は通信で呼ぶ方針だ。

なお戦果として敵の残骸を持ち帰る必要があるため、帰りの輸送機は大抵多めに呼ぶ。

逆に、戦況がやばい状況では呼んでも来てくれないことがある。

輸送機だって乗員が乗っている。致し方ないことだろう。


そして細々なことが終わると、彼女は寝転がっているHTのコックピットに乗り込んだ。

HTの名前は「スイジョウ」。

このアタラシアンテクノロジー製の16メートル級の小型HTは、攻撃力や積載量よりも、厚めの装甲を維持したまま機動性を高めた、防御・回避寄りの機体である。

標準的な20メートル級のHTに比べ、見た目は随分と小ぢんまりとしており、実際に性能もそれほど高くはない。

しかしシャープなデザインが作り出す傾斜装甲は特に対実体弾防御に優れ、コストをかけることなく形状のみで生存性を高めている。

駆動系もそれなりのものが使われており、操作感も軽く、姿勢制御・復帰が容易という利点は初心者にうってつけの機体と言われている。


コックピットのカメラを起動させると、隣には彼女のスイジョウよりも大きい20メートル級の「ファガ」が2機並んでいた。

ウィリアとおっさんの機体だ。ウィリアの機体は砂漠迷彩で、肩に緑のパーソナルライン。おっさんの機体は同じく砂漠迷彩で、肩には黒の丸が描いてあった。

なお彼女の機体は砂漠迷彩のみである。

いいだろう、実力を見せつけてすぐに……いや、調子に乗ると自分死亡ですぐ終わりそうだな、とか。

頭の中の男の記憶がそんなことを思いながら、ベルトを着けてシートに体を預けるのであった。



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