Lucky Little girL
(幸運の幼女、ねえ)
自称はしないが、けれども歴戦の猛者であることを自負している男は、その噂を話半分に聞いていた。
やけに運の良い傭兵がいる。
そういう話が近頃噂になっている。
その傭兵はいかにも傭兵らしくない姿形で、いかにも傭兵らしくない成果を上げているという。
人型戦車(機動兵器ではない)であるHTを駆る。これは傭兵らしさがある。
HTの種類は「アラジオ」。四角ばかりのデザインで、安い割にはまあまあな性能を持つ、駆け出しに人気の機体だ。これも傭兵らしさがある。
何が傭兵らしくないのかと言うと、HTを使ってわざわざ廃材を拾ってくるところ。
それと、その中身、即ちパイロットが、どう見ても10歳行ってるか行ってないかの幼女であるところだ。
付いたあだ名はLucky Little girL。みっつのLをまとめてスリーエル。スリエルだ。
そのスリエルと呼ばれる幼女が、男から少々離れた場所で座り込み、ホロパネルにずっと向かっている。
傭兵稼業は娯楽が少ない。酒か女かくらいしかない。退屈していたのだろうかと内心笑いながら、男は偶然見かけた噂の幼女を目で追いかけていた。
確かに、10歳行ってるか行ってないかの背丈。粗雑だが丈夫そうな作業服。
その顔や手を見る限り、肉付きはお世辞にも良くないが、腰に届かない程度の長いストレートヘアは、濃い青の割に光をよく弾いていた。
更に男は、その幼女の顔を見て納得した。
顔が良いのだ。かわいらしいし、整ってもいる。成長すれば間違いなく美人になるだろうが、今の方向性でも十分に男を惑わせるだろう。
(なるほど、確かに幸運の幼女だ)
あんなのが一人で歩いていたら、次の日には両手両足縛られてどこかに出荷されている。
少々痩せてはいるが、控えめに見積もって上の上だ。億単位の値が付くはずだ。
だというのに、幼女は警戒心らしきものも見せることなく、ホロパネルに向かったままである。
何がどうなればあれほどの美幼女が放置されているのかと疑問に思うくらいだった。
だが逆に、納得の行った部分もあった。
あんな幼女が傭兵稼業、即ち戦いなんぞできるはずもない。
あのかわいらしさと、らしくないやり方。おそらくは上流階級のお嬢様が、廃材拾いで傭兵の真似事をしている。
つまりは周囲に護衛が潜んでいて、手を出せば自分自身が闇の中に吸い込まれかねない。
そんな風に考えて、誰も手を出さないのだろうと簡単に予想ができた。
傭兵。この世界においては社会の底辺であり、同時に社会を支えるために必要な職業でもある。
その職務内容は、主には”敵”の討伐、および”敵の構成物”である資材の回収だ。
回収された資材は傭兵から買い取られると、都市部や工場に送られ様々な製品の材料となる。
傭兵が社会を支えるとはそういう意味なのだ。
他にも、輸送だとか護衛だとか、あるいは……強奪だとか、殺人だとか。
戦車、船、戦闘機を相手取ることも、HT同士で戦うことも、生身の人間を撃つことでさえ、少なくない頻度で遭遇する。
報酬のためならば殺しも辞さない、そしていつ殺されるかもわかりはしない。それが傭兵だった。
(…………うん?)
そんな幼女に、一人の青年が近付いていくことに気付いた。
どこか焦りか何かを隠し切れない、少々足早に、どこか後ろめたさを持った様子で。
男はピンときた。やらかす奴の動きだと思ったのだ。
何の気も無い素振りをしつつ、周囲を警戒しながら立ち上がり、青年と、幼女に近付いていく。
青年が幼女の目前に立った。青年の半分くらいの幼女が青年を見上げる。
そして青年が自身の胸元を探り……取り出したものは鈍く光る……
(凶器か!)
男は足を速めた。
ナイフだとしてやることは決まっている。鈍器だとしても大差はない。
脅しか、あるいは快楽犯か、どちらにせよろくなことにはならないだろう。
自身の腰に下げた電気銃に手をかけ、平静を装いながらもいつでも撃てるように集中する。
青年が取り出したのは、親指と人差し指に挟まれた、一枚の小さな……
(…………うん?)
凶器じゃなかった。
銀色の小さめな、四角い、そう、カードっぽい何か。
……いや、財布カードでは?
財布カードだわ。
そのまんま、金の取引に使うカードである。
青年が何かを喋り、幼女は特に表情を変えずに頷いた。
その様子は随分と慣れているように見えるが、その割には青年の様子がどこかおかしくも見える。
やはり少なくとも、知り合いという雰囲気には見えない。
(何言ってるか聞こえん……危険はないのか?もう少し近付くか?)
話の内容さえわかれば、と足を進める。
だが声が聞こえる範囲に男が近付く前に、幼女もまた青年に対し、胸元から何かを取り出して渡した。
遠目にでもそれはよく見えた。白い袋に赤い紐が結ばれた、幼女の手のひらサイズの簡易な巾着袋だった。
青年はカードを少し振り、おそらくはその対価を支払った。
……特に妙な様子はない。その場面そのものを除けばだが。
青年はそそくさと立ち去り、幼女は再びホロパネルに視線を向ける。
何事もなかったかのように、元通りだ。
自分が見たのは、あの白い袋は、中身は何なのか。青年は幾ら支払ったのか。
……幸運の幼女とは、何者なのか。
(……あの男のほうを当たるか)
いきなり本丸に突撃するほど、男は無鉄砲ではない。
これまでも慎重さを武器に生き延びてきたのだ。まずは失敗しても良いほうから情報を得る。
青年が立ち去った方へと足を向けた男の目には、好奇心と、強い興味が浮かんでいた。
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「ヒィッッ!!??」
誤解しないでほしい。男は青年に対し、「ちょっといいか?」と声をかけただけである。
そうしたら青年が悲鳴を上げて飛び上がったのである。
通りからちょっと脇に逸れたところの、よくある建物の隙間の通路でそんな大声で怯えた声を上げられると、ほらあ……通りのほうからちらちらと視線がさあ……
まあ、割とよくあることなので覗きに来るほどの暇人はそうそういないのだが。
「なっ、なんだ、あんた……?」
「驚かせたようですまんな……
さっき、通りの幼女から何か買ってたろ?」
あれ、何だったか教えてもらってもいいか?と続けようとしたのだが。
「あんた、これが目当てか!?
や、やらねえぞ、これは絶対にやらねえからな!?」
「待て待て待て、落ち着いてくれ、別に盗ろうってわけじゃあない」
――しばらくお待ちください――
「……なんだよ、話が聞きたいだけなら最初からそう言えよ」
いやそうしたんだけど、とは辛うじて口の中に押し留めた男は、結構苦労して青年をなだめることに成功した。
青年はそんな男の気苦労などどこ吹く風、「しかし、この辺でこれを知らん奴って最近じゃ珍しいな。新参か?」なんて軽口を叩いてくる。
男とて、噂話程度には聞いていたのだ。
ただ、その白い袋の話は知らないだけで。
「驚くなよ……
これは、クッキーだ」
「……クッキー?」
(驚くも何も知らねえよ、なんだそのクッキーってのは。
新手の麻薬か?)
違法な薬物にあだ名をつけて取引するのはよくある話だ。
そのあだ名が薬物を指し示していることが把握されるまでは、例え短い間でも追跡をごまかすことができる。
また、使う単語によっては一般人との会話に偽装することもできるし、暗号文のように使うこともできる。
犯罪にはつきものだ。
もし違法な物だったとしたら、まあ面倒くさいが適当に通報して関与せずが一番良い。
そういう奴らは手下に一般人を選ぶため、自分は一般人ですなんて主張しても意味が無いのだ。
下手に関わって勘繰られれば、それこそ本気で面倒なのである。
「そして……見ろ!今日は”ねこさん”だ!
大当たりだ!こいつは幸運を呼ぶんだ!!」
最早叫びながら袋を見せつけて来る青年。
白い袋には、何か……顔のような、しかし見たことのない顔が描かれていた。
横に長い楕円形の輪郭に、明るい茶色の肌。
つぶらな一対の瞳と、黒い鼻と、口周りから両側に3本ずつの長いひげ。
人間のものとは考えにくい、デフォルメされた口は「3」の字を右に90度回転させた絵だ。
そして耳はなく、代わりに右上左上に三角形の尖った部位がある。
「……ねこ、さん?」
おとこはこんらんした。
青年はそんな男に更に畳みかける。
「ねこさんを手に入れた傭兵はしばらくの間、幸運に恵まれると言われてる。
仕事が上手く行ったとか、臨時収入が入ったとかな」
(そんな顔の絵ひとつで幸運が飛んでくるなら俺だって描くぞコラ)
男は混乱していた。と言うか意味がわからない。
袋の絵が猫だったら幸運を呼ぶとは一体どんなオカルトか、あるいは詐欺だろうか。
男の考えはいかにも冷静で、一般論だ。もしかしたら男は混乱していないのかもしれない。
混乱していなかったかもしれなかったが、
次に飛んできた言葉で、間違いなく混乱した。
「あんた、もしかしてクッキーも聞いたことがねえのか?
クッキーってのはな、21世紀の飯なんだぜ」
――およそ一万年前の食料品だと。
青年は確かに、そう言ったのだ。
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