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彼女と男の話

文体まとまっていません。

気が向いたら更新系です。

(うょぅえ)


苦い粉薬をオブラートなしで口に入れた時の表情をする彼女は、実際には薬ではなくごく普遍的な食品を食べている。

この世界の、という但し書きは付くが。

彼女がどのような人物かを紹介する前に、彼女の異様な前提を語る必要がある。

彼女は生まれながらにして「21世紀に生きていた中年男性」の記憶を持っていた。


持っていた、と言っても、それは頭の片隅に転がっている程度のものであり、彼女の人格部分とは別だった。

とは言え正常に生まれてきた人には間違いなくあり得ない、”覚えのない知識や経験を持っている”状態でもあった。

赤ん坊の頃からそうであった彼女が、この世界での真っ当に育つわけもない。

かと言ってありきたりな紆余曲折は無いままに、「そういうものか」と適当に納得しながらも、頭の中の男が持つ知識や経験、そしてふとした時に生じる違和感などは明確に彼女に影響を与え、時に助けもしてきた。


なんだかんだと悪いことは多くない。むしろ良い影響のほうが多い。彼女はそういう風に頭の中の男の存在を理解しているし、受け入れているし、このままで良いと考えている。

ただ唯一、男の記憶によるものでは特に大きな、いやむしろ甚大なと言える悪影響があった。


それが、食事の味である。


えぐみ、酸味、苦味。

生産効率を優先し続けてきた歴史あるパワーフードは、口の中に入れた途端に「うょぅえ」と声に出かねない程度にはマズい。

しかしパワーフード以外の食事は提供されない。

この世界でのごく一般的な食事とは、これだけなのである。

この激マズの固形物と、絶妙かつ非常にギリギリのラインで確実に気になる何かの薬品臭い水、しかないのである。


男の記憶にある食べ物の味とはまるで異なる、はっきり言って地獄の味。非常につらい。

記憶を持っているがゆえにマズく感じる食事。これだけは明確な難点であった。……が、そんな唯一の難点を覆す利点もあった。

21世紀の料理と、その材料の知識を持っていたのだ。

男の記憶と彼女の好奇心が、それを人生の目標に定めるまでにそう時間はかからなかった。



頭の中の男の記憶によれば、この世界はディストピアであるらしい。

ディストピアとは何か?男はよくわからんとのたまった。よくわからんのにわかるとはこれいかに。

とりあえず、効率ばかりを求めて本末転倒になった食事だとか、「えすえふ的な世界観」だとか、まあ、そういうのを集めてディストピアだと評価するらしい。

確かにこの世界には、男の記憶にあるような青い空だとか樹木や花だとか、川だの海だの、あるいは動物やら魚やら、何ひとつとして無い。

彼女にとってはそれが普通であったが、男の記憶によればそうでもない。

そしてそれらが”失われたもの”であるとは、いわゆる学校で教わったことだ。


男の記憶にある料理や材料は、ほぼ全てがその大自然の産物であった。

失われてしまったのならば仕方がない……と諦めるほど、彼女は忙しいわけではなかった。

同時に、チャンスも残されていた。

彼女は男の記憶から、失われたそれらを再現することが可能なことを知ったのだ。


話は単純。失われたのは種族や生命であって、それらを構成していた物質の何もかもが消滅したわけではない。

例の歴史あるパワーフードも、炭水化物とタンパク質を製造して作っているのだ。

味が壊滅的なだけで、物の作りは同じ。ならばそこに味を付け足すなり、そもそも味のある食材を作ればよい。

それをするための機械、物質変換機とかいう、男からしたら随分とやばそうな代物も普通に存在していた。

実際問題として、材料となる資材と、機械を使用するための資金さえ得られれば、どうにでもなる話であった。


どうにでもなるとは言ったが、どうにかなるとは言っていない。

当然のように立ちふさがる壁は、資材と資金の確保先であった。

実のところこれらもどうにでもはなるのだ。資材は資金で買える。資金は資材で買える。

つまりどちらか、あるいは両方を手に入れればよい。


ただ、容易ではなかった。

社会的な決まりによって、一人一人に対して資材は配給されるのだが……と言うか資材として扱われる物が、即ち生活必需品であり、微妙に臭う水であり、あのどうにかして避けたいけど避けられないパワーフードであるのだ。

配給品だからと言っても扱いに制限は無いため、売ってもいいと言えばいいのだが、物質変換機の使用料はそれなりにする。

それなりの量の配給品を売り払っていたらまともな生活は望めない。本末転倒である。

配給品以外の稼ぎが必要だった。


仕事は割とあるし、なんなら世界的に人手不足なのだが、問題は彼女が子ども、未成年であったことだ。そういうところはしっかりしている。

成人年齢、と言うか就労が許可される年齢は16歳から。

あれやこれやと考えている時点の彼女は小学一年生、つまり6歳であった。


学校での勉強、物質変換機の存在、使用のための手段。

ようやく光明が見えてきた矢先に突き付けられた、10年という何もできない期間。

普通の生活を投げ捨てると決めた彼女に、頭の中の男は何も言わなかった。




--




頭の中の男がディストピアと称しましたが、実際のディストピアとは意味が異なりますね。



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