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6 歓迎会

ゲームはジェンガのイメージです。

 すい、とハンスの右手首が捻られると、彼の右手の先からごくごく細い水流がゆるやかな曲線を描いて迸った。それは不安定に組みあがった木片のタワーの一片をかすめる。木片は微かに動いたように見えたが、床に落下することはなかった。

 固唾を飲んで見守っていた周囲から、一斉にため息が漏れる。

 ハンス本人は、目を閉じ頭を下げて首をひねったような独特なポーズのまま、ほとんど動かない。まだ集中力を切らしてはいないようだ。もう一度、右手の中のきりのようなごく小さい刃物を握りなおすと、その切っ先から水流が伸びる。水流はふわりとさきほどと同じ木片をかすめ、木片は軽い音を立て、床に転がった。


「おお」


 室内が軽くどよめく。


「やるなハンス、ずいぶん小手先の技が上手くなった」

「褒めてんのかよ、それ」

「いやでも、ここからだろ」

「分かってるって」


 タワーを遠巻きにした他のメンバーは気楽なものだ。ビールや果実酒、人によっては蒸留酒。思い思いに好きな酒を口にしながら、椅子に足をかけたり胡坐をかいたり、くつろいだ姿勢でハンスにヤジを飛ばしている。


 右手から刃物を消したハンスは、そのまま無造作に右手をかざして水流で床の木片を掬い上げ、タワーの直上まで持ち上げ静止させた。右手の指がゆっくりと曲げられていくと、浮いている木片を包む球状の水が、砂時計の砂のように零れ落ち始める。同時に木片はじりじりと下降をはじめ、最後にふわりとタワーの一番上に着地した。

 ひゅう、と誰かの口笛が聞こえる。

 しかし次の瞬間、タワーはぐらりと傾き、ガシャンと音を立てて、無残に横倒しになった。

 途端に室内は喧騒を取り戻す。


「はい残念!」

「はあ……。また俺のおごりかよ」

「悪いねー! ごちそうさま!」


 ハンスは悔し気に、最後に落とした木片めがけて人差し指を向ける。瞬間、その木片の中心にはダーツの矢が深々と刺さっていた。


「圧倒的に不利なんだよ、俺に細かいバランスゲームは。次は的あてとかにしようぜ」

「そんなお前だけが楽しいゲーム誰がするかよ」


 イーサは部屋の中央で椅子に腰かけたまま、楽し気に笑いあう周囲の面々を眺めていた。

 事前に聞いてはいたが、今この部屋にいるのは魔術を扱う人、それも相当の手練れの人たちばかりだ。手を使わずに、魔力で木片のタワーを積みかえていく今のゲームは、この面々が集まると良く行われる定番のようだが、どう考えても異常に難しい。

 途中で酒を置きに来た給仕のお姉さんが、自分がやったら1週間ぐらい知恵熱が出そう、と笑っていた。


「すまない、つい盛り上がってしまって。……楽しめているかな」


 隣の椅子に移って来たマクシムが、イーサをのぞき込んだ。


「ええ、とても。皆さんの魔術を拝見するの、とても面白いです」

「一人一人、全然違うだろう」

「本当ですね」


 イーサの相談に乗ってくれた、ふわふわの茶色の髪のハンスは、肩書は特務部隊実働班長。魔力を利用した直接戦闘が専門だそうだ。主に、要人の警備や護衛などを担当しているらしい。

 魔力は体の力を補強するようなイメージで使うから、このゲームのような遠隔操作は最も苦手、というのが本人の弁だ。


 対して解析班長のルカは、外に向けた魔力の精密なコントロールが得意であるらしく、ゲームでも終始落ち着いたものだった。木片を両手で挟むようにしてゆっくりと浮かせて持ち上げ、危なげなく積み上げていた。


 他にも、細い糸のような何かで木片を吊り上げたり、突然木片から小さな羽が生えて飛び回ったり。見たこともない不思議な事ばかりが起きて、イーサは何度もはしゃいだ声を上げて、手を叩いて笑った。


 しかしやはり、イーサが一番驚いたのは、マクシムの術だった。彼が右手をかざし、握って開く動作をした瞬間、タワーの下方にあった木片は一瞬で頂上に乗せられていた。


「マクシムさんの瞬間移動、すごかったです。私、昔紙芝居で見て、憧れていたんです」

「原理的には、瞬間移動とは若干違うのだが、説明が難しい。とりあえず、今日は君に見られているから、無駄に張り切ったのは否定しない」

 

 少し酔っているのか、マクシムは冗談とも本気ともつかないコメントをして、イーサを見つめてフフッと笑う。犯罪級の色っぽさに、イーサはどぎまぎと頬を染めた。

 その時、二人の頭上から軽やかな声が響いた。


「ちょっと、マクシム。何か、やらしくない?」

「は?」

 

 マクシムの声が露骨に不機嫌になる。イーサが目を上げると、華やかな金色が目に飛び込んできた。


「ごめん、遅くなって」


 2人の目の前で、ウェーブがかった腰までの豊かなブロンドを払いのけ、妖艶な美女が微笑んでいた。



「やっぱり最後は、筋肉なのよね、きんにく。筋肉は裏切らない。物理は正義よ」


 歓迎会の会場である酒場の個室に最後に登場し、恐るべきスピードで飲み、恐るべきスピードで酔っ払った美女は、イーサに向かいこぶしを握って力説する。


「イーサちゃん、初めに言っておくわね。ここの男どもに惑わされちゃだめ。マクシムなんて、背が高いだけのヒョロガリなんだから。見なさいあの腰。たわらの一俵も担げやしないわ。ハンスも、魔力でごまかしてるけど、実は大した体してないんだから……」

「誰がこいつを呼んだんだ」


 マクシムは苦々しくつぶやく。


「特務部隊なんて言ってるけど、所詮はひ弱な魔術師どもの集まりよ。まあ、連合のやつらよりは幾分ましかもしれないけど、ほんものの騎士たちには身体で敵うわけないの。私に任せて。言ってくれれば、いつでも特上の身体のお好みの男の子、紹介してあげるから……」

 

 この金髪碧眼の迫力美女は、ジョアンナさん。もちろん、この部屋の他の面々と同じく、魔術師である。王宮で王族相手に診療行為をする「特例侍医」と言う、とてつもない地位を持った、凄腕のお医者さんでもあるらしい。


 今日のイーサの歓迎会に集まってくれた人たち、通称「賢人会」というのは、魔術学校の同窓生が母体の、仲間の集まりということだ。マクシムを通じてこれからいろいろと係わりが出るだろうから、とルカが今夜の会合を手配してくれた。

 イーサにはまだ良く分からないのだが、「王国警備団特務部隊」と言うのは、どうやら成り立ちが訳ありで、「敵」も多いらしい。今日この部屋に集まったのは、気の置けない仲間だけ、ということのようだ。


 ほんの数時間ご一緒しただけだが、皆さん尋常ではない力をお持ちの、そして、大分変った方たちというのだけはよく分かった。


「イーサさん。初っ端からしょうもないやつらばかりの飲み会に付き合わせて、すまない。だが、こいつら、性格はともかく、いざというときは、絶対信頼できるやつらだから……」


 それは、マクシムの無防備に酔っぱらう姿だけでも、十分に分かった。自分を包んでくれる、皆の暖かな空気でも。

 家族ではない、「仲間」と言う存在を持ったことのなかったイーサには、それは少し遠くて、ひどくまぶしい何かを、はじめて身近で体感した夜だった。


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