表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/38

26 ロイモンド王子殿下の恋(1)

 イーサは、東屋あずまやにたどり着くとベンチに腰を掛け、ほっと息をついた。

 秋の空は高く晴れ上がり、降り注ぐ日の光は植物園を隅々まで明るく輝かせている。木々が徐々に色を変えはじめたその眺めは、美麗そのものだ。

 いつでもこの場所は、イーサの気持ちを浮き立たせてくれる。


「今日もありがとう」


 振り返ると、目の前には壮健な美丈夫が微笑んでいる。ロイモンド王子殿下だ。

 あわてて立ち上がり礼をとろうとするイーサを制して、殿下はテーブルの向かいに腰かける。


 目を細めて木々を眺める横顔は、まさしく麗人と言う言葉がふさわしい。


「すっかり秋の初めの景色だね。もう少しすると、紅葉は驚くほどの眺めになるよ」

 低いバリトンボイス。殿下の瞳がイーサを向いた。


「今日は、何か気になることはあったかな」


 イーサが今日、閉園日のこの王立植物園を訪れたのは、殿下の依頼によるものだった。先の治療の一件以来、植物の精霊が見えるイーサは、殿下に時々、植物たちの状態を見てやって欲しいと依頼されている。


 イーサは、植物と言葉で会話できるわけではない。だが、嬉しい楽しいとか、辛い苦しいといった大まかな感情は分かるし、虫の害などは、精霊がイメージでイーサに伝えてくれることもある。


 この植物園の植物はみな丁寧に、注意深く生育されてはいるが、いかんせん人工の環境だ。植物たちが快適に過ごせているのか、殿下はいつも気にかけていらっしゃる。


 今、イーサと向かい合ってお茶を楽しまれている殿下の周りには、無数の精霊たちが飛び回っている。殿下の肩と頭の上の特等席を奪い合っては小競り合いをしている様子は、思わず微笑んでしまう程に可愛らしい。殿下にお見せして差し上げたいと、いつもイーサは思う。


 アルミラの治療に際して、ここの植物の精霊たちはイーサに力を貸してはくれたが、イーサと「契約」を結んだものはごくわずかだった。精霊たちは皆、人間では殿下が一番大好きなのだ。


「いえ、みんなとても元気な様子でした。根の虫もいないようですし……」


 話しながら、イーサは軽く首をかしげる。

 今この植物園で、一番元気がないのは、殿下ではないだろうか。あまりお顔の色も良くないようだ。

 精霊たちも、イーサに何かを訴えるように、殿下の上をくるくると回って見せたりしている。


「殿下……どこか、お加減が」

 不敬かとも思ったが、精霊の助けもあり、イーサは思い切って声をかけた。

 

「ああ、いや……」


 どこかぼんやりしていた殿下は、イーサの声に我に返ったように微笑む。


「どこがどうということはないんだけれどね、少し寝不足かな。秋の初めは天気が不安定でいけないね」

「それはよろしくありません。ジョアンナ先生に、往診をお願いいたしましょうか」


 瞬間、殿下の顔がはっきりと強張った。

 イーサがまばたきをする間に、その顔は元の穏やかなものへと戻っていたが、何か作り物めいた硬さがある。

 余計なことを言ってしまったのだろうか。イーサの背筋を冷たいものが流れた。


「いや……」


 殿下は目を伏せると、スプーンでお茶をくるくるとかき混ぜる。どこかで見たことのある仕草だな、とイーサは思った。

 そうだ。マクシムだ。彼がこの動作をするときは、話したいのに言い出しにくいことがあると決まっている。


「殿下、今、殿下の頭の上を、くすのきの精霊がくるくると回っています。少しおじいちゃんの、優しい顔をした精霊です。殿下が心配だと、私に言っています」


 イーサがそのを見つめながら言うと、殿下は軽く目を見開いてから、そうか、とつぶやいた。


「植物たちにまで心配をかけるようではいけないね。そう、……いくつか尋ねても良いかな」

「はい、なんなりと」

「……特務部隊には、女性の部隊員は多いのだろうか」

「え、ええと」


 予想外の話題に、イーサは一瞬戸惑った。


「お掃除や食堂のお仕事をする人たちは、女性が多いですね。敷地内には、女性専用宿舎が何棟かあります。いわゆる専門職務で採用されているのは……多分、数人だと思います」

「そうか……。その、特務部隊は非常に特別な任務をする部隊だと思うのだけれど、やはり、部隊内での交際などは、多いのかな」

「は。交際……?」

「君とマクシムのように……」


 思わずイーサは赤面する。王族が平民にされるにしては随分とくだけたお話だ。


「あの、私はそれほど詳しくありませんが、ある程度は、あるのではないかと……」

「そうか」


 殿下の眉根が苦し気に寄せられた。


「その、……特例侍医殿にも、決まった方はおられるのかな」


 イーサにも、ようやく殿下の気にされていることが思い当たる。と同時に、動転した。これは、あまり自分が首を突っ込んでよい話ではない気がする。


「でで殿下。私も、全てを存じ上げているわけではないですが、多分、先生には、そう言った方はおられないと思います」

「そうか。あれほど美しい方なのに」

「そ、そうですね……」

「彼女は、その、どのような男性に惹かれるのだろう。あなたは何か、ご存じだろうか」

 

 そこはイーサでもめちゃくちゃ自信を持って、はっきり答えられる。しかし、果たして、お答えしてしまってよいものなのだろうか。


 殿下は苦しげにため息をつかれて、イーサを縋るように見つめる。殿下の周りを、精霊たちがものすごい勢いでぐるぐる回り、イーサに迫って来る。

 イーサに、はぐらかすという選択肢は与えられてなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ