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16 北へ(2)

 車窓の景色は、徐々に緑の割合が多くなり、やがて、家らしいものもほとんど見かけなくなってきた。目の前を流れていく木々は、都の近辺とはやや植生が違うように思える。

 マクシムにとっては、この地域を訪れるのは初めてのことだ。


 移動陣近くの宿に宿泊したイーサと朝に待ち合わせ、彼女の馬車に同乗して走り出してから数時間が経過していた。イーサは口数が少なめで、車窓に視線を投げることも少なくなってきている。


 彼女の微かに強張った顔つきを目にすると、マクシムの胸には鋭く刺されたように痛みが走る。

 できることなら、華奢な肩を抱き寄せて少しでも彼女の心の痛みを和らげてやりたいが、今の自分の立場では、そんなことが叶うわけもない。

 マクシムも、前を向いたまま、ただ黙然と座っていた。


「……そろそろです」

 イーサが、ぎゅっとスカートを握りしめながら呟いた。


 瞬間、馬車の中に黒い人影が現れる。

 マクシムとイーサはびくっとして、涼しい顔で向かいの長椅子に腰かけているサリューを見つめた。


「いつもいつも、お前は一体どこから……」

「そんなこと、今はどうでもいいだろ」


 サリューは、眉を寄せてイーサの顔をのぞき込む。


「イーサ嬢、辛いようなら、墓より先に森に行ったらどうだ?」


 マクシムははっとして、隣に座るイーサの横顔に目をやった。

 イーサは軽く唇を噛んでうつむいている。


「……そう、します」

 そのつぶやきのあまりの弱弱しさに胸を衝かれる。マクシムは、自分の気の回らなさ加減に頭をかきむしりたくなる。


「御者に伝えてやるよ。道は?」

「このまま進んで、次の4つ角を右。そのまままっすぐ行って、しばらくしたら細い脇道に入ります」

「……分かった。近くなったら、御者台に乗りな」

「はい」


 次の瞬間にはサリューは姿を消し、再び、車内には沈黙が落ちる。

 馬車は、徐々に揺れを激しくさせながら、細い林道を進んだ。



 森の中は、葉擦れや鳥の鳴き声など、割に音が多い。静まり返った森を想像していたマクシムは、少し意外な感じがした。


 馬車を森の入り口で止めて、イーサとマクシムは、雑木林の中をしばらく歩いていた。イーサにとっては勝手知ったる森であるらしく、その足取りには迷いがない。


 やがて、一本の大木の前で、イーサは足を止めた。

 幹に手をかけ、愛しそうな声でつぶやく。


「ミズナラの木です」


 それから、マクシムを振り向いた。


「マクシムさん、サリューさん、私、これから、友達・・を呼びます。何があっても、動かずに見守っていてください。間違っても彼らに攻撃をしたりは、なさらないように、お願いします」


()()……?)

 イーサの言葉に、マクシムは眉を寄せた。森の動物たちのことだろうか。


 イーサは、持参した敷物を広げると、そこに横になった。そして、両腕を空に向かって突き出すようにする。


 半眼になり、ぷ、ぷ、ぷ、と、彼女の唇が動く。声はない。

 しばらくすると、葉擦れの音が大きくなって来る。


 その時、突然マクシムの髪が逆立った。同時に、背筋をぞわぞわとした感覚が走り抜ける。何か巨大な力が、自分たちの頭上で渦を巻いているのを感じた。


 イーサの唇は動き続けている。

 やがて、彼女の体がゆっくりと浮き上がり始めた。マクシムは目を見開いたまま、それを見つめる。


「俺じゃないぜ……」


 いつの間にか隣に立っていたサリューの、やや呆然とした声がする。

 

 ふいに、イーサの体が高く舞い上がった。思わず息を飲むマクシム達を制するように、イーサの目は二人を見下ろしている。

 その目が上がる。空を指すようにイーサが右手を上げると、その頭上に、雲が渦巻き始めた。


(信じられない。気象を動かす魔術など、聞いたことがない。想像もできない膨大な魔力量だ)


 やがて、雲の内側で青白い閃光が瞬くのが見えた。


 イーサの右手が振り下ろされる。

 轟音と共に、彼女の頭上の雲の渦から、地上に青白い光が走る。


 マクシムの全身に鳥肌が立った。


(雷を、落とした)


 イーサはふわりと地上に降り立つ。


「馬車に戻りましょう。狙った場所にうまく落とせたか、確認したいんです」


 呆然としている二人を尻目に、すたすたと歩きだす。


「……いやはや、たまげたな」


 サリューのつぶやきに、マクシムも我に返る。二人は慌てて彼女の後を追った。



 再び乗り込んだ馬車がたどり着いたのは、広い草原のような場所だった。

 その一角が、黒く焦げてぶすぶすと煙が立っている。


「……私の村の跡です」


 イーサがぽつりと言う。


「自分で来ようって決めたのに、私ったら意気地がなくて。こうやってどうにか来なきゃいけない理由を作ったら、案外、平気でした」

 言葉の最後は微かに震えていた。


 草原の一角に、小高く盛り上がった場所があり、そこに石の板が埋め込まれていた。

 近づくと、そこにはたくさんの名前が刻まれている。焼き打ちの犠牲者を、合同で弔った場所だ。


 イーサは石板に近づくと、そっと指で、刻まれた名前をなぞる。


「お父さん、お母さん、ローラ、エリー、ビル、イアン。ずっと来られなくて、ごめんね。私はこんなに、元気だよ。文字も、少し読めるようになったの。だから、みんなの名前も、分かるんだ……」


 何度も愛しげに刻まれた文字を撫でながら、イーサは静かに語りかけ続ける。

 サリューが、どこからか摘んできたのであろう可憐な野の花を、石板に手向ける。

 草原はうららかに晴れあがり、柔らかい草木の香りを含んだ風が吹き抜けていた。




「――初めてでしたけど、雷は、イメージ通りのところに落とすことができました。上出来ですね」


 やがて立ち上がったイーサは、振り返ってマクシムに晴れ晴れとした笑顔を見せる。


「……君には、あんな力があったのか」

「私の力じゃありません。私は、あの森の友達・・にお願いをしただけです」

友達・・

「サリューさんには、何か、見えましたか」

「……ああ、ぼんやりとだが。あれは、精霊だな」

「精霊……」

「やっぱり」


 イーサはうなずく。


「私には、木や草に宿っているが見えるんです。ここでは時々、おまじないに力を貸してくれました。でも、はっきりと()にお願いをしたのは、今回が初めてです。私が、"精霊"と"契約"を結んでいるのか、確認したくて」

「契約」


 いにしえの魔術に、精霊と契約を結びそれを使役する術があった、との伝承がある。現在では完全に、伝説上の術だ。いつの時代からか、人と精霊は完全に別れ、精霊は人の前には姿を現わさなくなったと言われていた。


「君の術の根源は、それなのか」

「森の友達・・は、あの森からは出てきません。都で私が使える魔術は、私自身が行うものだけです。でも、おそらく私のおまじないは、精霊が人と共に在った時代の魔術を、引き継いでいるのではないかと思うのです」

「なるほど……」


 イーサの魔術を調べれば調べるほど強まっていた、どことなくすっきりしない感覚の正体が分かったように思い、マクシムは深くうなずく。


「これで、私の確認はおしまいです。でも、もう一つ、お二人にはお見せしたいものがあるんです」


 イーサは、目をきらめかせて微笑んだ。


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