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15 北へ(1)

 春の終わり、イーサとマクシムを乗せた馬車は、ガタゴトと、あまり整備が良いとは言えない道を進んでいた。


 イーサは黙って窓の外を眺める。

 そこに見える木々、草花、民家の佇まい。景色は、かつて見慣れていた懐かしいものに変わりつつあった。イーサの胸が締め付けられる。


 イーサとマクシムは、イーサの故郷のあった北の地に向かっていた。




 きっかけは、イーサが採用されて9か月目の今月、特別休暇をとることになったことだった。

 警備団に入った新人たちには、入団後半年で、年20日の休暇が与えられる。その内10日は、特別休暇として連続でとることが定められていた。兵士は地方出身者が多く、20日まとめて休暇を取り、帰郷をして無事に見習い期間を勤めあげた報告をしたり、立派に成長した姿を家族に見てもらう者が多い。このタイミングで結婚をする者も多いと聞く。


 すでに帰る故郷のないイーサが特別休暇をどう過ごすつもりなのか、マクシムは気がかりだった。

 それとなくイーサに尋ねると、彼女は20日間休暇を取り、郷里の跡を訪ねるつもりだと言う。お墓参りと、それから、確かめたいことがあるから、と。


「私の育った土地の、ある場所で、確認したいことがあるんです。戻ってきたら、お話します」

「それは、僕たちの研究、つまり君の魔術に関係することなのかな」

「はい」

「……俺がついて行って、一緒に確認したら、迷惑だろうか」

「確かにその場で見ていただくのが、一番確実だとは、思います。でも、お仕事は……」

「俺も休暇は溜まっているから……と言いたいところだけれど、長期間は難しいな。移動陣を使って、数日同行するよ」


 ある程度以上の技能を持った高位の魔術師は、王国内の各所に設置されている移動陣を使用し、自らを瞬時に移動させることが可能である。これは公の設備であり、私用での使用は許可されていない。

 フィールドワークは研究員の立派な仕事だ、と、マクシムは片目をつぶった。


 イーサは6日をかけて馬車で移動し、郷里に最も近い移動陣の近くの宿で、マクシムと落ち合う予定になった。


 サリューは、空を飛んでイーサを連れて行ってくれると主張したのだが、これはさすがに遠慮した。マクシムとしても、安全面から、飛行での長距離移動には反対のようだった。空中で複数人に襲撃されでもしたら、イーサが飛べない以上、いくらサリューの技量が高いと言っても、無事では済まないかもしれない。


 それに、イーサとしては、ゆっくり移動して、少し心構えをする時間が欲しかった。

 イーサがそう話すと、サリューはそれ以上は何も言わなかった。



 ちなみに、イーサの身辺に警戒が必要な状況は長引いていて、現在のイーサの身辺警護は、特務部隊実働班とサリューが交代で担っている。


 イーサは、実働班長のハンスから、自身が身の危険を感じると作動するらしい魔石のブレスレットを渡され、それを常に身に着けていた。とっさの時には、ブレスレットから信号が発せられて、警護担当さんが駆け付けてくれるという説明を受けている。


 そして、あまり日常生活で用心しすぎて、外出を控えたりするのも心が疲れてしまうので、普段通りの生活をしてほしいと言われていた。


 そんなある日のこと、イーサは一人で市街に買い物に出た際に、途中で野犬に出くわしてしまった。


 道の先を、口から泡を垂らした犬に唸りながら立ちふさがられ、ひゅっと息を飲む。

 と、瞬時にそこに、複数の人影が現れた。


 目の前でアッシュブロンドの髪がなびき、イーサの周りを何かが包む気配がする。

 同時に、ふわふわの茶色の髪が少し遠くで踊るのが見えたと思うと、キャインと言う鳴き声と共に、犬は一目散に駆け去っていく。


 その後足の真後ろには、ドスドスと非常に穏やかでない音を響かせて、黒いクサビのような物が次々と撃ち込まれ、犬を追い立て続けていく。

 

「おい、お前今日は担当じゃないだろ。何で出てくんだよ」

 少し高めの位置に浮いて、小さくなっていく犬の後姿を睨んでいるサリューに、ハンスが呆れたように声をかける。


「お前こそ、今日は部下が担当だったろうが」

 確かに、イーサたちの後ろには、実働班の若手の魔術師が、気まずそうに立っている。


「いや、今、手が空いてたし。……いいだろ別に」

 ハンスはなぜか少しぶすくれて答えている。我に返って、自分の慌てぶりが気恥ずかしいようだ。


「いやそれよりマクシムだよ。お前何で、ここにいるの。戦闘能力皆無のクセに」

「防御と短距離高速移動ができればたいていのことは回避できる。このまま、彼女を連れて数100m動きさえすれば……」

「あーはいはい、分かったよ。つかお前、今会議中じゃなかったの」

「そんなことはどうでもいい」

「よくねえだろ、どう考えても……」


 この後も3人はしばらく、本当にいざという時にこんなに近くに出られたら邪魔だ、動きにくくて1人より却って戦闘能力が落ちるわ、とか、お前はそもそも救援信号を受けるな、とか、しばらく言い合っていた。


 イーサは初めは全く状況が分からず、ポカンとして3人を眺めていたが、やがてじんわりと胸が暖かくなってきて、思わず3人に抱きついてしまったものだった。



 とまあ、普段はサリューひとりに護衛を頼る状況ではなくなっているのだが、今回の道行きでは、イーサの身辺警護はサリューが担ってくれている。彼は完全に姿を隠していて、周囲からはイーサは一人旅に見えるはずだった。


 馬車は、乗り合いで良いとイーサは言ったのだが、マクシムが借り上げ馬車を用意してくれてしまった。

 その車中で、イーサは窓の外を眺めながら、この半年のことを思い返していた。



 イーサは少しずつ読み書き、特に読む方の力が身について来て、簡単な本ならばゆっくりと読むことができるようになった。子供向けの文学や、歴史についての本、小さい子向けの魔術の手ほどき書などを、掃除業務が無くなった午前中の時間を使って読んで勉強するのが、最近のイーサの日課だった。


 合わせて、マクシムは自分の仕事の合間をぬって、基本的な魔術の知識について、分かりやすく講義レクチャーをしてくれる。


 そんなこともあり、イーサは少しずつ、自分がおまじないと呼んでいた魔術について、色々な角度から見たり考えたりできるようになってきていた。


 また、午後の研究で、色々な術を実演し、その時の自分の身の内の感覚を言語化することを繰り返していくうちに、イーサには、疑いから徐々に確信に変わりつつあることがあった。


 マクシムたちに説明しても、全く通じない感覚があるのだ。感覚と言うか、存在と言うべきもの。


 イーサには見えている、色々な植物に宿っているが、彼らには、全く見えていないらしい。

 ()が見えることは、身内以外には決して言ってはいけないと、母には幼少時から厳しく言い含められてきた。その言いつけを守り、イーサははっきりとはマクシムたちにそれを告げてはいない。しかし、魔術師なら誰でもが見えていて、言葉にしないだけだと思っていた。

 なぜなら、イーサが強いまじないを行いたいときには、そのたちの助けが必要となるからだ。


 しかし実際には、魔術師の中でも強い力を持つ特務部隊の幹部の方たちでも、その存在を見たり感じたりしている人は皆無のようだった。


 このことをマクシムに伝えなくては、おそらくイーサの力や魔術の成り立ちは、解明できないだろう。


 でも、それを打ち明ける前に、イーサは自分が生まれ育って、そしてそこにたくさんの()()を置いてきた、故郷の森に戻って確かめたいことがあった。



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