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14 天使、もとい猛獣使い

 最近、特務部隊の伝達係の中で、密かに人気のスポットがある。ほんの数か月前まで、そこは最も任務遂行が厄介な場所として、係内では当たるのを恐れられていた所だった。


「王国警備団特務部隊 技術開発班 第一研究室」と書かれたドアの前で、本日、伝達当番のダミアンは、ぎゅっと目を閉じ軽く祈る。


(彼女がいてくれますように)

 

 コンコン、「在室」の札のかかったドアを軽くノックすると、すぐに誰何の声がかかった。


「誰だ」

「伝達係13です」

「――入れ」


 部屋の中の声が応えると同時に、ドアに手形が浮き上がった。そこに自分の右手を重ねると、ドアは音もなく内側に開く。

 素早く室内に足を踏み入れながら、視界の端に華奢な人影をとらえ、思わず胸の内でガッツポーズをする。


「解析班長ルカ・ヘイワード殿より、至急の確認要の伝達です」


 正面のデスクの前に座っているマクシム研究員は、これ以上ないくらい不機嫌な顔をしている。彼は、集中している作業を中断されるのが、とにかく嫌いなのだ。ダミアンたち伝達係だって好きで彼の邪魔をするわけではないのだが、「至急」の伝達は、至急で伝えなくてはならないに決まっている。


 ここで()()が不在の場合、マクシム氏は不機嫌丸出しな顔のまま、渋々文書を受け取る。しかしまだ油断はできない。彼がその伝達文書を一読して、彼にとって「至急」ではない、と判断されてしまうと、その文書はデスクの上に放り出され、現在進行の仕事が片付くまで、放置されてしまう。


 結果、伝達係は、彼が書類を処理して戻してくれるまで、部屋の隅で何時間も立ち尽くすことになるのだ。


「……俺が後で回しておくから、帰っていいぞ」

 と言われても、もちろん、こちらも仕事である。帰るわけにはいかない。

 

 何時間か後にやっとのことで手にした処理済みの文書を発元に戻すときには、伝達係は無駄に疲れている。このことで、発元が伝達係を咎めることはまずないが、当たりたくない伝達先であることには変わりはない。



 これが、()()がいてくれると、事態は魔法のように捗るのだ。

 まず、仕事を中断されて一瞬嫌な顔をしたマクシム氏は、慌てて表情を戻す。それから、淡々と文書を受け取り、さっさと処理を始める。


 マクシム氏は取り掛かりさえすれば、事務処理スピードは早い。それでも、少々時間がかかる文書の場合、ダミアンは部屋の隅に引き下がって直立不動で待ちの姿勢をとる。


 すると、どこからともなく良いにおいがしてきて、先ほどちらりと見えたとても綺麗な女の人、イーサさんがドアから再び現れる。手元には、お茶と何かかわいいお菓子。


「どうぞ、お休みくださいな」


 ダミアンは、イーサさんにソファに案内される。恐縮してちらりとマクシム氏を見ると、眉間に軽くしわが寄っているような気はするが、視線は書類に向いたままで、止められることはない。


 イーサさんはダミアンの前にお茶とお菓子を置くと、時には軽く談笑してくれたりする。控えめに言って天使だ。白い変哲のない研究服も、彼女が着ていると何か神聖な衣のように見える。


 イーサさんは、この研究室に採用されてからまだ日が浅い。特務部隊そのものの在籍歴も長くないらしく、隊員たちの業務内容などに興味津々なようだ。支障ない範囲で、彼女の無邪気な質問に答えていくと、何か自分がずいぶん立派な仕事をしているように思えてくる。


「終わった。帰れ」


 ダミアンたちが楽しく話をしていると、怒涛のスピードで処理された文書が、ばさりと目のまえに飛ばされてくる。普段から鋭めのマクシム氏の目が、イーサさんの後ろから、射殺さんばかりの勢いで自分に向けられている。

 

 慌てて立ち上がり、敬礼をして素早く部屋を後にする。


(今日も、“第一研究室の天使”は綺麗で、お茶もお菓子もおいしかった)


 ダミアンはほんわかしながら、帰路を急ぐ。



 そんな“第一研究室の天使”に、最近新しい二つ名がついた。

 “猛獣使い”というのがそれである。


 部隊内外のたいていの噂話には精通しているルカの耳には、そんなくだらない愛称についての情報も入っていたが、若い者たち特有のおふざけと、大して気にも留めていなかった。


 しかし。

 数日ぶりにマクシムの研究室を訪れたルカは、目にした光景に、とっさにあの愛称を思い出していた。


 ソファのひじ掛けからは、黒い脚が突き出している。

 細身の黒ずくめの服装の男が、仰向けでぐうぐうと無防備に寝入っていた。


「……これ、サリューだよな」

 目にした光景が信じられず、ルカは呆然とつぶやく。


「見ればわかるだろう。研究室でイーサさんと俺が一緒にいる間は彼女の護衛は外れてもらって構わないと話したら、部屋の中でくつろぎ出した。こいつが人前で眠るなんて、信じられるか?」


 マクシムは苦笑しながらソファーを見やる。


 そもそも、サリューは正式な特務部隊員ではない。5年前、彼はマクシムの殺害目的で雇われた殺し屋として、初めてマクシムとルカの前に姿を現わした。特務部隊の敷地外周と高機密エリア、2か所の最高度の防衛網をいともたやすく破り侵入され、二人同時に背後をとられた時の衝撃は、忘れられるものではない。


 その時彼は、マクシムを襲う代わりに、自分の雇い主に関して情報提供し、保安面での助言までしてくれた。雇い主よりも特務部隊の人間たちの方が、はるかに面白い、と言うのがその行動の理由だった。


 サリューは、隠密活動においては、おそらく並ぶもののない力を持った魔術師である。ただし、その身元については全くの不明で、本当のところ、どの程度の実力があるのかもよく分からない。特務部隊解析班の、国内最高の情報収集能力をもってしても、この人物の背景は全くつかめなかった。


 分かっているのは、彼は完全な一匹狼で、誰にも彼を完全に服従させることはできないということ。大金を積んで仕事を依頼しても、依頼に嘘が混じっていたりと彼の気に入らないことがあれば、簡単にバックレたり、下手をすると逆に脅されたり最悪殺されたりするらしい。


 特務部隊内では、マクシムには謎の協力者がいる、と言うことは公然の秘密だった。ただし、誰も彼の姿をはっきりと見たものはなく、「顔のない男」として恐れられていた。

 

 そんな男が、イーサの傍らでぐうぐう眠っているのである。

 見た目は、大きな黒い獣がヘソ天で眠っている、と言うのがぴったりだ。

 時には、お昼ごはんの時間ですよ、とイーサにそっと揺り起こされたりする。


 サリューが特別にマクシムを気に入っているようなのは出会いの初めから明らかだったが、やはり常に、どことなく危険な香りがあった。ルカもマクシムも彼とはある程度の距離を置いて付き合っていたし、彼が他人に触れられるのを許すなど想像もできなかった。


 ルカは唸るしかない。

 マクシムと言いサリューと言い、まさしく、イーサは「猛獣使い」なのである。


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