朝読15分物語
キーンコーンカーンコーン♪
今日も学校開始のチャイムが鳴り響く。
僕はいつもチャイムが鳴ると同時に駐輪場へ到着する。そう、毎日朝の読書タイムに少し遅れて教室に入るのだ。毎朝数分家を早く出れば良いものをどうしてそれができないのだろうか。朝が苦手。これは僕にとって相当な難題らしい。
毎日遅刻をしていると先生にも愛想をつかされ、クラスメイトからは決まりが守れない人間だとレッテルを張られてしまった。まあそんなことはどうでもいい。
うちの学校では朝、15分の読書タイムが設けられている。先生が言うには、読書は人生を変えてくれるものらしい。そんな類のことを毎日のように読書タイムの時に口ずさんでいる。その声のせいでどれだけの人が読書に集中できていないことか。ちょっとは想像してほしい。
学校に到着した僕は、いつものようにもうすでに読書を始めているクラスメイトの前を通り、自分の席に向かう。僕の席は教卓から見て、右側の窓側の一番後ろだ。教室を隅々まで見渡せ、ちょっと授業で疲れた時は窓の外を見て、一喜一憂できる最高の席を陣取っている。
鞄を机の横につるし、読むための本を取り出して椅子に座る。さあ、読書開始だ!
とは、残念ながらならない。
僕にとって読書は苦痛以外の何物でもない。この本は読んでるふりをするカモフラージュだ。えへへ。
そんなことより僕にはこの朝の15分の時間に、毎日決まってやることがあるのだ。
それは、超能力を発動させることだ。
突然何を言い出すのかと思った人も多いと思うが、これは事実だ。
僕は紙を浮かせたり、透視をしたり、ものを動かしたり、テレパシーを使ったリといったことができるのだ。よくわからないが中学2年生になった時からなぜかこの能力が使えるようになった。
しかし、僕が超能力を使えるのはこの朝の15分の読書タイムの時だけで他の時間にはこの能力が使えなくなってしまう。試しに先月の中間テストの時にカンニングしようと試みたが残念ながら無理だった。大きな力を使うには何らかの制約が必要なのだと理解した。
だからこの15分は、超能力をふんだんに使う事にしている。読書なんかしている場合ではない。
最近は、ありがたいことにクラスメイトの女子達のブラやパンツを透視の力で拝ませて頂いている。
毎日観察しているとその子の下着の色や柄の好み、パターンなどを段々と理解できるようになってくる。んーこれはただの変態がする行為ではないかと自問自答する。だがやめられない。中学2年生の僕にとって毎日の朝の15分はとても刺激的な時間なのだ。ぐふふ。
その中でも僕が一番心して拝ませていただくのが、クラスメイトの春香さんだ。このクラスで4番目くらいにかわいい女の子で(僕的見解)とてもおとなしく、読書好きなマイペースな女の子だ。(性格は推測したもの。また、話したことがあるのは一回だけだ。)
唐突だが、僕は春香ちゃんのことが好きだ。きっかけはとても些細な出来事からだった。
中学一年生の時、僕と春香ちゃんは席が前後になったことがある。お昼休み、当時友達が一人もいなかった僕は、お昼時になると、本を読みながら一人ぼっちでお弁当を食べていた。ある日、本に夢中になりすぎて、はしがお弁当に引っ掛かってしまい、お弁当をすべてこぼしてしまったことがある。
やってしまった。
本を読むという慣れないことをしたせいだ。お弁当を落とした音に反応した周りクラスメイトの視線が集まっているのを感じる。ああ恥ずかしい。僕は焦っていたが、焦っているのを悟られないように、ゆっくりと堂々と、心臓がバクバクしているのを感じながらこぼしたお弁当のおかずを片付けた。
そして、今日はついていないやと思いながら席に戻った時だった。
前の席に座っていた春香さんが、「大丈夫?」と話しかけてきたのだ。僕はまさか話しかけられるとは思わなかったので、「っえ、大丈夫、あ、ありがとう」とコミュ障丸出しの返答をなんとか絞り出したのだった。
そんな返しに対して春香さんは、「お弁当残念だね。良かったらうちのおかず一個あげるよ」といってきたのだ。
なんて心優しい人なのだろう。当時、友達もいなく一人で食事をしていた僕にとって、この言葉は何か救いの言葉のように感じられた。
そして、僕は流されるまま春香さんの卵焼きを一つもらったのだ。
おいしかった。
このとき食べた卵焼きはどんな料理よりもおいしく感じられた。キャビアより、フォアグラよりおいしいと感じられたのだ。(僕はどちらも食べたことは無い)
これが僕と春香さんの出会いだ。
そんな愛しき相手、春香さんの下着を今日も物色させて頂いている。ダメだと分かっていてもやってしまう。世の中の犯罪というものがどのようにして生まれているのかが少しわかった気がする。
僕はいつものようにブラジャーから順に拝見することにした。
だがしかし、ここでいつもとは違う違和感のようなものを感じたのだ。
よく目を凝らしてみると、ブラジャーの柄が少し大人びたものに変わっていたのだ。ついでにパンティも見てみたが、いつも履いているモコモコしたものではなく、ピンクのストライプ柄に進化していた。なるほど、これが女の子が成長していくという事なのかと感心した。
まあさすがにレースは早すぎるよな。と思いながら、ふとなぜ春香さんは身に着けているものをグレードアップさせたのだろうと考えた。
少しの間考えていると、女の子は恋をすると見た目が変わるということを誰かが言っていたことを思い出した。そして、もしかすると春香さんに好きな人でもできたのではないかという発想にたどり着いた。
これは一大事だ。それでは僕の初恋が、本当に純粋な恋が終了してしまう事になる。そんなことがあってはならない。
そして、僕はもう一度春香さんをよく観察してみた。
すると、下着を見ることに集中していたせいで気づかなかったが、まず髪型が変わっていることに気が付いた。他にも、腕にきれいなミサンガをつけていた。そしてもう一つ、口紅を塗っていることにきがついたのだ。
直感だが、これは間違いなく誰かに恋をしていると分かった。その相手が僕ではないことは明白なのだが、気になって仕方がない。
いったい春香さんは誰が好きなのだろう。
何か手掛かりとなるようなものは無いかと最近の春香さんの行動を思い出ししてみた。すると、最近よくクラスメイトの純也君と話をしているのを見かけるなと思った。昨日も学校が終わった後、二人が教卓の前で楽しそうに話しているのを見かけた。
そういえば、春香さんは今月から図書委員に任命されたのだ。そして、図書委員に選ばれたもう一人の係が純也君だった。
なるほど、もしかすると同じ委員になったことで会話するようになり、徐々に気になりだしたパターンではないかと考えた。うむ、なんかそれっぽい推理になってきたぞ。
でもまだ二人が付き合っているという決定的な証拠を見つけ出したわけではない。
そんな小さな希望を見つけた時だった。ふと純也君を横目でとらえると、左腕に春香さんと同じミサンガが付いているのを発見したのだった。
おそろいのミサンガ?
いかにも中学生のカップルが最初にやるようなことじゃないか!
この瞬間、僕の初恋は僕の頭の中だけで始まり、僕の頭の中だけで終わりを迎えたのだった。
「純也め、俺の気も知らないでよくも春香さんと・・・これからイチャコラセッセとことを運んで行くんだろ!ちくしょー!」
行き場を失った僕の恋心が、形を変えて純也君に対する嫉妬へと変わっていくのが分かった。
そして、その思考はさらにエスカレートしていき、純也と春香さんをどうすれば別れさせることができるのかを考えていた。
そうだ、僕には超能力がある。
この力を使えばどんなことだってできる。そう、二人を別れさせることだって僕には可能なのだ。問題はこの朝読書の15分の間だけでどうすれば二人を別れさせられるかだ。
時計の針は8時27分を指していた。
後2分弱で超能力を使える時間が終わってしまう。
考えなければ。二人を切り裂く方法を!
そして、焦りで冷静さを失っていた僕は大胆な策を思いついた。
それは、「くそ漏らしの刑だ。」
純也の大腸に溜まってあるうんこを僕の超能力を使って外にぶちまけるのだ。
中学生にもなって糞を漏らせば、純也の評判は一気にがた落ちするだろう。
そして、それを見た春香さんは間違いなく純也と距離を置くだろう。
シンプルだがとても効果的な作戦だ。
よし、それでは実行するとしよう。
くそ漏らしの刑を!
目を凝らし、眉間にしわをよせながら、純也君の大腸に向かって念を集中させる。
うおおおおおお、もらしやがれええええ。
しかし、どういうことか、僕の念が純也君まで届かない。
どれだけ踏ん張っても純也君の大腸をとらえることができないのだ。
もう一度、もう一度!
しかし、何度やっても念は届かない。
いったん念を込めるのを辞め、我に返った。
その時だった。こめかみあたりにとても鋭い視線を感じたのだ。
それも一人や二人ではなく何人もの視線を。
そして、恐る恐る顔を挙げてみると、なんとクラスメイト全員の視線がこちらに向けられていたのだ。
一体どういう状況なのだ。
僕はすぐにうつぶせて視線をそらした。
全く何が起こっているのか分からなかった。
僕は頭をフル回転させ、ありとあらゆる可能性を考えた。
そして、一つの答えにたどり着いた。
こいつら、超能力を使っていやがる!
そう、超能力は僕だけが使えるのではなく、クラス全員が使えたのだ。
テレパシーを使って、僕が純也君にしようとしていたことに感づき、それを阻止しようと俺の念を封じ込めたのか。
余計なことを。
待てよ、もしこいつらが超能力を使っているのならば、いつから使えたのだ。
もしかすると、俺が今まで女子の下着を透視していたことも気づいていたのか?
そうだとすると、まさか今考えていることも筒抜けている。
こいつら、俺をどうするつもりだ。
もう一度顔を上げてみる。
自然と春香ちゃんと目が合った。
冷え切った憐れみをまとったきれいな瞳だった。
どうすればいい。この朝読の時間が終わると俺はどうなってしまうのだ。
間違いなくクラスメイトからは距離を置かれるだろう。
もうこの学校で普通に暮らしていくことは無理かもしれない。
そして、残り30秒で読書タイムが終わってしまう。
両手で頭を抱え込む。
やめてくれ。時間よ、頼むから進まないでくれ!
・・・
キーンコーンカーンコーン♪
少し頭が痛い・・・。
そっと目を開ける。
窓の外は雲一つない晴天で、カラスがタカとじゃれ合っているのが見えた。
ゆっくりと体を起こす。
頬から垂れるよだれを右手で拭った。手についたよだれが少し冷たい。
心臓の鼓動が体内で鳴り響いていた。
「夢か・・・。」
「ふー。」
ため息をついた後、視線をクラスの方向に向ける。
そこはいつも通りの日常だった。
夢でよかった・・・。
ふと春香さんと純也君を目でとらえる。
二人の左腕には、おそろいのミサンガが付いていた。