考え直し
少年が意識を失い数分になった頃。
彼より明らかに小さい幼女が、その少年の足を引きづりながらも村への帰還を果たそうとしていた。
「何故に…回復した途端気絶したんじゃ…」
少年は明らかに死ぬであろう攻撃を不気味なほどに耐えた。これは、自分でさえも殺すことは出来ないのではないかと思わせ、恐ろしく思った。
──否、正直に言うとおぞましかった。
何故あそこまでされて生きていられるのか。
あの魔獣の体内で肉の壁にもみくちゃにされ、右も左も分からずに方向感覚が狂っていた時に差し込んだあの光。
多少薄暗くはあったが、そのお陰で体内でなくなった自分の杖を見つけて脱出する術を思いついたのだ。
中から引き裂くという酷く単純な方法ではあるが、丸呑みにされてパニックだったとはいえそんな事すらも思い浮かばなかった自分自身を恥じた。
それにしても、あのえも言えぬ悪臭と混じり合う光と共に漂ってきた血の匂いは、出来れば二度と嗅ぎたくないものだ。
少年の無くなった下腹部から考えるに、あの近くで腐臭を発していたドロドロしたあれがデラを助けたのだろう。
あれを咀嚼し、口を開けてくれなければきっと杖を見つけることは出来ずに消化されきってしまう所だった。
「…軽いのぅ。」
胸から下が無くなり、体の中の血も殆ど抜けきった状態である。軽くて当然。
デラは一応死ぬかもしれないと警告したし、勝手に来たのはこれだ。
これのお陰で生存できたのは事実だが、それでも例の事を許す気は毛頭無い。
力足らずな上に努力すらも怠る輩は唾棄すべき愚物である。これは経験則だ。
「……いや、待て。」
違った。許す許さないの問題ではない。
もはや再び教えようと思わない。時間の無駄、労力の無駄なのだ。
前は他人のために力を尽くそうとする志を見込んで好意でやってやっていた事だ。あの頃は少しばかり期待もしていた。
しかしあっさりと逃げ出し、幻滅させたのは他ならぬこの少年だ。
それを今更、反省しただの許して欲しいだの信じられる訳が無い。
だが、それでも……
「っ!?どうしたんだ!?」
心に巣食う何かに目を向けるより先に、自分に駆け寄る男が問うた。
「おぉ…ノウンか。…すまんが、これをまた…治してやってくれ。」
背中の少年に目をやった。
眠るように目を閉じていてしかしどこか固い表情だ。
「何かとんでもねぇ事が起きたってのは分かった。しかし、こいつはもう…」
「生きておる…此奴は死なん…誠に…薄気味悪いがな…」
「死なない?何をふざけたことを……本気か?」
「別にそう信じたいから…とかではのうてな…兎にも角にも…今の儂の魔力は枯渇寸前じゃ…応急処置は…行ったので安静にさせておけ…儂が…回復して次第…治療を再開する。」
少しばかり休まなければ今にも倒れてしまいそうだ。
ノウンに背の少年。坊主、と言ったか。
それを預けて、浮き上がるような感覚を覚える体を千鳥足でヨタヨタと滞在所へ運ぶ。
やはり魔力不足には進んでなるものでは無いなと自分を戒める。
「あんたの家はこっちだ。あんたも大丈夫か?」
ノウンがデラの進行方向と真逆を指し示した。
全く、格好がつかない。
「す…すまん、はよ…連れて帰れ。」
こんな所で長居してたら坊主が死んでしまうかもしれない。
「……」
そうか、自分は坊主に死んで欲しくなかったのか。
罪悪感からか、はたまたやはり許したがっているのか。それすらも分からないけれど。
「…何があったのか知らねぇが、坊主を引っぱたく必要はあるか?」
心配そうに、でも強い気持ちを感じさせる声で聞いてくる。坊主の親かと言うほどの勢いだ。
「知らん。……が、頬をつねる程度の仕置は…必要じゃろう。無謀がすぎる。」
この少年一人で勝てるはずもないのに、この少年はあの魔獣相手に勝負しようとしていた。
ここまでの道中で、家屋の倒壊した跡や道に残った足跡を見たからこそ分かる。
ただ命の危機から逃げるだけならば街の中央へと行けば、他の誰かに捕食の対象をずらせたかもしれない。ある程度戦える者だって居るだろう。
しかし痕跡はその道を逸れて人気のない場所へと続いていた。そうか、つまり、そういう事だ。
「更生は……ある程度出来てるようじゃな。信じられんがな。」
自分の命を救うために他の多くの命を危険に晒すような行為は辛うじて取らなかったようである。
護られる弱者ならばその決断も責められるようなものでは無い。が、盗賊を倒すと宣言し、護る側となることを誓っているのであれば誤っているとはっきり断言できる。
「…そうか。」
息をついてから呟き、ノウンは坊主を背にその場を後にした。
日が西に傾き、東の方が紺に染まってきた。
早く休まなければ。疲労のたまった足腰に鞭を打ち、やはり千鳥足で滞在所へと戻るのだった。
自分が納得できる程度に、相手がこなせる程度に、
まぁまぁ厳しめなな罰を考えながら。
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──ぼんやりとする意識の中、誰かが自分を抱き上げて何かを語りかけていた。
「こ────たち───だ─────。」
「─う─────────世界────す────」
男と女、だろうか。なんと言っているのか上手く聞き取れなかった。しかし何だろう。心の底から温かな気持ちが温泉みたいに湧いて出てきていた。愛情、とぼんやりとその気持ちを形容する言葉を見つけた。
会いたい。この人たちに会いたい。
自分でも知らないような場所にポッカリと空いた心の穴を埋めてくれる感じがした。
「エリ──────世───────から────会う───────な───────────」
「他───為──────心───────た子──っ────し──。」
「──は。じ─────張れ─。」
「ふふ──い───っ───な。」
優しく温かな笑い声が聞こえた。
何が楽しいのだろう。そっと手を伸ばし、その温もりに触れてみようと試みた。
しかし……
「俺──界へ───てらっ──い。」
包み込まれていた体が机のような場所に置かれた。
抱きしめられていた安堵は消え去り、不安が心を襲った。
──待って、置いていかないで。
自分の心ではない何かが、自分の心かのように泣き叫んだ。
──何処へ行くの?
誰だ?これは誰だ?俺じゃない?俺は何だ?
これは俺だ。僕だ。僕は、俺なのか?
僕を、俺を置いていかないで、待っ──
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「……」
まるで陳腐な漫画の主人公のように、夢を見ながら泣いていたようだった。
俺は昔から夢はすぐに忘れてしまうタイプだ。
それは寝る時に見る夢も、目指す物も両方に言えた。
だから俺は今の夢について早急に考察した。
何故かただの夢ではないという確信があった。
俺はあれを見たことがある。
あの男女、恐らくは俺の父母では無いだろうか。
抱きしめられるあの感じ、小さい頃の俺が抱き締められていたような記憶だ。記憶が曖昧なので確証はないが。
多分俺が元の世界に残してきた父母。顔も思い出せないが、この夢のお陰で懐かしさを思い出せた。
「…そうか、迷惑かけてるのか…」
異世界転移した俺を、きっと両親は探していることだろう。そう思うと本当に申し訳ない気分になる。
しかし、親から貰った名前ですら思い出せないのだから親不孝ここに極まれりである。
もし、元の世界へ戻れるのだとしたら贖罪をしなくては。
──否、元の世界には戻らなければならないな。
必ず、会って謝らなければならない。
とはいえ少しずつ夢の記憶もなくなり、せっかく思い出した懐かしい思いもそれと共に薄れてきた。
そして代わりに蘇ってくるのは先程までの現実の記憶だ。
「……!!」
やはり、下半身はなかった。
しかし体の断面は見えず、縫われてからずっと時が経ったかのように閉じられている。
「………っ」
ぐにゃりと視界が歪む。力が入らず瞼が思い。
体感重量302kg。人智を超えた重さだ。
当然抗えるはずもなく、一瞬でも開けたことが奇跡なくらい重い瞼を閉じた。
腕は動かず、傍から見れば死んでるように見えるのではないだろうか。
血抜きした鶏肉みたいに青白くなっていた肌を気持ちだけで擦りながら取り敢えず変化を待った。
「さぁ、どんとやっちゃってくれ。大魔女様?」
「全く、人遣いの荒い事じゃな。儂とて無傷な訳では無いのだからな。」
「わーってるって。ほら、やってみてくれ。」
ドアが開く音がしたと思うと、聞きなれた声が二つ。
ノウンさんとデラだ。
「はぁ……。薬。」
「あいよ。」
ノウンさんが何かを渡した後、キュポンと音がした。
シュワーっと元の世界の何かが懐かしくなるような音がなる。こう、黒くて、甘くて、プハーってなる奴。
「んっんっんっ……ふぅ…」
こちらの飲みたい欲に応えてくれたかのように気持ちよくそれを飲み干してくれたみたいだ。
最後のふぅ…は何処と無く苦々しそうな感じがしたが。
「広大なる大地を守護する世界の力よ。高名なる大天使ラミエルよ。彼女らが持つ癒しの力よ。彼の者に天からの恵みを、地の豊穣を。」
流れるように、歌うように唱えられる長々とした呪文は内容から察するに回復魔法か。しかし、これ以上癒したとてどうするというのだろう。下半身は既になくなった。再生なんかは流石に期待しすぎというものだろうか。しかし、それでも期待してしまうのが人間だ。
諦念を胸に抱きながら、それでも僅かな希望に縋った。
からだが欲しい。元の、足のある体に戻して欲しい。
チリチリと心を痛めつけるこの喪失感を消し去って欲しいのだ。
「【ソイル・アン・ヒール】」
その瞬間、俺の周りの空気がブワリと動き始めた。
空気に含まれる魔力が方向性を持って移動を始めたのだ。
嵐のように荒れ狂うそれは、しかしやがて揃って一点に集い始めた。
それらの向かう先は、俺のからだがあった場所。
まさかとは思うが、俺のからだの再生は本当にできるのか…!?
半信半疑であった俺の心は遂に希望に染まりきった。
諦めてはいけない。ノウンさんもデラも見てる。
期待に応えろ、俺。
「「………!」」
二人が息を飲む音が聞こえた。
来い、おれのからだ。復活しろ。
絶対に戻す、必ず治す、確実に復活させる。
「──っぁ」
すると、今度は俺の全身に走る痺れるような感覚に声を漏らす。
尽きぬエネルギーが中枢から、蛇口から出る水のように放出されて集まった魔力と結びついた。
骨が伸びる。皮膚ができる。肉が形作られる。
その感覚はかなり生々しく俺に伝わってきて気持ち悪い感じがしたが、それ以上にずっとそこにあった喪失感が段々と薄れてきているのが分かった。
「…からだ…俺の…!」
そして集まった魔力が全て結びついた時、おれのからだは戻ってきていた。やっと元の体になったのだ。
「…これは……ちょっとばかし舐めてたな。お前、凄かったんだな。大魔女様。」
魔力の嵐が収まった後、呆然とした顔で呟くのはのはノウンさんだ。
「…当然じゃろう。これくらい出来ずにどうして【大魔女】となんぞだいそれた名前を名乗れるものか。」
デラはゲッソリとした態度で脱力した。
心なしか顔が痩せこけて見えた。
「さてと、おはようさん。坊主。」
「…ここまで手間をかけさせよったんじゃ。分かっておろうの?」
優しさと冷たい視線を同時に浴びせられ困惑した。
一言目に何と言うか迷い、しどろもどろになった。
「お、おはようさん…」
そして、とりあえず一言目は挨拶することにしておいた。
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「ま、そういうことなんだよなぁ。」
「ほぅ、儂はただ無策に逃げ惑っておるだけかとおもっていたのじゃがのう…」
「逃げるだけだったらとっくに出来てたと思うぞ。案外あの…【魔獣】って奴?足遅かったし。」
俺の意識が覚醒した後、デラが飲み込まれていた時の事情聴取を受けた。
あの暴虐の権化と形容したあの化け物。あれは魔獣と呼ばれるらしい。
話を聞くにゲームのレイドボスみたいな存在である。
まぁ何はともあれ、ここは俺の頑張りをアピールするチャンス!と思って少し自慢げに足速いアピールをしていたのだが──
「ならば何故踏み潰されたのじゃ…そもそも、主じゃ勝てんのじゃから誰かに任せるのが無難じゃろうに。なぜにそこまで愚かに立ち向かおうと?」
ギラギラと悪意が刺さる刺さる。
ノウンさんも「まぁまぁ」って宥めてくれているが、一向に罵倒が止む気配は無い。
「あんたの…亡骸だけでも回収しようと思ったんだよ。既に死んでるもんだと思ってたのにさぁ…生きてんのかよ!ってなったわ。もっと早く出てこいよ…」
グズグズと相手の非を挙げる。
自分の方が失態に失態を重ねているくせに、とは思うし、褒められたことでないのは承知だがそのくらいさせて欲しい。
「…その件に関してはすまぬ。儂の過失じゃ。」
「…おぉ?おぅ。」
拍子抜けだ。
もっとこう、怒った感じで反論してくると思ったのに。うん!でもまぁ、素直に認めてくれたのでオールOK…
「じゃねーだろ!俺下半身潰されたよ!?」
「まぁ治した訳じゃし…すまんかったとは思うが。終わりよければ全て良しという言葉もあるじゃろ?」
「痛かったもんは痛かったんだよぉ!」
結局心の中ですら自虐しきれずに半分キレた。もっと馬鹿みたいに俺の事責めてくれよと再び欺瞞の自虐を並べながら、下半身潰させておいてよくもまぁいけしゃあしゃあとそんな事が言えると煮えたぎるものもある。しかし、だ。
「…でもな…でもなぁ…!!」
「まぁ、そうじゃな。甘んじて罵倒も暴言も受けよう。確かに、治したとてそれで許される問題ではない。考えが足らなかった。」
「生きててよかったよ…デラ…」
心の底からそう思った。
一時的な激昂なんて瞬時に溶けてなくなる。
当然だ。数日間もお世話になった恩人だ。
そんなことで死んで欲しいだなんて思うわけが無い。
異世界にて深くおかかわり合いになった人だ。
その身を救うために諦めなかった程だ。
どうして安心などせずに居られる。
「……は。」
目を丸くしてあんぐりと口を開けているデラは驚きのあまり声を漏らしていた。
「あと、悪いのはあの意味わからん毛むくじゃらであってデラじゃない。だから謝罪なんてしなくていい。まぁ。どうしてもしたいんだったらもう一度弟子にしてくれてもいいけど?」
「いや、魔法を教えて貰ってただけで弟子にはして貰ってなくね?」
「ノウンさんしゃらーぷっ!細かいことは良いの!それより、どう?」
ちゃちゃを入れるノウンさんを捨ておき、俺は交渉の返答を待つ。
頼むから、OK出して。ご都合主義万歳だから。
「そこは未だに許してはおらんぞ。未だにお前は気に食わんし。そんな甘っちょろい事で許すと思うな?」
「甘っちょろい事!?結構苦労したよ俺!」
酷いっ!と心の中で嘆きつつも、喉元過ぎれば何とやら。自分の欠点である、辛い事から逃避し忘却する力のお陰でそこまで怒ることもなかった。
さっき半ギレしてスッキリしてたのもある。
「じゃから【弟子】じゃな。うむ、成程、それにしよう。」
デラはニヤリと悪辣な笑みを浮かべ、うむうむと頷き続けた。




