リザイナーの物語 終幕と開幕
始まり方さすがにあっさりしすぎたかなーと思ったのでプロローグを追加しました。
坊主の物語の少し前です。この時はまだ坊主じゃないです。
ざあざあと一片の光も差し込むことの無い空模様の中、雨が降っている。
へたりこんでいる俺は曇りきった瞳で眼前のとある建物を眺める。
俺の義姉は人を殺した。
理由を聞いても、「分からない」「誰かに命じられて、何でか言うこと聞いちゃった」って。
俺は我が姉、菊神千寿の罪を隠すために奮闘した。
いつもの日常が唐突に失われ、いつ警察が追いかけてくるか警戒を解けない日々が続く。
出会ったあの日を思い出す。
俺の母は気づいたら死んでいた。
母との思い出は何もない。
悲しいと思ったことは無かった。
友達に母のことを聞かれたときにも笑って話したこともあった。母は遠い赤の他人のような気がして。
父が再婚した。義母は御伽噺かという程意地悪く、本で見たイジワルな【ままはは】という奴によく似ていた。
そのときに俺は5歳年上の姉ちゃんにあった。
「菊神千寿です。きくがみ、せんじゅ。よろしくね。」
微笑みながら手を差し出す彼女に俺は涙が止まらなかった。
母が欲しかったのかもしれない。そのとき俺はそう思った。
喧嘩もした。お菓子を取りあったり、イタズラをしあったり。
一緒に怒られもした。一緒に両親に悪さを働いたり、お菓子を一緒に隠れて食べたりした。
どんな日であれ、布団に入って一日を回想したとき。
そのときに俺は幸せを感じた。
だから、その日々を壊されないために俺は姉を守った。
姉ちゃんを連れていこうとする者は全て敵だ。
姉ちゃんの髪を引っ張って外へ追い出そうとする義母も。
諭すように欺瞞を並べて警察に突き出そうとする父も。
糾弾する殺された人の家族も。
全員敵だ。だから俺は姉ちゃんを皆から守った。
趣味で習得したブーメランがこんな形で役立つとは夢にも思わなかった。とはいえ、警察の前では本当に些細な活躍でしかないが。
結局抵抗らしい抵抗もできず、姉ちゃんは自ら警察の元へ向かった。
下された判決は死刑。
確保に向かった警察官が一人、ブーメランの当たりどころが悪くて死亡したそうだ。
法廷で、自分がやったと自白したそうだ。
無論、彼女はあれから一度も人を殺してなんかいない。
汚れていたのは俺の手だった。
確保されたとき、護身のために俺のブーメランを渡していた。指紋もくっきり残っていたのが決め手になったそうだ。
そもそもそれが無実だと証明されたとして、強い動機もなく「何故か」という理由で殺した彼女に救いの手はなかった。
死刑執行日の今日、俺は最後の作戦を決行した。
使い慣れた凶器は取られている。小さなナイフを片手に俺は死刑執行所のここに来たのだ。
走る。ただ走る。
そして俺は、中に入ることすら出来ずに捕まった。
「あああ!!くそぉお!いやだぁ!ねぇちゃん!!」
声高に叫ぶ。事実を改変したくて、助けられなかった無力から目を逸らしたくて。
──そして、死刑執行の時刻が過ぎた。
「………。」
銃刀法違反及び殺人未遂罪にて現行犯逮捕。
俺は命を懸けて法律から護ってくれた姉ちゃんの覚悟に最大限の冒涜をして、そしてあの日の姉ちゃんと同じように手錠をかけられた。
立っていられた力がどこかへと消えていき脱力した。
もはや俺がここに立っている意味はない。
眼前の建物を眺め、
「こんな、こんなことなんて……」
そして俺は、心をボロボロにした俺は───
「仕方なかった……仕方なかったんだ……」
自分を正当化した。
「俺が弱いから、馬鹿だから、姉ちゃんが死んだ!」
自分の弱さに漬け込んだ。
誰かを責めなければ、責められる人間はどこにいる?
ここにいる。ここにいるじゃないか。
「死ね!死ねぇ!!」
「このガキ!大人しくしてろ!」
警察は俺の見ている先なんて気づかない。
俺の言葉の真意を読み取れずに警戒の色を深めている。
水たまりに映る自分がひどく醜く歪んでいる。
雨がそんな俺の姿をかき消そうとしているのを子気味よく思った。
ナイフはとうに取られて死ぬことすら出来ない。
そして今自分に出来ることは一つしかない。
「俺は……俺は!無実だ!違う!そうだ!あの恐ろしい姉に脅されてたんだ!助けて!怖いんだ!」
姉ちゃんへの未練を諦めて自分の身を優先させる。
諦める。俺の美点だ。諦めの良さは自らを生かす。
「…っこの、屑が!」
何とでも言え。姉ちゃんの最後の覚悟さえ守れば俺の勝ちだ。
一度冒涜したにも関わらず厚顔無恥にそう考える。
頭の中でちらりと死刑執行の景色が浮かんだ。
最初は姉の姿だと認識をできた。
でもだんだん自分の姿に見えてきて──。
「──っ!本当だ!こうしないと!殺されるって!だから!たすけて!殺さないで!助けてえええ!」
死の感覚を生々しく【思い出して】俺は叫んだ。
あの感覚を二度も味わってなるものか。
助けて、死ぬのは嫌だ。
「……来い。」
「いやだぁぁぁぁぁ!死にたくない!死にたくないぃぃぃぃ!!」
嫌だ、死にたくない、助けてくれ。
どうにかしてくれ、姉ちゃん、
姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん
瞬間、目の前が真っ暗になった。
そして、俺は命ではないもっと別の物が体から引き剥がされる感覚を覚える。
あれ?俺は、何をしてたんだっけ。
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その瞬間、この世界から【花車 桃】は消え去り、こことは別の遠い場所へと新たな存在として連れていかれることになった。
これが諦めることを良しとするリザイナーの、恩人たちに恩返しする物語の前日譚もとい、この世界でのリザイナーであるトウの物語の終幕であった。




