ジェラシークイーンは誰だ? ②
さて、勇者の如く立ち上がってみたものの…
所詮は、もうすぐ五十路の見た目貧弱なオバチャン。
それに何ができるかなんて、興味を持たない人の方が多いと思うが……
それでもいい!
伝えたいのさ!
この悪あがきを…
てなわけで…早速、翌日から有言実行に動いた。
ふむ、まずは仲間が必要だ。
「田村さん…あの…ぶっちゃけな相談してもいいですか?」
「え?……なになに?」
田村さんは、週2~3日の契約で入っているパートさんです。
現在の勤務体制は、福田さん、私、田村さんの3人体制でシフトを回しています。
田村さんとのシフトは少なく、今日で3回目なのですが、初日に同じ年齢ということが分かり、親近感が湧いたこともあって、直ぐに意気投合。一緒の時は、平和に仲良くさせてもらおうと、思っています。
田村さんの印象としては、私よりも少し小柄でぽっちゃりとしていて、つぶらな瞳。性格は明るく、誰とでも気さくに接する人柄なので、フロア内にも友人が数多くいる印象です。
お昼休憩は、必ず誰かと一緒に行っています。
そんな田村さんでさえ、福田さんの言動に対しては時々、渋い表情を浮かべながら、話していることがあるので、きっと私と同じ気持ちでいるのではないか?と思い、意を決して相談することにしました。
「ディスプレイを変えたくないですか?」
「……… そりゃ変えたいけどさぁ。それやったら、福田さんに怒られるよ?あなたが… 」
「いいですよ。どの道、売上が取れなかったら怒られるんだし…だったらアクション起こして、売上に繋がった方が言い訳になるじゃないですか。」
「そうだけど…勝手にやるのは、まずくない?」
「言ったら、やらせてもらえないですよ?…今日は、福田さんお休みだし、売上が取れなかったら元に戻して帰りましょ。」
「わかった!そこまで言うならやりましょ。」
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ピロピロピロリーン!
田村さんが、仲間になった!
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「どんな感じにしたいの?」
「まず、今日売りたい商品をメインに置いて、そこに目線が集まる導線を作りたいです。」
「おっけー、じゃあ1番高いマットをメインテーブルに置いちゃお。その傍に、お揃いでサイズ違いのマットを置いて、目を引く色の小物を置いて…様子を見ようか。」
「いいですね。福田さんが雑多に置いた細かい小物達は、一旦ストックしましょ。」
約1時間半かけてディスプレイをしている間にも、時々お客様が足を止めて接客をする場面があり、平日の午前中にしては、珍しく売上に繋がった。
一段落すると、あっという間に昼休憩の時間になっていたので、とりあえず私から休憩を取らせてもらい、戻ると…とんでもないことが起きていた。
「………… 売れたんですか?」
「う、売れちゃったのよ……」
メインテーブルに置いたばかりの、約8万円もするマットの姿が、ポッカリと消えていたのだ。
それどころか、お揃いで置いていたサイズ違いのマットも一式と、グレー系のフェイスタオルと、バスタオルが10セットも売れていた。
「全部…同じお客様だったんですか?」
「そう。外商付きだったから、どっかの社長夫人だったのかもね。値段も見ないで直感で決めてたわ。」
「すごいですね…お金持ちって。これ全部で約30万くらいでしょ?」
「うん。今日の売上目標を軽くクリアしたわ。そんでさ…あのメインのマットをどこに置くのか聞いてみたんだけど、どこだと思う?」
「え〜どこだろう。聞くってことは、リビングじゃないですよね?…… ペットの部屋とか?」
「トイレだってさ。」
「はぁ?」
それは、白地に金糸と銀糸を施した、1畳分くらいの楕円形をした高級マットです。
玄関やリビングに検討した人はいたけど…
トイレですか…
「ははは… どんなトイレか見てみたいわ。」
「本当にね。8千円のトイレマットじゃあるまいし…って、その値段でも高いわ。」
「ええ。私、トイレマットなんか…頑張っても千円までですね。」
「そんなの500円以下で十分よ!だって、すぐに旦那が汚すんだもん。毎日、取り替えないと気持ち悪くって。」
わかる…
「それにしてもお金の価値観って、怖いですね。」
「怖い? 今のもそうだけどさ… 極端な話、お金持ちの衝動買いのおかげで、首の皮一枚つながって生活できてる人がいるんだからさっ、それぞれでいいんじゃない?」
確かに…お金が動かないと、私のような中途半端な派遣社員は、すぐに切られてしまう。
一向に縮まらない格差社会と戦うには…
「ですね。格差を利用させてもらいましょ。」
「そうそう。 あっ、友達が迎えに来たから、食事に行ってきちゃうわね。メインテーブルのディスプレイ、お願いしちゃってもいい?」
「もちろん!行ってらっしゃい。」
百貨店で働いていると、時々とんでもないお金持ちに遭遇することがある。
私の経験から見た、お金持ちの種類を例えると…
①全身ハイブランドで固めたギラギラ、ピカピカした人。
②年配の人に見受けられる、全身オーダーメイドの人。
③一見、地味でお金持ちに見えないが、所作がとても上品で、価値のあるアンティークをワンポイントとして、身につけている人。
私の見解は、以下の通りだ。
①はソコソコ金持ちか、見栄っ張り。
②は紛れもないお金持ちで、だいたい外商が付いている。
よくドラマや映画で見るような、腰巾着さながらの腰の低そうなオッサンがピッタリとくっついて、買い回りをしていることが多い。
この腰巾着の中には、従業員が接客をする際に粗相をしないか、お客様の後ろから目を光らせて圧力をかけ、手際が悪いと虫けらを見るような目で、舌打ちしてくる厄介な奴がいる。
③は単独で行動する人が多いが、私の経験上この中にこそ、桁違いなお金持ちが潜んでいる。
ただ世間話をしていただけなのに、お客様が離れた後、どこからともなく腰巾着が現れて、どの商品に興味を持たれていたのか聞かれたことがあった。 その後も、忍者のような怪しい動きで、お客様を追いかけて行く様子が滑稽だったっけ。
「はぁ… 」
いかん。思わずため息ついちまった。
まぁ…どちらにせよ私とは、住む世界が違う人たちってことよ。
羨ましいと思うことはあるけど…
例えば、今から私が巨万の富を得るには、何かで一攫千金を狙うしかない。正直、そんな危険な賭けをするくらいなら、1回人生をリセットして、お金持ちの家に生まれる賭けをした方が、早いかもしれない。…それくらい、確率が低いということ。
あ〜、魔法使いに転生できたらいいのにな……(なぜ?)
な〜んて、現実逃避を夢見ている場合ではないのだ。
田村さんが昼休憩から戻ってくる前に、ディスプレイを終わらせて、売れた物を発注しとかなきゃ!
「お昼ありがとうございましたぁ。」
「おかえりなさい。ディスプレイ変えてみたけど、さっきみたいなインパクト出ないわ。」
「いいんじゃないの?今日はもう売れてるし…明日のお客さん次第で変えていけば?」
「そうですね。あと…フェイスタオルとバスタオルがごっそり売れちゃったから、発注しようとしたんですけど、思い切って、カラーバリエーションを一新しようかなと。」
「どんな風に?」
「全体的に春らしい色を入れて、柔らかい感じにしたいです。」
取り扱っている高級タオルは、カラーバリエーションが豊富なことでも高く評価されているのに、福田さんが選んだカラーには季節感が感じられず、パッとしないカラー展開の上に、まとまりが無く棚に置かれているため、本来の良さが発揮されていない。
しかも福田さんの畳み方が汚いため、カラーによっては、雑巾に見え兼ねない状況なのだ。
「それね… あたしも考えてた。お葬式みたいな色ばっかり発注するんだよね… あの人。やっちゃおうか?」
「やっちゃいましょ!」
私たちは、売れたマット以外にも客層を考えて、売れそうなマットも一緒に発注し、タオルに関しては、定番の色以外を全て新色になるように発注をした。
久しぶりに忙しく、達成感のある時間が流れた。
夕方の休憩を回した頃には、すっかり客足も引いて、フロア内の従業員もまったりしながら、おしゃべりタイムを楽しんでいる。
「終わった〜!」
「お疲れさん。あっ…ねぇねぇ、聞きたいことあるんだけど。」
時間に余裕のある内に、今日売れた商品の詳細や、お客様の動向などを売上報告書に書き終えると、田村さんが待ってましたとばかりに話しかけてきた。
「何ですか?改まって…怖いなぁ。」
「いやいや全然…でもまぁ、ちょっと聞きづらいけどさ。」
「え〜 何ですか?」
「真嶋さんて…彼氏いるの?」
「彼氏… 」
彼氏はいない…が……
「えっと… 一緒に暮らしている人がいます。」
「あらっ、そ〜なんだ!」
ルームシェアだけどね…… あはは。
「どんな人?」
多重人格者… みたいな人。
「まだ24歳になったばかりで、大学生なんですけどね。しっかりしていて、頼れる人です。」
まぁ…しっかりしてんのは、自称41歳の直さんだけだけど。
「24歳?学生?…… ええ!?どこで知り合ったの?」
「前の職場です。」
「あら〜。真嶋さんて、あたしと同い年にしちゃあ…若く見えると思ったけどさっ… それにしても、学生でしょ?収入とかどうしてんの?」
若く見えるだなんてぇ〜 よく言われるぅ。(プチ自慢)
「大学の通信制を受けていて、普段は色々とアルバイトをしているので、家賃光熱費は折半にしてくれていますよ。…すごい節約家なので、助かっています。」
そう…ドがつく程のケチ。… 節約家なのでね。
本当に… 助かっていますよ。ふふ…
「へぇ〜、若いのにしっかりしてんのね。顔は?芸能人に例えたらどんな感じ?」
田村さん…直くんに興味津々やん。
「そうですねぇ… 誰っていうイメージはないんですけども、アイドルグループにいてもおかしくないくらい、整っていますね。ハーフですし。」
動物に例えたらゴールデンレトリバー、一択だけど。
「ハーフ?絶対にかっこいいじゃん!どこの国との?写真ある?」
ハーフは絶対にかっこいいという決めつけは良くないが、直くんは確かにかっこいい。
「お母さんが日本で、お父さんがタイです。写真はまだちゃんと撮れてなくて、今度見せますね。」
「… タイ?」
その首の傾げ方はいかんな。かっこいいハーフ=欧米人との間の子っていう、概念があるんだな。
「タイの男性を検索すると、めっちゃイケメン多いですよ!」
「へぇ… 若くて、しっかりしていて、イケメンかぁ。ハーフってことは、日本語とタイ語で会話するの?」
「いえいえ、私とは日本語だけです。でも、彼は日本とタイ語以外に英語と中国語も話せるので、すごいなって思います。」
それは、本当に尊敬する。
「へぇ〜 頭いいのね。あのさっ、そんなに歳が離れていてさ、話が合わなかったりしないの?」
直さんは自称41歳だから、昭和の話ができちゃうし…
直くんとなおちゃんは、食べ物系の話で何とかなるし…
ナオは苦手なタイプの女だけど、以外に適切なアドバイスをくれたりして、問題ないかな… 言い方キツイけどね。
あと、厄介なあいつは… たまにしか出てこないから話しかけないようにしている。めんどくさいし…
最後の1人も、たまにしか現れないし…
「彼… 料理が得意なんですよ。だから料理の話をしていることが多いかな… あと、お互いにマッサージしたり。」
「ええ?! 料理にマッサージもしてくれるの?」
「ええ… 」
確かに料理は、抜群に上手い。
オレンジ色した…鶏の臓物煮込みが出てきた時は、びっくりしたけど美味しかった。
マッサージは、とてもありがたいのだが…
私の体が硬すぎて、はたから見たら拷問絵図…
「いいわねぇ… ってか、よく見つけたわね。そんな完璧な彼氏。悪い所ないんじゃない?」
…1日10回くらい、オナラしますよ。
すごい臭いやつ。
食器を洗ってもらっても、汚れが半分ついたまま放置されるし。
部屋を汚して、片づけできないし。
洗濯物をシワシワのまま干されるし。
色々ありますよ。そりゃ…
でも…
「そうですね。あと、とにかく優しいんです。」
彼氏ではなく、ルームメイトですが…
「はぁ… もう、ノロケはいいわ。お腹いっぱいよ。ご馳走さま!… 大事にしなさいよ。」
「… はい。」
いかん。直くんのこと、話しすぎたかも…
「…… 幸せでいいわね。」
ん?
「田村さん?」
あれ?なんか… 空気が重い。
「あたし… 子供ができなかったの。」
…… え?
「30歳前に結婚して、すぐに授かると思っていたら、できなくてね。43歳まで不妊治療して諦めた。」
「あ… あの… 」
「男の子が欲しかったからさ。なんか… いっぺんに体験できている、あなたが羨ましいわ。」
私… 何やってんだ。
調子に乗って、ペラペラと自慢げに話して…
「えっと… 」
何て言ったらいいか、分かんない。
どうしよう……
「ごめん、ごめん。辛気臭いこと言っちゃった。気にしないで! さっ閉店準備しよっ。」
田村さんは、私の気持ちを察したかのように… 私の肩を叩いて切り替えてくれたけど、その表情からは、何とも言えない寂しさが伝わった。
今日の私…色々とやり過ぎたかもしれない。
「はぁ… 」
帰宅途中の満員電車に揺られながら、車窓に映る自分の姿を見て、何度もため息が出る。
幸せって… 何だろうなぁ。
お金持ちが幸せなのか…
パートナーがいることが幸せなのか…
子供がいることが幸せなのか…
仕事が安定していることが幸せなのか…
若くて綺麗でいることが幸せなのか…
もちろん、それらは世間一般的に『幸せ』というカテゴリーに入ることは、間違いないだろう。
その全てを満たしている人もいれば、私のようにどれにも当てはまらない人もいる。
そういう人を世間は勝手に『不幸』というカテゴリーに入れたがって、哀れんで同情することがある。
『あんたって…生きづらそうよね。』
私は…『不幸』なんだろうか…
…いいえ。
確かに…ナオが言ったように…
歳を重ねるごとに、色々なことが思うように行かなくなって、生きづらさを感じることはあるけど、『不幸』だとは思わなかった。
『幸』か『不幸』を決めるのは、自分自身のさじ加減だと思う。だけど、他人のさじ加減は分からない。
『一緒に暮らしている人がいる。』
その言葉を使った途端に、『幸せそうな人』に変わってしまった。パートナーがいる人と、思われたからだ。
そして直くんのことを話すうちに、田村さんの中で…
私は、『とても幸せな人』というカテゴリーに入ってしまった。
人は、『幸せ』というものを目の当たりにすると、自身と比較して辛くなったり、妬ましく思ったり、羨んだりするもの。
もしかしたら、私が調子に乗ったばかりに、田村さんを傷つけてしまったのかもしれない…
折を見て…直くんとは、ルームメイトなんだということをきちんと話そう。
なんか… モヤモヤするなぁ。
直くんにも、今日の出来事を話した方が良いだろうか…
《直くん、今日バイトだよね?何時頃帰ってくる?》
居ても立っても居られなくなって… メールしてしまった。
既読
《9時から夜のバイト、今バイト先で準備してる。朝帰ってくるよ。》
そっか、今夜はナオの出番か… 昨日の夜、歌って踊って回ってたもんね。
《了解! 頑張ってね〜 》
明日の夜にでも、話してみよう。
勇者の如く立ち上がった、アラフィフ女子の奮闘記!
調子に乗った振る舞いで、仲間に傷を負わせたボンクラ勇者は、 無事に…ラスボスに挑むことができるのか?
なんてね。 興味なさそうだよなぁ… はは…
…………………………………………………
一方、新宿2丁目のとあるBARでは…
「マグナさん、入りまーす!」
薄明かりの古民家風な内装には、とても似つかわしくない風情の佇まい…
「いよっ! バケモノ来たぁ〜 !!」
「あ〜ん? 何よっ、バケモノってぇ… 失礼な。」
「バケモノ〜、バケモノ〜!」
ブロンドカラーのロングウィッグに、漆黒のベアトップワンピース。黒いピンヒールを履いた女豹…
「バケモンじゃないわよっ! もうっ…… マグナTokyo、薫子でぇす。みんな!マグナって、呼んでね。うふふ… 」
眠らない街に舞い降りた、黒衣の天使… 小悪魔ナオのこと。
つづく