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ルームメイトは多重人格者?  作者: 真嶋 幸
7/10

ジェラシークイーンは誰だ? ①


「タンタタッタッタ、ターン… 」



歌ってる…



「タンタタッタッタ、ターン… 」



踊ってる…



「タッ、ターン… 」



回ってる…



歌って、踊って、ターン…

回っているナオを見ている私…

今、3ターン目である。



「お尻がプリプリしてますわね。」


「あ〜ん?… よく言われるわ。」



あの、失恋レストランでの忌まわしい記憶…

小悪魔ナオの再登場は、突如として現れた。



……………………………………………



2020年3月


ドタバタの引越しから約1ヶ月の間に、私たちの生活は、徐々に予想もつかない方向へと変わり始めていた。


皆様もご存知のウイルス蔓延により、世界に激震が走ったからだ。それによって、庶民の生活は著しく困窮を強いられることに…


最初の頃は、マスクが何処にも売ってない!

トイレットペーパーがやばい!

納豆が爆売れしてる!


くらいだったのが…


やがて職場に影響が出るようになり、時短営業から勤務日数を減らされ、給料がすずめの涙ほどに減給された事。


あっ… 私、3月から予定通りに派遣先が見つかったんです!


以前に、一度お世話になった就業先でしたので、気心知れた社員さんと、また働ける喜びでいたんですけど…そこで少しありましてね。


まぁ…その話は、後ほどゆっくりといきましょう。


職場に影響が出たのは、直くんも一緒でして…

飲食店にアルバイト員として働いていた彼は、殆ど出勤させてもらえず、すっかり引きこもり状態に…なので精神的にも、限界だったのでしょう。


時々、色んな住人が顔を出してきます。


とは言っても、基本は直くんですが…そこに直さんとなおちゃんが加わったお馴染みトリオの構成は、ほぼ安定して健在でして、問題なのはこいつと、あいつの存在。


こいつとは、冒頭に登場した小悪魔ナオのこと。


帰宅すると、何やらムーディーな洋楽と共に、カッツン、カッツンと聞こえてくる、鋭利な足音の方へと向かうと、洗面所からキッチンへ、妖艶な装いをしたナオが、黒いピンヒールを履いて闊歩しているではないですか!



「ぎゃっ!」


「あ〜ら……いたの?」



ブロンドカラーのロングウィッグに、ブルー系のアイメイク…ピンクベージュのリップは、ふっくらプルンとしていて、何とも艶かしい。

漆黒のベアトップワンピースの腰周りに、黒いコルセットを被せて着ているのだが、ギュウギュウに締め付けているようで、ウエストがとても細く見える。

尚且つ、胸元にはチャッカリと偽パイを仕込んでいるため、ボンキュッボンのナイスな美ボディに見えるのだ。

そして、黒いピンヒールを履いて、キャットウォークさながら闊歩する様は、獲物を定めた女豹のようにしか見えない。


画像では、ナオの姿を何度か見たことはあるが、実際に目の当たりにすると、その迫力に圧倒されてしまう。


目が合っただけで、心臓を鷲掴みされる感じ…


これは、ただの女装の領域ではない。

まるで、ハリウッドスターが舞い降りたかのような、異次元の領域の住人…


私はナオに対して、何とも言えない嫉妬(ジェラシー)のような感情を抱いていた。



「タンタタッタッタ、ターン… 」



腰をフリフリ…タンゴのような妖艶な腰つき…

歌って踊って、ターン…

回っているナオを見ている私…



………………………………………



「お尻がプリプリしてますわね。」


「あ〜ん?… よく言われるわ。」



3ターン目が終わった頃、体育座りをしながら私は…

ポロポロと愚痴をこぼし始めた。



「あたし、黒いコルセットなんか… 生まれてこの方つけたことないわ。」


「何色ならあるの?」


「コルセットがない!」


「じゃあ、最初っからそう言えばいいじゃない?つけてみる?」


「…いいよ。似合わないもん。」


「そっ… 」



そって言った後、またお構い無しに闊歩しだしたので、何だか腹が立った。



「土足厳禁なんですけど!」



結構強い口調が出てしまったのだ。



「はっ?これ新品だから!明日の仕事用に試したかっただけ… 」



ナオは、話の途中でピンヒールを脱ぎ捨て、肩を揺らしながらリビングに行ってしまった。


何よ!… B級ホラー映画の冒頭15分でヤられちゃう、殺されキャラみたいな顔してさっ



「ふんっ」



…う… いかん。……私、疲れてる。


そう、何をこんなにも滅入っているのかと言いますと、職場で色々ありましてね。社員さんと、上手くいってないんですよ…


でも、だからって人に当たるのはよくないですよね。


散らばったピンヒールを拾いながら、リビングのドアを開けると、テーブルにスマホスタンドを設置している、ナオと目が合った。ウィッグの色をシルバーブルーに変更して、また印象がガラッと変わっている。


ゾクッとした…


転生系アニメに登場する、気の強い魔法使いみたいな面持ちに、冷ややかな目元が薄ら怖い。


しかも、話しかけるなオーラが半端ないのだ。


だが、そうはいかない!

私は、勇者の如く切り出した。



「あ、あのね…ごめんね。」



………弱弱である。



「ん?…何のこと?あたし気にならないから。」



自撮りでもしているのか…ナオはスマホに向かって、クルクルと表情を変えている。


それにしても、ちょっと棘のある言い方をするってことは…気にしている証拠じゃん。



「いや…えっと、イライラしちゃって…ごめん。」



ナオの口元が、猫のように上がった。



「ふ〜ん。何かあったの?」



人の不幸は蜜の味…と言わんばかりに嬉しそうだ。



「聞いてくれる?」


「うふふ…いいわよ。」



私は、職場での出来事をつらつらと語り始めた。



……………………………………



新しい職場は、都内某所の百貨店にありまして、都内なだけに、テレビでよくお見かけするような、有名人も普通にお買い物にいらっしゃいます。そんな、華やかな場所のインテリア雑貨コーナーに配属が決まり、ミーハーな私は、有名人に会えるとはしゃいでおりました。


そもそものきっかけは、1年くらい前にお世話になったメーカーの社長さんに「新店を出すから、また来て欲しい。」と、直々のお願いだったこと。そして、派遣社員でありながら、店長として運営を任せてもらえるとのお話でした。


これ程の良いお話には、中々出会えないことなので、絶対に結果を出したい!って、やる気スイッチ全開モードで勇んでいたのですが…


それを良しと思っていない人が、いたんですよね…


その人が、福田さんという例の社員さんです。

福田さんは、就業先の社員さんでして、新店のオープニングメンバーが業務に慣れるまでの約1ヶ月間、運営の仕方を教えるマネージャーという立場で、お店に入っていました。


特徴としては…まず51歳の独身女性。身長が170cmもある長身。 お顔立ちが柔和なので、最初はとても好印象な感じの人です。


彼女の何が問題なのかと言いますと…


売上が伸び悩んでいたり、お客様の対応に追われて焦ったりすると、汗だくになって癇癪(かんしゃく)を起こす事が多々あります。

つまり…更年期障害の症状があるんです。

流石にお客様の前では、イライラと癇癪を起こす事はないのですが、そのとばっちりが全て私に向けられます。


以前お世話になった時は、ポップアップみたいな狭い場所に、派遣社員が1人で運営する形式でしたので、時々福田さんが様子を見に来る程度で、何事もなく、平和に過ごせていたのですが、それでも…なんかちょっと変わってんな…っていう節々はありました。


更年期は、男女共に一定の年齢に達すると、必ず訪れる期間です。更年期に入ると、女性の場合は、閉経前後のホルモンバランスによって、様々な症状が出てきます。


人によって軽症、重症と度合いが違うので、全く症状を感じないまま終わる人もいるらしいですが、重症になると酷い鬱状態になったり、生活が困難になる更年期障害になることがあるそうです。


今は漢方薬など良い治療法があるので、深刻に考えない人も増えているようですが、中には、自分が更年期障害の症状があると、認めたくない人がいるんですよ。


福田さんのように…


本人にハッキリと伝えた方が世の為、人の為になると思いますが…更年期障害というワードは、中々ハードルが高いというのが現実!

デリケートな分野なんですよね…

言い方次第では、様々なハラスメントになってしまうので、その話題に触れるのは、とても勇気が要ります。


さて、本題に行きましょうか。(長い!)


何故、私が福田さんに対して、こんなにも愚痴を溜め込んでいるのかと言いますと…


細かく行きますよ〜

ついてきてくださいね!


①朝礼の内容をメモしない。

百貨店では、開店前に必ず、フロア別の朝礼があります。昨日の売上や本日の目標、開催されるイベントの情報だったり、重要な連絡事項をメモして、お客様からのお問い合わせ等に、返答できるようにする為です。

百貨店のお客様は、意外とせっかちな人が多いので、直ぐに対応しないとクレームに繋がります。なので、気を付けてメモを取らないといけないのですが…


福田さんは、メモを取らないんです!


…かと言って、記憶力があるわけでもなく、開店してから隣りのメーカーさんに、ノートを写させてもらっています。 (迷惑そうな顔をされていても気が付かない。)



「ただのアホじゃん。」



ナオが呆れ顔でボソッと言った後、左手をどうぞと前に突き出して、続きの話を促した。


だよね…私もそう思う。


あと、ノートなんて誰が書いてもいいと思いますが、福田さんが出勤している時は、絶対に譲ってくれません。

やたら綺麗な字で書いているので、殴り書きしたくないだけなのでしょうが…仕事が遅れるのでやめて欲しいです。


②ルールが毎日、ころころ変わる。

こちらを全て説明すると、細すぎて…脳内で変換し切れないので簡潔にすると、連絡ノートの書き方や毎日の売上報告書など、書式について独特の拘りがあるようで…今朝決めた書き方が数時間後に変わり、また翌朝変わり、閉店前に変わり…

休み明けには、変わっていたはずのルールが一周まわって戻っていたりして…混乱させられます。


本社が作成したマニュアルがあればいいんですが…

店舗数が少ない為、個々の店舗で決めているそうなんですよね。

こちらの店舗では、福田さんが全てを決めていて、そのルールに従わないと(ついていけないと)、癇癪を起こして社長に報告をするので、とても厄介です。


③センスが無い!

これが1番ヤバイです。

ショップの要となる、ディスプレイが下手すぎて…売上が全然伸びない。

扱っているインテリア雑貨というのは、高級タオルやマット、フレグランス系の雑貨なのですが、百貨店に置いているだけあって高級品すぎて…私のような庶民には、中々手が出せない代物。


例えば、トイレマットに2万円払えますか?

私は無理です!(キッパリ)


… そんな感じの商品を販売しているのですが、福田さんがディスプレイをすると、2万円のトイレマットがあ〜ら不思議!3千円位に見えちゃう。

高級品が安っぽく見えるので、値段を見てびっくりされます。

トイレマットに限らず、全体的にまとまりが無く、雑然と置いているだけのディスプレイなので、それぞれの商品価値が下がって、安っぽく見えてしまうということなんです。

商品が必需品ではない贅沢品の場合、足を止めたくなるようなディスプレイじゃないと、接客することすらままならない…


つまり、ディスプレイは「命」なんですよ!


しかし…そのディスプレイにも拘りがあるみたいなので、勝手に変更すると、地雷を踏んだかのように怒られます。



「やってられっかぁ!」



私は、いつの間にやら冷蔵庫から持ち出したビールを一気飲みし、ため息をついた。

心身ともに疲労困憊した体に染み渡るぜ。



「プハーッ!」



空きっ腹にビールは最高に美味い!


そんな様子を頬杖つきながら…艶めかしい眼差しで見ていたナオが、満を持して口を開いた。



「あんたって…生きづらそうよね。」



私は思わず、空いた缶ビールをグシャッと握り潰す。



「は?」



24かそこらしか生きていない若僧が…い、生きづらいだと?



「だってそうでしょ?そんなアホなんか、ハッキリと言ってやればいいじゃない?」


「何を言うのよ?」


「そのままよ。あんたのセンスじゃ売れる物も売れない。癇癪起こしてんじゃないわよ、この更年期!ってね。」



言ってやりたい…



「そんなこと言ったら、即刻クビよ!言えるわけないじゃん… 」



言ってやりたい。



「ふん。だから生きづらそうって言ってんの。

…… 俺だったら、ハッキリ言ってから辞めるね。」



バサバサのつけまつげを剥がした瞬間に、直くんが現れた。



「そ、そりゃ若い人はさ…いくらでも次の仕事があるじゃない?派遣社員は、メーカーと揉めると、次の仕事を紹介してもらえない暗黙の了解があってさ…まして年齢的にも転職は厳しいし。だから色々と我慢してんのよ!分かる?」


「知らない。」



無表情にウィッグを取り外し、コットンタイプのメイク落としで、顔中の色が混ざるようにメイクを落とすと、妖艶なナオの気配はスッカリと消え、代わりに左眉がピクっと上がった。


めんどくさいことを言われる予感…



「そもそも店長として任されて、発言できない理由が見当たらない。」



ごもっとも!



「うぅ… 」



ぐうの音も出ない…とはこのこと。

分かってはいた…私が乗り越えなきゃいけないことだ。


派遣社員の領域の壁…



「大変だね。」



淡々と一言だけ残して、洗面所へと立ち去る直さんの後ろ姿を見送ると、私はブツブツと呪文を唱えるように、今置かれている状況に頭を巡らせた。


どうする?


このまま売上が伸びない店は、衰退しかないし…

無駄な時間が過ぎていくだけで、全然楽しくない。

やってみる価値はある…と思う。


どうやってやる?


それが問題だ。

ひとつずつ解決するには、私がやり方を決めて通すしかない。

しかし…それが一番、難関で厄介だ。


福田さんに歯向かうことになる訳だから…

覚悟が必要だということか…



ブツブツブツ……………



「よしっ!」



私は勢い良く立ち上がると、勇者の如く拳を振り上げた。



「やってやるぜ!」


「何するの?」



いけね…

洗顔を終えて戻って来た直さんに、小芝居の一部始終を見られていたらしい。



「お… お腹空いちゃった体操。」


「?…… 冷蔵庫に豚の生姜焼きが入ってるけど、温めて食べたら?」


「豚?」



…の生姜焼きですと!!

あなたは、神様ですか?


いえいえいえいえ…



「直様!食べるぅ〜。」



直さんの苦笑いをよそに、何処かに隠れていたであろう私のやる気スイッチは、再び発動したのだった。



つづく

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