ジェラシークイーンは誰だ? ①
「タンタタッタッタ、ターン… 」
歌ってる…
「タンタタッタッタ、ターン… 」
踊ってる…
「タッ、ターン… 」
回ってる…
歌って、踊って、ターン…
回っているナオを見ている私…
今、3ターン目である。
「お尻がプリプリしてますわね。」
「あ〜ん?… よく言われるわ。」
あの、失恋レストランでの忌まわしい記憶…
小悪魔ナオの再登場は、突如として現れた。
……………………………………………
2020年3月
ドタバタの引越しから約1ヶ月の間に、私たちの生活は、徐々に予想もつかない方向へと変わり始めていた。
皆様もご存知のウイルス蔓延により、世界に激震が走ったからだ。それによって、庶民の生活は著しく困窮を強いられることに…
最初の頃は、マスクが何処にも売ってない!
トイレットペーパーがやばい!
納豆が爆売れしてる!
くらいだったのが…
やがて職場に影響が出るようになり、時短営業から勤務日数を減らされ、給料がすずめの涙ほどに減給された事。
あっ… 私、3月から予定通りに派遣先が見つかったんです!
以前に、一度お世話になった就業先でしたので、気心知れた社員さんと、また働ける喜びでいたんですけど…そこで少しありましてね。
まぁ…その話は、後ほどゆっくりといきましょう。
職場に影響が出たのは、直くんも一緒でして…
飲食店にアルバイト員として働いていた彼は、殆ど出勤させてもらえず、すっかり引きこもり状態に…なので精神的にも、限界だったのでしょう。
時々、色んな住人が顔を出してきます。
とは言っても、基本は直くんですが…そこに直さんとなおちゃんが加わったお馴染みトリオの構成は、ほぼ安定して健在でして、問題なのはこいつと、あいつの存在。
こいつとは、冒頭に登場した小悪魔ナオのこと。
帰宅すると、何やらムーディーな洋楽と共に、カッツン、カッツンと聞こえてくる、鋭利な足音の方へと向かうと、洗面所からキッチンへ、妖艶な装いをしたナオが、黒いピンヒールを履いて闊歩しているではないですか!
「ぎゃっ!」
「あ〜ら……いたの?」
ブロンドカラーのロングウィッグに、ブルー系のアイメイク…ピンクベージュのリップは、ふっくらプルンとしていて、何とも艶かしい。
漆黒のベアトップワンピースの腰周りに、黒いコルセットを被せて着ているのだが、ギュウギュウに締め付けているようで、ウエストがとても細く見える。
尚且つ、胸元にはチャッカリと偽パイを仕込んでいるため、ボンキュッボンのナイスな美ボディに見えるのだ。
そして、黒いピンヒールを履いて、キャットウォークさながら闊歩する様は、獲物を定めた女豹のようにしか見えない。
画像では、ナオの姿を何度か見たことはあるが、実際に目の当たりにすると、その迫力に圧倒されてしまう。
目が合っただけで、心臓を鷲掴みされる感じ…
これは、ただの女装の領域ではない。
まるで、ハリウッドスターが舞い降りたかのような、異次元の領域の住人…
私はナオに対して、何とも言えない嫉妬のような感情を抱いていた。
「タンタタッタッタ、ターン… 」
腰をフリフリ…タンゴのような妖艶な腰つき…
歌って踊って、ターン…
回っているナオを見ている私…
………………………………………
「お尻がプリプリしてますわね。」
「あ〜ん?… よく言われるわ。」
3ターン目が終わった頃、体育座りをしながら私は…
ポロポロと愚痴をこぼし始めた。
「あたし、黒いコルセットなんか… 生まれてこの方つけたことないわ。」
「何色ならあるの?」
「コルセットがない!」
「じゃあ、最初っからそう言えばいいじゃない?つけてみる?」
「…いいよ。似合わないもん。」
「そっ… 」
そって言った後、またお構い無しに闊歩しだしたので、何だか腹が立った。
「土足厳禁なんですけど!」
結構強い口調が出てしまったのだ。
「はっ?これ新品だから!明日の仕事用に試したかっただけ… 」
ナオは、話の途中でピンヒールを脱ぎ捨て、肩を揺らしながらリビングに行ってしまった。
何よ!… B級ホラー映画の冒頭15分でヤられちゃう、殺されキャラみたいな顔してさっ
「ふんっ」
…う… いかん。……私、疲れてる。
そう、何をこんなにも滅入っているのかと言いますと、職場で色々ありましてね。社員さんと、上手くいってないんですよ…
でも、だからって人に当たるのはよくないですよね。
散らばったピンヒールを拾いながら、リビングのドアを開けると、テーブルにスマホスタンドを設置している、ナオと目が合った。ウィッグの色をシルバーブルーに変更して、また印象がガラッと変わっている。
ゾクッとした…
転生系アニメに登場する、気の強い魔法使いみたいな面持ちに、冷ややかな目元が薄ら怖い。
しかも、話しかけるなオーラが半端ないのだ。
だが、そうはいかない!
私は、勇者の如く切り出した。
「あ、あのね…ごめんね。」
………弱弱である。
「ん?…何のこと?あたし気にならないから。」
自撮りでもしているのか…ナオはスマホに向かって、クルクルと表情を変えている。
それにしても、ちょっと棘のある言い方をするってことは…気にしている証拠じゃん。
「いや…えっと、イライラしちゃって…ごめん。」
ナオの口元が、猫のように上がった。
「ふ〜ん。何かあったの?」
人の不幸は蜜の味…と言わんばかりに嬉しそうだ。
「聞いてくれる?」
「うふふ…いいわよ。」
私は、職場での出来事をつらつらと語り始めた。
……………………………………
新しい職場は、都内某所の百貨店にありまして、都内なだけに、テレビでよくお見かけするような、有名人も普通にお買い物にいらっしゃいます。そんな、華やかな場所のインテリア雑貨コーナーに配属が決まり、ミーハーな私は、有名人に会えるとはしゃいでおりました。
そもそものきっかけは、1年くらい前にお世話になったメーカーの社長さんに「新店を出すから、また来て欲しい。」と、直々のお願いだったこと。そして、派遣社員でありながら、店長として運営を任せてもらえるとのお話でした。
これ程の良いお話には、中々出会えないことなので、絶対に結果を出したい!って、やる気スイッチ全開モードで勇んでいたのですが…
それを良しと思っていない人が、いたんですよね…
その人が、福田さんという例の社員さんです。
福田さんは、就業先の社員さんでして、新店のオープニングメンバーが業務に慣れるまでの約1ヶ月間、運営の仕方を教えるマネージャーという立場で、お店に入っていました。
特徴としては…まず51歳の独身女性。身長が170cmもある長身。 お顔立ちが柔和なので、最初はとても好印象な感じの人です。
彼女の何が問題なのかと言いますと…
売上が伸び悩んでいたり、お客様の対応に追われて焦ったりすると、汗だくになって癇癪を起こす事が多々あります。
つまり…更年期障害の症状があるんです。
流石にお客様の前では、イライラと癇癪を起こす事はないのですが、そのとばっちりが全て私に向けられます。
以前お世話になった時は、ポップアップみたいな狭い場所に、派遣社員が1人で運営する形式でしたので、時々福田さんが様子を見に来る程度で、何事もなく、平和に過ごせていたのですが、それでも…なんかちょっと変わってんな…っていう節々はありました。
更年期は、男女共に一定の年齢に達すると、必ず訪れる期間です。更年期に入ると、女性の場合は、閉経前後のホルモンバランスによって、様々な症状が出てきます。
人によって軽症、重症と度合いが違うので、全く症状を感じないまま終わる人もいるらしいですが、重症になると酷い鬱状態になったり、生活が困難になる更年期障害になることがあるそうです。
今は漢方薬など良い治療法があるので、深刻に考えない人も増えているようですが、中には、自分が更年期障害の症状があると、認めたくない人がいるんですよ。
福田さんのように…
本人にハッキリと伝えた方が世の為、人の為になると思いますが…更年期障害というワードは、中々ハードルが高いというのが現実!
デリケートな分野なんですよね…
言い方次第では、様々なハラスメントになってしまうので、その話題に触れるのは、とても勇気が要ります。
さて、本題に行きましょうか。(長い!)
何故、私が福田さんに対して、こんなにも愚痴を溜め込んでいるのかと言いますと…
細かく行きますよ〜
ついてきてくださいね!
①朝礼の内容をメモしない。
百貨店では、開店前に必ず、フロア別の朝礼があります。昨日の売上や本日の目標、開催されるイベントの情報だったり、重要な連絡事項をメモして、お客様からのお問い合わせ等に、返答できるようにする為です。
百貨店のお客様は、意外とせっかちな人が多いので、直ぐに対応しないとクレームに繋がります。なので、気を付けてメモを取らないといけないのですが…
福田さんは、メモを取らないんです!
…かと言って、記憶力があるわけでもなく、開店してから隣りのメーカーさんに、ノートを写させてもらっています。 (迷惑そうな顔をされていても気が付かない。)
「ただのアホじゃん。」
ナオが呆れ顔でボソッと言った後、左手をどうぞと前に突き出して、続きの話を促した。
だよね…私もそう思う。
あと、ノートなんて誰が書いてもいいと思いますが、福田さんが出勤している時は、絶対に譲ってくれません。
やたら綺麗な字で書いているので、殴り書きしたくないだけなのでしょうが…仕事が遅れるのでやめて欲しいです。
②ルールが毎日、ころころ変わる。
こちらを全て説明すると、細すぎて…脳内で変換し切れないので簡潔にすると、連絡ノートの書き方や毎日の売上報告書など、書式について独特の拘りがあるようで…今朝決めた書き方が数時間後に変わり、また翌朝変わり、閉店前に変わり…
休み明けには、変わっていたはずのルールが一周まわって戻っていたりして…混乱させられます。
本社が作成したマニュアルがあればいいんですが…
店舗数が少ない為、個々の店舗で決めているそうなんですよね。
こちらの店舗では、福田さんが全てを決めていて、そのルールに従わないと(ついていけないと)、癇癪を起こして社長に報告をするので、とても厄介です。
③センスが無い!
これが1番ヤバイです。
ショップの要となる、ディスプレイが下手すぎて…売上が全然伸びない。
扱っているインテリア雑貨というのは、高級タオルやマット、フレグランス系の雑貨なのですが、百貨店に置いているだけあって高級品すぎて…私のような庶民には、中々手が出せない代物。
例えば、トイレマットに2万円払えますか?
私は無理です!(キッパリ)
… そんな感じの商品を販売しているのですが、福田さんがディスプレイをすると、2万円のトイレマットがあ〜ら不思議!3千円位に見えちゃう。
高級品が安っぽく見えるので、値段を見てびっくりされます。
トイレマットに限らず、全体的にまとまりが無く、雑然と置いているだけのディスプレイなので、それぞれの商品価値が下がって、安っぽく見えてしまうということなんです。
商品が必需品ではない贅沢品の場合、足を止めたくなるようなディスプレイじゃないと、接客することすらままならない…
つまり、ディスプレイは「命」なんですよ!
しかし…そのディスプレイにも拘りがあるみたいなので、勝手に変更すると、地雷を踏んだかのように怒られます。
「やってられっかぁ!」
私は、いつの間にやら冷蔵庫から持ち出したビールを一気飲みし、ため息をついた。
心身ともに疲労困憊した体に染み渡るぜ。
「プハーッ!」
空きっ腹にビールは最高に美味い!
そんな様子を頬杖つきながら…艶めかしい眼差しで見ていたナオが、満を持して口を開いた。
「あんたって…生きづらそうよね。」
私は思わず、空いた缶ビールをグシャッと握り潰す。
「は?」
24かそこらしか生きていない若僧が…い、生きづらいだと?
「だってそうでしょ?そんなアホなんか、ハッキリと言ってやればいいじゃない?」
「何を言うのよ?」
「そのままよ。あんたのセンスじゃ売れる物も売れない。癇癪起こしてんじゃないわよ、この更年期!ってね。」
言ってやりたい…
「そんなこと言ったら、即刻クビよ!言えるわけないじゃん… 」
言ってやりたい。
「ふん。だから生きづらそうって言ってんの。
…… 俺だったら、ハッキリ言ってから辞めるね。」
バサバサのつけまつげを剥がした瞬間に、直くんが現れた。
「そ、そりゃ若い人はさ…いくらでも次の仕事があるじゃない?派遣社員は、メーカーと揉めると、次の仕事を紹介してもらえない暗黙の了解があってさ…まして年齢的にも転職は厳しいし。だから色々と我慢してんのよ!分かる?」
「知らない。」
無表情にウィッグを取り外し、コットンタイプのメイク落としで、顔中の色が混ざるようにメイクを落とすと、妖艶なナオの気配はスッカリと消え、代わりに左眉がピクっと上がった。
めんどくさいことを言われる予感…
「そもそも店長として任されて、発言できない理由が見当たらない。」
ごもっとも!
「うぅ… 」
ぐうの音も出ない…とはこのこと。
分かってはいた…私が乗り越えなきゃいけないことだ。
派遣社員の領域の壁…
「大変だね。」
淡々と一言だけ残して、洗面所へと立ち去る直さんの後ろ姿を見送ると、私はブツブツと呪文を唱えるように、今置かれている状況に頭を巡らせた。
どうする?
このまま売上が伸びない店は、衰退しかないし…
無駄な時間が過ぎていくだけで、全然楽しくない。
やってみる価値はある…と思う。
どうやってやる?
それが問題だ。
ひとつずつ解決するには、私がやり方を決めて通すしかない。
しかし…それが一番、難関で厄介だ。
福田さんに歯向かうことになる訳だから…
覚悟が必要だということか…
ブツブツブツ……………
「よしっ!」
私は勢い良く立ち上がると、勇者の如く拳を振り上げた。
「やってやるぜ!」
「何するの?」
いけね…
洗顔を終えて戻って来た直さんに、小芝居の一部始終を見られていたらしい。
「お… お腹空いちゃった体操。」
「?…… 冷蔵庫に豚の生姜焼きが入ってるけど、温めて食べたら?」
「豚?」
…の生姜焼きですと!!
あなたは、神様ですか?
いえいえいえいえ…
「直様!食べるぅ〜。」
直さんの苦笑いをよそに、何処かに隠れていたであろう私のやる気スイッチは、再び発動したのだった。
つづく