リサイクルの定義
いやはや…色々とありましたが、お陰様で住まいが決定致しました。
しかし、喜んだのも束の間です。直くんが言っていたことが…ようやく理解できました。
「真嶋様、お待たせ致しました。ざっと、見積もりますと…9万円ですね。」
「きゅ…9万円?!」
マジ?
「ええ…今の時期は、引越し業者の繁忙期でして…また、今年は例年と違いウイルスが蔓延しておりますので、感染防止の為にも人員を限定して作業を行います。ですので…どうしても、このお値段になりますね。」
な、なんと!やばい…想定外だった。
だって、ここに引越してきた時は、その半分の値段で事足りたのに…
どうしよう…ダメ元で値段交渉してみるか。
「たぁあ…高いですね。」
いけねっ、動揺して声が裏返っちまった。
「お幾らで、想定されていましたか?」
「4万5千円くらいかと…」
「あははは…それは、ないですね。」
むむむ…笑ったな?
「こ、ここに越してきた時は、それくらいだったので…」
「何月に、引越されてきたんですか?」
上から目線か…こいつ、なんかムカつく。
「8月です。」
「あぁ、その時期は閑散期ですからね…」
引越し業者の繁忙期、閑散期なんか知るか!
人の足元を見ているようにしか見えない。
くっそぉ…午後にもう一社見積もりに来るから、比べて判断するかな。
「え…っと、今日この後にもう一社、見積もりがありますので…もう少し検討させて下さい。」
もう一社も9万円とか言われたらどうしよう…
「そ…うですか。かしこまりました。…では、6万5千円まででしたら譲歩しましょう。」
へっ ??!!!………………プチッ (何か切れました)
「はあ?さっきと全然言ってること違いません?バカにしてんの?」
こいつの表情が、一瞬ビクッとしたのを私は見逃さなかった。
「いえいえいえ…決してそのようなことは。流石に半額は難しいですが、6万5千円まででしたら、お客様のご希望に近づけますよ。という話です。ご理解下さい。」
むむ…まさか、9万円から2万5千円も値下げできるとは…その金額ならアリか?…いやぁ…こいつが嫌。
「検討します。」
とりあえず、帰った後に塩撒いてやったわ。
こいつは、接客業の醍醐味を分かっちゃいない!
お客様の立場に、寄り添わないでどうする?
独身女性が引越しをするって、結構大変なんだぞ!
ただでさえ、歳を重ねるごとに生きづらさを感じるというのに…カモってどうするよ?
もう少し紳士的に真摯に対応してくれたら、9万円でもお願いしたかもしれないのに…(オバチャン悲しい。)
いや、やっぱり9万円は高いわ。
次の業者が勝負ね!
…………………………………………………………
6万円でした。
担当者が至って普通でしたので、エピソードを割愛します。
それで、そこに決めたのかと言いますと、決めませんでした。
何かね…こう、モヤモヤしちゃって決められなくて、保留にしてます。
う〜む。どうしよう……
引越しの手配なんか直ぐにできるでしょって、高を括ってたわ。
引越し当日まで10日を切ってるし…この業者に決めるか…悩む。
そうだ!思い出した。直くんの言葉…
『業者に頼むとめちゃくちゃ高い。後で調べて?困ったら俺に連絡すればいい。』
困ったら俺に連絡すればいい……か。
頼もしい!!
ここ何年も聞いてないわ。男性のそんな優しい言葉……
お言葉に甘えて連絡しま〜す。
《直くんが言ってた通り、業者めっちゃ高いの。
今の家から2駅分くらいの距離なのに、6万円だって。直くん、どう思う?》
→送信
既読
相変わらず、既読はやっ
《軽トラレンタルできる?できたら俺たちでやろう》
は??………俺たちでやろう???………ええ??
《引越し2人でやるの?》
《25日空いてる知人1人いたから3人で》
嘘でしょ?業者に頼まない引越しなんて夜逃げみたいなこと、想像もしなかった。思考回路が自由だわこの人…
《軽トラ運転できるの?
冷蔵庫とかベッドとか、大型家具家電あるけど…》
《俺運転できるし引越しのバイト経験あるからいける》
頼もしい!
《了解!レンタカー屋に電話してみるわ。料金とか、後で連絡するね。》
《お願い》
3人目の知人が、どんな人か聞くのを忘れた。
まぁ、信じるしかないな…
まずは、レンタカー屋を調べないと…
………………………………
早速レンタカー屋に連絡をしたところ、軽トラが何なのかよく知りもしない女性がレンタルしたいとの相談に、最初は不審がられたが…事情を説明すると親身に応対してもらえた。
レンタカー屋の話によると、この時期は意外にも、引越し目的で軽トラをレンタルする人が、いるのだそうだ。
なので、もう少し連絡が遅れたら、レンタカーの手配が難しくなるというので、とりあえず、幌付きの軽トラを1台レンタル予約した。
6時間、約6千円という破格もさながら、例えば延長時間が発生したとしても、プラス千円で12時間のプランに変更できるとのこと。また万が一に備えての保険を付けても、1万円以内で収まるのは、とても有難いと思った。
6万円で業者に依頼するよりも、5万円も安く済むことになる。
それは、全てが上手く行けばの話だけど………
業者に依頼をすれば、必ず引越しができるという安心感があるが、自分たちでやる場合は不安要素しかない。
①誰も具合が悪くなれないので、体調管理を万全にする。
②無事故無違反で、進行できるか注意を払う。
③6時間以内に終わらせる。
ふぅ……計画を立てることは嫌いじゃないけど、まさか自分たちで引越しをすることになろうとは…
しかもこの歳で……
ぎっくり腰になったらどうしよう………
いかん、マイナス思考になってる。
不安は募るが…とりあえず、軽トラをレンタルしたことだけ、連絡しとくかな。
《軽トラレンタルできたよ。6時間6千円だった。》
既読
《ありがと。前日から俺の荷物持って、そっちに泊まるからよろしく》
と、泊まる?!……この狭い部屋に?
ええええええ
どどどどどどどうどうどう……しよ…う。
でも…これから先は、ひとつ屋根の下で暮らすわけだから…それが1日早くなるだけだし……
《了解!》
強がってしまった…まぁ、大丈夫でしょう。
たぶん…
色々な不安が、頭の中をぐるぐる回ってる。
ただでさえ引越しは、様々な手続きがあったりして大変なのに… 要らない物を処分したりとか…
あっ…そうだ、業者に依頼しないから、段ボールが無い!
う〜ん 。近くのスーパーから貰ってくるか?
それは…なんか嫌だ。
……………………………………………………
考え倦ねた結果、不用品はリサイクル品として買い取ってもらうか、回収してもらうことにした。
衣類は、衣装ケースに収まる分だけ持っていく。
これを機に、断捨離してしまおうと思った。
引越しをする上で重要なことは、どこまで荷物を減らせるか…これに尽きる。
だが…この衣類の山をどうするか………
誰かがTVで言ってたっけ…
『ときめく物と、ときめかない物』に分けるってね。
今の家に引っ越す時も、同じような事をした記憶があるが、ほとんど持ってきてしまっているのだ。
だって…ときめいちゃうんだもん。
私は、結構物に執着がありまして…20年以上も前に購入した、衣類やら靴やら鞄やらやら、大事に持っていたりするんです。
勿論、時々処分しますけど、季節の変わり目には買っちゃうじゃないですか?
なので、減った感じがしない…そして、この有様なのですよ。
でも、もう50歳近く生きてますから…流石にイケイケOL風なフリフリブラウスとか、ゆるふわミニスカートとか…これから先、出番がなさそうな物とは、縁を切っていきましょう。
…という訳で、衣類等々の買取り業者に、訪問して頂きました。
「¥600です。」
ええええええええええぇぇ…
季節問わずということだったので、衣装ケース2箱分用意したが、その内の…僅か45ℓゴミ袋、1袋分くらいしか買取り対象にならず…その中でも、割と状態の良いブランド品だけ集めての金額とあり、愕然とした。
内訳を聞くと、状態の良いブランド品でも年数が経過している衣類は、取り引きが難しいのだとか。
確かに…少し前にフリマアプリに掲載しても、全然売れなかったので、納得できる。
¥600で手を打ちました。
そこの業者さんはとても良心的で、買取りはできないが、もう1袋分引き取ってくれると言うので、お言葉に甘えてぎゅうぎゅうに詰めて渡しました。何でも、海外のボランティアに寄贈するらしい。
その後の流れは…
・衣類は、本当に必要だと思う物だけを空の衣装ケースに入れる。
・衣類以外の細々した物は、100均で収納箱や収納袋を購入して入れる。
・不用品だが、捨てるには勿体無い物は、リサイクルの日に回収してもらう。
・不用品は処分する。
とてもすっきりしたが…今後何かを購入する時は、いつか処分する時のことを考慮して、購入するべきだとつくづく思い知らされた。
さて、細かい物の準備は整いました。
後は…大型家具家電をどう準備するのか…
………………………………………………
2月24日
ピンポーン───
「いらっしゃい。」
「…こんな所に住んでたんだ。」
開口一番、辛辣なお言葉ありがとうございます。
貯金があまりない時代に借りた、安いアパートなので、外観も芳しくなく、イメージと違っていたのだろう。
「あははは…まぁ、とりあえず…くつろいで下さいよ。お茶でもどう?」
「うん。」
お茶の準備をしている間に、直くんは私の荷物チェックをしていたようで…
「これ飲んだら、ベッドの解体始めるわ。」
「え!?…そんなことできるの?」
「できるし、それやらないと軽トラに他の荷物積めない。」
「なるほど…じゃあ、私はその間に水周りの清掃とかしてるね。終わったらご飯食べに行こう。」
「OK!」
直くんが手際良く、黙々とベッドの解体作業をしている姿を横目にしながら、ふと思う。
今の彼は誰なんだろう…
直くんだと思うんだけど、正直こんなに真剣に…作業をしている姿を職場では見たことがない。
「直くん?」
「ん?」
直くんか……でも少し大人びた感じがする。
「清掃終わったけど、手伝えることある?」
「あ〜じゃあ…要らないタオルとか、布とか毛布ある?」
「えっと…うん。明日の朝、燃えるゴミに出そうと思っていたシーツとか毛布があるよ。」
「それ使うわ。」
そう言うと、またもや手際良く解体したベッドにササッと布を巻き付けた。どうやら破損しないための工夫らしい。
「おお〜。」
思わず感動して拍手してしまった。
「次は洗濯機ね。冷蔵庫は明日アンディが来たらやるわ。」
「アンディ?」
お互い怪訝そうな顔をしている。
「明日手伝ってくれる、俺の知人。言ったよね?アンディじゃないと…この冷蔵庫はムリ。」
「ふ〜ん。……外国の人だったの?」
「…明日会えば分かるよ。」
ええ?なんで勿体ぶってんの?
しかも含み笑いまでしちゃってさ…
本当に大丈夫な人なのか?と、言おうとしたけど…黙々と洗濯機を取り外して、淡々と掃除を始めている姿を見て止めた。
引越しのバイト経験があると言っていたが、本当に手馴れている。作業の様子を見ていれば、仕事ができる人の動きかどうか一目瞭然に分かるというもの。
直くんはできる人だ。
その直くんが信頼を置いて、この冷蔵庫を任せられる人なら間違いないだろう。
この冷蔵庫は色々と訳がありまして…実家から引き取ったのですが、独身女性が1人で使うには大き過ぎる代物なんです。160cm程もある3ドアタイプと言えば、想像がつくでしょうか?なので、男性が2人がかりでないと到底持ち運べない、引越しの不安要素でした。
「アンディに会うの楽しみだわ。」
「俺も。」
直くんは一瞬、ニカッと笑った。
…………………………………………
冷蔵庫以外の作業が終わり、私たちは近くのファミリーレストランで食事を済ませると、明日のことを考慮して、早めに休むことにした。
狭い部屋の四隅に荷物を山積みにして…その真ん中に布団を2枚ギリギリに敷いた。
直くんは、着て来たダウンジャケットを着たまま、薄い毛布と掛け布団を掛けると、うつ伏せで寝てしまったようだ。
私はと言いますと…布団を敷いたところまでは、何て言うか気恥しさはあったんですよ……
だってね…そりゃそうでしょ?
少し前まで恋愛感情を持っていた人が、すぐ隣で寝ようとしてるんですから。
そりゃ…ドキドキしてましたさ。
でも、それ以上に疲れていたのと、食事の時に軽くビールを飲んでいたこともあり、電気を消した途端に脱力してしまったのか…
その後の記憶が殆どありません。
覚えているのは、直くんの吐息を3回くらい聞いたかな?っていうのと…後は、隣に人がいると、こんなにも温かいんだなぁという実感と心地良さ………
…………………………………………………………
気がついたら、朝になってました。
皆様の期待にお答え出来ず、申し訳ございません。
(どんな期待だ?)
トイレから戻ると直くんが起きていたので、まずは挨拶。
「おはよう!」
「おはよう…ねぇ、すんごいイビキだったよ?」
「え?」
ガ─────────ン… やらかした!
「ははははははは…」
笑って誤魔化して逃げましたが、色気も素っ気もないとはこのこと…もしも恋人同士だったら、100年の恋も冷めちまう。
しかし、今更だが…
直くんはどうして私と、ルームシェアしたいと思ったんだろう。 お互いに家を出るタイミングではあったが、私じゃなくてもよかったはず。勢いで部屋まで借りちゃったけど…
私みたいな…平凡で色気がなくて、何の取り柄もない…ただの小さいオバチャンと暮らして、何が得られると思ったんだろう。
お金がある訳でもないし……
ふと、洋服をリサイクルした時のことを思いだした。
私は…この歳まで独身で出産経験もなく、何となく年齢だけを重ねてしまった…
言わば人生の立て直しというリサイクルは難しく、色々なことを諦めて生きている存在。
仕事を頑張ってきたと言えば聞こえはいいが、長く務めた会社は倒産し、派遣社員として生計を立てる日々。
こんな私…私自身がとんでもない骨董品でもない限り、一緒に住みたいなんて思わないでしょ?普通は。
その私に目を付けるなんてね…
「ねぇ、何してんの?」
あっ……
「ご、ごめん。お茶入れてた〜」
いかんいかん、悲観しすぎ。
…………………………………………………
10時半に軽トラをレンタルした後、アンディを最寄り駅まで迎えに行く約束をしているので、それに合わせて細かい下準備と、軽く朝食を済ませた。
「さぁ、行きますか!」
「はい!」
靴を履いた後に振り向いて、部屋を傍観してみる。
それほど思い入れもなく、未練もないと思っていたけど…ただの物置と化した部屋を見ると、ここで生活を始めた頃のこと、生活をして便利だったこと、不便だったことなどが一瞬、映像となって脳裏を過ぎった。
どちらかと言うと、不便だったことの方が多かったな…
そう思うと、私のこれからはどうなるんだろう…
環境が変わって、私自身も変われるのだろうか。
「ねぇ、どうしたの?疲れてるの?」
心配そうに、私の顔を覗き込む直くんに、ちょっと甘えてみたい。
「そうかも…」
一昔前のドラマや漫画の中で流行った1シーンのように、直くんの薄いダウンジャケットの裾を握った。
「直くんは、どうして…私と一緒に住みたいなんて思ったの?」
気恥しさもあり、俯いたまま返事を待ってみる。
「…楽しそうだと思ったから。」
「楽しそう?」
「うん。動きが変だから。」
「何よそれ!」
…よく言われる。
「君も俺と住んだら、楽しくなるよ!」
ニカッと笑った笑顔が、いつもよりも優しく感じる。
やばい…目頭が熱く…
「うん。…よろしくね。」
流した涙を悟られないように……
レンタカー屋までの道すがら、直くんの左側を歩きながら…
毎日のように歩いた街並みを…目に焼き付けた。
……近いけど、この道を歩くことはもうないだろう。
これからは、新しい街並みと生活が待っているんだ。
いつの日か、私との生活がとても楽しかったと言ってもらえるように、せめて準骨董品くらいまでは…価値を上げてみせるさ。
頑張るよ!