霊能力者ピンクちゃん
さて前回は、水沢 直くんとの出会いのエピソードと、新しい住人ナオの存在。そして、お恥ずかしい私情をダラダラと垂れ流しいたしましたが、今回もそのままの続きをお話し致します。
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あの悪夢の失恋デートから数日後、病み上がりで久方振りに出勤する私。…彼にどんな顔をしたらよいのだろうかと、頭を抱えながら挨拶してみる。
「水沢くん…お…おはよう。」
「おはよう。耳、もう平気なの?」
私は、目を合わせるのがやっとでしたが、彼は至って平然としています。ケロッとしています。
「う、うん。何とかね。はは…」
「そっ、なら良かった。」
そっ…そって、言った?
まぁね。そっ…んなもんでしょっ…うう
告白した側とされた側が、とても狭い空間に2人でおります。
もしも、その想いが成就されていたとしたら、何とも幸せな空間になっていたでしょうが、その逆の場合はどう思いますか?
そっんなの…気まずさ絶好調ですよぉ!!…くすん。
しかも、今日はいつにも増してお客さんがおらず、めっちゃ暇ときた。2人静かに棒立ちです。
というわけで、間が持ちません。
何か話題…何か話題…何か話題……………
「水沢くん……ち、中耳炎になったことある?」
中耳炎かよ!!
「あるよ。子供の時に。」
し────────────────ん…
えっ?…終わり?…いやいやいや、膨らましてやる〜。
「私もね、子供の時以来でさぁ…本当にびっくりしたの、しかも耳鼻科に行くのも何十年ぶりでね…」
「へぇ……」
つまんなそうにしてますねぇ…負けないもん。
「耳鼻科の先生に、耳が痛くて聞こえないんです。中耳炎です。…って言って、診察してもらったんだけど。」
「…………」
無言で目を細めながら、首を傾げて私を見ております。次の私の言葉に、何かしらの期待を寄せているんでしょうか?プレッシャーが半端ない。
「詰まってます。って一言、言われたの。」
「…………」
無言の圧が…圧が…
「そ、それで…ひたすら医者と耳垢との格闘の末、やっとこさぁ〜ボスっと抜けて、聞こえるようになったわけよ…はは。」
「…で?」
「うぅ…」
ここは冷凍庫の中ですか?
冷たすぎる…
「えっと…単に、耳垢が詰まりすぎていましたっていう、お話で〜す。」
「ふん。」
鼻で笑われたか…この人、時々ものすごく冷めてんだよな…かと思えば犬みたいに人懐っこい時もあるし…
人間には、2面性があるという話は知っているけど、まるでジキルとハイド並のギャップだよね?
そして、初めて知った女装の趣味と…ゲイであること。
『俺は、男性しか好きになれない。』
『あたし、新宿2丁目で働いてんの。』
いったい、何面性持ってんのよ!
…ブッ…ブフォ─……ブリリッ…プゥ
「え?」
な、何?…なんか臭う。
「あっは〜 俺!…はっ……あっ…くっさ!」
「オナラしたの?」
「ふ〜ん、したよ。だって、しかたないでしょっ!!生理現象なんだから。そもそも、君が出勤して早々に、つまらない話をするからいけないんですよ?」
何だと?
「ちょっと!それとこれとは関係ないじゃん!ってか、くっさい!」
…何と言いますか、オナラのおかげで…その場が和んだことは間違いありません。暫く振りに、私たちに笑顔が戻りました。
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「俺のこと、どう思った?」
おっ、自ら聞いてくれましたね。
「どうって…びっくりしたさ…そりゃ。」
一瞬の沈黙、聞いても良いのか悩む。
「え?それだけ?…びっくりしただけ?」
聞いても良いのか?聞くぞ…聞くぞぉ〜
「水沢くんって…変わった人だとは思っていたけども…何ていうか……あんなに多面性があるとは思わなかった。」
なんだか…まわりくどい言い方になってしまったな…
「俺がゲイとか、女装の趣味があるとか?多面性っていうか…俺、多重人格らしいよ。」
「多重人格?!」
またまた、変なことを言っております。
どうしちゃったんでしょう。
「そう。多重人格。ちょっとカッコよくない?」
中二病かよ……
「水沢くん、多重人格ってどういうことだか、分かって言ってる?」
「う〜ん…何となく。自分以外に、別の人がいるみたいな感じでしょ?俺の知り合いに霊能力者がいて、生霊みたいなのがいっぱい付いてるって言われたけど。」
怖っ!!
「多重人格と…生霊は違うでしょっ!」
「そぉ?まぁ〜なんでもいいけど。俺の中には、違う人間がいることは間違いないから。」
はて…私が想像する多重人格者って、こんな感じじゃないわ。という疑問しか浮かばない。
以前、多重人格者を題材としたノンフィクションの小説を読んだことがあるが、主人公には、とても深刻な悩みがあったのだ。
確か、幼少期のトラウマが原因で人格がどんどん増えて、気がついたら20人を超えてしまい、その内の複数が、事件を起こして警察沙汰になり、人生を狂わされた。
主人格はとても精神の弱い人で、その人格が主になると、自殺を試みてしまうので、大半の時間を寝かされていたらしい。
事件後は、警察の保護観察の下に精神治療を受け、徐々に人格を統合していく。…といった内容だった。
水沢くんが多重人格者ならば、そこに至るまでの経緯があって然るべきと思うのだが…こんなにマイペースで精神の強い人が、多重人格者だなんて全く思えない。
トラウマという言葉からは皆無の人。
それとも、弱い主人格をずっと寝かせているのだろうか…
ふむ…ちょっと試してみよう。
「そもそも、ゲイになるきっかけってなんだったの?」
「……………………」
あれ?
「……………………」
沈黙?
「……………………」
嘘…いきなり核心ついちゃった?
「さ、さぁね。……生まれつきじゃないの?」
何かありそうだ!間違いない…
でも、これ以上聞くなオーラが出ていて聞けない。
単刀直入に聞きすぎたかしら?
これくらいのことで、心が折れるような人とは思えないが…
これは一旦保留にして、時の流れに身を任せ〜作戦で行こう。少し話題を戻すか…
「あ、あの…さっきの、知り合いに霊能力者がいるって話に、興味があるなぁ〜。」
話題に困った時は、ホラー要素のあるお話をすると、間が持つという、私なりのジンクスがある。
「ああ!ピンクちゃんのこと?」
表情が明るくなりました!成功です!
「あ…うん。ピンクちゃん?」
「そう。霊能力者ピンクちゃん。俺は彼女を師匠として、尊敬している。」
「へ………へぇ〜。」
この水沢くんが、師匠と仰ぐなんて、簡単なことではない!
きっと…もの凄い人なんだろう。
「どんな人なの?」
「霊感が凄くある人。生きてる人間と同じくらいに、はっきりと見えるんだって。あと…人のオーラの色が見える。」
「ふ〜ん…すごいね。水沢くんは、何色だったの?」
「俺は、色がコロコロ変わるらしいよ。この前見てもらった時は、黄緑色だったって。」
「日替わりで、色が変わったりするの?」
「いや、安定していないんだと…例えば、振り向いた瞬間に色が変わっているとか…そんな感じ。」
オーラの色がコロコロ変わることと、多重人格は関連するのだろうか…
「おもしろいね。私も見てもらいたいな?」
「見てもらう?メールに君の画像を送って、見てもらおうか?」
「そんなことできるの?」
「できますよ。ピンクちゃんなら。」
「うん!見てもらいたい!」
「OK!」
フンフンフン…と、鼻歌混じりに、スイスイスイ…と、スマホを操作すると、たれ目の下に大きな涙袋を作りながら、メールを送った様子をニカッと笑って、見せてくれた。
きゅん……
「ピンクちゃん、忙しい人だから…返事来るの遅いと思ったけど、すぐに既読になったから良かったね。」
「……あぁ、そうなんだね。」
見惚れてしまった…不覚にも…うぅ。
さっきのつれない態度から、一転してこの笑顔だもの。ホストクラブに溺れるマダムの気持ちが、少し理解できたわ。
若いイケメンの笑顔は、きゅん死に値する。(教訓)
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「ねぇ。メールの返事来たよ!」
「私…何色だったかな?」
「ビリジアン?…だってさ。」
正直な話…私は、ピンクちゃんに対して半信半疑だった。霊感とかオーラの色とか、そこまで興味があったわけではない。水沢くんが師匠と仰ぐ人だから、気になっただけのこと。
その場しのぎの、軽いノリのはずだったが…
「ビリジアン……」
………驚いた。
「ねぇ。ビリジアンって、どんな色?」
「ビリジアンはね…少しくすんでいる、青みがかった緑色って感じだよ。」
「へえ〜真嶋さんって、色に詳しいんだね。」
「たまたま…好きな色だから、知っていただけだよ。」
そう、驚いたというのは、このことなんです!
私は、緑色が好きでして、中でもこのビリジアンは特別に好きな色。以前は、この色の服ばかりを選んで着ていたくらいでした。
オーラの色と、好きな色が共通するかは別としても…
ピンポイントで、ビリジアンという色の名称が出たことに驚いたのです。
恐るべきピンクちゃん!
「ね?ピンクちゃんって凄いでしょっ」
「うん。凄いね!ピンクちゃんに会ってみたいな!」
思わず感激したあまり、彼との距離が近いことに気がつかず、目が会った瞬間に、肩が触れて…ドキッとした。
いかん…いかん。
「ピンクちゃんは関東に住んでないから…会うことは難しいけど、写真なら見せられるよ。」
ほら…また、そんな笑顔で見つめないでよ。
「この人がピンクちゃんだよ。」
たれ目が…更にたれ目に……
まるで、ゴールデンレトリバーのような愛くるしい笑顔。
きゅんきゅんっ…
「ねぇ!見ないの?」
いかん…いかん…いかん…いかん…いかん。
「あっごめん。どれどれ…」
ん?………あれ??
見せてくれたピンクちゃんの姿は、女性のような男性なのか、男性のような女性なのか…とても中性的な姿をしておりまして、何かのコスプレをしているようなのですが…
「ピンクちゃんって女性だよね?」
「そうだよ〜でも男みたいに、さっぱりした性格の人。でもって、わりと有名な男装のコスプレイヤーなんだ。あと、経営者でもあって、霊感が強い凄い人。って感じです。」
水沢くん。……日本語が時々おかしい。
「へぇ…そうなんだね。」
もう一度、まじまじとピンクちゃんを見てみる。
「うっ……」
「真嶋さん?…どうしたの?」
何だか…やばい気がする。
さっき見た時は、コスプレのインパクトが強すぎて、あまり気にならなかったけど、この人…目力が半端ない。
「何でもないよ!大丈夫。」
大丈夫じゃないかも……頭痛くなってきたし。
「そっ。じゃぁ〜俺、上がります!」
「え??…もうそんな時間?」
時計を見ると、いつの間にか18時30分を指していた。
早番が上がる時間なのだ。
他愛のない話をしていただけで、今日も時給が発生してしまった。(忙しい皆様ごめんなさい)
「お疲れ様でした〜また明日!」
営業時間は20時までなので、あと1時間半も1人で店番をしなければいけない。キツいわ。
それにしても、頭痛い。
あと、膝が痛くなってきた。
またしても、風邪のような症状とは…
前回の時は、本社の人に応援に来てもらったから、もうこれ以上休めない。
自力で治れ治れ…治れ……治れ…………
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ぐったり…
なんとか無事に閉店作業を終えて、帰宅することができたが…
やばいです。熱が38度もある。
明日…休めないよなぁ。
とにかく、葛根湯飲んで早く寝てしまおう。
コンビニで買ってきた、ご飯と味噌汁をレンチンして胃に流し込み、適当に洗顔と歯磨きして、葛根湯を飲んだ。
「に、苦……」
子供の頃は熱が出ると、母親が水枕を用意してくれたものだが…今の私には、そのような古典的な物はなく、何ヶ月か前に買ったケーキに付いていた、保冷剤を奇跡的に2個見つけたので、タオルに巻いて額に置いてみた。
「ふぅ…気持ちいい。」
即席で作った冷えピタだが、中々よろしいではないか。
でも、38度も熱があるということは、すぐに解凍してしまうだろう…替えはもうない。
では、冷たいうちに寝てしまえばいいじゃないか。と、布団をかぶって瞼を閉じてみる。
額はひんやり、身体はぐったり、目頭はじんわりしながら、ある記憶が戻ってきた…
1人暮らしを始める時に、水枕を持っていくよう母親に促された手を払いながら…
『そんな古臭いのいらない!』と言ってのけた自分。
「明日…買うわ。…ごめん。」
病が続くと、人は涙もろくなるらしい。
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「はっ!?」
朝か…変な夢見たわ…
水沢くんが…水枕くれたわ。緑色のダサいやつ。
…夢でよかった。
熱を測ると、36度5分まで下がっていた。
恐るべし葛根湯、残念ながら仕事に行ける。
「…しゃーない行くか。」
今日も遅番なので、ゆっくりと支度を整えて玄関を開ける…
開ける…?
開ける…?!
開かない!!
何で?裏から鍵かかってないよね??…何それ
そんなわけないじゃんね?
ドアの向こうに何かあるんだわ…何よ?
「…てかっ、遅刻するわ!」
ドン!!
「痛えぇ!」
「え?」
無理やりドアを開けた時に、何かが叫びながら転がった音がして、その方向にいた男と目が合った。
「誰?!」
私はきっと、鬼の形相だったに違いない。
「はぅっ、す、すいません。まちがえましたぁぁ…」
そう言うと、男はふらふらと隣の部屋の前に立ち、私の顔をチラチラ見ながら、鍵を鍵穴に何度もぶつけてようやく入っていった。
バカ隣人め…次は警察呼んでやる!
気を取り直し、私も部屋の鍵を締めて駅に向かった。
さっきのバカ隣人は、先月引っ越してきたようなのだが、挨拶がなかったので、今のが挨拶になったわけだが…あんな顔してたのか。
毎晩、帰りが遅いみたいで酔っていることも多いらしく、夜中に奇声を発していたり、壁にぶつかる音で起こされることもしばしば…そして今朝の出来事。
管理会社に相談してみるかな…
それにしても、なんだろう…この感じ。
いつもと違うことが、起きている気がする。
気のせいならいいけど、怖いなぁ…
………………………………………………………………
「おはようございます。」
とりあえず、いつも通り出勤できた。
「お…はよう……」
ん?…あれ?今日の水沢くん、なんか元気ないなぁ。
「元気ないね。何かあった?」
「ううん…何もない。」
嘘だっ!、分かりやすいっ!、何かあった匂いしかしない!
でも、言いたくないんだろうな…
それなら、今朝の出来事をネタにして気を紛らわすか。
「そんなことがあってね、明日…管理会社に相談してみようかと思ってんの。」
「そう…なんだね……」
あらら…どうしちゃったの?
「うん。場合によっては引っ越そうかなと…なんだかんだ3年以上も住んでるし。更新しようか悩みどころだったから。」
「ルームシェアとかしてみたら?」
「ルームシェアって…他人と住むんでしょ?…どこの誰かも分からないような人と住むとか…怖くないの?」
「俺、ルームシェアしかしたことないけど、楽しいよ…」
楽しいよ…が、楽しく聞こえないのは何故よ?
「トラブルとかないの?」
「ある。」
あるんじゃん…
「もしかして、トラブルがあったの?元気ないけど。」
「うん。…大家と揉めた。家出ないといけない。」
あらら、だからか…
「大変じゃない!いつ?」
「昨日…揉めた。1ヶ月くらいで、出なきゃ…」
なんだろう…ザワザワする。
この感じ、昨日から…何かの予兆のような…
「真嶋さん…」
ザワザワザワザワ…………
「よかったら、俺と一緒に住みませんか?」
ぇぇえええええええええええええええ!!!
「はい。」
ひょえええええええええええええええ???
私、今…はいって言った?
言った、言った。
すぐに言わなかったら、ダメになると思ったから。
言った、言った。
「では、ルームシェアしましょう!改めて、よろしくお願いします。真嶋さん。」
やたら紳士的じゃない?
求められた手を取ると…じっとりとした手汗を感じた。
緊張していたんだね…
「よろしく。」
急展開に頭がついて行かず、暫くポカーンとする私。
そして、急激に現実に戻される。
「一応聞いておくけど、俺の事はもう、大丈夫だよね?」
あっ…そこね?釘を指したいのね?
「俺は、ゲイだから。」
恋愛感情があったら、一緒に住めないってことでしょ?
「大丈夫……」
大丈夫だろうか…
でも…『ゲイだから。』の時、有無を言わさない冷たい目をしていた…
「大丈夫です!!」
こうして私たちは、ルームシェアをすることになりました。
本当に急展開すぎて、何が何やらな感じですが…
いつもと違う大きな事が起きたので、それがどこからだったのかを遡ってみると、何となくピンクちゃんの写真を見たあたりから、起きていると感じたので、聞いてみたところ…
「かもね。ピンクちゃんって、そういう人だから。」
なんとも…簡潔に信憑性なく言うわ。聞かなきゃよかった。
「あっでも、さっそくピンクちゃんにルームシェアする話をしたら、相性とタイミングがいいって言ってたよ。」
「タイミング…」
確かに、転機の時ってタイミングが大事だと思う。
一生を左右する好機を逃すと、後悔しか残らないから。
ルームシェアとはいえ、水沢くんと一緒に生活をするということは、私にとって…今までの自分自身を変える、大きなチャンスだろう。
ピンクちゃんの霊的な不思議な力が、引き金になったかどうかは分からないが…何かが動き出したのは確かだ。
恐るべし、霊能力者ピンクちゃん!
私もひっそりと、師匠と仰がせていただきます。
「では、すぐに部屋を探しましょう!俺は、即実行派なんで。」
「了解!」
この時は、未来への期待が大きく膨らんでいて、私たちの間には、清々しい笑顔しかなかった。
……………………………………………………………………
「あっそうだ!ねえ、水沢くん…水枕って、持ってないかな?」(緑色のダサいやつ)
「持ってないよ。……?」
ホッ……
「了解!」
これから待ち受ける引越しの恐怖など、知る由もない程に………