未知との遭遇
さて前回は、水沢 直くんという多重人格者のような人との、とある日常の一部分をお伝え致しました。
彼の誕生日だったこともあり、ほんの数時間に主要な人格である直くんを始め、住人のなおちゃんと直さんをご紹介できましたね。
今回は、別の住人のお話と、私事を少しお話しさせていただければと思います。
まず、私の自己紹介から……改まると恥ずかしいですね。
もとい、真嶋 幸(まじま さち)と申します。
現在の年齢は、47歳。…になったばかりのアラフィフでございます。
そして、私はもちろん、女性です。
?……………!?
ですよね?
水沢 直(24)男性と、真嶋 幸(47)女性。
この2人が同居しているのです。
私たちは、親子でも親戚でも、もちろん恋人でもございません。
???………ですよね?
何でまたそんな事に?と、疑問に思う方がほぼ100%はいるでしょう。同居するまでをお話しすると長くなってしまうので、まずは私たちの出会いから…
それは、某百貨店のリビングフロアに、小さな雑貨コーナーがありまして、その就業先に、私が派遣社員として配属した時に、彼がアルバイト員として働いていたことが出会いです。従業員はたったの3人で、慎ましく運営しておりました。
水沢 直くんの第一印象としては、そうですね…顔立ちは可愛らしくて、アイドルグループに居ても遜色ないほど整ったお顔、なのに当時23歳にしては冷静沈着な佇まい。といった、ギャップ萌えがありましたね。ええ…
その就業先では、直さん(41)が主に出ていたようで、様々な蘊蓄を聞かされたり、昭和の話でやたら盛り上がったりしていました。
若い男性なのに…よくこんな、昭和生まれのアラフィフ女子と、嫌な顔をせずに接してくれるもんだと、感心しておりました。例え、社交辞令だとしても嬉しかったですね。
ある日、そんなお礼も兼ねて、美味しいと評判のワッフルを出勤前に購入して渡したんです。夕方の休憩時間にでも、食べてもらえたら良いかなぁと思っていたのですが、渡した途端に表情が変わって驚きました。
「お腹すいたぁ〜今すぐ食べたい。休憩入るね。」
と言って、狭いバックヤードに入って食べ始めたんです!
冷静沈着な彼が見せた、可愛らしい一面にノックアウトでした。
瞬殺です!
オバチャンが落ちた瞬間に、自分もビックリ!
休憩が終わっても表情はそのまま変わらず、接客に入るまでの束の間でしたが、私たちは食べ物の話で、やたら盛り上がっていました。
私はというと、それ以降、彼の表情が気になって、気になって… だって、彼のたれ目が更にたれ目に…まるで、ゴールデンレトリバーの子犬のような愛らしい笑顔。
きゅん…
後々、なおちゃん(7歳)であることが判明しますが、その笑顔が見たいがために、彼とシフトが一緒の日を狙っては、せっせとお菓子を与えておりました。 いわゆる餌付けですね!
この時は、本当に毎日が楽しくて、彼と一緒の日を指折り数えては、ニヤニヤしたりしていました。(キモイですね)
しかし、不運は突然やって来るもの……
彼から恋愛相談を受けたんです。
それは、出会い系アプリで知り合った、シンガポール在中のキャビンアテンダントとお付き合いをするか否か、という内容でした。
アプリで知り合っただとおぉぉぉぉ!
しかも、外国人??
「は?」
最初に出た言葉は、「は?」でした。
アプリで、外国人とお付き合いできるんですね?
出会い系は、随分と進化したものですなぁ…
その時の私は、きっと文明に取り残された、猿のような顔をしていたに違いない…と思います。
気を取り直して、彼女のことを詳しく聞いてみたのですが…
高身長、高学歴、高収入の才色兼備ときたもんだ!
しかも、まだ30歳。
非の打ち所がございませ〜ん。
「水沢くん。そんなに良い物件、中々無いから付き合ってみたら?」
出た言葉は、こんな感じだったと思います。
まるで、ネットで好条件の家でも探し当てたかのように、とりあえず内見行ってみたら?みたいな…
他人事みたいに言ってしまいましたが、内心はとても複雑な気持ちでした。
なぜなら私は…年甲斐もなく、彼に恋愛感情を抱き始めていたからです。
でも、その感情を押し殺さなければならなかった。
だって、とても同じ土俵に上がれるとは思えなかったから。
それに…好きだからこそ、私は彼の幸せを願いたかった。
暫くして、彼はシンガポールの才色兼備とお付き合いを始めました。彼女のフライトが日本の時は、必ず会う約束をしていましたし、彼女の方もわざわざ彼に会う為に、日本へのフライトを友人に代わってもらったりと…
ま〜あ、甲斐甲斐しいですね!
あっそうそう…彼らの言語についてですが、共通語が英語ということです。
遅ればせながら、水沢 直くんは語学が堪能でして、日本語、英語、中国語、タイ語の4ヶ国語をお話しになります。
タイ語?…最後のタイ語って何で?って思いますよね?
実は… 水沢 直くんは、日本(母)とタイ(父)のハーフなのです。
幼少期から日本、タイ、英語を話す環境にあり、現在は独学で中国語を勉強しているようですが、元々飲み込みの早い彼は、難しい中国語でさえ、日常会話ができる程に上達しています。
話は戻りまして、そんなこんなで2人はお付き合いを順調に進め、私はというと、その話を聞かされる日々を送っておりました。
しかし…1ヶ月が過ぎた頃から、2人の間に不穏な空気が流れ始めます。ほどなくして、2人は価値観の相違が理由ということで、別れてしまうことに…
なんというか、自分の事のように辛かったですね。
彼女のためにできる限りのことをして、努力を惜しまなかったというのに…彼女には、その気持ちが伝わらなかったようです。
私は、彼の辛い気持ちを紛らわすために、食べ物の話をしたり、相変わらず餌付けをしたりしていました。それが功を奏したのか分かりませんが、彼からご飯のお誘いを受けたんです!単純に嬉しかったですね。
私たちは、2週間後に『カレーを食べに行く!』という、約束をしました。
私の心は、ルンルンですよ!ルンルンですよ〜っと!
ですが、2週間って結構長いですよね?風邪を引かないように健康管理をしっかりせねば!と思っていると、風邪は引くんですよ…
当日、私は中耳炎になっていました。
耳が…い、痛〜い!!……聞こえな〜い!!
ってか、何で耳?…何で?
喉が痛いのも嫌だけど、中耳炎とは…小学生以来だわ。日曜日だから病院は開いてないし…
仕方が無いので、強行突破するしかない…
中耳炎であることをひた隠しに、やり過ごそう作戦で行こう!
……………………………………………………………………
「あれ?今日の声、小さくない?」
会って、3秒で勘づかれた。
「あのね、なんだか中耳炎みたい。耳痛くて、聞こえにくいの。」
自分でバラして、早くも作戦失敗……鈍臭いですね。
ただ、中耳炎というワードに彼は大爆笑!
あの時の…腹を抱えて笑われた姿は、今でも忘れられない。
さて、彼と面と向かって食事をするのは、初めてのことでしたので、ものすごく緊張していました。
少食ではないはずなのに、そして、腹周りの緩いワンピースを着ていたにも関わらず、カレーが思うように喉を通りません。
彼は、美味しそうにもくもくと食べ、ナンとライスのおかわりまでしています。
実は、緊張している理由がもう一つあり、それをいつ実行するべきか、考えあぐねておりました。
それとは……告白すること。
はて?何を告白するんですか?って話ですよね〜。
は…はは…ははははは〜。
もちろん、好きですって…言う。告白ですよ!!(逆ギレ)
ダメ元なのは重々承知でしたし、なぜだか分かりませんが、好きという気持ちを伝えたくて仕方がなかったんです。
なので、カレーを食べながら始終、モジモジしていました。
「どうしたの?今日は、随分と口数が少ないね。」
「えへへ…」(肩をすぼめてハニカム)
まぁこんな具合で、30年前にタイムスリップしたかのような、乙女心満載だったんですよ。ここまでは…
食事が終わり、いよいよ告白タイムに…と思いきや、これがまた勇気が出ない出ない。
やっと出た言葉は…
「伝えたいことがあるんだけど、ここでは話しにくいなぁ。」
隣席との間隔が狭いので、ここで告白なんかしたら四方八方の人達が、耳をダンボにして聞くに違いない!といった状況なもんで…
「分かった。じゃあ…外で聞くよ。」
外に出ると、雪が降っていました。
その日は、奇しくも東京での初雪だったのです。
めっちゃ寒いのに彼は薄着で、しかも傘を持っていなかったので、必然的に相合傘状態に…
私の鼓動はドキドキ、ハラハラ、耳はガンガン。
「で?何が言いたいの?」
「え…えっとぉ……」
モジモジ…モジモジ…モジモジ…モジモジ…
私のモジモジしている様子に、我慢の限界だったのでしょう。
「もしかして、俺のこと好きなの?」
言われてしまいました!
「う…うん。」
鈍臭いですね。モジモジ…
「悪いけど…その気持ちには、答えられない。」
瞬殺でした。
まぁね……そりゃそうでしょ。年の差24歳ですからね。彼のお母さんと3歳しか違わないしね…
「うん。そうだよね…年の差あり過ぎるし…はは。」
「年の差とかじゃなくて、俺…ゲイだから。」
……ん?
「え?」
げいって、芸じゃないよね?
「げい?」
「そう。俺は、男性しか好きになれない。」
まさかの…カミングアウトでした!
「ゲイ…」
この時、たぶん3秒くらい時間が止まったと思います。
もちろんショックでしたし、驚きました…
でも、一瞬で振られたショックよりも、カミングアウトされたショックよりも何よりも、躊躇せずに潔く、正直な言葉を伝えてくれたことに驚いたのです。
あれ?でも、待てよ…あのキャビンアテンダントは?
女性だよね?
恐る恐る聞いてみる…
「あれは男だよ。…色々とめんどくさいから、女性ってことにしていただけ。ねぇ、寒いからどっかに入ろ!」
確かに、私がモジモジしていた時間も合わせて30分くらい、この寒空の下で歩きまわっていたのですから。彼は薄着でしたし、相当寒かったのでしょう。
私たちは、偶然見つけた昭和感漂う、喫茶店に入りました。
タイミングが良かったのか、私たちの他にお客さんがいなかったので、ここなら安心してコアな話ができると思い、すぐに切り出すことに…
「キャビンアテンダントの写真が見たい!」
「いいよ。」
スマホの写真と共に、メールでのやり取りの一部始終など、こと細かく説明をしてくれた後に、もっと早くカミングアウトするべきだったと謝ってくれました。
「ごめんね。…だから君の気持ちには答えられない。」
「うん…」
水沢 直くんは…優しい人です。
本来ならば、親子ほども年の離れた女性から告白されたら、どう思うでしょう。
例えば私が、容姿に優れた魅力的な女性でしたら…アリだったかもしれません。ですが私は…ごく平凡なアラフィフ女子で、何か取り柄があるわけでもないですし、あえて言うならば、実年齢よりも若く見えるくらい。
同僚だから、気を使ってくれていることを差し引いても、告白したことを気持ち悪がられないだけ、良かったと思いました。
正直…カミングアウトは、私を諦めさせる為の口実だろうと…それならば傷つかないですもんね。
なんだか…スーッと気持ちが収まった気がしました。
でも、これだけは言わせてもらいたい!
「水沢くんの気持ちはよく分かったよ。正直に言ってくれてありがとう。だから、私もちゃんと伝えて諦めるね!」
彼は…私を真っ直ぐ見て、小さく頷きました。
「私はね、水沢くんという人を…人間性を好きになったんです。あなたに出会えたこと、本当に感謝しています。これからも、同僚として今までと同じように、よろしくね。」
鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔してました。
「うん。…ありがとう。俺の人間性が好きなんて、初めて言われたよ。へへ…」
苦笑いをする彼に対して、私は返す言葉を見い出せずに、ただ黙って珈琲を飲むしかできなかった。
彼はきっと、複雑な気持ちだったのだろう。
思わぬ人から告白されて、それを断るためにカミングアウトの振りまでして…
そう…私は途中から気づいてしまったんです。
彼が本当は、ゲイではないということを…
だって、キャビンアテンダント(男)の写真を見せてもらった時に、偶然にも女性の写真がチラホラと、何枚か見えてしまったんですから…しかもすごい美人。
メールのやり取りは全て英語だったので、私にはよく分かりませんでしたし…なので、多分そちらが本当のキャビンアテンダントなのでは?と疑っていました。
そこで私は、小賢しいと思いつつも、どうしても確認したい衝動に駆られ、もう一度写真を見せて欲しいとお願いしたんです。
「いいよ。」
スマホをテーブルに置いて、写真をスライドしている時に、一瞬現れた美人。
…私は、その一瞬を逃しませんでした。
「あれ?…その綺麗な女性は?」
自分でも、嫌な性格だなぁと思いましたが、もう後には引けません!
「あ…」
しまった……っていう顔をしています。
「これは…」
キャビンアテンダントなんでしょ?
怒ったり、責めたり、やっぱり付き合って欲しいとか困らせたりしないから、正直に言ってごらんよ。
「俺。」
「ん?」
「俺。」
「んん?」
俺って言ってる?…
その後に、続く言葉があるはずよね?…そうよね?
「俺だよ!」
「あんだって?!」
鳩が豆鉄砲を食らったどころではございません。
バズーカ砲くらいの衝撃でございました。
「俺、女装が趣味なんだ。」
痛たたた……このタイミングで、中耳炎の痛みが再炎です。
「マジか…」
マジマジよく見ると、目鼻立ちが『彼』そのものでした。
そして、写真と同じポージングをしています。
「本当だったん…だね?」
はあぁぁ……これはもう疑う余地はございません。
完敗です。疑ってごめんなさい。
「言いづらいこと…言わせてごめんね。」
「いや、別に。この職場ではカミングアウトしてなかったけど、俺の周りにはごく当たり前に、カミングアウトしてたから。しかも、女装の仕事してるし。」
「女装の仕事?」
「そう。あたし、新宿2丁目で働いてんの……うふふ。」
うふふ?…実は、この辺りからよく覚えてないんです。
中耳炎の悪化と発熱に加え、失恋にカミングアウト、極めつけには、女装という衝撃で体調を崩した私は、早々に帰路に着いていました。
ただ、朦朧とする中で、記憶として残っているのは、見たこともない妖艶な表情をしている水沢 直くんの顔が、頭の中でグルグルしていたことです。
上目遣いに、猫のように口角を上げた微笑み…
うふふ…うふふ…うふふ…うふふ………
未知との遭遇。
そんな言葉が、頭を過ぎったような否や。
後に、彼の中に潜む住人の1人であることが判明します。
彼女の名はナオ。24歳。職業…ドラァグクイーン。
さて、本日はここまでにしておきましょうか。
思わず、私事を話しすぎてしまいました。
しかし、彼が多重人格者のような人?であることを知るきっかけになったのが、このナオとの出会いだったんです。
次回はもう少し掘り下げて、私たちが同居するまでをお伝え致しましょう。