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ルームメイトは多重人格者?  作者: 真嶋 幸
1/10

彼の中に潜む住人たち

3月12日。


今日はルームメイトの誕生日です。

彼は…正確には彼らですが、24歳になりました。



「ただいま〜。ハァ……直くんっ…遅くなってごめん!」



息を切らしながらリビングのドアを開けると、目を細めてクールな視線を送っている彼と目が合った。



「誕生日おめでとう〜!」


「何が?誕生日がめでたいって、誰が決めたの?そういうのよく分かんないな。」



…あちゃ、冷めてる人出たか。

この人めんどくさいんだよな…適当な返事でいいか。



「そ、そうだよね…誰が決めたんだろね。でも、生まれた日だし…特別だと思わない?あはは…」


「思わん。祝われるの苦手。パーティーとか、絶対やめて!」



くっ…パーティーはしないけどさ…おめでとう言うのくらい、いいじゃん!



「ケーキ買ってきたけどぉ?」



ふふふ…

私は、不敵な笑みを浮かべながら、後ろ手に隠していた某有名スイーツ店の箱を(おもむ)ろに、目の前に出してやった。


ジャジャーン!


どうだ!と言わんばかりな古臭い効果音つきだぞ!

もちろん、私の脳内の話だがな…どうだ!



「!!」



おっ、表情が変わった!



「わぉ!ケーキ?やった〜!どんなケーキ?どんなケーキ?」



さっきまでと打って変わって、まるでゴールデンレトリバーの子犬みたいな無邪気な笑顔。そして、たれ目を更にたれ目にして、足をピョンピョンと飛び跳ねながら返事を待つ姿…


なんて可愛いの〜


この子大好き!この子に会うために、この笑顔を見るために…立ち仕事でパンパンに浮腫んだ足を引っぱたきながら、某有名スイーツ店まで20分かけて行き、20分も待って、人気No.1のプレミアムなんちゃらフルーツケーキ、1個¥900+税を大奮発の2個も買った甲斐があった!



「フルーツケーキだよ〜。」



ニヤニヤしながら箱の蓋を少し開け、覗かせるように差し出だす。


どやっ!!

と、したいところをぐっと抑えて笑顔で様子を伺うと…



「わぁ〜おいしそう〜早く食べよう。」



満面の笑みを頂きました!!

…もうお腹いっぱいだよ。


もしも、もう1個食べたいって言われたら、迷わず差し出す大人の懐は持ち合わせているぜ!


甘い物を食べている時は、この子が主になることが多い。

少し難しい話だったり、哲学的な話になったりすると、最初の冷めた人とか他の住人が現れる。


変わる時のスイッチが今ひとつ分からないのだが、私が表情を少し変えただけでもスイッチが入るので、ものすごく気を使う。なので、さっきのケーキを見せた時も、どや顔をしないように気をつけたのだ。たったそれだけのことでも他の住人が現れて、あの癒しの時間を台無しにしたくなかったから。


さて、ここまでの流れで彼のことをどのように思われましたか?感の鋭い方はピンときましたか?


変わった人ですよね?


結論から言うと彼…ルームメイトの水沢(みずさわ) (なお)くん24歳は、多重人格者のような人?です。


多重人格者のような人?


何故こんなにも曖昧な表現かと言いますと、彼の場合、他の人格になっても記憶が安定しているのです。


多重人格者について調べると、解離性同一性障害という言葉が出てきます。

それは、自身に何か耐え難い事が起きると、個人の中に別の人格を形成して身の危険を回避する。

年齢、性別が違うこともあれば、それぞれの人格に名前があって、主人格の代わりに生活をする。

他の人格が出ている時は記憶が曖昧、又は喪失している場合が多いとあります。

とても難解な精神的病状という表現なので、単純な脳みそしか持ち合わせていない私には、理解不能です。


話は戻り、その多重人格者のような彼の場合は、他の人格になっても主人格の記憶がはっきりあるということ。


年齢は基本24歳だけど、お菓子大好き甘えん坊の時は7歳。哲学的思考の冷めた人の時は41歳。

ここまでで彼の人格は、主人格を含めた3人格の全て男性。 私と一緒にいる時は、大概この3人格で生活をしているようですが、彼の中には私が知る限り、あと3人格存在しています。

その内の2人は、女性で主人格と同じ24歳。

最後と思われる人格は、たぶん男性で年齢不詳…


と…ここまでで、私の頭はも〜くたくた。

わけが分かりません!


あっでも、ひとつ助かっていることが…

それは、名前が統一されているということ。



「なおちゃん…」


「ん?…さち〜、このケーキうま〜い。ご馳走さま〜。」



最後の一口を頬張りながら、空になったケーキ皿をまるで、何かの賞でも取ったような仕草で私に見せる。

口の周りに生クリームやら、噛み砕いたフルーツやら何やらをベッタリと付けて、にんまり笑っている顔…


癒される〜。



「美味しいね!よかったら、もう少し食べるかい?」



まだ、半分以上も残っているケーキを差し出した。



「ううん。もうお腹いっぱい。せっかくの美味しいケーキなんだから、食べたら?」



や、優しい…



「うん。」



差し出したケーキを再び戻すと、本当はお楽しみに残しておいた、頂上にどーんと蔓延る瑞々しいお色気たっぷりの苺にフォークを刺す。そして次の瞬間には、口中に甘酸っぱい味が広がった。


し、幸せ〜。


ほんのり甘さ控えめの、生クリームとスポンジ部分にフォークを向かわせる途中で、向かい合わせに座っていたなおちゃんが、ゴロンと反時計回りに寝そべり、こたつ布団にうずくまる姿を見てしまった。


あっ、お腹いっぱいって言ってたもんなぁ…

そろそろかぁ…



「歯、磨いてくるわ。食いすぎた。」



うずくまってから僅か5秒くらいで起き出したのは、主人格の直くん。なおちゃんではなく、直くん。ちゃん付けすると子供扱いされていると思うのか、返事してくれないの。



「直くんか…」



なおちゃんとの癒しの時間を奪われてがっかりした私は、思わずボソッと言ってしまった。


やばっ!!

右手で口を覆いながら、恐る恐る振り返る。

聞こえてませんように……



「直くんで、悪かったね。」



チーン…

聞こえてたか。そうだよね〜、地獄耳だもんねぇ。



「あのさぁ…言わせてもらうけど、こんな遅い時間に甘い物食べさせないでくれる?俺、最近太ったって言われてんだから。」



なおちゃんはまだ子供なので、お腹がいっぱいになると21時前くらいには寝てしまう。

私は接客業なので元々帰宅時間が遅い方だが、今日は早番にも関わらずこのケーキを買うために思いのほか時間がかかってしまい、なおちゃんが起きているギリギリの時間になってしまったのだ。



「は〜い。気をつけま〜す。」



直くんが見ていないところで舌をペロッと出す私。



「ところでさぁ…ケーキ食べる前に晩ご飯食べたら?せっかく作ったのに…」



歯ブラシをシャカシャカ動かしながら、壁に寄りかかって怪訝そうに私を見ています。


直くんは、某大学の通信教育を受けながら様々なアルバイトをして生計を立てています。どんなアルバイトをしているかは追い追いお話し致しますが、中々の苦労人なのです。

さておき、そんな彼の趣味のひとつに料理という分野がありまして、バイトがない日は晩ご飯を用意してくれています。切実にありがたい。



「晩ご飯なぁに?」


「鶏の臓物煮込み。ピリ辛風〜美味しいよ!」


「と、鶏の臓物??」



あれ?今日は、あなたの…あなたたちの…誕生日だよね?

そうだよね?


鶏の臓物?…それでいいの?


直くんは、謎に意味深な笑顔を残して、滴り落ちそうな歯磨き粉を手で拭いながら…洗面所に姿を消した。



実は、今日が直くんの誕生日であることを知ったのが、つい数日前でして…もっと早くに分かっていたら、休みを合わせて用意ができたのかなぁと思うと…でも、本人はどうもそういうことが苦手みたいで…


…にしても、何度も言うよ。鶏の臓物かい?

しかも、先に食べちゃってるし…


私の帰宅時間が遅い時は、先に晩ご飯を済ませている場合が多いです。

まぁ…若いですから仕方ないですよ。

待ちきれないんでしょうね…


でも、今日は待っていて欲しかったな…


…てなわけで、日々、遅い晩ご飯を食べる代償として、少しばかり下っ腹にできた脂肪をギュッと摘みながら、レンジでチンした熱々の鶏の臓物とやらと、にらめっこをしております。


あっ…ケーキの残りは明日のおやつに取っておくことにしまして、冷蔵庫に眠らせました。


さて、鶏の臓物煮込みピリ辛風とは?


いざ!実食!


その前に見た目ですが…

全体的にオレンジ色してますね…ええ。

卵が入ってますが、黄身だけです。

その黄身の周りに、プチプチとした筋状の物が付いております。

生まれてこの方、見たことございません。


匂いを嗅いでみましょう。

くんくんっと……


辛そうな匂いしかしない…

とりあえず、汁だけ食ってみるか…



「?」



もうひと口、いってみるか…



「?!」



これは…



「美味!!」



なんとまぁ〜驚いた!

確かにピリ辛なんだが…甘酸っぱさもあり、韓国風な味付けなのでしょうか?


むむむ……美味しゅうございます。

これはこれは、日本酒に合いそうな予感がしますよ〜っと。


グロテスクな黄身とプチプチを頂く前に、冷えた日本酒の瓶を片手に小躍りしながら戻ると、歯磨きを終えた直くんがお茶を啜って待っていた。


私が日本酒の瓶をブンブンさせている姿を、目を細めて見ている。



「…あぁ、日本酒に合いそうだよね。」



むむ?その言い方、嫌な予感しかしない…



「ねえ、直くん。…この卵の黄身みたいなのって何?」


「…………」



お返事がございません。やはり、嫌な予感的中でしょうか?



「な、直さん?」


「あぁそれ?…知らないの?」



予感的中でした。残念!


直さんは、冒頭に出てきた冷めた人です。

あの、『誕生日がめでたいって、誰が決めたの?そういうのよく分かんないな。』って言って退けた、めんどくさい冷めた人。


ってか、知らないから聞いたんだよね?



「し、知らないで〜す。」


「調べたら?何でも人に聞こうとしないで、まずは探す努力をしないと1人で生きて行けないですよ!さぁ…調べてください。」



ちっ…うざっ…めんどくさっ


いかん。

私の中に潜む悪魔の声が……


よし!気を取り直そう。とりあえず調べてみるか…



「?」



スマホで検索しようとして、早くも問題が発生。



「これは…そもそも、何て検索したらよいの?…鶏の黄身、プチプチ〜とか?…あはは。」


「…………」



お返事がございません。ただ黙って目を細めながら、首を傾げてこちらを見ているだけです。


これは、間が持ちませんね。お手上げでございます。

では、奥の手といきましょうか。



「直…大先生。教えてくださいまし!」



はい!直さんの右口角が上がりました!メモしましょうね、これが彼の笑い方です。

そして、伊達眼鏡をかける動作もセットです。これは気分が上々の証拠。



「いいでしょう…仕方がない。これは、鶏のキンカンというものです。鶏が鶏卵として産む前の卵黄。この連なっているのも全て未成熟の卵なので、これが発達して鶏卵になります。………」


「へぇ…」



直さんの話は、生き字引みたいに的確すぎて面白くないので、話の途中で日本酒を3口くらい呑んで相槌しときました。


要は、鶏の卵たち。見たまんまですよ。


見た目がグロテスクだから、今まで家庭料理に出現しなかっただけのこと。だから、これ何だろうと思ったのです。


直さんがまだ何か言っているようですが、日本酒3口でほろ酔いになった私は待ち切れず、鶏のキンカンというプチプチにやっと箸を付け、口に入れました。



「うっ…美味〜い!プチプチ美味〜い!」



ここまでの長い道のりですっかり冷めてしまいましたが、鶏の臓物煮込みピリ辛風〜。


お初の鶏のキンカンとは、癖になるお味。

日本酒にぴったり合うオヤジ街道まっしぐらな、危険な魅惑の食べ物でしたとさ。



「それは、良かった。」



変わらず、右口角が上がっております。



なおちゃん、直くん、直さん。三者三様ですが、共通して食べ物が大好き。

誕生日には焼肉?イタリアン?…はたまた寿司?

別に王道でなくても良いではないか!

好きな物を美味しく頂戴する。


それが幸せということ。


さて、珍しく直さんのご機嫌がよろしいようなので、酔った勢いでもう一度言ってみようか…



「24歳の誕生日、おめでとう〜。」


「…ありがとう。」



あ…ありがとうって…いっ、言った?


一瞬、酔いが覚めてしまい、目をカッと見開いてまじまじと見ると…そこには、ニカッと笑った直くんの笑顔があった。



可愛いいじゃん!



…………………………………………



ひょんなことから、同居生活が始まった私たちは、こんな感じで日々を過ごしています。


水沢 直 (24歳) =多重人格者のような人。


本当にそうなの?記憶があるんでしょ?

ただのツンデレじゃないの?もしかして演技?

まあ、まあ、まあ〜、おっしゃりたいこと分かります!

正直、私にも分かりません。

本人は至って普通に?生活しているのですから。


とにかく…私は他に類を見ない、彼らのことを観察すべく、日記のように書いていこうと思います。


次回は、他の住人が出てくるお話にいたしましょうか?


あっ、そうそう…私は、主人格である直くん以外の人格を住人と呼んでいますが、その方が親近感があるかなぁという勝手な解釈です。


さて、観察しているうちに彼の中に潜む住人たちの謎が解明されていくのか…共に分析してみませんか?


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