天地無窮を、君たちと 番外編1
※一周年お付き合いいただいた感謝を込めて、番外編を書いてみました。
※特に本編のストーリーと関係はないですが、
先に本編をお読みにならないと何のことか分からないかもしれません。
※擬音語が多いので、ご注意ください。(正直、キュアぽん、楽しかったです)
とある日、ゲームイベントとしてアナウンスがあった。
その内容は、プレイヤーの中からランダムで何らかの「症状」が発症するというものだ。
ある者は相当魔力が高くなり、ある者は何をやってもうまくいかない所謂「不運」な状況に陥り、ある者は所持金が十倍になった。いずれもごく短期間の出来事であった。
また、とある者は病を得た。
ゲームイベントとして強制的に罹病したのだが、安静にして置けば済む話だった。
リムはドラゴンという種族的に強靭な肉体を持ち、二柱もの精霊の加護を受け、罹病や毒などの耐性が強い。
そして、ゲームシステムのランダムイベントにはNPCは該当しない。にもかかわらず、なぜか、リムが餌食となった。
『シアンちゃんのパーティ枠だからでしょうかね?』
「そうなのかな。リム、大丈夫?」
シアンは眉尻を下げてリムを窺う。
「キュ~ア~~!」
あっちへふらふらこっちへふらふらと蛇行して飛ぶ。
どんぐり眼がとろんとなり、への字口が緩み、舌ったらずになる。
リムは酔っていた。
酩酊とは、エチルアルコールが中枢神経機能を抑制することによって起きる、精神的肉体的変化のことを言う。
アルコールが脳機能にどのように作用するかは個人差があり、その為、酔い方にも個人差が生じる。
「英知、毒の耐性はそのままなんだよね?」
『ああ、大丈夫だ。だが、このアルコール酩酊に関しては私でも何ともできない。済まない』
「ううん、そんな、英知が謝ることではないよ」
ゲームシステム上の強制であるならば、風の精霊でもいかんともしがたい。精神を司る闇の精霊でも同じくだろう。
ついと飛んできたリムが胸に張り付き、シアンの顔を見上げて機嫌よく鳴く。尾が左右に振られ、くすぐったい。
『概ね、いつも通りではないですか?』
『いや、空間感知能力が低下していて、先ほど木にぶつかりそうになっていた』
九尾の言を風の精霊が否定する。
「え? 危ないよ。リム、酔いがさめるまで、僕かティオにくっ付いていてね」
『やだも~~ん!』
シアンから離れ、けらけら笑いながら飛んで行く。
「リム!」
シアンは慌てて追いかける。
『二日酔いとかにはなるんですかね』
シアンの背後でのんびりした九尾の声が遠ざかる。
ティオもまたさほど心配した様子ではなく、ゆったりとした足取りでシアンの傍らを付いて来る。
リムは尾を振り振り、頭を左右に動かしながら歌を歌ってのんびり飛んでいる。
と、地面に降りて、大地を小さな前足でぽんぽんと叩き始めた。
地中から芽が出る。
『大地の精霊、たっくさん作って! 美味しいリンゴにトマト、オレンジも~!』
節をつけて歌う。
リムの願いを聞き届けて芽があちこちで吹いてぐんぐんと成長する。
「キュアキュア」
ぽんぽん。
「キュア」
ぽんぽん。
「キュア」
ぽん。
「キュア」
ぽん。
「キュア」
ぽんぽん。
リムの周りでリンゴやオレンジの木が成長し、実をつける。トマトも赤い実をつける。
リムは光の精霊と闇の精霊の加護を得ていた。
そして、大地の精霊にも可愛がられていた。精霊の王に愛された幻獣はその下位精霊にも非常に愛された。
また、木には微弱な電気が流れている。その中でも電圧が高い所がある。その箇所に電気を流し刺激すると、木が活性化され、根が栄養を多く吸収し、実の糖度が上がる。
更に言えば、植物にとって不可欠の陽の光は過ぎると毒になる。力加減を不得意とする光の精霊はその点は風の精霊の指示に従っている。幻獣たちやシアンが美味しいものを食べて喜ぶ姿を見れるのだから、他者に教えを乞うことなど何ほどのこともない。
大地の栄養素を沢山集められ、それを樹木が吸収するように促される。農作物が美味しくなる仕組みが出来上がっている。
「リ、リム! やりすぎだよ! 大地の精霊も、もういいからね!」
シアンが駆け付ける頃にはリムの好物で溢れ返っていた。
『リム、どうせなら、芋栗なんきんも……』
「駄目だからね!」
後を追ってきた九尾が自分の好物をもと言い出すのを、シアンが遮る。
「キュア~」
は~い、と間延びした声を上げて、またぞろリムはふらふらと蛇行しながら飛んで行く。
シアンは捕まえようと頑張るが、すばしこくてなかなか捕らえることができない。
「キュアッキュアッ」
リムはけらけらと笑いながらシアンの手をすり抜ける。リムとしてはシアンと遊んでいるようなものだろう。
『シアン、ぼくが捕まえて来ようか?』
ティオが提案するのに、九尾がぐい、と指一本を立てた前足を突きつける。
『きゅうちゃんに良い考えがあります』
「どんなもの?」
首を傾げるシアンに、九尾はしゃがむように指示した。
『リム~! 早く来ないときゅうちゃんがシアンちゃんの肩に乗っちゃいますよ~!』
間延びした声で言う九尾に、シアンは脱力した。
その力なく下がる肩に、九尾が両前足を置く。
ティオがしょうもない、と鼻息を一つつく。
と、突風と共にリムが飛んできた。
『ダメなのー!』
予見していた九尾は素早くシアンから身を離し、横ざまに飛び退る。
『シアンの肩はぼくのなの!』
間近まで飛んできて、大地に四肢をつけふんばり、顔を上げて強く主張する。
『ぼくの! なの!』
ぴょんぴょん飛び跳ね、どんぐり眼を開いて、への字口を急角度にし、ぷんすか怒る。
「はは、そうだよね、リムのだよね」
シアンが腕を差し伸べると、掌に爪の感触を覚えたかと思うと、すぐさま手首から腕を伝って肩に軽やかな足取りを感じる。
『シアン!』
「なあに?」
ぐいぐい顔をシアンの首筋に押し付ける。手をやると今度は掌に頬をこすり付ける。
「リム?」
『シアン、眠っちゃダメなの!』
ログアウトのことだろう。
「まだ、眠らないよ?」
『シ゛ア゛ン゛ー! 一緒にいるのー!』
泣きながら、シアンの胸にびったりと張り付いた。
『お、おおう、笑い上戸、怒り上戸ときて、お次は泣き上戸ですか』
「怒り上戸なんてあるんだ」
シアンはリムの頭から首筋、背中を撫でながら、困惑する。
リムはそのまましばらくシアンにしがみついたまま、おんおん泣いた。鼻をぐすぐすいわせた後、くうくうと寝息をたて始めた。
『おお、これぞ、泣き寝入り!』
ティオがシアンの胸に張り付いたまま眠ったリムを覗き込む。その丸い瞳には仕方がないなあ、という意思を感じた。
シアンの視線を感じたのか、ふと目線を上げたティオと顔を見合わせてうふふ、と笑い合う。
笑って悪戯して、怒って泣いて、しがみついたまま眠ってしまったリムを、シアンは柔らかく苦笑しながら、いつまでも撫で続けていた。
楽しみも喜びも、切なさも怒りも、この世界で君たちと分かち合えたから。
この幸せな気持ちを感じることができるのだと思う。
※本編に出さなさそうな話を書こうと思い、
VRMMO突発的イベントを考えてみました。
……VRMMOジャンルなのに、そのイベントが本編に出てこないんですか。そうですか。