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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編他

ありのままの貴方を愛しているわ

作者: 桜もち

 遂にこの日が来てしまったと、嬉しくもあり、彼女がありのままの僕を見た時に嫌いになってしまわないかという不安もあったけど、これまで過ごした日々の中できっと、きっと美醜を超えた愛を手に入れたと信じてその時を待った。

 

 初めて出会った時、彼女は子供のような好奇心が抑えきれず、魔女の大切なコレクションに触れてしまった後だった。

 美しく脆いコレクション達は案の定壊れてしまい、魔女の怒りを買った彼女は、彼女の最も美しい眼球を魔女に奪われてしまった。

 それから、僕は彼女を匿い共に暮らすようになった。魔女のペットである僕がなぜそんなことをしたかというと、最初はただの食欲だった。人間の若い女の匂いは数カ月何も食べていなかった僕の鼻にこびり付いて、猛烈に魅力的な肉の味を想像させた。

 細く小さな餌を一口で食べたところで腹は膨れないと考えた僕は、餌の餌を捕って来ては与えて太らせようと一生懸命世話をし、病気や怪我をしてやせ細ってしまわないよう毎日気を使っていた。だけど彼女はそれを優しさと受け取って、段々と心を開いていった。

 僕は本当に食べる気しかなかったんだけど、あなたも経験あるだろうか。食べるため買ってきた子豚の、あなたを見上げるつぶらな目が愛おしく思えてしまう瞬間が。人によって、場合によって、その時の気分によって違いはあるだろうけど、そう見えてしまったなら最後、もう子豚を食卓に上げる自分の姿など想像できなくなるはずだ。


 僕らは隠れながら関係を深めていった。彼女は賢く、森の草花や動物のことについてたくさん教えてくれた。僕の中で彼女は、おやつの前のおやつから僕の世界を広げる先生へと変わった。彼女は出来の悪い僕にも優しく、根気強く、僕の忘れた人間らしさってやつを思い出させてくれた。

 でもまだ怖かったんだ。彼女もひとたび僕の姿を見ればその醜さにたちまち怯えて「来ないで、化物」と拒絶するのだろうと、彼女を思えば思うほど彼女の目が一生見えなければいいと願った。

 今思えばこの時既に魔女は気付いていたんだろう。僕が彼女の幸せを願い、その実この箱庭で目の見えないまま一生側にいて欲しいという、エゴに塗れた矛盾に苦しむ姿を。

 その時の魔女はいつもよりご機嫌に見えた。白い肌に浮かぶ真っ赤な唇が、蛇が鎌首をもたげるようにゆっくりと上がっていっていき、筋の通った鼻からフンフンと地獄の子鬼達が吹くファンファーレのような音を鳴らしていたからだ。

 僕は、魔女を恐れながらも彼女を愛していた。


 彼女はやはり好奇心の塊だった。出会いから数ヶ月経った時、狭い僕の部屋で退屈というブロックを積み上げすぎた彼女は、その好奇心に任せてブロックを一気に崩した。

 いつものように彼女と僕の食事を狩って帰って来たら、彼女はもうそこには居なかった。

 僕はとても悲しくなってしまった。目が見えなくとも僕の醜さが透けて、愛想が尽きた彼女は逃げ出してしまったのかと思ったからだ。でも、そこまで考えてここが魔女の館だと、魔女に見つからず逃げ出すことなど不可能だということを思い出した。

 それから死に物狂いで館中を探し回ったけれど、それはただの現実逃避で、最悪の可能性を避けたくて、僕は彼女が館のどこかで迷っているだけだというのを願っていた。そんなことせず、真っ先に魔女の部屋へ向かっていたならばまた、結末は変わっていたのかもしれない。この不自由で快適な二人の暮らしを続けていけたのかもしれない。

 魔女はニコリと微笑ってドアの前に立ち竦む僕を見ていた。僕は、魔女の言いようのない不気味さに怖気付いて動けないままでいた。彼女は、

 彼女は、魔女の目の前で魔女の淹れたお茶を美味しそうに飲んでいた。僕の気配に気付くと、あなたもどう? と、余ったカップにお茶を注いだ。魔女は僕を見たまま誰も座っていない椅子を引いた。

 僕は訳が分からなくて、頭が空っぽになって、魔女の命令通りに椅子へ座った。僕の隣の彼女はお茶とお菓子を僕の目の前へ置いた。

 僕の部屋を抜け出して館を探索していた彼女は、お茶の匂いに誘われて魔女の部屋へ辿り着いたらしい。扉を開けて、誰かが居るのには気付いたけれど、それが魔女だとは知らずに誘われるままお茶会へ参加した。

 彼女は、この人とてもいい人だわ! と、言う。僕は恐る恐る魔女の顔を見るけども、魔女の表情はさっきから変わらない。それを僕は命令だと思って、彼女に目の前にいるのは魔女だと教えた。

 彼女はとても驚いたけど、じゃあこの人いい魔女なのね、と、自分の目を奪った張本人であるにも関わらず魔女を褒めた。

 そこで魔女はようやく口を開き、そして僕を驚かせる。

「貴女はとても正直者ね。貴女の目を返しましょう。二人で仲良く過ごせばいいわ」

 僕はそれはもう驚いて、持っていたカップを床に落として中身をぶち撒けた。お茶は彼女のドレスに染込んで、彼女の美しい姿を汚してしまった。でも彼女はそんなことなんか気にも止めずに自分の目が戻ることを喜んでいた。

 魔女はただ、微笑っていた。


 そして彼女の目覚めを待った。久し振りに目を取り戻した彼女を。僕はそわそわしてくらくらして、その時が早く来ればいいと、その時が一生来なければいいと、欲張りながらも二つの思いを神に願った。

 やがて魔女が現れて、もうすぐ彼女が来るという。

「あの子はとても正直者。だけどとても優しい子。きっと貴方を受け入れてくれるでしょう」

 優しく呟く魔女の言葉に、僕は何か思い出しそうになったけれど、近付いてくる軽い足音に僕の思考は奪われた。

 彼女が来る。彼女が来る。きっと僕らは幸せになれる。

 僕はもうたまらなくなって、魔女を押し退けて彼女の元へ向かおうとした。その時、その時。

 丁度彼女は魔女の真後ろへ着いた時だった。

 魔女の背中から現れた醜い獣を見て彼女はどう思っただろうか。太く毛むくじゃらの脚。長く伸びた不潔な爪。豚のように押しつぶされた鼻。隠しようもない野獣の眼光。きっと恐ろしい化物だと思ったに違いない。

 けれども彼女は魔女の言った通り優しい子だった。悲鳴が飛び出しそうな口を抑えて必死に笑顔を作っていた。

 僕はそれが。彼女の優しさが。今まで過ごした日々が。彼女を愛しく思う僕の気持ちが。


 全て否定されたような気がした。


「何も食べることはなかったんじゃないのかしら……でもまぁ、貴方は最初そうするつもりだったでしょうから、彼女は遅かれ早かれ、って運命だったのね」

 私の愛しい人は体中を小さな彼女の血で染めながら、彼女の体を余すことなく平らげようと、手足を床について貪っていた。その姿は浅ましく、不快で、醜かった。

「貴方のことを少しでも愛してくれたかもしれないのに。卑しい人、貴方は彼女の中に産まれたほんの小さな拒絶すら許せなかったのね」

 床に広がる血液まで全て綺麗に舐め尽くした愛しい人はそのうちワンワンと泣き出した。

「貴方が美しい人だったならば、彼女と何の疑問もなく愛し合えたでしょうに」

 愛しい人は途端に泣くのをやめて私を睨み、そして叫んだ。

 だったら僕を元の姿に戻してくれ、と。

「あら、今の姿も前と同じ位可愛いのに。確かに、前の貴方はそれはそれは美しく、醜い獣だった私の呪いを解いてくれた優しい人だった。けれども貴方は元の姿に戻った私を見てなんて言った? 『もう少し美人を想像していた』貴方が見ていたのは獣の私でも、元の私でもなく、貴方の頭の中で作られた、獣の呪いを掛けられた美しい女性を見ていた。そんなの酷いわ。私だって醜い訳でもないのに。貴方は自分の理想ばかり見つめて私を傷付けたの」

 貴方は大きく首を振って私の言葉を否定するけれど、それこそが貴方が今の姿になった理由。

「夢想家で、プライドが高くて、人を傷付けるのを意に介さない。そんな貴方の醜い心が今の姿に表れてるの。心を投影する魔法なら、魔力の少ない私でも使えるもの。本当に醜い姿。でも安心して、貴方を愛する人ならここに居る」

 

「ありのままの貴方を愛しているわ」

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