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第4章 何だろうな


 「さとみちゃんも今日二十二時まで勉強する?」


この予備校は私立と国立の医学部に特化し、かつ講習時間が短めなのが売りである。


私立医学部に比べ国立医学部はセンター試験の教科数が多いため、俺やさとみちゃんなどは講習も少し多くなるが、それでも毎日五十分のコマが6つあるのみだ。つまり九時から始まり十六時には帰ることもできる。


他の予備校ではこれより長いところもあり、学生でないのに二十一時以降まで講習が続くところもあるらしい。


代わりに自習が沢山できるこの予備校は、基礎知識のある程度入っている俺にはちょうどいいと思った。


それにさとみちゃんが、うん、隣で勉強してもいい? なんて恥ずかしそうに言ってくれるかもしれないし。あーそしたら俺受験までの平日二〇〇日間、めっちゃ頑張れる自信あるわ! 


 「帰ろうかな。」


・・・・昨日最後までいなかったっけ?


 「えっ、帰っちゃうの?」


 「うん。私今日から自分でご飯作らないと。お金足りなくなっちゃうから。」


 「あれ、さとみちゃんってもしかして一人暮らし?」


 「そうそう。まだ引っ越して数日しか経ってないから、料理もちゃんとできてなくて。でもコンビニばっかりだと食費がかさんじゃうから今日こそスーパーで材料買おうと思ってね。」


 「マジかー。俺もついて行こうかな。」


 「ダメダメ!」


 「冗談だよ、行かない行かない。」


やっぱダメか。軽く傷ついたのは秘密だ。


 「あ、じゃあ最後にひとつだけ!」


 「ん? どうしたの?」


 「さとみちゃんってどこから来たの?」


 「どこでしょうーー?」


珍しくお茶目で可愛い。


 「んーとね、秋田だ! 秋田美人!」


 「ブー、長野でしたー。」


 「あ、そうなの! 長野かぁ・・・・俺あんま分かんねえや。」


 「私も東京よく分かんないからおあいこだね。」


 「たしかにな。東京はね、夜も明るいけど酔っ払いとかナンパする奴とかめっちゃいるから気をつけた方がいいよ。」


 「うん、ありがとう。またね。」


 「また明日!」





 いやーめっちゃ眠い。ってもう二十二時か! 帰りたくなるわけだ。


 「はいそろそろ閉めますよー。勉強はまた明日にして帰りましょうねー。」


いつもこの時間に見回りに来る事務の桜井さんだ。丸眼鏡で全体的にぼてっとしていて優しそうなおじちゃんだ。


その雰囲気がウケているのか、女子高生に人気である。


 「おや、俊ちゃんまた頑張ってたの。偉いなぁお前は。あんまり飛ばしすぎるなよ。」


 「うっす。桜井さんもこんな時間までお疲れさまっす。」


 「なぁーに俺のやることなんかちょちょいのちょいよ。じゃ、また明日な。」


 「さよならー。」


急いで支度をして予備校の外に出る。玄関前には俺の母ちゃんと同じ車が停まっていた。


 「俊介!」


振り向くと・・・・あれ、母ちゃん?


 「たまたま近く通ったから乗せていこうと思ってさ。ほら、乗りなよ。」


 「マジか、サンキュー。」


 「あーー前はダメ。今日はお客さんの相手しなくちゃだから後ろ乗って。」


 「お客さん?」


え、どゆこと? 後ろに誰かいてしかも俺が相手すんの? とりあえず助手席の後ろに乗り込む。


 「俊介おつかれ!」


右を見ると女の子がいる。あ、こいつはもしや・・・・


 「もうー高校卒業して会ってないからって忘れないでよー。萌香だよ萌香。伊藤萌香!」


 「あーー今思い出した! めっちゃ久しぶりじゃん! 何、なんでお前ここにいんの?」


 「俊介のお母さんが呼んでくれたの。家近いから送ってあげるって。ありがとうございますー。」


 「いやいやお安い御用よ。萌香ちゃんのお母さんと仲良くさせてもらってるしさ。」


そうだ。


母ちゃんと萌香のお母さんは、俺らの高校時代から今までずっと仲がいいんだった。いわゆるママ友というやつだ。


俺と萌香が一緒の高校で、同い年で、しかも近所ということで母親同士の方が仲良くやっていた。


よくあるよな。


母親達の方が盛り上がっちゃって、子供同士はそれほどでもないっていう状態。


久々に会ったからこそテンションは上がってるが、三年前はこんな感じではなかった。


というか萌香何かパッとしたような・・・・。前より可愛くなったな。


 「そういえばさ、俊介私が同じ予備校にいること気づいてないでしょ。」


 「え!? マジで! あのさっきのメディカル塾!?」


 「そうだよー。俊介全然気づかないからビックリしちゃった。昨日の生物一緒だったんだよー。」


 「うわー全然気が付かなかった。マジかー。ってかお前どっか大学受かってなかったっけ?」


 「現役で薬学部受かったんだけどね、私本当は医者になりたかったの。でも成績が足りないからって親にも先生にも医学部を止められてて・・。でもやっぱり諦めきれなかったから大学行くのやめて、しばらく東新に行ってたんだ。でも私にはやっぱり医学部受験って難しくて・・。なかなか受からないから親に怒られたんだけど、東新より安い予備校に行くってことで最後の浪人を許してもらえたんだ。」


 「そうだったのかー。なんかお前って意外と粘るんだな。」


 「どういう意味よー。」


 「いい意味いい意味。医学部にそんな情熱持ってるなんて知らなかったなぁ。」


 「周りにも薬学部受験生みたいな感じで通ってたからね、三年前は。」


 「ホントそうだったよな。じゃあこれから毎日ここで勉強ってこと?」


 「もちろん。私立だからってバカにしないでよー。講習は毎日あるんだから!」


 「いやしてねえよ。俺も私立毎年受けてるけど、去年一次が一個受かっただけだし。ムズイよな私立。」


 「え! すごい、一次受かったの!? あたし今まで一回も受かってないや・・。」


 「いや多分たまたまだよ。一個だけだったし。まぁ結果はあんま人と比較しねえ方がいいよ。」


 「・・って俊介が自分で結果言ったんでしょうが!」


 「そうよねぇ萌香ちゃん。変なとこでカッコつけんじゃないの!」


 「なんだよみんなして。そうやって集団で責めて浪人生のメンタルを壊す気か?」


 「この子は何言ってんだか・・。さ、萌香ちゃん着いたわよ。ごめんねぇホントうちの子がバカなこと言って。」


 「いえいえ、久しぶりに会えて楽しかったです。ありがとうございました。じゃ、俊介また予備校でねー。」


 「おう。またなー。」





 「あぁーー最高。」


風呂って誰が発明したんだろう。


家に着くと、俺はいつも一目散にお風呂へ向かう。


毎日湯船に入る派だが、今日はいつもより帰りが早いのでさらにゆっくりできる。


湯船につかりながら楽しかったことを思い出したり、その日を振り返ったりするのが日課だ。


そういや今日はさとみちゃん、昨日と様子が違う気がした。


あれは何だったんだろうな。


ちょっと素が出てきて昨日と違ったのか、俺のことをうっとおしく思ったか、俺の気にしすぎか・・・・。


朝の挨拶から少し変で、休憩中も俺が話しかけないと喋ってくれなくて・・。


そのあとも昨日に比べるとなんとなく避けられているような感じがした。


浪人を三年経験した俺のメンタルはそんなに弱いものではないはずだが、意識している子や可愛い子に関しては話が別だ。ほんの些細なことが気になって気になって仕方がない。


承認欲求に飢え、SNSのいいねを何度も確認してしまう女子のようだと自分で思う。


なんだか女々しくて情けない。


浪人一年目の時もこんな状態になり、勉強は手につかず受験はボロボロだった。


それをまた繰り返すわけにはいかない。今年は萌香と同じで最後の浪人だ。あまりうかうかしてはいられない。


あ、そうだ萌香萌香! 


あいつ見ない間に可愛くなったなー。まぁ元の顔立ちから悪くはなかったが。


あいつも実は浪人中恋でもしてたんじゃねえか? 女子って彼氏できたりすると目に見えて変わるもんな。


まぁ俺の知ったこっちゃないがな。





 「俊介! 弁当箱先に出してって言ってんでしょー。鞄から出してきて。」


 「あ、わりぃ。」


髪を乾かさないまま2階の自室に行き弁当箱を取り出すと、なんだか泣けてきた。


今年こそ受かりたいけど、受かったらもう一生この言葉は聞けないかもしれない。


この家に住むこともないかもしれない。


マザコンではないが両親のことは嫌いではない。


帰りに母ちゃんを見た時も気を抜いたら涙が出るところだった。


母ちゃんの優しさに感動しているのかなんなのか自分でもよく分からないが、よくこうなってしまう。


たまに母ちゃん本人の前でも泣きそうになることがある。


流石に恥ずかしいので止めたいのだが、ここ数年対処の仕方が分からずにいて困っていた。







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