第2章 化学 丸山和史先生
前の扉を見ると、先生らしき人が来ていた。
「えーでは授業を始めます。小秋さん、近藤君、鈴木君で合っていますか?」
「・・・・。」
「まあ、返事がないんでいいんでしょう。じゃあさっそくテストから始めます。」
ええー、初回からテストかよ! しかもこのクラスって三人しかいないんだったっけ。さとみちゃんと一緒かどうかしか見てなかったな。まあ化学も得意だし、ここは俺の腕の見せ所だな! さとみちゃんにできるとこ見せてやるぜ。
「やめ! ではすぐに丸つけに入るんで、赤ペンに持ち替えてください。一番A、二番C、三番A。」
待って待ってはえーよ先生! A、C、A、A、B・・・・。
ん?
なんだ?
ふと左を見るとさとみちゃんが一生懸命丸つけしている。なんか気になるなぁ。なんなんだろうな。・・・・ってまずい置いてかれた! この先生進むの早すぎだろ!
「えー計百点なので、一問四点で計算してください。これは医学部入試のレベルに合わせて作っていますんで、この結果が君達の現時点でのレベルということになります。」
え、待てよ嘘だろ。医学部入試より難しくないかこれ? あ、そうだ。さっき聞きそびれたところあったんだった。
「先生。」
「どうしました?」
「十九番もう一回お願いします。」
「十九はAだね。」
「ありがとうございます。」
「たかが丸つけとはいえ集中力を見るいい機会です。僕のスピードについてこれなかったのは君の集中力が足りないからだとよく分かりました。」
なんか嫌味言われたーー。めっちゃ厳しそうだなこの先生。でもちょっと聞き逃しただけじゃねえかよ。
「では結果を一人ずつ言ってください。まずは・・・・えっと小秋さん。」
えーマジか、一人ずつここで公開すんのか。全然取れてねえ。さとみちゃんより低かったらやだなぁ。俺本当は化学できるんだぜ!
「に、二十八点です・・・・すみません。」
「はい。では次・・・・近藤君。」
「四十点っす。」
「はい。最後、んーと鈴木君。」
「三十二点です。」
「はい。そうですねぇ、まぁこんなもんでしょう。僕のテストは難しいからやる意味ないなんて言う人がたまにいるんですが、そんなの逃げですからね。第一これは医学部入試のレベルに合わせて作っているんですから難しくて当然です。たかが二十五問で選択問題とは言えこの時間内にこのレベルを解き切れるようになれなければ合格は無理ですよ。」
全員が黙り込む。
「まぁ、本気で僕のテストや講習を受ける意味がないと思って授業を切るならそれまでですが、その場合には僕は一切責任を取りませんのでね。そこんとこは覚えておくように。そして・・・・。」
先生が一枚の紙を取り出す。
「テストは全員分、毎回点数を記録し僕が保存します。今回は近藤君四十点、鈴木君三十二点、小秋さん二十八点ですね。休んだ場合には追試なしで記録はなしということになります。ですのでずる休みはしないように。」
すばやく記録し使い込んだファイルに紙をしまう。
「えー、君達は医学部に受かるためにここへ来ているんですよね。医学部の入試はレベルが高いとはいえ、今回のテストでショックを受けたんじゃないですか? ねえ小秋さん。二十八点で一次試験が通ると思う?」
「・・思いません。」
「ですよねぇ。じゃあ今回の最高得点者、近藤君は自分の点数で受かると思う?」
「・・無理だと思います。」
「うん。無理だろうねぇ。ましてや今回は選択問題ですから全員が近藤君の点数の二倍以上、すなわち八十点は取らないと厳しいですよ。」
今の二倍・・・・つまり学力も解くスピードも全然足りないということだ。俺今二十一歳だろ? 高三から数えて四年間、何やってたんだ? 今まで解けてたのは何だったんだ? これまでに使ってきた問題集は結構有名なやつで、評判も良くて、それを繰り返し解いたはずなのに・・・・。なんで四十点なんだ? センター試験の模試では満点取ることもあったし、記述の模試でもこんな点数取ったことないぞ。どこでミスしてるんだ?
「あ、そうそう。ちなみにセンター試験なんてこのクラスは満点が当たり前ですからね。センターと比較しないように。」
そうか。・・・・そうだよな。医学部の受験勉強ちゃんとやってる奴はセンターの化学なんて満点だよな。まぁ俺も模試では一回満点取ったし、とりあえずそこはクリアだな。
「まぁそうですねぇ。僕は他の予備校もたくさん講習が入っているんですが、医学部を除く国立の理系を目指す子たちにこれを解かせたら大体近藤君くらいでしょうねぇ。学生がひっかかりやすい要素を集めてるんでね。ちなみに近藤君は今年で四浪目と聞いてるけど、今までは何で勉強してた?」
「化学 重要問題集 2015っす。」
「うん。まぁそこらへんのだよね。点数を見る限りではそんな感じがするね。重要問題集は結構解いた?」
「はい。三浪目だけでも基本の方は三回解いたんっすよ。」
「うーんまぁそんなところだろうね。受験生がひっかかりやすいポイントにかなりの確率でひっかかったみたいだからね。」
「えっ、なんで分かるんすか?」
「うん? 大体点数見りゃ分かるよ。僕はこの仕事を始めて長いんでね。有名どころの参考書だの問題集だの使ってる子が見落とすポイントはみんな変わんないんですよ。さて、おしゃべりはこのぐらいにしますかね。では解説を始めます。」
「・・・いやーにしても初っ端からこの先生めっちゃ厳しくない? 」
この次も化学なので先生以外はこのままの席で休憩には入るが、つい本音が出てしまう。
「厳しかったよね。でもさすがに二十八点は反省だなぁ。」
「まぁ俺もそんな変わんないし、今は気にしないほうがいいよ。できない自分を責め続けると受験生活持たなくなってくるからさ。」
「ふふっ。ありがとう。近藤君って優しいね。」
いやいや急に照れるって。初めて名前を呼んでくれただけでもドキッとくるというのに不意打ちの褒め攻撃は反則だ。
「あれ、近藤君顔赤いよ。もしかして意外と照れ屋なの?」
「え、マジで? ま、まぁさとみちゃんに褒められたら誰でも照れるっしょ。ハハハ・・・。」
やべえ、またやっちまったよ。やっちまったというか勝手に赤くなるから困るんだよなぁ。さとみちゃんにも気づかれるなんてめっちゃ恥ずかしいー。美姫に気付かれるのすらキツかったのに。
「そういえばさっきの先生の名前って何だっけ? 丸太先生だっけ?」
なんとか話題をすり替える。
「ふふっ、違うよー。丸山和史先生だよ。」
「あーそうそう、それだ!。よく覚えてんなぁ。最後にそしてって言うからさーまた何か言われるのかと思ったら、突然自己紹介始めたのはおかしかったなぁ。俺吹き出しそうだったもん。」
「おかしかったよね! 私も笑いそうだった。ここでやるんだと思って。」
「だよなー。でも俺思うんだけど、あの先生って厳しいけど実は面白いタイプな気がするんだよな。」
「え、なんで?」
「・・・・まぁ俺のカンだけどね!」
「なんだぁ。近藤君頭良さそうだから先生のこともしっかり分析してたのかと思った。」
「ハハハ。そんなじゃないよ俺。」
また照れてしまったのと同時に少しの間、話題が切れた。俺の欠点は沈黙が苦手なことだが、その裏返しで長所と言えば誰とでも気軽に話せることだ。俺だけが感じているのかもしれない気まずい雰囲気から逃れるため、後ろのオタクっぽい生徒に話しかけてみる。
「ちょっとすいません。俺近藤駿介っす。よろしくお願いします。」
「あ、こ、こちらこそよろしくお願いします。鈴木快斗です。」
すかさずさとみちゃんも挨拶を交わす。
「あのー、年っていくつっすか?」
「今年四浪目で二十一歳です。」
「マジっすか! 同い年っすね!」
「あ、あぁ。」
「タメでもいいっすか?」
「そ、そうですね。」
元から内気な性格なのか人見知りなのかはまだ分からないが、大分緊張しているようだった。
そんなこんなで今日の講習6講は無事終わり、自習室で予習、復習をしてから帰宅する。この予備校は休日に空いていないのが残念なところではあるが、平日は二十二時まで空いている。
いつも二十二時までみっちり勉強して帰ることにしているのだが、今日は春期講習よりも大分疲れた。講習が少し多いのもあるが、初対面の人を相手にしてばかりで知らず知らずのうちに疲労が溜まっていたんだろう。今日の講習では生徒も先生も春期講習で知り合った人はいなく、お喋りの俺とは言えさすがに常時緊張感があった。
まぁだんだん慣れてくるだろう。
ってかさとみちゃんホント可愛かったなぁ。
また明日からも会えると思うと少し予備校が楽しみになった。