第1章 え?! かわいい
受験番号 2054 近藤俊介 不合格
決まった。
また浪人だ。
これが俺の今年度最後の受験校だった。しかも浪人三年目にして初めて一次試験が受かった大学だった。
二時試験の面接で落とされるなんて。
・・・くそっ!
たった五分の面接で俺の何が分かるっていうんだよ。筆記だけで受からせてくれよ。
たしかにさ、金目的で医者になりたがってる奴らは面接ではじかれるべきだと思う。でも本気で医者になりたくて真剣にやってる俺がなんで面接で落とされるわけ?
誰か裏で不正に点付けてんのか? 俺が三浪目だからか?
なんで落ちんだよホント、なんだよこのバカヤローー!
一人でひとしきり文句を言ったあと、俺は虚しくなってきた。
まただ。
まただこの感覚。
浪人を経験した奴にはきっと分かる、この感覚。
俺は何のために生きているんだろう。
どうしてこんなに医学部の受験ばかりしているんだろう。
ハタチも超えたのに、なんでずっと数学1Aなんてやってるんだろう。
現役で受かっていたら今は大学三年生のはずで、忙しく勉強しながらも楽しんでんだろうな。
でも浪人一年目、二年目と頑張ってきて疲れてるんだろうか。長年の夢への憧れは薄れていってる気がする。
でも今さら変えられねえんだ。
ここまで来てやっぱり止めるなんて恥ずかしいにも程がある。周りになんて言われるだろうか。きっと耐えられない。
どこでもいいからとにかく医学部に入らないと俺のプライドが許さない。
そうだ。
そうなんだよ!
そう、そうなんだ・・・。
でもなんだか疲れた。
どうしてこんなに医学部に執着してるんだろう。
どうしてこんなにやる気を出そうと頑張ってるんだろう。
俺は目の前にあるものをまっすぐ必死に取り組めるタイプではない。やる前にごちゃごちゃと考えてしまう。
なんだかなー、医者なんて肩書きはもう俺にとってキラキラしたものではなくなってしまったなー。
幼い頃の自分が無条件に憧れていた”お医者さん“が別人になってしまったような気分だった。
結局また医学部を目指して張り切る年度が始まった。
が、今回は今までとは少し違う。
父さんの給料が上がっただとか、今年で浪人は最後だとかなんとかで予備校に行かせてもらうことになった。まあ一番安いところだが。
でも今年こそは本当にどこの医学部でもいいから受かりたい。
二十一歳にもなって養ってもらいっぱなしで、親には申し訳ない気持ちでいっぱいなんだ。ごめんな、父さん母さん。俺頭悪くて。
親のためにも今年こそは絶対受かんなきゃいけねえ!
・・・って前の子歩くの遅えー。
しかも追い越したいのに追い越しきれなさそうな微妙な距離。
あーイライラする。何? 道迷ってんの?
予備校はこの廊下しかねえんだし、第一こんなちっさい建物で迷うかフツー。
そうそう、そこまっすぐ。で、右のドア・・・いや違う! 左はどう見てもトイレだろ! はい右開けて。
いつもなら数秒のところをこいつのために何秒かけてんだ俺・・・。
っておいこいつ!!
俺のいつもの席取りやがったな。なんか今日朝からついてねえなー。
まあ自習室にしろ教室にしろ自由席だから、どけとも言えねえしな。
普段なら自習室でも教室でも一番前の左の席に座るが、ノロノロ女子に座られてしまったので仕方なく一番前の右に座る。本当はこのノロノロ女子から離れて座りたかったが、今日は朝から自習室が混んでいてここしか空いていなかった。
「おはよう近藤くん、ねえ今日って英単語のテストあるー?」
「ねえよ。ってか英単語のテストって春期講習用のだから先週までだろ。今日から予備校始まるようなもんだぜ?」
「ああそっか。ごめん、ありがとう。」
声を掛けてきたのは今井美姫。
俺より一個年上だけどここはタメ口で話す人ばっかりなので俺もフツーにタメで話してる。
勉強は苦手っぽい。“全然お腹空かない“が口癖の割には・・・という見た目。今日から本講習がスタートするのに予定すら分かってないアイツは大丈夫なのか?
と思いつつ、やることが無いので結局英単語帳を開く。
desire,despite,decrease,........
increase,independent,information,........
ん?
なんかさっきから視線を感じるな。
ふと左を見るとノロノロ女子が机に向かって何か書いている。
俺の気のせいか。いつもと席が違うから気が散ってんのかな。
ってもう授業二分前だ! やっべ、時間厳守には自信あったんだがな。えーと廊下に出て、お! クラス分け出てる。まずは英語Aクラス。
よっしゃ、一番上のクラスだ!
奥の小さい教室に行くと後ろからノロノロ女子が出てきた。
「うお! びっくりしたー。・・・す、すみません。」
「いや・・・あの英語のAクラスですか?」
「あ、そうっすよ。」
「教室ってここですかね?」
「多分ここっすね。」
え、待ってこれさっきの子だよね?
なんだよめっちゃ可愛いじゃん。
綺麗な末広の二重まぶた、スッとした鼻筋、少しふっくらした唇、さらさらの長い黒髪、すっぴんでまだ初々しさの残る雰囲気・・・。
やべえ、どストライクだ。めっちゃ可愛いこの子。なんか話しかけたいな。
少し緊張しながらお互いさっきと同じ配置に座る。
「あの、年っていくつ?」
「十八です。」
「あ、浪人一年目?」
「はい。」
「俺は浪人四年目の近藤俊介。よろしくね。」
「小秋さとみです。よろしくお願いします。」
恥ずかしそうに微笑んでくれた。
「タメでいいからね。年とか気にしなくていいし。」
「あ・・・うん。」
あーーよろしくねなんて言っちまったよ。やっぱ可愛い子には弱いなぁ俺。美姫相手だったらどうもとかよろしくとか言いそうなところを、さとみちゃんにはよろしく“ね”なんて。自分でも態度の変わりように笑えるな。
本講習一講目が終わり、さとみちゃんと廊下にあるクラス分けの紙を見る。
「俺次は化学だな。さっきと同じ教室か。あれ? さとみちゃんとまた一緒だ。・・・って待って、なんか俺とさとみちゃん一緒の教科多くない?!」
「ホントだ・・・。」
「さっき英語一緒だったでしょ。次の化学も一緒で、古典、現代文、数学・・・全部一緒じゃん! しかも俺ら選択科目の理科二科目と社会科まで一緒だ! こんなマンガみたいなことあるんだな。」
「・・・びっくりだね。一緒にいる時間が長いから、何か迷惑かけたらごめんね。」
「いやいや大丈夫でしょ! こっちこそ喋りっぱなしでうるさかったら殴っていいからね。」
ふふっとかわいく笑う。
良かった。嫌がられてはいないかな。“ホントだ”のテンションが若干気になりはしたが。
また奥の教室に戻り、十分ちょい休む。
「いやーにしてももう疲れちゃたなぁー。なんか目と腰が痛い。」
「・・・・そっか。」
「さとみちゃんはまだイケる? 疲れてない?」
「私、・・・私は大丈夫だよ。」
「やっぱまだ若いなー。さとみちゃんからしたら俺なんてオジサンに見えるでしょ?」
「そんなことないよ。」
「あ、笑ったなー。」
「私女子校だったからあんまり男子の年齢推測できないんだよね。」
「え! マジで! 女子校だったの?!」
「そうそう。だから男子と話すのも久々で・・・・たまに変なことしてたらごめんね。」
「いやいやそんな謝んないでよ。ってか女子校かぁ。」
なんだか妄想が膨らんでしまう。こんな可愛いさとみちゃんのことだから、きっとお嬢様っぽかったんだろうなぁ。お上品な制服着て、お昼休憩には紅茶を飲んで・・・
「ねえちょっと近藤くん大丈夫?」
はっと我に帰ると目の前に巨大なお腹。見上げると今井美姫だ。
「なんだお前かよ。」
隣の教室から来たらしい。
「なんでそんな冷たい顔するのー。私が来るまで顔赤くしてニヤニヤしてたけど大丈夫?」
げっ、まずい俺そんな顔してたのか。
「い、いやしてねえよ。」
「してたよー。どうせまた可愛い女の子のことでも考えてたんでしょ?」
やべえ大当たりだ。女子の対人感知力恐るべし。
「ってかお前何しに来たんだよ。」
「やだひどーいその言い方。怪物がなんかしに来たみたいな。」
まあその通りだが。
「いや言ってねえよ、お前の被害妄想だろ。」
「まあいいけど。なんか教室迷ってる人がいたから連れてきた。あ、どこでも空いてるところどうぞ。」
めっちゃオタクっぽい人来たな。
「じゃあまたあとでねー。」
「おう。」
またあとで話しに来るのかアイツ。まあいい。
あれ、あのオタクっぽい人どこだ?
見渡すと俺の三列後ろにいた。小さな教室なので彼の席が最後列だ。
バタンッ!!